SUICIDE5〜ふざけた意味を蹴り飛ばせ〜
大抵の自殺しようとする者は、他人の話に聞く耳を持とうとしない。
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(……今日はついてねぇな)
俺は自分の不幸に、心の中でグチっていた。
浅尾をからかった後、教室を出て静かな屋上に来た俺だけど、今日は異様に客人が多い。
屋上に来た瞬間、優しそうなお兄さん達に『通行料払えやゴルァ』と言われたし。
まぁ、ちょっと拳と拳の語り合い(一方的)をしたら、すぐにいなくなってくれたけど。
そして、静かになった屋上のドアの上、貯水タンクの横で寝ようと思ったら、先客に校長が寝てた。
まぁ、校長のサボりはよく見ることだから、(サボり仲間での信頼関係が出来始めてる)いつも通り『奥さんからの電話が……』って耳元で言ったら、全速力で階段を下りてったけど。
そして、昼までゆっくり寝てたら、やっぱり濃硫酸ごときじゃ死なない洋が来て『なんで全部僕にかける! 普通だったら顔が溶けてナンパ出来なくなるじゃないか!!』って文句を言ってきた。
まぁ、眠りを邪魔する人は嫌いなので、普通じゃない洋の鳩尾に拳をたたき込んで黙らせ、昼メシのパンを買ってきてくれた亮佑に撤去してもらった。
その時「三大王がそろってる!」っとか言って、俺達を写メってた人がいた。
まぁ、亮佑と二人で睨んだら即逃げてたけど。
……ついでに、亮佑・俺・洋の三人は戸野高一年の間で『三大王』と呼ばれている。
一般的な理由は、三人とも『王』のつく別名があるからだ。
亮佑は『睡眠王』
俺は『鈍感大魔王』
洋は『ナンパの帝王』
他の二人はよく分かるが、なんで俺が鈍感と言われなきゃならないのかが分からん。
しかも魔王とは……まったく、失礼な。
……まぁいい、話を戻そう
そして今、俺は緊張状態にある。
そして今、俺は屋上の貯水タンクの横にバケツ×3を持ってうつ伏せてる。
そして今、俺の目線の先には数分前に来た一人の女性が、屋上に設置されたベンチに座ってタバコを吸っていた。
風になびく長い黒髪
揺らめく純白の白衣
整った横顔にかけられたメガネ
その女性は我が担任の浅尾大先生だった。
ストーカーみたいな状況だけど、俺は洋みたいな変態な目的は絶対にない。
なぜこんなことしてるかというと、俺は今まで浅尾が校則違反した所を見たことがなかったからだ。
教師の仕事をそつなくこなし、分かりやすい授業内容を徹底する。
時々恐ろしいことをするけど、その目標は遅刻&サボりの常習犯である俺と居眠りの亮佑、そして変態の洋ぐらいだ。
そして、その恐ろしいことの全ては安全を考えられている。
朝のことも、俺の特殊OSが起動しなかったら俺が一日中立ってるだけですむ罰だから、浅尾には何も言えないのだ。
そんな教師が『校内での喫煙、飲酒は生徒は勿論、教職員・事務員も禁ずる』という校則を目の前で違反している。
チクる気なんてサラサラない。
だけと、いつものキリッとした雰囲気がない浅尾は、どこか痛々しくて目が離せなくなった。
「……疲れた……生きてくのも大変ね」
とても自殺願望チックな発言だけど、言ったのは俺じゃなくて浅尾だ。
……まさか、屋上に来たのも自殺するためとか?
それなら、珍しくタバコを吸ってるのを『ヤケになって』って解釈すれば、辻褄が合うな……
でも……なんか、ムカつくな。
俺は黒ヘルがいるせいで、勝手に自殺なんてしたら、来世がエンドレス・ウ〇コになっちまう。
なのに、他の人は自由な場所、自由な時間で自殺が実行出来るんだもんなぁ……よし、ここは止めるしかないっ!!
し、嫉妬なんかじゃないぞ!
浅尾のような真面目な教師は、今の日本じゃ絶滅危惧種だからな。死んじゃいけない、うん。
俺は無理矢理繕った理由で立ち上がり、浅尾に近づくために一歩を踏み出し…
「……もう、死んでやるッッッ!!」
突然、屋上に響きわたる叫び声。
この声は俺でも浅尾でもない。
俺と浅尾は同時に声のした方…隣のB棟の屋上を振り向いた。
――余談だけど、戸野高校の校舎は南から、教室や食堂がある教室棟(別名A棟)、職員室や理事長室等がある事務棟(別名B棟)、そして部室や科学室等がある特殊棟(別名C棟)がある。
四階建てのA棟とB棟は、日当たりも考えて二つの棟は中庭である程度離されてる。
だけど、今俺と浅尾がいる唯一六階建てのC棟は、敷地を考えてB棟との距離は10メートルもない。
この高さの差と距離のため、C棟の屋上は他の棟から死角になる。
このことは一部の人間しか知らず、俺もよく愛用してるからあまり人が来ない、昼寝に適した場所なのだ。――
そして、B棟を振り向くというより見下ろした俺が見たのは、二人の男女の生徒だった。
誰かは分からないけど、光の加減で青く見えるポニーテールの女が屋上の出入口の方にいて、光の加減の必要なしに金ピカに輝くロン毛の男の方は、俺が黒ヘルにあった時のようにフェンスの外側にいた。
「やめろ! すぐにこっちに来い!」
女の方が男に向かって男言葉で叫ぶ。
……けど、んなことじゃ自殺しようとする人は止めらんねぇよ。
「うるさい!! 俺はここで死ぬんだ!」
きっとなにか辛いことがあったんだな。
俺は名前も知らない君を応援してるぞ。
「死んでもなんの意味もない! だから戻って来い!」
……なんか、あの女はムカつくな。
名前も知らない男よ、とっとと飛び降りろ!
きっと、イジメとか家庭事情とかを思い詰め……
「だったらなんで俺をフッたんだ!!」
…………………………ハァ?
「お前が俺をフるから悪いんだ。だから俺は死ぬ!」
………
「なにを言ってる! そんなことで死ぬんじゃない!」
…………………
「だったら俺と付き合え! そしたら俺は飛び降りない」
……………………………ブチッ
「……フフ……フフフフフ…………フフ不負斧斑腑腐」
口の端から勝手に笑い声が漏れてくる。
二人に気づいた学校全体が騒がしくなってるみたいだけど……そんなの関係ねぇ。
「早く止めなきゃ……って須千家君!?」
浅尾は屋上のドアに向いた時に、段差を降りた俺に気付いたみたいだけど……そんなの関係ねぇ。
俺はバケツを片手に浅尾の横を通り過ぎ、ある程度の所で立ち止まる。
「なにしてるの!? あの二人を止め……」
「浅尾、数秒その口から出るものすべて止めて黙ってろ」
教師にはなるべく敬語を使うようにしてたが……そんなの関係ねぇ。
今は俺がすべきことは――死に対してヘドが出そうな甘ったれた考えを持ったカス野郎を叩き潰す……それだけだ。
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昼休み、いきなりクラスメイトの多田にB棟の屋上に呼び出された私は、彼に告白を受けた。
だけど私は、彼と付き合うことを望まなかった。故に断った。
……しかし、そのせいで今の状況が出来てしまった。
フェンスの外にいる多田は、いつでも飛び降りられるから、簡単には近づけない。
「どうなんだ!? 俺と付き合わなきゃ、お前は俺を殺したのと一緒だ!!」
そんなこと言われても、好きでもない人と付き合いたくない。
「早くしないと俺は死ぬぞ!」
……だけど、人命には変えられない。
私はスカートの端を握り締めて目を瞑る。
……イヤでも言うしかない。
「……分かっ「だったら死ねやオラァァァァァアアアアアアアアアアア!!!」」
「グビャッ!?」
聞き覚えのない声と、とてつもない破壊音が聞こえた私は、閉じた瞳を開いた。
さっきまで多田がいたところには、メチャクチャに曲がって穴の開いたフェンス。
そして、そこから逆の屋上の端までのびた異様な跡の先には、倒れた多田と、白髪の男子生徒が立っていた。
「おい、起きろや金ピカ頭。寝るのにはまだ早いんじゃねぇか?」
白髪の生徒は多田の首を掴んで持ち上げて、その体をフェンスに押しつける。
ぐったりした多田は、彼が手を放した瞬間に、正面から倒れこんだ。
「チッ、この軟弱者が。洋だったらこんな蹴り食らっても、一瞬で起き上がんのによ」
……まさか、あのフェンスの穴は彼の仕業?
……いいや、そんなわけない。
だいたい、C棟からこっちに来ることなんて出来るはずない。
隣のC棟の方を見ても、ガラスなんて割れてな……!?
「ウソ……あんな所のフェンスが……」
私の目線の先には、C棟のフェンスの一部がこっちのフェンスと同じように、グチャグチャになって穴が開いていた。
このことに気づいた野次馬達が次々と騒ぎだす。
「……ったく、面倒になる前に逃げるか」
白髪の彼は、多田から離れて私の方に近づいてきた。
「あんた、あの熟睡してる野郎を適当に処理しといてくれ」
私は、無意識のうちに彼の瞳を見つめていた。
彼の瞳はやけに無機質で、まるで……本当になにもないようだった。
「じゃあな、後は頼んだぞ」
彼は私の返事も聞かずに、私の横を通って屋上の出口に歩いて行った。
………礼を言わなければ
「あ、ありがとう」
「……なんであんたがそんなことを言う?」
彼は止まったけど、背中を向けたままだった。
「それは、多田が飛び降りるのを止めてくれ…」
「アホくせぇ」
えっ?
私は彼の言葉が理解できなかった。
「俺はあのクソ野郎の死ぬ意味の考え方が、カスみてぇに甘ったるいのが気に入らなかっただけだ。…それに、あのクソ野郎は本気で死ぬ気じゃなかったのも気に入らねぇな」
「死ぬ…意味?」
なにを言ってる?
死んでもなんの意味もな…
「…ついでにあんた『死んでもなんの意味がない』って言ったろ? あんたも甘ったれだ。…野郎もあんたも『死』を甘く見て、簡単に語んじゃねぇ」
彼は、その言葉を吐き捨てるように言った後、出口の中に消えていった。
いつもの私なら、『そんなことなどない』と、強気に言い返せただろう。
……だけど、無理だった。
彼の言葉の威圧感は……一瞬、私にある幻想を見せたからだ。
それは……多田が死ぬ姿。
飛び降りる多田。
コンクリートに叩きつけられて不気味な音をたてるその身体。
地面に広がる真っ赤な血の花。
恐怖の叫びに染まる学校…
その全てが一瞬で私の目に焼きついた。
彼の言ったたった一文字……『死』。
……今までに何度も聞いたことのある、たった一文字の言葉。
なのに、足が震えて一歩も動けない……。
……死が、怖い
私は未だ起きない多田と二人だけの空間で、腰を抜かして座り込むことしか出来なかった。