SUICIDE32〜ぬくもり〜
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人がこの世に生を受け、最初に感じる温度は人肌のぬくもりである
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…俺が『強制的』に病院へと入院させられて早くも二十五日。
看護士を一切進入禁止にしてもらってるため、まだマシな入院生活だった。
そして、残り数日で退院が可能だと、俺の専門医が言っていた。
正直、病院という名の煉獄から脱出できる事に、心の中で小踊りしながら喜んでいた。
…そして、周りの人達に、これ以上の心配を掛けずにすむことに、感謝していた。
冬休みが終わり、学校が始まった時に、浅尾が口を滑らせて俺が入院してる事をクラスメートに言ったらしい。
それが学校中に伝わって、病院を訪れた…らしい。
俺は左足がない&左手が機械義手の状態を他人に見せたくなくて、面会謝絶にしてもらっていたから、実際は見ていない。
…しかし、恐ろしい量の見舞いの品が、その人数を物語ってた。
そこには、クラスや学年も違ったり、名前も知らない奴らからの励ましの言葉が添えられていた。
…正直、ここまで反応があるとは思わなかった。
……まぁ、さすがに約一ヶ月経っただけあって、見舞いの人間もいなくなる……
「シンにぃ♪ 遊びに来たよ〜」
「こら真紀、病院内は静かにしなさい」
…と、思ってたのに今日も来たのかよ。
ノックもせずに開いた扉の先には、可愛らしい少女と白衣を纏った美女が立っていた。
「……浅尾、確か今日は平日のはずだが? 真紀も学校があるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。今日の授業は全部自習にしておいたし、HRは副担任の先生に任せたから」
「今日は創立記念日で休みなの。もちろん、学校でも真紀は来るよ!」
「……親子揃ってアホか?」
わざわざ見舞いのために休むなって。
そんな俺の心情をよそに、真紀がパタパタと近づいて、ベットの横にある椅子に座る。
その後ろを、ゆっくりと浅尾がついてきて、真紀の隣に座る。
「ったく……何度も何度も見舞いに来て、飽きないのか?」
基本的に見舞いの人数は、日が経つごとに減っていった。
だけど、真紀や浅尾を含めた入室を許されてるいつものメンバー(麻依子、亮佑、洋、彩華、小夜、麗花)は、代わる代わる病院に顔を出してきた。
ありがたいことなんだろうけど……正直精神的にキツい。
特に彩華は毎度のように襲い掛かってくるため、迷惑な事この上ない。
今日は浅尾と真紀の定番セットでマシだけど、これで六回以上は見舞いに来ている。
二人とも…いや、全員よく飽きないと思う。
「生徒の心配をするのは、教師として当然のことよ?」
「その教師が、私事で授業をしないのは感心しないけどな」
「シンにぃのためなら、なんでも出来るよ♪」
「だったら、俺のために家に帰って勉強してな」
適当に二人の意見を流しながら、感覚が戻ってきた右手を軽く動かす。
……うん、握力は著しく下がったけど、日常生活に支障はないだろ。
「あ、せっかくお見舞い持ってきたのに、車の中に忘れてきちゃったわね」
「いや、別にいらねぇよ」
浅尾は見舞いに来るたびに、作った料理を持ってくる。
病院の食事は味気ないし、旨い料理が食えるのは嬉しいけど、何度ももらうのは気が引ける。
「遠慮しないで。…真紀、鍵渡すから持ってきてくれない?」
そう言って、浅尾は真紀に鍵を見せる。
「え〜。わたしはシンにぃと一緒にいたい」
「その須千家君が喜んでくれ…」
「取ってくるね♪」
真紀は笑顔で浅尾の手から鍵を取り、病室を出ていった。
「俺を餌に娘にパシリらせるな」
「いいじゃない。『使えるものは親でも使え、ましてや子供はこき使え』ってね」
「どんな持論だ?」
…まぁ、そんなことは後回しで十分だ。
「……で、話はなんだ?」
「…え?」
「見舞いは今までも持ってきてた。あんたが今日に限ってそんなミスをするなんてありえない……真紀にわざわざ席を外させたとしか考えられねぇんだよ」
「……さすがね」
俺の指摘に、浅尾はため息一つをついてから俺と目線を合わせる。
そのレンズ越しの目には…多少の哀しみが見えた。
「私ね…あなたに沢山のことを教えてもらったわ。だから、少し頑張ってみたの」
「なにかを教えたつもりはないんだけど…まぁいい。で、なにを頑張ったんだ?」
「真紀のことを生徒達に話したわ」
「…………………」
……え、マジかよ。
折角、俺達がPTAどもを情報をネタに口止めしといたのに。
「それんなことしたらあんたが…」
「えぇ、多くの生徒から嫌悪の目で見られたり、同僚に罵倒されたりしたわ」
「なら…ッ!?」
俺が文句を言おうとする前に、浅尾は人差し指を俺の口にそっと重ねた。
その行動にびっくりして前を見ると……浅尾の顔は自然に笑っていた。
「いいの。私は自分の生徒達に嘘を吐きたくなかったの。私は全然後悔してないわ」
「……」
「それにね。応援してくれる人もいたのよ。特に1‐Dの子達は、ほとんど私を受け入れてくれたわ。…それが本当に嬉しかった」
「……」
浅尾は本当に嬉しそうだった。
その笑顔に嘘偽りはなく、無理をしてるわけじゃない。
けど…な………
俺は浅尾の手をやんわりと退かせて、小さくため息を吐く。
「ハァ…退院したらさっそく仕事かよ」
「い、いきなりなに?」
「ん? 退院したら清掃活動の予定が出来たんだ」
浅尾の頭の上に『?』が三つほど浮かぶ。
確かに、話は全然繋がってねぇから、分からねぇのは仕方ない。
けど、俺の法則からすれば『浅尾の発言』と『清掃活動』から、一つの答えが割り出せる。
俺の法則…それは『ムカつく野郎は、誰であろうと薙ぎ倒す』。
「浅尾、俺はあんたのことを偏見で見る人を一掃する。」
「なっ!?」
俺の言葉に、浅尾は驚きの表情を見せる。
「やめなさい! 私達のことはいいか……」
「自惚れるなよ」
「…えっ?」
浅尾の表情がさらに驚きを増す。
…俺は浅尾と真紀のために動くんじゃない。
「俺は頑張ってる親子を偏見だけで愚弄する野郎が許せねぇ。だから、俺はそいつらの曇った目ン玉と薄汚れた脳ミソ、腐った心をブン殴る。それは『他人のためにする』なんて大層なもんじゃねぇ。…『俺がしたいからする』、ただそれだけだ」
そう、それだけ。
それだけをこの体で受け取って、ズタボロになったのだ。
「したいことをする。それに大きいも小さいも関係ねぇ。じゃねぇと…それをしたくても出来ねぇ奴に失礼だからな」
…この体をズタボロにした張本人は、生きたくても生きられなかった。
ズタボロな張本人は、死にたくても死ねなかった。
…でも、本当は生きたかった。
その二人がぶつかり合って、分かったことは簡単なこと。
「『死ぬんだったら、バカみたいにしたいこと死ぬほどしてから死ね』。…お袋から教わった教訓の一つだ」
「……ずいぶん豪快なお母さんなのね」
「あぁ、最強の主婦で最高に誇れる母親だ」
「…マザコン?」
「殺すぞ?」
お袋の尊敬して誇りに思っているが、マザコンと言われれば殺意が芽生える。
殺意を放つ俺をよそに、浅尾は軽い笑みを浮かべる。
「…そんな母親に、私もなれるかしら」
「んなこと、俺に聞くな」
俺は浅尾から顔を背ける。
「…聞くんなら、自分の娘に聞きやがれ」
「えっ?」
「シンにぃ〜! お見舞い持ってきたよ」
タイミングよく、真紀が扉を開けて入ってくる。
「…そういう事ね。それじゃあ期待せずに頼りにしてるわ。…それにしても、あなたってツンデレ?」
「…ウッセー」
「真紀がいないうちに二人だけ楽しそうに…ズルい! シンにぃ! 真紀も混ぜて!」
「おいおい、あわてなくてもいいって。てか、序盤から聞きたかったけど『シンにぃ』ってなんだ?」
「シンにぃはシンにぃだよ♪」
「いや、訳分かんねぇし」
それから、まるで家族団欒のような時間がゆっくりとすぎた。
一言で表せば……人肌に触れたように暖かかった。