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SUICIDE44〜最強VS死神‐再会のち再開〜


主婦……それは戦利おかいどく品を手に入れるため、戦場やすうりを駆け抜ける疾風の猛者。

主婦……それは家庭の財政において、独占的な実権を握る権力者。

主婦……それは家庭や家族を癒し支え護る、史上最強の守護者。



体は闘神ヘラクレスの如き豪傑で、神鎧アイギスよりも神聖なエプロンを纏った伝説の戦女神。

心は聖女ジャンヌよりも高潔で、聖剣ギュランダルよりも強靱なほうちょうを手にする達人。



その後ろ姿は勇者しゅふ

その生き筋は伝説しゅふ

その進む道は無双しゅふ

そして、その存在が世界最強しゅふ















―――――――――――――――













――とある青年が自身の兄と出会い、自身の父親をブン殴ってから一ヵ月後――















世界最強の主婦である私の足元には、深々と土下座をしている者がいた。

私はその者に対して、ドスを利かせた声をかける。



「テンメェ……分かってるね?」

「ス、スイヤセンッ!! 二度とこんな真似はいたしやせんッ!! で、ですから、是非ともご慈悲をッ!!」



引きつる声で必死に謝るその男は図体が人より一回りデカく、両耳の上辺りに牛のような角が生えている……その角が鬼である証拠だ。

他はわりと人間っぽい姿をしてて、そのギャップが面白かったりする。

しかし、今の私は鬼の土下座なんて珍しいもの見せてられても、治まらないほどの怒りを抱えていた。



「……私に一発殴られるのと、この屋敷を隈無く掃除するのがどっちがいい?」

「掃除!! 隅から隅までチリ一つなく掃除させて頂きやすッ!! ですからその拳を降ろしてくだせぇッ!!」



私が言う『屋敷』というのは、鬼が根城としている古城ココのことで、その広さは普通の家屋とは桁違いだ。

私の主婦スキルを発動しても、全部掃除するとなると丸一日かかる。

この鬼がやるとなると……半月は寝れないね。

この鬼だってそんなことぐらい分かってるだろうに、一瞬で終わる鉄拳制裁を恐れてる。



「……はぁ」



私は小さくため息を吐く。

まぁ、反省の色はあるし、相手は鬼でも私は鬼じゃないからね。

必要なのは反省して、次の過ちを犯さないことなんだから、虐待的なことをする必要はない。



「……仕方ないねぇ。一ヶ月間トイレ掃除、できるかい?」

「ヘイィッ!! 便器を舐めてもいいぐらい綺麗にさせて頂きやす!!」

「そこまでしなくてもいいけどね。許してあげる。だからさっさと行きな」

「ありがとうごぜいすッ!! 失礼しやした!!」



顔を上げた鬼は、冷や汗を滝のように吹き出しながらも、安堵した表情で私の前から脱兎の如く走り去っていった。



「まったく、困った子だね」

「チャーハンのグリンピースを残しただけで、大男を震え上がらせる脅し方するんですか?」

「人が丹精込めて作った食事を、自分の好き嫌いで残すなんて最悪な行為なんだよ。なんなら、アイツの代わりにアンタが鉄拳制裁受けるかい?」

「それは勘弁してくだせぇ。姐さんに本気で殴られて死にかけてる野郎を何人も見てますから」

「アンタ等が好き嫌いしすぎなんだよ……怒っちゃいるけど本気のほの字も出してないしね」



私の横には黒いスーツに身を包み、サングラスをかけたオールバックの男がいた。

さっきの鬼とは少し違い、その耳の上には羊のような巻き角が生えている。

私はその男をあんまり気に掛けず、一通り片付けが終わった台所の掃除を始める。

水垢を落とすのには酢がいいのは有名だけど、シンクに湿気を残さないように掃除して、水垢を予防するのが一番いい。



「……いや、完全に放置しないでくだせぇ。姐さんに言付けがあるんです」

「ん、なんだい?」

「正門の前で姐さんの息子を名乗るヒョロいガキが、『とっととお袋早く出しやがれ』とかぬかしてやした」

「……ふぅん」

「まぁ、警備の奴らが追っ払いにかかりやしたんで心配いりやせんが、一応報告いたしやす」



鬼の言葉の半分以上を聞き流しながら、私は台所の掃除を一先ず済ませてから、手近な収納棚からフライパンを取り出す。



「あれ、姐さん? なんでフライパンなんぞ出しとるんですか?」

「ん? 息子が来てんだろ? なら、出迎えてやらなきゃな」

「……姐さん、俺の聞いてました? 俺達はそのガキを追い出したんですぜ。それにガキが姐さんの息子さんとはかぎりやせんでしょ?」



鬼の顔には、私の言うことが信じられないことがあからさまに出ていた。

けど……それじゃあ甘い。



「ダメだね。相手は仮にも『私の息子』を語ってるんだ。油断するな、安心するな、注意を怠るな。心眼を鍛えろなんて言わない。相手が豪勢な名を語るなら、見た目なんて眼中からとっぱらって、その名に釣り合う戦力で立ち向かってやりな」

「は、はぁ…………ん? なんか揺れてやせんか?」



私が話してる間に、屋敷全体が不自然に揺れ始める。

その揺れの原因は……いや、考える必要はないね。

私は芯深く轟く揺れに笑みが零れる。

そしてその笑顔のまま、隣で混乱している鬼に声をかける。



「さて……よーく見ときな。これから主婦さいきょうの本気を見せてあげるよ」



ドガンッ!!



揺れが最高潮に達した瞬間、爆音が響き渡り、目の前の壁が爆発する。

爆風と共に粉塵が吹き付ける中、私は直感的に手にしたフライパンを横薙ぎに振るう。

ただの調理器具も主婦が持てば武器となり、粉塵に紛れて飛来する物体を正確に捉える。



「「ゴブァ!?」」



横に弾き飛ばした飛来物は、近くにいた鬼を巻き込みながら、壁に横穴を一つ増やして飛んでいった。

私は即座に意識を目の前へ戻し、横薙ぎの動作を無駄にせずに、そのままの態勢でフライパンを爆発によって開いた大穴に向かって投擲する。

私の力によって音速級の速度を得たフライパンは、立ちこめる粉塵をその風圧で切り裂く。

すべて粉砕する砲弾となったフライパンは……大穴を通過する前に、一つの影に止められた。



「感動の再会にフライパンを全力投球ってのは、ちっとばかし奇抜すぎねぇか。なぁお袋ッ!!」

「自分の父親を投げるあんたに言う権利があるのかい」



私の視界に映るのは生気をまったく感じさせない純白の髪に、骸骨を模した漆黒の不気味な義肢。

そいつは異常な殺気を放ちながら、その義手の左手一本でフライパンを握り潰した。



「いや、飛んできたのが親父って分かってて、本気で叩き落とす方が問題だろ」

「あれぐらいだったら、ダイちゃんはかすり傷さ」

「……まぁ、あの親父が打撃でくたばることはねぇだろうな」



その影の正体は須千屋真慈。

正真正銘私の息子だ。

そして……その体の中にはもう一人の息子もいる。

二人の息子は一つの体で、私の前に堂々と立っていた。

鼻の奥に込み上げてくるものを押さえ込みながら、私も二人に相対あいたいする。



「まぁ、用件は分かってんだろ……取り敢えずブッ潰しに来た。その他諸々はそれからだ」

「抜かせバカ息子。アンタの母親を誰だと思ってる? アンタが前に相手したのは私だけど私じゃない。今、アンタの前にいるのは正真正銘本物の私だよ」

「んなもん百も承知だ。その上で、俺はここに立ってんだよ」



私が与える気迫にも、息子は屈することなく私に対峙する。

その目に映るのは虚勢ではない、恐れさえ押さえつける本物の闘志。



「……でも、こんな屋内トコでアンタと戦ったら、生き埋め決定だな」

「なんなら外出るかい? 喧嘩は外でやるのがマナーだろ?」

「いや、その必要はねぇよ」



そう軽く言った息子は潰れたフライパンを投げ捨て、瞳を閉じながら地面に左拳をつける。

その拳には黒い炎が灯り、それと同調するようにもう片方の右拳が白く輝き始める。



「……黒の名を冠す炎の巨人よ、その身を焦がしながら先陣を切り、我らを決戦の地へと導け……」



聞いたことのない詠唱……でも、組み方はダイちゃんの術に似てる。

しかし、術に込めている霊力の量が異常に多く、両拳に流れ込んでいる霊力は美しく澄んだ金属が鳴るような音を放ちながら、通常の何十倍もの密度に圧縮されている。

一体なにをする気か分からないけど……これは止めないとヤバいかもしれないね。



「私は戦隊ヒーローの悪役じゃないんだ。敵の隙を待つ義理も道理もないねッ!!」



私は接地を勢い良く蹴り、息子との距離を一歩で縮める。

息子は集中しているのか、私の行動を意に介さずにピタリとも動かない。



(……攻撃系の術じゃなくても、あれだけ霊力を込められた拳で殴られたらたまったものじゃないね)



そう判断した私は、息子に肉薄する寸前に床を蹴り、バク中の要領で息子を飛び越える。

そして空中で体を捻り、着地態勢を半回転させる。

そして着地した瞬間に、正面に見える息子の背中に向かって一直線に跳ぶ。

初動から約五秒の業、私は拳を振り上げながら息子の背に迫る。

息子はその速度に追いつけず、顔を横に向けるだけ。

だが……



「ッ!?」



私は前進を止め、バックステップで息子と距離を取る。

……完全に詰んだはずだった。

でも、一瞬見えた息子の顔に私の本能が危険を察知した。

ほんの少しだけ見えた、息子の大胆不敵な笑み……勝利を確信した者の表情に、私は詰みを放棄した。

しかし、当の息子は振り返りかけた顔を戻し、私に背を向けたまま愉快そうに肩を揺らすだけ。



「ハッ……さすがお袋。相変わらず恐ろしいほどいい目をしてやがる。でも、陽動フェイントにも反応してちゃキリがねぇぜ?」



息子の声は私を小馬鹿にするように軽い……しかし、さっきの笑みは陽動にしてはあまりに不気味すぎる。

私は早々に戦闘の構えを解き、息子の術の発動阻止を諦めた。

でも……そう簡単に思い通りになってやるのも癪だ。



「なら、私も大技繰り出してやろうじゃないの」



私は一切構えを取らず、ひたすら集中する。

無駄な装備は必要ない……この肉体は既に最強。

しかし、最強はいくら突き詰めても最強であり、『完璧』ではない。

故に最強に限界はなく、鍛え高め極めればその力は更なる『最強』へと至る。

この際一切の出し惜しみはしない。世界で最も強い主婦と言われる力を、この場で証明する。



縛劫ばくごう……夢想幻壊むそうげんかい



これは、ダイちゃんを手に入れる時に使った、主婦流の原型となった最初の奥義。

この奥義は発動しても私の体に大きな変化はない。

でも、私は今までの最強が持つ限界を超える。

そして、世界最強に相応しい心を持った私は、真に最強の主婦となる。



「うわ……えげつねぇ。最初からブチのめす気満々じゃねぇかよ」

「ナメるな息子。アンタの母親……世界最強の主婦相手に喧嘩を売るってのは、こういうことなんだよ」

「おー恐ッ」



息子は減らず口を叩きながら地に片腕をつけるポーズを解き、私の方を向く。

その右拳には白い力が、左拳には黒い力がそれぞれ凝縮され、球体として形成されていた。



「なんだい、その青狸機械人形ネコがたロボットの手みたいのは」

「うっせー、黙ってみてろ」



その両腕を顔の前でぶつけ合う。

その衝突の瞬間、白と黒は接触し交差し乖離し、空間さえ歪める力を生じさせる。

震える空気を肌に感じながら、私は息子の行動をただ見据える。



「さぁ、始めよう。高潔で醜悪なる最終決戦ラグナロクを……終結乃戦場ヴィーグリーズッ!!」



息子の叫びと同時に、歪んだ空間から『力』が溢れだす。

その『力』は空間を侵食しながら異世界を作り出し、今ある世界を塗り替えていく。

その世界は血に汚れた荒野。

大地は深々と抉られ、草花はずさんに踏み躙られ、空には燻る黒煙が立ち上ぼる。

獣の咆哮や人の雄叫びが響き渡り、空気と大地……空間をも芯から震わせる。

その荒野は憎しみと怒りが渦巻き、荒々しき戦が繰り広げられる戦場。

そのド真ん中に私達はいた。



「空間移動でも時空移動でもない……結界だね」

「ご名答、ここは俺が作り出した結界の中だ。名は『終結乃戦場ヴィーグリーズ』。この中なら室内でも十分暴れられるぜ」



術を発動した息子は、既に黒い義肢に黒炎を灯らせ戦闘態勢に入っていた。

……前見た時は、黒炎に飲み込まれるようだったけど、今は黒炎を思い通りに纏っているイメージになってるね。

まぁ、いい……私は目の前の息子を倒すのみ。



「さて……地面に頭擦りつけて土下座する準備はできてるかい?」

「その言葉、利子と熨斗つけて盛大に返してやるよ」



私達はお互いに言い合いながら、ふてぶてしく笑い合う。

それは親子の再会というよりも、何十回も拳を交えた宿敵とまみえた時のように、最高に面白い状況。



――かつて幕切れした親子喧嘩は、再びその幕を開けた。









アケオメでございます。


神酒は毎年のごとくの寝正月……と思いきや、大学から課題が来てその課題を完遂させるのに必死でした。

……いや、投稿が遅れたのは、年末大人買い(ただし古本屋)した小説読むのに時間を消費してただけです、ゴメンナサイ。



読者の皆様には今年もご贔屓にして頂きたいと思います。

そして、今年こそは順調に小説が更新できることを願います。




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