SUICIDE28〜暖かな雫〜
最近不定期更新ですね。ハイ……今度の更新も不安です。
汗をかくことはいいことだ。
体の汗も、心の汗も…
―――――――――――――――
「真紀は俺ん家でアンタの帰りを待ってる。俺と一緒に帰るか、一人で帰るかどっちがいい?」
「…一緒に帰るわ…聞きたいこともあるから」
作戦終了後、浅尾の言葉によって、俺は今浅尾と二人で帰っている。
左手足の取り換えや片付けに時間がかかったため、結局学校を出た時には太陽はすでに顔を隠していた。
…てか、スゲー喋りかけづらいんですけど。
なんせ、俺達は浅尾の人生プランを勝手に変えた。
そして浅尾の覚悟を土足で踏み躙ったのだ。
そんなことしたのに、どう声をかければいいか分かんねぇ…
「…まったく、あなたにはいつも驚かされてばっかりね」
…って、普通に話し掛けてきたよ、この人。
まぁ、そっちの方がこっちも話しやすい。
「そこまで驚かすことしたか?」
「当たり前じゃない。教え子がサイボーグだったり、有り得ない権限を持ってたり……それに、命まで救われたんだから」
「おいおい、これは義手だ。あと、命まで助けた記憶は…」
「あなたは私が死ぬつもりだった事を見抜いていた…そうでしょう?」
「…さすが知性の象徴と評されし我が担任だな」
見抜いてたことを見抜かれてた…伊達に教師やってないな。
「私の事は、粗方理事長に聞いたのかしら?」
「あぁ、プライバシーの侵害にならない程度にな」
「………」
「どうした?」
突然、隣で浅尾の歩みが止まる。
振り返ると、浅尾は暗闇げ僅け込みそうなほど暗い雰囲気を出しといた。
「…分かっていて、なぜ私を助けた? 真実を知っててなぜ私を拒絶しない?」
いや、暗いのは雰囲気じゃない。
冷たい絶望が浅尾を包み込んでいる。
今まで他人から受けた嫌悪や同情の目線や言葉が、その心に絶望の闇を作り出していた。
……まるで亮佑や洋、彩華やR‐ラグナロクの仲間に出会う前の俺のようだ。
人を疑い、世界を疑い、自分の存在さえ疑っていた。
…ったく、守んなきゃならないものに気づいてるってのに……ちょいと気が引けるが、荒療治してやるか。
「浅尾、ちょっと眼鏡外せ」
「いきなりなにを言って…」
「いいから外せ!!」
「わ、分かったわ」
眼鏡を外した浅尾の顔は、予想を超えるほどの美人だった。
白い素肌に眼鏡から解放されたキリッとした瞳が俺を疑問の目で睨む…いや、見てるだけだけど。
「んじゃ、歯ァ食い縛れよ」
「いったいなにを…」
「舌噛んでグロい死にたくなかったら従え」
「ッ!?」
俺の脅しに浅尾の顔が強ばる。
んじゃ一発いきますか…
「………グッ!?」
予想通りブン殴りました。
右手で情け容赦なく思いっきり左頬をファイト一発。
殴られた勢いで、浅尾の黒髪が暗闇の中をフワリとなびく。
「な、なにするの!?」
「いや、アンタを殴った。ただそれだけ」
ギリギリで倒れなかった浅尾は、俺の行動に驚愕の表情を浮かべる。
そう、ただブン殴っただけ。
「はい、次は浅尾、アンタが俺を殴れ」
「……さっきからあなたはなにをしたいの!?」
「やられたらやり返す。それが普通だろ?」
知性の象徴でも、説明しないと分からないのか?
「ったく…蓄めたストレス全部拳に込めて俺を殴れ」
「!? 私は、私の生徒は殴れない」
「んじゃ、俺を生徒としてじゃなく、須千家真慈という自分を殴った憎い人間として見ろ」
「そんなこと出来ないわ…」
殴れない…教師としては確かに満点の回答だろう。
…けど、一人の人間としては赤点だ。
「アンタには殴られて悔しいって思う誇りはねぇのか?」
「…そんなもの、とっくの昔に…」
「なら、なんで真紀はあんなに真っ直ぐな瞳をしてる? …それはアンタが母親としての誇りを持ってる育ててるからだろ。娘を誇りに思ってるからだろッ!!」
子供は親の鏡だ。
親が真っ直ぐ向き合ったなら、鏡もそれに答える。
親が悪いことをしてれば、鏡は曇り始める。
親が鏡に背を向ければ、鏡は一人歩きを始める。
親が鏡に拳を振るったなら、鏡は簡単に割れる。
いずれはダチも鏡に影響を与えるけど、鏡の根っこを作るのは親なのだ。
だから、真紀を見てれば分かる。
浅尾は教師をしながらしっかりと真紀を育ててる。
蒸発した父親の分も真っ直ぐ向き合ってるから、浅尾に似て少し高飛車で行動力のある子供に育った。
「アンタは立派に娘を育ててる。それはアンタの誇りじゃねぇのか!?」
「…真紀は私の誇りよ」
「だったら! だったらなんでその誇りが馬鹿にされた時に、なんで黙ってたッ!!」
「それは、あの状況で…」
「火に油を注ごうが関係ねぇ! あそこで黙ってたって事は、アンタはあそこで娘を捨てた!!」
「…………」
浅尾は力なく俯いた。
俺はそれを肯定と解釈した。
「ハッ! こりゃ傑作だ。娘が誇りとか言っときながら簡単に手放してやがんの! ったく、くだらねぇ! そんなもんしか持ってないような奴に教師なんか勤まるかってーの! 結局、アンタはそんなもんなのか? そんな奴の子供じゃ真紀もくだんねぇッ!?」
罵倒の途中で左頬に衝撃を受け、俺の視界は暗転した。
―――――――――――――――
後ろに吹き飛ぶ須千家の体。
暗闇に、彼の白い髪がさらりと揺れる。
つい…殴ってしまった。
彼があまりに言うから…我慢しようと思っていたのに。
…私はともかく、娘を馬鹿にされて私は許せなかった。
でも…どうしよう。
怒りに任せて生徒を殴ってしまった。
…あぁ、やっぱり私は教師としてもダメなのね。
もう………
「…ったく、遅いんだよ殴んのが。無駄な世話かけさせんなよ」
「!?」
倒れてた須千家が、手だけを使っていきなり目の前に立ち上がった。
本気で殴ったはずなのに…
「俺がそんな拳で気絶すると思ってたのか? 舐めてもらっちゃ困る。これでも耐久性なら自信があるからな」
さっき、私を罵倒していたのが嘘のような笑顔と口調で私に話しかけてくる。
まさか……
「…私に殴らせるために…わざとあんな酷い事を?」
「あぁそうだ。ちょっと言い過ぎたのは謝る」
謝ると言いながらも、平然としたままの須千家。
その左頬は私が殴ったせいで赤くなっていた。
「俺ん家じゃ、迷った時に殴りあって気持ちがスッキリしたからさ……で、スッキリしたか?」
「…そんな、人を殴ってスッキリなんて出来ないわ」
「ダメかぁ……んじゃ、次はどうしよう」
困ったようにそう言うと、目の前の須千家は顎に手を当てながら本気で悩みだした。
…彼は彼なりに私を心配してくれている。
生徒に心配されるなんて…教師失格ね。
でも……
私は彼に近づき、頭から軽く自分の体を彼に傾ける。
「………? どうした?」
「少しだけ…ほんの少しだけ弱くなるから、ちょっと胸貸しなさい」
「…へいへい、分かりました。いくらでも貸してやるよ」
彼は面倒くさそうな声で答えながらも、その両手で優しく包み込んでくれた。
そのぬくもりがとても暖かくて
その優しさがあまりに暖かくて
その心が本当に…本当に暖かくて
私は赤子のように泣いた。
喉の奥から叫び、枯れるまで涙を流した。
一人で泣くのは悲しいけれど、今の私にはその叫びに答え、その涙を拭ってくれる人がいる。
…久しぶりに流した涙は、どこか暖かかった。