SUICIDE46〜The strongest housewife in the world
サブタイトル『The strongest housewife in the world』は、見ての通り『世界最強の主婦』の直訳です。ただただ単純で特に深い意味はありません。
生きることに価値があり、死ぬことも意味がある。
故に人は精一杯に生き、自らの死を受容する。
生きることに意味があり、死ぬことに価値はない。
故に人は必死に足掻き、一度限りの生に縋る。
死ぬことに価値があり、生きることに意味はない。
故に人は自らが望む死を求めて、生を彷徨う。
死ぬことに意味はなし、生きることに価値はない。
故に人は終焉を迎えるまで、怠惰に生を貪る。
生死の価値に正解はなく、死生の意味に不正解はない。
なぜなら、生きている限り生死の意味も死生の価値も確定が不可能だから。
なぜなら、死んでからでは生死の意味も死生の価値も確証か持てないから。
故に、私はこの身が朽ちるまで精一杯一度限りの生に縋り、生を彷徨い怠惰に貪る。
故に、私はこの身が朽ちる時に必ず訪れる死を受容し、自らが望んだ終焉を迎える。
――そして、私はこの身が朽ちる瞬間に、生死の価値と死生の意味を自らの魂に刻む。
―――――――――――――――
「あ゛〜〜〜〜〜……ダリぃ。体の節々が痛ぇ。年甲斐もなく久しぶりにはしゃぎ過ぎたな」
俺は地べたに胡坐をかきながら、疲れで上がらない肩を回す。
……あぁ、もしかして四十肩か? やっぱり年は取りたくねぇな。
「つーか、死んでんのに年は取らねぇか……って、なんだこの自己完結」
俺は独り言を零しながら、鶴嘴に戻した幻羅空鶴を右肩に担ぎ、首をコキコキ鳴らす。
「にしても……どんだけいんだよ。あれか? 台所の黒帝悪魔と一緒で、一匹見たら周りには百匹居るってやつか?」
俺の周りには、意識が無くぐったりした鬼どもが、どこぞの廃棄物の山のように乱雑に積み上がってる。
……まぁ、全部俺がやったんだから、クレームのつけようがないんだがな。
そんな適当な感じで周りを見ていると、視界の端でゴソゴソと動く影があった。
「待て……敵意は、もうあらん」
「おぉ、気付けもしてねぇのに早いお目覚めだな」
よく見ると、そいつは俺が真慈に投げられて、秦に打ち返された時にぶつかっちまった鬼だった。
右拳が砕けてるのがその証拠だが……他に目立った外傷がないとはいえ、あの状態で立ち上がるとは根性のあるやつだ。
「こんなにやられたんは……姐さん以来や」
「まぁ、こんなオッサンでも世界最強の主婦と連れ添ってんだ。それなりの力は持ってるさ」
その鬼はふらつきながらも俺の隣まで歩き、倒れるように座る。
俺はその鬼に、肩に担いだままの鶴嘴の先を向けた。
「待ってくれや……俺は負けを認めたら、もうなにもやらん。あんだけの差を見せられたら、アンタに楯突く気もあらん」
「そんなんじゃねぇよ……瑠璃光」
鬼が力なく抵抗しようとする前に俺は術を紡ぎ、鶴嘴の先端が淡く光り、灰色の正六角推が鬼の右拳を包むように出現する。
「面が七つに頂点が七つで線が十二。点を黄泉への旅路とし、面を繰り返しの数とすることで四十九日の意味を抽出、そして点と面を立体にする線を十二の大願と置いて……いや、創り方はどうでもいいな。取りあえず、その結界はその手をちゃんとした形で治してくれる」
「いいのか……これは敵に塩を送るっていうやつやろ?」
「いいんだよ。こんなもん塩っつーよりしょっぺぇ汗みてぇなもんだ。それに俺は刺されるような大層な背中は持ち合わせてねぇんだよ」
「姐さんにも言えることやけど……アンタ、理解不能や」
「秦を理解できなねぇのは、にーちゃんが世界最強の主婦じゃねぇからだ」
俺は懐から煙草の箱を取り出し、トントンと叩く。
出てきたフィルターをくわえて抜き出してから、人差し指を煙草の先端に近づけ、煙草の先を包むように極小の黒い結界を作り出す。結界はすぐに溶けるようにして消え、煙草には火が点いた。
その煙草の煙を吸って――ゆっくり吐く。
「ふぅ〜、やっぱ一仕事終えた後の一服は最高だな」
「……それも結界術なんか?」
「おう、俺は結界以外はあんま知らねぇんだ。本来は『灰塵煉葬』つう結界内を空間ごと焼き尽くす危険な術なんだが、チョチョイと小さくして詠唱端折ってライター代わりにしてんだ」
俺は紫煙のわっかを作りながら、人差し指の先で、足元の床に手のひらサイズの四角を書く。
その四角の内側は黒く染まって、すぐさま溶けるように消え……平らだった床には正方形の穴が完成した。
ただ、一瞬だけ立ちこめる異常な熱気だけが、この結界の内部で起こった出来事を証明する。
「まぁ、準備ナシでやれるのは精々こんなもんだ」
「……」
「ん? どうしたにーちゃん。顔色悪くなってるぜ?」
沈黙している鬼を見ると、見事な顔面蒼白状態で、俺の作った穴を見ていた……なるほど、これがまさに青鬼か。
「……マジで手加減しとったんやな」
「ちゃんと言っただろ? 手加減してやるって。『本気』は出してもいいが、『全力』出すのは疲れっから趣味じゃねぇんだよ……女房と息子は大好きみてぇだけどな。てか、これは対生物に使ったことは五回しかねぇから心配するな」
「ご、五回……?」
「この術は結構昔から使えたんだが、どうも運が悪い術みてぇだから全力じゃ使わねぇようにしてるんだよ。因みに一回目はボンミスして自分が焼かれそうになって、二回目は魚焼こうとしたら消し炭になった。最後に使ったのは自称大学生のフリーターに灸据えてやろうと思ったら、魔物のねーちゃんに打ち消されたな。残り二回は秦に食らわせたが……二回とも意味なかった」
あの頃は集中して結界に取り組んでなかったとはいえ、まだ世界最強の主婦じゃなかったあいつは、真っ直ぐに俺を看破して打破しやがった。
てか、あいつに紆余曲折や右往左往なんてもんは微塵もねぇ……俺との馴れ初めも、直線的で一方的で圧倒的だった。
……あぁ、今思い出してもあれはトラウマもんだぜ。
「……なぁ、聞きたいことがあるんやけど。いいか?」
俺が焦げすぎたカラメルのような、控えめな甘さと共に壮絶な苦味を含んだ思い出を振り返っていると、青顔にーちゃんが声をかけてきた。
「別にいいぞ? 俺の知らねぇことと秦のスリーサイズ以外は何でも応えてやる」
「……。なぁ……なんでアンタはそんなに強いんや? それに姐さんも」
「あ? 秦は強いに決まってるじゃねぇか。世界最強の主婦だぜ? まぁ、死んだ身だからしばらくすりゃ『世界最強の主婦』の座から名前を下ろされるだろが……主婦としての志は歴代最高だったらしいから、なんらかの形で語り継がれるじゃねぇの」
下手すりゃ英霊級の力を持ってるからな、秦は。
その身体自体が対軍宝具って感じか……いや、我ながら冗談にしちゃぁ笑えねぇ。
「さっきから思ってたんだが……アンタは姐さんのことばかり話しとるけど、アンタはどうや?」
「あ? 俺か? 勘弁してくれよ。俺は身内自慢は得意だが自分自身を過大評価するのは苦手なんだ。俺は俺に自信がねぇからよ」
「……アンタの噂は耳にしたことある。世界を創るとまで言われる結界術……この世界の中で最強の主婦やとしても、『違う世界を創る』ことができるんなら姐さんの力も関係ない……」
「一寸黙れ」
俺は特に動かず、一瞬で鬼の口の中に簡単な結界を形成する。
突然口を目一杯広げられて混乱し暴れだそうとする鬼の体に、間髪入れずその体の主要な関節を覆うように鼠色の結界を形成し、空間に固定することでその動きを封じる。
「!!?」
「その想像力があるんなら、俺がなんでこんなことしたか分かるよな、にーちゃん。俺は身内自慢は得意だが、俺の身内を過小評価する野郎の扱いは苦手なんだ」
世界最強の主婦やとしても……そう、鬼は言った。
例え仮定の話だとしても、秦が敗北することを身内以外が話すのを俺は許さねぇことにしている。
……まぁ、俺は家族には甘いからな。
その気になれば全ての結界を爆散させて、そのふざけた想定をしやがった脳漿をぶちまけることもできるが……まぁ、俺はそーゆーのは趣味じゃねぇ。
俺は動きたくても動けない鬼を視界の端に捉えながら、フィルター寸前にまで短くなった煙草を最後に小さく吸う。
煙草独特の上手さと焦げ臭さの不味さを含んだ煙……それはそれで俺は好きだ。
「さて……そろそろあっちも終わるようだから、親切心でにーちゃんの質問に応えてやるよ」
自慢じゃねぇが、俺は結界術に関しては人より詳しい。
真慈が作り上げた『終結乃戦場』だが、許容範囲を超える力によって、その世界との境界線が揺らぎ始めている。
……まぁ、俺と真慈じゃ年季が違う。
俺が教えたとはいえ、ものの数ヵ月で覚えた結界に綻びがあるのはしかたねぇことだ。
「俺が理解不能なのは、にーちゃんが家族を救えない絶望を知らねぇからだ。俺が強いのは家族を守るためっつー、不甲斐ねぇオッサンの独り善がりな努力の成れの果てだ」
俺は気怠だるく立ち上がってから、フィルターまで火が進んだ煙草を吐き捨て、靴底で磨り潰す。
鬼につけた結界は……まぁ、そのままにしといてやろう。
この戦争の最後は、アリーナ席で見たほうが楽しいからな。
……まぁ、席替えは認めねぇけど。
「んじゃ、休憩は終了。もう一仕事行くとすっか」
俺はもう少しでやってくる時への準備を開始した。
面倒だけどな……ちょっと気張ってやんよ。
―――――――――――――――
俺が展開した『終結乃戦場』の内包する意味は、大きく分けて三つ。
一、『空間掌握』
一定空間を世界から完全に隔離、その空間を自分のイメージに描き換える。
二、『輪廻乖離』
結界内に存在する魂の消滅を、霊力による再生を促進、加速化させることで防ぐ。
三、『終繕幻界』
結界が解除及び崩壊した場合、結界内の魂、空間が如何なる状況でも結界前の状況へ返還する。
この中の『輪廻乖離』を応用して、義肢で切り離し可能な左腕に、俺の魂に残留している真壱の魂を切り離し、促進された魂の再生によってその魂を結界内で回復、体を具現化させることを可能とした。
そして、俺も外れた左義肢を再生した生身の手足で補い、真壱と一緒に二対一でお袋に挑むことにした。
……でも、俺達は神々の戦場を横に並んで爆走していた。
無論、俺達の後ろには……
「ヴォラァァアアアア!! 逃げんじゃなよ息子共ォッ!!」
世界最強の主婦がいた。
そりゃもう、最高に楽しそうな笑顔で俺達を追走していた。
俺達から見れば、その笑顔は恐ろしいことこの上ないのは言うまでもない。
「今更ながら、僕はこの場に出てきたことを後悔しているよ、真慈。しかし、僕はこの場に出てくる以前から、この場に出たら自分が悔やむ事ということが確実ということが分かっていた。ということは、時系列的に考えれば僕が今感じている感情は『後』々『悔』いる『後悔』ではないと思うんだ。そこの所、君はどう思う?」
「そんな戯言タレてんだったら後ろのアレ止めやがれッ!!」
「無理難題を言うものじゃないよ、真慈。御機嫌の母さんは、ミサイル程度じゃとまらないと思うよ。なにより、僕は投身自殺はしたくないな」
俺達は真っ正面から特攻しても即死するだけと本能で悟り、一先ず逃げて手を考えようとしたけど、これが失策。
俺達が並走してる今、お袋の意図で一定の距離は保たれてるが、俺達が二手に分かれたら、お袋は確実に片方を仕留める。
裏づけなんかなくても、後ろからビシバシ来る気配がそう語ってる。
最初に同じ方向へと走ったのが運の尽きで、俺達はひたすら走るしかなかった。
「このままじゃ埒があかないね。いつかは僕達がへばっちゃうだろうし、その前に結界の限界も近いよ。でも、この結界がなくなったら僕は消えるから、後は一人で頑張ってね、真慈」
「テメェ、大層な登場シーンかましといて結果はただ逃げてるだけか? このチキン野郎」
「生憎、僕はアメリカ人じゃないから鶏呼ばわりでもかまわないし、逃げるが勝ちって言葉通り、仕方なく逃げることは恥じることじゃないと思ってるから」
「黙れ、舌回してねぇで頭回して打開策打ち出せ」
この結界が解けたら真壱は現在の状態を維持できず、俺も左義手は戻ってきたとしても霊力はそれほど残らない。
そんな状態じゃ勝負する以前に決着がついてるようなもんだ。
「なら、僕が考えついた有効な戦法は一人が一定時間の陽動して、もう一人がその時間をかけて形勢逆転の一手を放つ。定石だと思うよ」
「……いや、それより最上級の手がある」
「へぇ、それは僕が出した案より勝率が高いってことかい? 是非とも聞かせてもらいたいね」
俺の言い方が癪に触ったのか、軽く挑戦的に俺に質問してくる。
でも、俺は確信していた。
真壱は俺の答えを知った上で、あえて質問した。
そして、俺がその答えを出すのを信じている……なら、俺はその期待に応えるだけだ。
「ンナもん決まってるじゃねぇか……二人で手ぇ出してして、二人でブッこむンだよ」
小手先の勝負なんて無駄だが、お袋に正面からぶつかるなんて自殺行為。
でも、小手先が二本あれば少しは有効だろうし、正面からぶつかるとしても二人だったら、分散でも同時でも疑動でもいい、幅は広がる。
……わざわざ人柱みてぇに一人犠牲にする必要はねぇ。
「それを言うためにわざわざ僕に策を出させたのかい……それにしても、これ以上なく最上級の無謀な策だね」
「無謀がなんだっーの。お袋を倒した時、俺達二人がへばってもしっかり立ってなきゃこの勝負は勝ちじゃねぇ」
「確かにそうだね」
「んじゃ、文句ナシの可決っーことで、十秒後に行くぞ」
「分かった」
自殺行為なのは分かっている。
だが、逃げっぱなしは性に合わねぇし、決着つけなきゃ終われねぇんだよ。
「ねぇ、真慈。兄弟喧嘩と親子喧嘩の大きな違いは、兄弟喧嘩は『本能』で争い、親子喧嘩は『知能』で対立するものらしいよ」
「……ふん。だったら頭使って戦ってやろうじゃねぇの!!」
俺達は合図もなしに同時に振り返り、進行方向を逆転させる。
そして、真っ正面から猛進してくるお袋に向かって跳ぶ。
「ウラァッ!!」
「ハァアッ!!」
二人で体を翻し、その体の真っ正面から蹴り二閃をブチ込む。
不意打ちに対して反応しきしきれなかったのか、お袋は俺達の蹴りに突っ込むような形で食らい、土埃を上げながら後方に吹っ飛ぶ。
「真壱ッ!!」
「分かってるよ。最終安全解除コード、ヘルヘイム……発動・煉獄焔砲‐矛双」
着地した瞬間、真壱の両腕は髑髏を模した二つの砲筒に変形する。
本来の用途は砲弾を打ち出す……しかし、今回は違う。
「……白きは狼の冬」
俺は詠唱開始と同時に砂埃の中に突っ込む。
お袋の姿を探しながら、右腕にありったけの力をブチ込む。
「……黒キハ焔ノ剣」
真壱の口から狂った発音で紡がれる言葉。
脇目で見ると、左砲からは激しい黒炎が燃え上がっている。
刹那、お袋の影を砂埃から捉える。
――自身の背後に
「ッ!? 太陽を喰うは嘲笑う狼ッ!!」
俺は詠唱を途絶えさせず、感覚で真っ正面に跳び、お袋の間合いから逃げる。
お袋の殺気はそんな些細な抵抗を無視して、俺を飲み込んで――後方から爆音が響き、殺気が失せる。
「月ヲ喰ウハ血濡レタ狼」
体勢を立て直し振り返ると、そこには爆炎を振り払うお袋が立ち止まっていた。
その爆発は真壱の右砲による援護射撃――真壱の生み出した隙を無駄にしないために、俺は迷いを切り捨てお袋の懐に飛び込む。
「生は礎、死は目的」
詠唱を続けながら、足を刈るように横一閃の蹴りを放つ。
しかし、お袋は俺の姿を確認する事無く跳んで、難なく回避する。
俺は無理に食いつかず、一歩下がって反撃に対するため距離をおく。
そして計ったようなタイミングで、目の前のお袋を再び爆炎が包み込む。
「生ハ至宝、死ハ終結」
真壱の力は臨界点を超え、左砲を飲み込む業火は、髑髏を模したその銃口に喰われる。
俺は右腕に満ち溢れる力を、握り締めた拳に一点に集中させる。
しかし――今の俺達で完璧に押さえられるほどお袋は甘くない。
「生の担い手は愚者、死の担い手はその半身」
「死ノ担イ手ハ愚者、生ノ担イ手ハソノ半身」
真壱の砲撃を片手で振り払ったお袋は、俺との距離を一瞬で詰める。
振り上げられたお袋の拳を左手で受け切る。
バキボキっと、愉快で不快な音が左拳から身体へと響き渡る。
霊力を供給すれば左拳は再生するが……今は右拳に全力を注ぐッ!!
「生死の女神が名の下に」
「死生ノ女神ガ名ノ下ニ」
二度目の拳を受けた左腕が肩口から根こそぎ吹き飛ぶ。
しかし、俺はそれを無視して右拳を振り上げる。
そんな俺の攻撃を、お袋は『回避』より腕による『防御』で対応した。
「その魂に生きる痛みを刻むッッ!!」
俺は右拳を渾身の力で振るう。
お袋のガードの上から、叩き込んでブチ込んで押し込んでブチ込んで捻込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込んでブチ込む!!
「ソノ魂ニ死ヌ苦シミヲ刻ム」
俺の右拳がお袋のガードと迫り合っている間に、真壱はお袋の背後を取る。
そして、黒炎を漏らす髑髏の口がその背中を捉えた。
これで――表裏一体、相反する力が標的を挟んだ。
「砕けろぉッッッ!!! 生奪地獄ノ鉄槌!!」
「終ワリダァッッ!!! 死与冥府ノ咆哮!!」
俺は拳に込めた力を解放し、真壱は渾身の力を撃ち込む。
そして――爆発した。
光が、音が、地面が、空気が、空間が、世界が――爆発した。
お袋を挟んだ相対でありながら相似する力は、お互いに相生し相克し反発し同化し交差する。
その爆発は術式によって広がらずに一定区域を光で飲み込み破壊し続ける。
しかし、その爆発の威力は術式に納まり切らず、漏れ出る衝撃に俺は為す術なく吹き飛ばされる。
自力で止まることさえできず、地面にしこたま打ち付けられてから自然に止まる。
「……アガッ……あぁ、死にそうだ……ッ! このクソ……真壱は……死ん、でねぇだろ……う、な」
「うん、死んでないよ」
……真壱は俺の脇に立っていた。
息絶え絶えの俺の脇でそれはもう平然そうに、両砲も元の腕に戻して何事もなかったように。
「……テメェ、なんでそんな平然としてやがんだ?」
「だって、二人でブッこむって言っても僕の役目は援護射撃だし、真慈がよく頑張ってくれたから母さんに一撃ももらってないからね。それに接射してないから撃って直ぐに逃げて、早々に危険区域を出させてもらったよ」
「このクソッ!! 少しは俺の苦労を味わえ!! そして敬え!!」
「僕は極力苦労はしたくないし、弟を敬う気はさらさら無いけど、倒れてる弟に手を差し伸べるために反対方向から駆けつけるぐらいのささやかな優しさは持ってるつもりだよ。それに『俺達二人がへばってもしっかり立ってなきゃこの勝負は勝ちじゃねぇ』、なんだろ?」
「……あんがとよ」
俺は差し出された真壱の左手を乱暴に取って立ち上がる。
……握った真壱の手に力が入ってない……このバカ兄貴、澄ました顔して無理してんじゃねぇかよ。
本当は辛いはずなのにそんな様子を見せずに真壱は微笑した後、すぐにその表情を曇らせる。
「それにしても、母さんはどうなっただろう。手応えはあったけど……もしかして無傷で出てきたりして」
「縁起の悪いこと言うな。全力の攻撃でブッ倒れてと割に合わねぇぞ」
実際問題、これでケリがつかないと満身創痍な今の俺達が勝利を得るのは難しい。
俺は左腕の再生に回す霊力さえまともに残ってない身体を、俺達が起こした爆発の爆心地へ向け――
「――やっとやる気になったかい。愚息共」
突然、目の前に広がるスラッとしながらも力強い真っ白な手。
俺と真壱の間に、音も気配もなく現れた一つの影。
その影は紛れもなく――世界最強だった。
「でも――私に張り合おうなんざ百万光年早いッ!!」
その手に顔面をがっしり捕まれた瞬間、世界が反転する。
後頭部から異常な痛みと衝撃が全身に走った時には、俺の意識は黒く塗り潰されていた。