SUICIDE4〜バケツの中身にご用心〜
生命に付き纏う危険は五万とある。
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「…………眠ぃ」
はっきり言って、俺は寝ていない。
昨日は谷……麻依子に黒ヘルのことを紹介していた。
正確に言うと、『成仏できない幽霊が憑いた』ってことにしておいた(もちろん、口止めした)。
『俺の自殺をプロデュースするために来た』なんてこと言ったら、きっと麻依子の鉄拳制裁で死ねるだろうけど、ダチを殺人者にはしたくない。
そんなありえない話を、単純思考の麻依子は『面白いね♪』の一言で簡単に信じてくれた。
ついでに、麻依子は霊感が強いらしい。
けど、やっぱり霊力はなくて、黒ヘルは見えても触れなかった。
その時は『やっぱ、俺って異常なんだなぁ』って、悲しくなったよ……
まあ、ここまではある程度許そう。
なぜか夕飯までゴチになった麻依子と黒ヘルが意気投合。俺の家で十時まで騒ぎ続け、疲れ切って寝てしまった麻依子を隣の家に送り届けた。
麻依子の母親…麻由さんに『朝帰りじゃなかったのかしらぁ。お持ち帰りしてもいいのよ♪』って、意味分かんないこと言われた。
これまでは、後で麻依子にグリンピースを食わせることでチャラにしよう。
その後、黒ヘルに椅子を吹っ飛ばしたことで壊れた窓ガラスを霊力とかで、強制的に直させた。
そして、騒ぎ立てる黒ヘルをシカトして寝たところを枕元に立たれて、その寝苦しさに『一時間、逆さ吊りで人間?〔てか幽霊〕サンドバッグの刑』を執行し、ちゃんと寝れたのは深夜四時。
休日なら昼間まで寝てたいけど、俺は高校一年の学生だ。
土曜は黒ヘルを拷問、日曜は麻依子の強襲で貴重な休日を使ってしまった俺は、ただ今学校に登校中だ(黒ヘルは作業服と一緒に、洗濯竿に磔状態にしておいた)。
俺は自殺願望者といっても、ヒッキーでもニートでもない。
学校にも普通に行くし、イジメられるほどナメられちゃいない。
俺は健全なる自殺願望者なのだ!!
「酒もタバコもよろしく、髪も真っ白に染める。それに自殺願望がある時点で健全じゃねぇぜ」
「友よ、人の心を読むな。今日は朝から拳で語り合う気にはなれん……あと、煙草は吸わんしこれは地毛だ。てか、知ってんだろ」
「俺は楽しいから語り合ってもいいぜ♪」
登校中にいきなり話し掛けてきた、俺と同じぐらいの身長の黒髪オールバックの男。
――櫻井 亮佑。
亮佑は俺のダチであり、俺が自殺願望者ということを知っている、数少ない人の一人だ。コイツは麻依子とは違い、俺の自殺を止めようとはしない。
本人曰く
「お前は老衰じゃなきゃ死なねぇから大丈夫だ」からだそうだ。
俺に自殺願望が芽生えてすでに長い時が経っている。
なのに、未だ生きている俺は、亮佑が予言するような結末を迎えるのかもしれない。
ついでに、授業中の居眠り常習犯だ――
「紹介アリガトよ」
「礼にはおよばん。だけど、やっぱりお前とは、朝から語り合うことが必要らしいな」
「俺もそうしたいんだけど……遅刻したくないんで、お先失礼するぜ!」
亮佑に言われて腕時計…じゃなくて使い古した携帯を見ると、現在時刻…八時二十二分の文字が表示されていた。
校門が閉まる時間は八時三十分、現在地から学校までは、普通に走って十五分ほどかかる。
うん、このままじゃ遅刻だな。
「って、ヤッベェ!! 待て、亮佑……ってもういねぇ!?」
亮佑はいつの間にか、マンガのように砂埃を巻き上げながら、数キロ先まで走り去っていた。
「……まっいいか。遅刻すんならとことん遅刻しよ」
俺は自殺願望者といっても、ヒッキーでもニートでもない。
学校にも普通に行くし、イジメられるほどナメられちゃいない。
……けど、遅刻やサボりはよくするタイプの人間だ。
適度にやって適度にサボる…それぐらいが健全な高校生だと俺は思う。
……自殺願望者が言うセリフじゃないな。
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「たく、遅刻するんじゃないって何度言えば分かるの!!」
「ヘイヘイ、すんませんでした」
結局一時限目の科学の途中で教室に入った健全な俺は、科学担当教師兼、クラス担任の浅尾 咲耶大先生に説教を食らうハメになった。
……まあ、それなりに常連だから慣れてるけどな。
「コラ! ちゃんと人の話を聞きなさい!」
「まあまあ。若いうちからそんなに怒ると、ファンと小皺が増えて、授業時間と脳内細胞が減りますよ」
「っ!!」
浅尾の顔が、怒りと恥ずかしさで真っ赤に染まった。
――ファンというのは、浅尾には非公式ファンクラブが出来ているのだ。
…浅尾自身はその存在を嫌ってるらしい。
ダチ曰く、『あのメガネに白衣に長い黒髪! そしてあのツンツン属性は最高だぁ!!』らしい。
確かに、腰までのびた黒髪とキリッとした顔立ちは綺麗だ。
けど、時々恐ろしいことをしてくるので油断出来ない。
そこが浅尾の怒った理由。
そして浅尾は異様にプライドが高い。
その赤フレームメガネや羽織ってる白衣さえ、プライドがあるらしい。
やめればファンクラブもマシになるモノを……
そんなプライドは授業にもあって、遅刻生徒にソレを指摘された。
ソレが恥ずかしい理由。
まぁ俺にしてみれば、からかいがいのあるインテリ教師って所だ――
「もういいわ! これ持って一日中立ってなさい!!」
俺の目の前には、三つのバケツが出された。
「イエッサー! 先生の古典的な考えを、俺は嫌いじゃないですよ」
俺はふざけて、バケツの一つを頭に乗せて、両手にバケツを持った。
俺が前のドアから出ようとした時、ふと視線を感じた俺は、視線の先…自分の席の周りを見る。
俺の席は廊下側から二列目の一番後ろにある。
そして俺の廊下側の隣では、麻依子がこっちを見て笑ってる。
さらに俺の前の席は亮佑だったりする。
……ある意味見事な布陣だ。
「Zzzzz…」
そして亮佑は腕組しながら寝ていた。
…その寝顔は、俺の中の悪戯心を覚醒させた。
〃〃〃
…特殊OS起動
搭載武装…B‐02X型バケツ
攻撃対象…登録No.01 櫻井 亮佑〔過去通算攻撃数92回〕
発射点座標確認
着弾予定点座標との距離3.64m
発射角度修正完了
予想弾道…ALL CLEAR
よって、これからバケツ発射シークエンスに移行
発射カウント開始
10、9、8、2、1、FIRE!!
〃〃〃
「ウオッ!! 手が滑ったァァアアアア!!
俺は思いっきり右手のバケツを振り上げ、亮佑の頭に落下するように投げる。
バケツは予想通りの軌道を描いて、亮佑の頭に落ちていく。
フフフフッ、朝の恨み晴らしてくれるわ!!
水をかける位なら、神様も許してくれるだろ。
その時、ふと思い出したように浅尾がつぶやく。
「それ、水じゃなくて濃硫酸だから気をつけなさい」
なんで危険化学薬品ッ!?
水浸しじゃすまされねぇ!!
「うぉらコノクソォォォオオオオ!!」
その言葉を聞いた瞬間、頭と左手のバケツを窓の方に投げつけ、全力で亮佑の方に走り、亮佑の頭に落ちる寸前のバケツに上段蹴りを放つ。
幸い、バケツが横向きに落ちてたため亮佑には濃硫酸がかかることはなかった。
『亮佑』には、な。
「ギャーーー!! 目がぁ!目がぁぁぁあああああ!!」
窓側の一番後ろの席、そこに座る金髪ツンツン頭が、ムス〇的な叫び声を上げる。
さっき投げた二つのバケツも、蹴ったバケツも金髪野郎に命中したのだ。
――この金髪ツンツン頭の名は、大西 洋。
親のナイスなネーミングセンスのおかげで、別名・大西洋
いちよう、俺の自殺願望を知る馴染みのダチだ。
色欲の固まりで、黒速悪魔の生命力を持つ。こいつになら、濃硫酸をかけても神様は手放しで許してくれるだろう。
あと、こいつは『ナンパの帝王』と呼ばれることもある。
それは顔もいいし身長も180以上あるため十分モテるからだ。
まぁ、下心がバレた瞬間終わりだけどな。
ついでに、『ダチ曰く』は、すべて洋の発言だ。――
「須千家君、やるわね…今回のことは許すわ」
「先生も相変わらず危険なことしてくれますね。俺も科学室の備品を無駄に使ったことは黙っときます」
浅尾は俺と言葉を交わすと、授業終了のチャイムが鳴る前に、白衣を翻しながら教室から出ていった。
静かだった教室の空気が、一気に騒ぎだす。
俺や洋に対する様々な目線、話題が飛び交う。
その空気が嫌いな俺は、洋の方からバケツを取り、いつもの屋上に向かった。
「痛い痛い痛い!! 体が溶けるぅぅぅうううう!! スライムになるぅぅぅううう!!!」
…勝手に溶けて、バブルスライムにでもなってろ。