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LAST-SUICIDE〜死にたくても死ねない――生きたいから死ねない

大幅に遅れましたが、これで最終話です。

どうぞ、最後までお付き合いください。






亜鎚あつい禍吹かふ鎖魅さみ焚詠たよ奈逸ないつ……」



俺は真慈の創った結界の前で、鶴嘴を正面へと突き刺し、割と長い詠唱をしていた。

詠唱なんて面倒クセェから、大半は無詠唱か意味の薄い言葉を連ねるのが俺の磐石だ。

でも、今の俺はそんな耐震偽装の手抜き工事みてぇなことはしてねぇ。

一つ一つの言葉に、俺が短時間で振る舞える最上級の意味を持たせる。



破無為はむい真無野まなの夜妖やよう螺古狐らここ環遠わとお……っと」



真慈の結界を囲うように不可視の結界を十回、重ね終えた。

衝撃吸収や霊力遮断、能力低下等々、すべての結界に違う意味を持たせ、いかなる状況でも対応可能にする。

……さて、俺がなんでこんな七面倒なことをやってるかと言えば、それは至極単純明解。

そんだけ『危険』なことが起きるってこ――



「……ッ!!」



突然、空間に覇気が炸裂した。

その異常な圧力は、ボロボロになった屋敷の屋根や壁を容赦なく吹き飛ばす。

爆心地は……真慈の結界の中。

――チッ、覇気だけで結界が一つ破壊されたッ!!




駿龍梅しゅんりゅうばい執虎竹しゅうこちく華朱菊かすぎく凍玄蘭とうげんらんッ!!」



咄嗟に俺は更に強固な結界を展開する。

四つすべてが城壁級のスゲー防御力を誇り、そして内部からの攻撃を弾く『封禁級のスゲー拘束力を誇る』。



紅紫こうしの創造、藍緑らんりょくの繁栄、雄黄ゆうおうの破壊ッ!!」



そのまま間髪入れずにすべての結界に上級の『術式強化』を追加する。

透明な結界に色が塗り込まれ、最終的に純白に染まる。

これで根本である術式を破壊することはほぼ不可能、現象としてある結界をブッ壊さねぇ限り俺の術は打ち破られることはねぇ。

……畜生、さすがにこれだけ連続すると疲れるな。

でも、これで真慈の結界を含んだ十四の防御壁が、『超ド級危険物』の周りを囲った。

これで万が一真慈達があの技をミスって自分の結界ブチ壊しても、精々四、五の結界で威力を潰すぐらいで終わりだろう。

だが、もしも――



「――ッ!?」



――破壊クラッシュ

――爆砕クラッシュ

――壊滅クラッシュ

――破砕クラッシュ

――爆裂クラッシュ

――破毀クラッシュ

――粉砕クラッシュ

――破裂クラッシュ

――損壊クラッシュ

――破損クラッシュ

――玉砕クラッシュ

――粉々クラッシュ

――断末クラッシュ

――消滅クラッシュ

――損傷…ダメージ










一瞬……ものの一瞬で殆どの結界が消えた。

それは、結界がただの衝撃に……『純粋な衝撃』を結界にぶつけ、その殆どをブチ破ったってことだ。



「十三か……あっぶねぇ。マジで肝が冷えるぜコンチキショー」



俺は大々的にため息を吐いてから、まさに紙一重で残った結界を、指を鳴らして自ら解除する。

白い結界はガラスが砕けるように消え去り、中の様子が開示される。



「誰の仕業だ……って、息子にゃまだこんなブッ飛んだ真似は出来ねぇわな」



そして中から表れたのは……まるでその一ヶ所だけ何百発ものミサイルが打ち込まれたような、小規模ハルマゲドンのような、リング上の超サ〇ヤ人の戦い跡地ような……一言で言っちまえば、ありえねぇ惨状がそこにはあった。

そして、そのありえねぇ惨状の中心には、この状況を作り出したヤツが仁王立ちしていた。










「フッー!! 久しぶりに息子と遊んで元気ハ・ツ・ラ・ツー!!」







俺の結界を粉砕するには息子には無理だ――だが、もしも相手が世界最強の主婦なら、話は別だ。

暴れに暴れたように見える秦は、グッタリしている真慈を肩に担ぎながら、元気そうに叫んでいらっしゃった。

我が女房ながら恐ろしく、我が女房ながら恥ずかしい姿だった。

意識が戻りかけた鬼も、第一波はきでその意識を刈り取られてる……この場面を俺達夫婦以外目撃してねぇことを確認してから、俺は秦に近づく。



「お、ダイちゃん」

「おう、その様子だと圧勝か?」



俺は真慈を指差す。

真慈の結界の効力で、傷は元に戻るから問題ねぇだろ。

……まぁ、この戦いでの心の傷トラウマは治らないから真壱も合わせて後々大変だけどな。



「そりゃ、私が本気だしたんだ。容赦はするけど手加減はしないよ。それに息子に勝利を譲るのはまだ早いさ。でも……」

「でも?」

「……まさか、エプロンを脱ぐことになるとはね」



秦の身体を見ると、その言葉通り主婦の証とも言えるエプロンが無かった。

……多分、主婦なのに忍者の如く身代わりの術でもやったんじゃねぇか。

まぁそれは推測だが、確実なのは秦がエプロンを犠牲にしてでも勝利を掴んだってことだ。



「あー、やっぱり余裕こいて大技受けなきゃよかったな」

「……ヲイヲイ、あれは終結乃戦場ヴィーグリーズを破壊しないために攻撃範囲を限定してるとはいえ、あいつらの本気をワザと食らったのかよ」

「まーね。息子が本気なら、私も真摯に受けてやらなきゃダメだと思ったからね」

「……そのやり取りがもう少し平和的に行えねぇかな」



親にそんだけの理解力があるんだったら、喧嘩上等超人戦争ヨロシクにヤリ合う必要なさそうなんだが……そこは家族のスキンシップってことで諦めってけどな。

秦はぐったりしてる真慈を、そっと地面に下ろす。



「まぁ、これで私達の仕事は終わりだね」



秦の問い掛けに、俺はただ頷く。



「いろいろあったが……まぁ、お疲れさん」

「ダイちゃんもね」



――俺達は罪を犯した。

一人の息子を救えず、もう一人の息子を孤独にした。

そのことに心を痛めた俺達は、身勝手な贖罪を始めた。

二人の魂を共存させることを目標として、俺達は見守る他にも様々な方向でサポートする……予定だった。

しかし、そんな過去に縋る愚者の予定表なんぞ受け取ってくれるほど、神様ってのは甘くなんかない……そんなこと、自分達の死で重々分かり切ってることだった。

結果として、俺達の意図にそぐわない方向に転がり始め、生き残った真慈は死に魅せられ、真壱は真慈を飲み込む負の意識を一人で背負い自ら狂気と化した。

そしてあの日――真慈が学校の屋上で投身しようとしたあの日、俺は最後の足掻きで……直接干渉した。

後は……説明するまでもないだろ。

まぁ、秦が真慈に禁術なんて仕掛けてたとは思わなかった。

過去に冗談で公式だけ教えた術を、いつの間にか完璧に解答を導き出していたとは……流石と言っていいべきか、恐れおののくべきか分かんねぇ。



「私は誇るべきだと思うね」

「分かった。俺は自分の女房を誇りに思う」

「もうッ! 恥ずかしいじゃないのさ!!」

「アガッ!?」



言う通りにしたのに、秦はおもいっきり俺の肩を叩き落とした。

もちろん、肩がモゲるなんてスプラッタなことは起こんねぇけど、俺は身体ごと地面とハグする羽目になった。

俺は立ち上がってから、全力で秦に恨めしい目線を送る。



「あの、一つ言っていいか? ……イテェよこんにゃろう」

「まったく、そんなに私と居たいのかい? もう! ダイちゃんの甘えん坊!!」

「バボッ!?」



訳の分からんこと言い出した秦に、今度は頭を叩き落とされた。

もちろん、首がモゲるなんてシュールなことは起こんねぇけど、俺は顔面ごと地面とキスする羽目になった。

コイツ、戦った後でテンション上がって、人の話を聞いてねぇな。

……てか、このままなにしても天丼ループしそうな気がして、俺は立ち上がる気もなくなった。



「……前々から思ってたんだが、オマエって主婦の領域を超えている気がするんだが」

「そうだよ、既に主婦は神の領域を超えた存在だ」

「だったら、オマエの耳を天地創造で創り直してくれ……ったく、この女房は親バカじゃなく主婦バカだな」

「主婦を馬鹿にするなァァアアアアッ!!」

「いや、そんな意味じゃナヴィッ!?」



今度は容赦なく後頭部を踏まれた。

もちろん、脳漿ブチ撒けるなんてファンキーなことは起こんねぇけど、俺は地面とディープキスする羽目になった……三連続同じネタは辛いか。

つか、俺的にはこれ以上のダメージが辛い。



「ストーップ!! オマエは勘違いしてる!! 色々と言い訳させろ!!」

「簡潔に十文字以上、十文字以内にならいいよ」

「俺はシンちゃんを愛してる」

「…………字余り。だけど許す」



俺のコッテコテの誠意が伝わったのか、早々と足を除けてくれた。

俺は後頭部を擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。

そして、ズラーっと周りを見渡して、惨状を視界に取り込む。



「スッゲー悲惨だな。これじゃ鬼達も暫くは動けねぇだろ」

「殆どダイちゃんがやったんでしょ……まぁ、ここの鬼達は割とデカい徒党組んでたけど、平和的だったからね。なにもなきゃ、修繕されて元通りさ。けど……」

「けど?」

「徒党がありゃ、その徒党の敵は十倍いるもんさ。そしてこの壊滅状態は敵にとっては好都合」

「なるほど」



俺は秦が言いたいことを理解した。

つまり――いつもは勝てねぇヤツが弱ってる所で、ボコって潰そうとしてる外道がいるわけだ。

実際、精神を集中させるとヤル気満々の気配が四方八方から近づいて来てるのがよく分かる。



「まぁ、鬼同士の喧嘩は私達には関係ないよ」

「あぁ、『親子喧嘩第二ラウンド』って目的は達成したし、後はトンズラすればいい」



俺は地面に刺さった鶴嘴を片手で引き抜き、それを肩に担ぐ慣れた態勢を取る。

その隣で、秦はを結っていた紐を解き、その自慢の黒髪を惜し気もなく流す。



「けどなぁ」

「けどねぇ」



世界最強の主婦は、一度解いた髪を更に硬く結い上げ……笑う。

無尽なる境界は、手にした鶴嘴を袈裟形に振り下ろし……笑う。



――最強で最狂な最高の笑みで。





「「――気に入らないッ!!」」





気に入らない……俺達がこの場で戦う理由はそれで十分。

早速、俺は鶴嘴を片手に術式の組み立てを開始する。



「ダイちゃん。私達の勝鬨かちどき、派手に頼むよ」

「任せとけ

――花は咲き、花は散る」



俺は期待にそぐえるよう、最高の術式を組み上げる。

手始めとして手にした鶴嘴を振り回し、その軌道上に白く丸い結界を作り出す。



「夢に見るは五つの閃光、四つの紫光じゃ飽き足らん。松桐坊主の三光に柳が交わりゃ、光が差し込み雨が降る」



俺を取り囲むように作り出された結界は四十八。

球体の結界は飛ばず沈まず、ただ空中に浮いて漂う。

境界線の無い、中心である一点と湾曲した面のみで構成された立体。

少ない条件で成り立つ球体は、不安定の中で確立された一つの形状カタチ、一つの具象カタチ、一つの極地カタチ



「梅松桜の表菅原で春一番。花見で一杯、月見で一杯。雨と霧で流れりゃ、てっぽう形なし飲む酒もなし」



意図して色を取ったような白一色で統一されていた球体は、詠唱によって十二の異色に彩られる。

鮮やかな球体が空中を漂う……まるで、幼い夢のような世界が広がる。

しかし、これは幻想(ユメ)ではなく確立した現実カタチ



「萩に紅葉、牡丹を手向けに風が吹き、芒が踊り梅と藤の華が舞う

赤青二色の短冊が、七つ六つとゆらめいて、草葉とそよぐはあかよろし」



そして、宙に浮かぶ球体は風に吹かれた綿毛のように空へ飛んでいく。

そうして、球体が四方八方に散った時……術は完成した。



「切り立つ絶場に舞うは鳳凰。雨降る時には番傘さして、柳並木を闊歩する」



……結界の基本は『特定の空間を仕切る』ことだ。だが、今の結界は空間を仕切るどころか、自体の位置さえ固定されない、結界としての基礎や基本が欠けている。


それは――結界術として破綻しているということ。


だから、この術の名は――



「結界術……否、決壊けっかい術――」



瞬間、空に光の花が咲いた。

広大な空を埋め尽くさんばかりのいくつもの閃光、そして幾重もの爆音……それはまるで大人でも見とれるような、色鮮やかな打ち上げ花火。

色とりどりの輝きを放つ数千の花びらは、まるで菊物(きくもの)のように緩やかな尾を引く。

その綺麗で儚い花びらは、その僅かな残灯は地へ落ちて――



「――爆散魃華ばくちばっか



――地を焼き尽くす爆轟と化す。

俺達を中心として何千という爆発が地面を打ち砕き、何万という爆発が空気を引き裂く。

遥か遠くの爆発は、単純な『破裂音』ではなく純粋な『破壊音』を俺の耳に届ける。

その様子は先程の儚さなど微塵も感じさせない、まるで空爆による烈火地獄のように容赦なく、まるで隕石落下による灼熱煉獄のように考慮ない爆撃。

その実体化した地獄絵図を目の当たりにした俺は……ちっと後悔していた。



「……ヤベ、ちっとやり過ぎたか?」

「いやぁ〜、最高最高。派手だし綺麗だし強いし、やっぱりこんぐらい派手にいかなきゃね」

「……ま、お前がそういうならいいか」



まぁ、見た目は派手だが手加減はかなりしたから、直撃したとしても鬼なら精々再起不能程度だろう。

それでも、鬼達は認識したはずだ。

自分達が敵に回した者おれたちの実力を。



「んじゃ、頭の先から爪の先、一から十まで纏めて包んで綴じ込んで、懇切丁寧誠心誠意手抜きも手抜かりも手加減も容赦も陽動も要撃も血も涙も心なく、虱潰しに握り潰してあげる」

「霊力もだいぶ使ったし鬼を相手すんのつまらなくなってきたな……早く終わらせてぇから、こっからは片手間じゃなく手加減なしで遊んでやるよ」






《須千家夫婦VS鬼》

個体数‐2:62500

戦力‐20000〈秦‐18000、大慈‐2000〉:1250000〈鬼‐20〉

戦力比‐2:125



備考

・決壊術により鬼の約半分が戦闘不能〈−650000〉

・世界最強の主婦の誇り〈秦×100〉

・世界最強と肩を並べる者〈大慈×600〉

・最強で最狂な最高の夫婦のコンビネーション〈秦&大慈×1000〉



補正戦力比‐500000:1

戦闘時間‐7分24秒



勝者――須千家夫婦
















―――――――――――――――
















俺はどこぞの無双よりも悲惨な一方的蹂躙ワンサイドゲームを、当事者の片割れから聞かされた。



「まぁ、お前が気絶してる間にんな感じなことがあった」

「……よく分かった。アンタ等鬼より鬼だ」



俺は呆れてため息を吐く。

まったく、余計なことに首突っ込んで好き勝手暴れやがって……ここが屋上という学校中に声が通る場所じゃなきゃ、俺は怒号を発しながら目の前に浮かぶ親父をブン殴ってたことだ。



「てか、俺とお袋を戦わせるために夫婦喧嘩なんて大層な嘘吐きやがって……」

「いや、あれはマジ。後日談でボッコボコにされた」

「……アホ」



わざわざ授業をバックレて話を聞いた俺だけど、なんだかもうどうでもよくなった。

俺は親父を見るのを止め、硬いコンクリートの床に座り込みフェンスに背中を預けて空を見上げる。

広すぎる空は自分の存在の小ささを教え、青すぎる空は自分の汚れの多さを教える。



「あー、死にてぇ」

「ヲイ、この前の前向き発現はどこいった? 原点復帰か? ゴール前の振り出し戻るなのか?」

「そんなんじゃねぇよ。死にたくなるのは仕方ねぇことなんだ」

「自分の息子ながら病んでるな」



どんなことがあっても、俺の根底には死にたい感情があり続ける。

それは仕方のないことだ。ずっと向き合ってきた感情だから、きっと突然なくなった方が問題だろう。



「あんま気にすんな。実際に死んだりしねぇからよ」

「その言葉を信用できない俺は親失格か?」

「んなことねぇよ。俺の言葉を信用しろっていう方が無茶だろうよ。でもな……」



話の途中で屋上のドアが開く。

『屋上で独り言洩らしてる変な奴』とは思われたくない俺は即座に口を閉じる。

けど、突然の来訪者を見たとたんに口が開く。



「なんだ、麻依子か」

「『なんだ』じゃないよ。一緒に学校来たはずなのにいつの間にか消えてるんだもん。びっくりしちゃったよ」

「気にしなくてもいいのに。てか、今授業中じゃねぇの? サボりか?」

「実際にサボってる人に言われたくないなぁ〜」



それは小さな小さな、俺の幼馴染みだった。

タメとは思えないミニマムな姿でトテトテと走り、フェンスにもたれかかってる俺の目の前まで駆け寄ってくる。

流石に、座ってる俺はその顔を見上げることになった。



「……ちっちゃいのに見下された」

「ちっちゃいとか言わないの!!」

「ゴメンスマン謝る、だから俺の目の前にある目潰しにちょうどいい指を引いてくれ。危険すぎる」

「もう、今度言ったら許さないんだからねっ」



きっと、これからも謝れば許してくれるだろ幼馴染みは、眼球スレスレにあった指を引いてくれた。

そしてその代わりのように、差し伸べられた手。



「ほら、咲耶ちゃんの授業だから今から行っても出席扱いにしてくれるよ」

「そういや浅尾って最近甘くなってるよな」



担任の浅尾は、俺達が関与したあの事件の後から、遅刻を厳しくカウントしなくなったりテストの採点が甘くなったりと、徐々に軟化してきている。



「まぁ、生き生き仕事してんだからいいか」

「けど、ファンが増えて困ってるらしいけどね」

「そりゃご愁傷様」



適当に感想を述べながら、俺はダルい体を立ち上げる。

空を仰ぐように思い切り体を伸ばしてから、麻依子を見る……うん、やっぱりこの高低差が麻依子らしい。



「真慈、今酷いこと考えたでしょ」

「そんなことまったく」

「ダウト」

「スマン」

「うん、許す」



このくだらないやり取りで、麻依子は柔らかな笑みを浮かべる。

それにつられて笑いそうになる自分がいた。



「ほら、優しくなった咲耶ちゃんでも、そろそろ昔みたいに怒っちゃうよ」

「そりゃ怖い。そして面倒だ」



麻依子は俺のことを先導するように屋上のドアへ走っていった。

俺もそれに着いていこうと足を踏みだして……立ち止まった。

ふと、さっきまで親父がいた場所を振り返る。しかし、そこには誰もいない。



「死にたくても死ねねぇよ……俺はまだ自分の命に死ぬ価値を持たせるほど生きてねぇんだからな」



だから、俺は独り言を呟いた。

誰にも届かない言葉は時を待たずに消え去る。



「ほらー! 早くー!」

「分かった分かった」



そして俺は歩きだす。

俺に価値をくれる場所へ















―――――――――――――――












「スイマセーン。屋上でサボってたら麻依子が呼びに来たんでしょうがなく出席することにしたんで遅れましたー」

「清々しくて逆に怒る気がしないわね……分かったわ。取り合えずそのバケツに硫酸入れてあるから、それに手を入れて廊下に立ってなさい」

「めちゃくちゃ怒ってるじゃねぇか」





生きることは大変なことだ





「バーカ。途中で来るからそんなことになるんだぜ」

「まったく、女性につられてくるなんて浅はかだね」

「亮佑、先公の前でんなこと言うな。バミューダ海峡は……なんとなく、死んどけ」

「なんとなくってなんだよッ!! そして既に原型を止めてないけど訂正すると僕の名前は大西洋だッ!!」





生きていれば楽しいことはあるけど、それ以上に辛いこともある。

下手すれば9割は辛い。

残りの1割が楽しいこととは限らない。





「……シン……ノート」

「ん? あぁ、ノート見せてくれんのか?」

「居眠りしてた……ノート……見せて……?」

「ヲイ、今の今まで爆睡かよ」




けれど、その辛さに意味があったなら

その苦痛に意義を見つけられたなら

その悲哀に意地を持たせられたなら

その飢餓に意志を手にできたのなら





「ヘルゥ〜、暇だから遊びに来たわよぉ♪」

「ゴブッ!? ッバカかテメェ!! いきなり飛びつくなッ!!」

「理事長ッ!? 今は授業中ですよ!!」

「もぉ〜、ヘルと咲耶ちゃんのイケずぅ」





少しは救われないだろうか

自分が救われなくても、自分が関わった人たちの救いになるんじゃないのか

救えなくても、悲しみを減らせるんじゃないのか





「姉さッ…理事長ッ!! 仕事を放り出してどこへ行くのかと思ったら……どうもスミマセン」

「もぉ〜麗花までぇ。今日はヘルと遊びたいから仕事は明日やるって言ったでしょぉ」





例えそれができなくても、せめて誰にも迷惑を掛けない死に方を見つけたい

誰も巻き込まず誰も傷つけず誰も汚さない死に方を




「ああもうッ!! これじゃもう授業崩壊じゃないのよ」

「ごめんなさい。多分アタシが真慈連れてきたからこうなっちゃった」

「確かにその通りだぜ。でも、俺はこっちの方が楽しくていいぜ」


「……ったく」





それを見つけるために

それを識るために





「……サイ……」

「うぅ〜、ヘルぅみんながイジメるのぉ〜」

「いやぁ、こう美女ばかり揃うと壮観だなぁ……一人ぐらい僕に振り向いてくれないですかね。ね、会長?」

「ん? あぁ、うん、えぇっと……努力はきっと報われるぞ」

「なんか露骨に否定されたッ!!」


「……テメェ等」





そんな曖昧すぎるものを見つけるために、俺はみっともなく生き続けるだろう




「ウッッッセぇぇんだよッ!!!」




きっと、それが――俺の生きる意味となるから
















―――――――――――――――












生きなきゃダメ、死を軽く見ちゃいけない。


もっと生きたいッ!! 死ぬのは怖いから。


生きてたって無駄……もう死んだほうがマシだ。


なんか生きてる実感がない。でも、死にたくはない。



そんなこと言っててもなんも変わらない。

だって、生きてるんだから。

だって、死んでないから。


だから、私は生きる。

だから、私は死ぬ。


――そして死ぬ寸前まで、私は私らしく生き続ける。























『終わりよければすべてよし』という事柄は、多いようで少ない











―――――――――――――――







あー、えー、物語の後半グダグダに遅れてしまった夷です。

特に、最終回となる今回は自分自身も読み返さないと続きが書けないような状況でした。

それでも、最後まで続いたのは読者の皆様の存在があったおかげです。本当にありがとうございます。


最後の後書きですので、記念に下らない小話を一つ。


――この小説のタイトル『死にたくても死ねない』は、私自身の心境から来ています。

鬱病予備軍の私は、代わり映えのない日常や、これからの長い未来を考えると逃げたくなります。

それが眠りに昇華したり、趣味へ身を投じて忘れるのが殆どですが、その思考の結論が社会一般で言う『自殺』に至ることも少なくありません。

しかし、実行に移す気はありません。

その理由は単純に死が怖いという、人間として一般的とされる心理が大半を占めるでしょう。

しかし、残りの何割かには『人に迷惑を掛けたくない』という理由を含んでいます。

例え私が小さく価値のない人間でも、投身すれば現場にいる人には不快な思いをさせるし、運悪く巻き込まれる人も居るかもしれない。

そしてなにより身内に掛ける迷惑は、自身が生きて掛ける迷惑より大きくて永いものです。

だから、私は死なない。

だから、私は死ねない。

私が自ら死ぬとしたら、身内に掛ける迷惑を還元し終えた時で、きっとその頃には寿命でこの世にはいないしょう。


こんな思考を持った私は――時々、自身が白い羊の群れにぽつんといる黒い羊のように思えます。

しかし、誰が他の羊の毛色を白と決めましたか?

黒い羊が見た――おかしな思考を持ち合わせた自分の主観を、信用するんですか?

白く厚い羊毛で隠された、黒い黒い地肌――他人の本心を見抜けない私達に、他人と自分が違うなどとなぜ言えるのですか?





……えぇ、まぁ、うん、この後書きで何が言いたいかと、『作者は欝』『作者はこの作品でその欝を吹き飛ばしたかった』『作者は最近人間失格を読んだ』ってことです。




そんな、作者の行き当たりばったりなこの作品にお付きあい頂き、誠に感謝いたしております。

死死は終わりますが、ifストーリーが待っています。

予定としては麻依子END、小夜END、彩華END、麗花END、BADENDの5つ。ストーリーの骨組みも徐々に決まってきています。

『作品は必ず完結させる』という確約を忘れず、一生懸命頑張らせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

今まで本当にありがとうございました。


















…………てか、主人公より目立っちゃったよあの夫婦(苦笑)


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