SUICIDE38〜ぬいぐるみ達の前奏曲(プレリュード)〜
貴方を見ると胸が疼く。
私は貴方を嫌いなのかもしれません。
貴方を見ると胸が疼く。
私は貴方を好きなのかもしれません。
貴方を見ると胸が疼く。
私ハ貴方ヲ殺シタイノカモシレマセン。
―――――――――――――――
目を潰しそうな程強烈な光に目蓋を閉じた俺。
その俺が次に目を開いた時、視覚に飛び込んできた色は……黒。
「……なんだこれ」
真っ黒な地面に重く薄暗い空間が乗っかっている。
それほどに足元はペンキで塗り潰されたように黒く、実体があるかのように暗い世界に俺はいた。
そして、目の前にはクマやウサギを模した、ぬいぐるみが積み重なってできた四、五メートルはある山。
その中には某黄色いクマや某耳がデカいネズミ等、お馴染みのぬいぐるみもあった。
この暗く気味の悪い空間に、ぬいぐるみなんて合わないと思えるが、そのぬいぐるみ達の『状況』がこの世界と異様にマッチしていた。
「現実じゃないとしても……酷いな」
そのぬいぐるみ達は、すべて『壊れて』いた。
一つは手足をもぎ取られ、一つは頭を跡形もなく切り刻まれ、一つは体中に釘やネジが埋め込まれている。
さらに、その切り口からは真っ白な綿じゃなく、真っ赤な肉が飛び出し、赤黒い血が滲み出ていた。
そんなぬいぐるみが何十個…何百個も山になって、地面に生臭い黒血の大海を作っていれば、不気味としか言いようがない。
《……ククッ…ククククッ……》
そして、その山の頂上で不気味な笑みを浮かべながら、某アヒル型ぬいぐるみの目玉を引き千切ってる者がいた。
その姿は、黒髪以外はまさに俺の生き写し……そして俺自身。
「ったく、随分と悪趣味だな……このクソ狂気がッ!!」
《クケケッ……人ノ趣味二イチャモンツケルナンテ、不粋ジャネェカ? ナァ、相棒》
睨み合う俺と狂気。
狂気は笑いながら、引き千切った目玉を指先で粉々に握り潰した。
「この空間……元々こんなんじゃねぇだろ?」
《オウ、サイコーダロ? 生血滴ルノ人形ナンテ現実ニハネェカラナ》
「最悪だって言ってんだろうがクソが。……それにしても、この空間は創造は出来ないと親父に聞いてたんだけどな」
《ナニヲ言ッテヤガル。ココハ相棒ノ精神、ツマリ俺ノテリトリーダゼ? 喰ッチマエバコッチノモンダ》
そう言った狂気は、不快な笑みを浮かべながら、手に持ったぬいぐるみを上に投げて……
《朽チ果テロ……破滅乃絶望》
……創造した漆黒の刀で、そのぬいぐるみの胸部を綺麗に貫いた。
黒い刀身にぬいぐるみから溢れ出る真っ赤な血が、ゆっくりと刀身を赤く塗り潰していき、鍔まで流れていく。
「なるほど……」
狂気の言ってることは大体理解した。
それを踏まえて、俺は屈みながら血の海と化した地面に手の平をつける。
まだ生暖かく、独特のぬめりを感じながら……念じる。
……俺はこの空間を支配する。
俺の手を中心として、世界は黒から白に変貌を開始する。
黒い地面は崩れ去り、薄暗い空間は霧散していく。
そして、趣味の悪いぬいぐるみの山を残し、世界は白に染められた。
《……ヤッテクレルゼ、相棒》
「ハッ、テメェに出来ることが俺に出来ねぇわけねぇだろうが」
俺は立ち上がりながら、手の握ったり開いたりして、空間の感触を確かめる。
……確かに、これなら創造できるな。
「生み出せ……創生乃祝福」
創造によって、俺の目の前に白銀に輝く一振りの刀が現れる。
その刀を右手に掴んで、切っ先を狂気に向ける。
「ダメ元で聞いてやる。お前は勝手に暴れないことを約束できるか?」
《……ハァ? ナニイカレタコトヌカシテヤガル。暴走ヲ止メタラ、俺ハ廃人二ナッチマウ! 腐ッチマウダヨオオオオオオッ!?!》
興奮し始めた狂気は刀を振り上げ、突き刺したぬいぐるみの頭部を半分に斬る。
――頭から胸を真っ二つに斬られたぬいぐるみは、血肉を撒き散らしながら空中に舞い上がって、気味のいいダンスを踊る。
「じゃあ、交渉決裂だ」
《ツマラネェコト言ッテンジャネェヨ相棒ォ!! 交渉ナンテスル気ハサラサラネェヨ!!》
俺と狂気は同時に左脇腹の服を人皮ごと引き裂き、背中に設置されたピンを外してから、服の上から左肩を押す。
――空中で踊っていたぬいぐるみは、重力に引かれ落下を始める。
「発動……輝災禍鈴」
《発動ォ!! 輝災禍鈴!!》
俺達は力を解放する。
それは本気で相手をブッ倒すため。
その殺意に誘われ、自然と訪れる緊迫状態が、この場に静寂を生み出す。
――きりもみ状態で落ちてくるぬいぐるみが……グシャリと音を立て、二人の間に落ちた。
《キャッハァァァアアアッ!! 刻ンデ刻ンデ刻ンデヤルョオ!!》
先手を取ったのは狂気。
山の頂上から飛び上がった狂気は、重力加速を加えながら俺を真っ二つにするべく、黒刀を振り下ろしてくる。
その黒刀の軌道を予測しながら、俺は自らの白刀を鞘に収めるように腰の位置に持っていく。
そして狂気が俺の間合いに入った瞬間、実際は存在しない鯉口を斬り、上空に向かって抜刀横一線を放つ。
そして……接触。
「ハァッ!!」
《ラァァァアアアアッ!!》
鍔迫り合いは起こらない。
刀同士の放つ高エネルギーによって、刃自体は触れ合っていないからだ。
……神器・破滅乃絶望。
因果を断ち切り、如何なるものも破壊する呪われし黒刃。
……神器・創生乃祝福。
因果を断ち切り、如何なるものも生み出せる奇跡の白刃。
俺も親父の使っていた書斎で見た、古い文献の中でしか見たことの無い、伝説級の代物。
『万物創生』の力を持つ、聖神が創った最高傑作。
『万物破壊』の力を持つ、邪神が創った最悪兵器。
黒刀がその場に『有』る空間を破壊し、分子を破壊し、原子を破壊し、電子を破壊していき、最終的に『無』とする。
白刀がなにも『無』い所から、電子を創り、原子を創り、分子を創っていき、最終的に『有』とする。
対極の存在であるこの二振りの刀が力をぶつけ合った時、その間には強い反発が生じる。
「…クッ!!」
《ウヒョーッ!!》
俺と狂気の間で、爆発的な衝撃波が起こる。
その衝撃に吹き飛ばされる寸前、バックステップで安全圏まで距離を取った……
《キャッハァァァアアアアッ!!》
「ッ!?」
衝撃を掻い潜ってきた狂気が、俺の懐に飛び込んできた。
刹那の斬撃、寸前で黒刀の軌道を読み、その軌道上に白刀を差し込み相殺。
懐で起こった超近距離の衝撃波で、今度こそ二人とも前後に吹き飛ぶ。
「チッ!!」
《油断シテンジャネェゼ相棒!! スグ殺シチマウゼェ?》
俺はなんとか衝撃を耐え、追撃に備えて刀を構える。
しかし、狂気は追撃してこない。
手に持った黒刀を、そこら辺で拾った棒切れのように弄びながら、ヘラヘラ笑っているだけだ。
《ナァ、相棒。ソンナ出来損ナイノ武器ナンテ使ッテモ、俺ノ攻撃ヲ防グシカデキネェヨ? ツマンネェカラ、モット俺ヲグチャグチャ二シチャウヨウナ武器使オウゼ?》
……確かに、俺の持つ白刀は狂気の持つ黒刀に比べて攻撃力は著しく低い。
ついでに言えば、この白刀は『直接物体を斬る』という、刃物として当然のことができない。
つまり、この白刀直接的な攻撃力は、そこら辺の工事現場に転がってる鉄パイプと大差ないのだ。
確かに、武器としては出来損ないだ。
……けど、これは単なる不良共の武器なんかじゃない。
『万物破壊』と言う反則的能力を持った黒刀と同等の扱い受けている、神が創った白銀の刄。
「……クソ狂気」
《ァン?》
「お望み通り、グチャグチャの挽き肉にしてやるよッ!!」
俺は抜刀の構えを取ってから、白刀の力を解放する。
その力は『万物創生』。
創り出すのは……そう、すべてを切り裂く幾重もの鋭刃。
俺は横一線の抜刀を前方に向かって放つ。
その刀身が描く楕円の軌道からは、白銀に輝く光の刄が無尽蔵に発生し、狂気に向かって高速で飛翔していく。
その輝く刄の群れに意志もなければ容赦もない。
ただ切断し両断し裂断し分断する。
ただ引き裂き切り裂き断ち切り切り捨てる。
その刄に触れたものにある未来は『斬』の一つ。
狂気が背にしていた生肉製ぬいぐるみの山も、飛来する光の刄に肉塊にされ、細切れにされ、ミンチにされ、最後には新鮮な100%生肉のトマトジュースと化す。
「……ふぅ」
何百何千と放たれ続けた刃が、力の供給を止めることで途切れる。
斬撃が地面を抉り取ったせいで、真っ白な土埃が立ち込めている。
これで俺は狂気に勝った……なんて都合のいいことは絶対にありえない、こんなんじゃ終わらない。
相手は誰だ?
狂気という名の俺だぞ。
俺は追撃の準備をするため、手に持った白刀に『万物創生』以外に備えつけられた能力を使用する。
神器・創生乃祝福。
その形状は白銀の刄を持つ抜き身の日本刀。
けど……神がわざわざ固定の武器、しかも極東の小さな島国の刃物を模して『万物創生』なんて飛び抜けた代物を作る必要はない。
つまり、ここで俺が言いたいのは『この武器には決まった形状はない』ということだ。
そして、俺は目を瞑りながら刀の形をした神の武器に念じる。
……元々、俺は現代人だ。刀なんて得物、使いづらいったらありゃしねぇ。
俺がまともに使える戦闘スタイルや武器なんて、たかが知れてる。
俺が念じて数秒後、俺が目を開くと手に持った白刀は消えていた。
そして、その代わり右拳に装着された、白銀に輝く手袋状の籠手。
拳の攻撃力を上げ、拳で防御力を行える、拳主力の喧嘩にはもってこいの武装。
「やっぱ、俺には喧嘩しかねぇよな……さて、そろそろ出て来たらどうだクソ狂気ッ!!」
俺は右手の調子を確認しながら、晴れてきた土埃に向かって挑発する。
………けど、返答はない。
……まさか、マジで終わりか?
いや、ちょっとまて。
ここまで準備しといて終わってたら……メッチャ恥ずかしいぞオイ。
俺は狂気の生死を確認するため、土埃の立ち込める方へ足を進め……
ブロロロロロロ……ギュイイ……ギュイイイイッ……ギュィィイイイイイイッ!!
獲物を狙い、低く唸っていた機械の獣が、ついにその大牙を獲物に突き立てる。
異質な音を聞いた瞬間、体が本能的に左へと跳んで転がる。
その瞬間、土埃を吹き飛ばしながら地面を切り裂く……いや、すべてを『破壊』する漆黒の波が、俺のすぐ右横を駆け抜ける。
そして、その波が通った後には底無しの谷が出来上がっていた。
一瞬が俺の命を左右していた……まさに肉薄。
「クソッ! 不意討ち上等ってわけかよッ!!」
俺は転がる反動で体を起こし、吹き飛んだ土埃の先を睨みつける。
《卑怯卑劣不意討チ上等ッ!! ヨウハ勝テバイイ! 殺セレバイインダヨォオ!!》
俺の視界に現れたのは、相変わらず不快な笑みを浮かべた狂気。
……けど、その手にはさっきまで持っていた黒刀はない。
その代わり、ある意味刀より立ちの悪い得物を持っていた。
2ストロークエンジンが唸りを上げながら、『斬る』より『抉る』ことを得意とするチェーン状に連なった刃を回転させる。
黒光りするガイドバーは、一メートルを軽く超えた規格外の長さを持ち、そのガイドバーに巻きついたチェーンは、その長さを無視して世にも凶悪なスピードで回転している。
その凶器の名前は鎖鋸。
高機動の工具兼有名な殺人用凶器。
……俺が創生乃祝福を刀から籠手にしたように、狂気が持つ破滅乃絶望も同様の能力を持ち、刀から鎖鋸に変化させたらしい。
「ったく……テメェは単純だな。凶器=鎖鋸なんて、小学生でも想像できる組み合わせじゃねぇか」
《キャハハッ!! 単純デ結構ダゼ!! 俺ハ単純二殺シタイダケナンダカラサァアアアッ!!》
狂気は不快な笑みを更に歪め、悪質な笑みを俺に向ける。
その顔に向かって、俺はリーチ的に絶対届くはずのない右拳を突き出す。
拳は届かない……だけど、それでいい。
拳の代わりに、右拳に装着された籠手から『創生』をする。
創り出すのは……新幹線を思わせる程の大きさとスピードを併せ持つ、鋼鉄製の巨大な槍。
名前なんてない。ただ敵を潰すためだけに考えた、槍というより破城槌に近い鋼鉄の鉄柱。
「テメェの馬鹿げた単純な欲望なんて、単純に打ち砕いてやろうじゃねぇかよッ!!」
そんな巨槍を俺は籠手から創生し、拳から打ち出す。
数百t級の鉄柱が時速数百kmで襲い掛かってきた場合、対兵器級のシェルターでもないかぎり、避けることも守ることもできず見込みなんてない。
しかし、それは『人』の限界。
ギュギャァアアアアアアアアアアアアアアッ!!
俺が創り出した規格外の巨槍は、規格外の鎖鋸によって止められた。
『神』の作った最悪兵器は機械の猛獣となり、俺が創った『ただの物体』を火花を散らしながら破壊し、凶悪な咆哮を上げる。
やがて巨槍は完全に破壊され、跡形もなく消え去った。
《ヒャヒャヒャアアアアッ! モットモット創リ出セ相棒!! 俺ガ全部ゼンブZENBU破壊シテヤルカラサアアア!?》
「クソが……桁外れな武器持ってんじゃねぇよッ!」
鎖鋸一本であの巨槍を止めるだけでもありえねぇのに、跡形もなく破壊するなんて反則だろがっ……
しかし、分かったことが一つある。
神の武器同士は反発し合うけど、俺が武器で『創生』したものは触れた瞬間破壊されちまうらしい。
きっと俺が放った光の刄さえ、その力で破壊したんだろう。
「さて……っと、大体戦い方は分かった」
俺は立ち上がりながら、この戦いに必要なことを整理する。
一つは、あのふざけた鎖鋸に籠手以外が触れたら終わりってこと。
一つは、狂気はクソしぶといってこと。
そして、最後の一つは……
俺は握り締めた右拳を、狂気に向かって構える。
けど、籠手の力は使用してない。
ただ相手に『俺はお前を殴る』ってことを伝えるためだけに構えた拳。
「狂気」
《ドウシタヨ相棒ォ?》
「一発殴らせろ」
《殴リタイナラ勝手二殴レヨ。タダシ、殴レルモンナラナァ!!》
狂気は悪意のこもった笑い声を上げながら、俺に向かって走って来た。
その手には、万物を破壊する史上最狂の鎖鋸。
《ソノ前二俺ガ相棒ヲミンチ二スルカモシレネェナァ!!》
その凶刃が激しい唸り声を上げながら、俺に向かって振り下ろされる。
その刃に触れたら俺は死ぬ。
……けど、だからどうした?
「ギュイギュイうっせーんだよ。そのポンコツノコギリ」
《!?》
俺は少し左に体をずらしてから、右拳で鎖鋸のガイドバーの横っ面をブン殴る。
その時起きる、神器同士の反発反応からくる爆発。
その衝撃に鎖鋸は大きく軌道が変わり、狂気は突然のことに体勢が大きく崩れる。
籠手も同様に衝撃を受けるが、俺はそれを想定していたため、なんとか追撃の間合い内に踏み止まる。
そして、握った左拳を狂気の右頬にゆっくりと接近させる。
……この戦いで必要なこと。
その最後は『恐れず怯えず逃げず隠れず。たとえ死の淵に立たされても、ただ真っすぐ立ち向かうこと』。
「んじゃ、思う存分殴らせてもらうぞこんにゃろうッ!!」
右足で踏み込み、右膝で力を蓄めて、腰を回転させ、左肩を捻り上げ、左肘を曲げきる。
お袋が教えてくれた、拳一発のために全身の筋肉や関節を使い、最小の力で最大の威力を引き出す一撃必殺の強拳。
ドゴンッ!!
狂気に拳が触れる寸前、蓄めた力の一つ一つを一気に解放して、左拳を思いっきり振り切る。
俺の一撃で、狂気は鎖鋸と一緒に思いっきり吹っ飛んだ。
当れば確実に気絶する一撃、下手をすれば人を殺せる一撃。
その一撃を食らった狂気は、ブッ倒れて動かない。
……だけど、油断も安心もしない。
「ほら、狸寝入りなんてしてしてないで立てよ狂気。まだ終わりじゃねぇだろ?」
《…………ケケッ。ヤッパリ相棒相手二ハ、二度目ノ不意討チデキネェカ》
俺に指摘された狂気は、平然と立ち上がる。
口を切ったらしい狂気は、口角から血を流しながら笑っていた。
「あんだけ吹っ飛んだくせに、そんなデケェ鎖鋸離さないで倒れてんのは不自然だっつーの。誰だってわかる」
《ソウカ? 俺ナラ迷ワズミンチニシチャウケドナ》
「……アホ」
俺は狂気の単純さにため息を吐いた後、俺は狂気に宣言する。
「クソ狂気、殴らせてもらっといて悪いけど、今度は死んでもらう」
《オイオイ、ソリャナイゼ相棒。殺シハ俺ノ先輩特許ナンダカラサァアアアアアアッ!!》
前座はこれで終わり。
これからは子供の楽しい『遊び』じゃなければ、誇りを賭けた一騎打ちの『戦い』でもない。
お互いの存在を否定する、本当の意味での『殺し合い』がこの場で始まった。