SUICIDE21〜親子戦争‐参・過去暴露〜
人には負けられない戦いがある
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お袋の驚愕に染まった顔に、ついつい笑みが零れそうになる。
そのまま、斬撃を相殺した拳を自分の頭に持っていって…
「ッ〜! 頭イテェェェエエエ!!」
俺は、自分の意識が暴走しないギリギリの所で、なんとか狂気を抑えられた。
もし抑えられなかったら、三年前のように暴走してただろ。
頭は痛むが、数分は安定して力を発揮できるだろう。
その数分の間に……
「お袋、これが俺の本気だ。俺は命を懸けてアンタを倒す」
「…いいねぇ。私が腹を痛めて産んだ息子が、こんなに楽しませてくれるなんてね」
狂気で余計な思考が消されたのか、頭がスッキリと冴えてくる。
その頭で、俺がお袋に勝つための方法を弾き出す。
…パワーは互角。
スピードはお袋が武装したから俺が多少有利。
さっきまで避けることしか出来なかったお袋の斬撃も、腕に纏った狂気を拳から放つことで相殺出来る。
問題は、あのふざけた巨大包丁で直接斬られた時と、闘いにおける年季の差。
飛んでくる斬撃は相殺ても、直接刃を当てられたら俺の狂気でもザックリだ。
それに、お袋は俺の何倍もの場数を踏んでいる。
きっと、本気を出せば敵の攻撃を読むことも出来るだろう。
どうする………
「どうした息子ぉ! お前は半分髪の毛染めただけかぁ!!」
さすがお袋。
俺を斬る方法に気づいたらしい。
お袋は俺を狂気ごと斬り裂くため、直接斬り込みに来た。
まずは…この斬撃を防ぐ。
俺は左手を前にかざし、目的に合ったものを記憶の中から探し……取り出す。
「白兵専用兵器…血餓狂鎌」
俺が初めて生成した武装は、お袋の包丁には負けるが、俺よりデカい赤黒い大鎌。
その刀身は人の生命を狩るため、血を啜るためだけに存在する。
「そんなもの出した所でッ!!」
お袋は出てきたばかりの大鎌ごと、俺を縦一線で殺しに来る。
確かに、これだけじゃお袋の斬撃は防ぎきれない。
「…なら、これでどうだッ!!」
宙に浮いていた大鎌の柄を左手で掴む。
その瞬間、赤黒いその刀身が左半身を包む炎のような狂気のオーラに包み込まれ、その色を漆黒に染める。
そして、その鎌を真っすぐに目の前に突き出す。
空間に響く金属が擦れ合う音。
「……ったく、素直に切り刻まれなさいよ」
「それは無理な要求だな」
予想通り、俺の大鎌はお袋の斬撃を見事に止めた。
鎌の構造上一番厚い刃の背を突き出してなんとかなった。
「それにしても、武器に殺気と一緒に霊力を纏わせて強度を上げたのか…それも随分と物騒な得物だね。それだけ精密に生成したってことは、想像じゃなくて一回持ったことはあるんだろ?」
……いゃぁ、たぶんお袋曰く主婦スキルなんだろうけど、その分析力は反則級だろ。
「あぁ、これは戦場で沢山の生命を狩る予定だった大鎌だ」
「戦場? そんな武器をなんでアンタが持つ機会があるんだい?」
…持つ機会なんていくらでもあったさ。
手放しても何度も何度も持たされたからな…
「簡単なことだ。俺自身が戦場で生命を狩りに迎う予定だった」
「!?」
俺のこの左半身についている機械…生体機械義手は基本的には『便利な義手』だ。
神経の微弱な電気信号を瞬時に解析、機械に伝達することで機械が手足の役割を果たす。
しかし、その性能の良さの代わりに適合条件が厳しく、結局は開発中止となった技術。
…と、世間ではこんな感じだろう。
しかし、本当の所は違う。
「俺がつけているタイプの義手足は、傷ついた兵士達を『兵器』として戦場に駆り出すために開発されたもんだ」
彩華も最初はそのことを知らず、ただ俺を助けるためだけにこの義手足をつけてくれた。
だけど、この技術を開発した人物にとって、適合者の俺は格好の実験台だった。
それから一年間、T.Cの中でも技術開発部の極秘で、俺は地獄のような実験を受けさせられた。
様々な人殺しの道具をつけられて、武装ロボット相手に何度も死線を見てきた。
輝災禍鈴も血餓狂鎌も、その実験から生まれた兵器だ。
その実験は、俺が逃亡して彩華や彼女の父親に事実が知れて、関係者と技術資料が処分されるまで続いた。
「俺の力は龍なんて殺せないが、人相手だったら忌々しいほど十分な力だ」
「………息子も壮絶な過去歩んでるのね」
「あぁ、アンタ達がいなくなってから数年間の話だけどな」
地獄のような日々だった。
世界が嫌になって死にたくなった。
それでも死ななかったのは、俺の周りにはお人好しな奴らがいたからじゃないかと思う。
そして、俺はこれからもそいつらと一緒にいたい。
だから…
「隙あり!!」
「…おっ!?」
お袋の隙を突いて一瞬で後ろに飛び退く。
いきなり押し合う相手を失ったお袋の包丁。
その刀身は勝手に振り下ろされ、勝手な斬撃を放つ。
俺に迫る勝手な斬撃を、狂気を纏った鎌の側面で打っ叩いて消滅させる。
昔話はもう終わり。
…今は過去に引きずられるわけにはいかない。
俺は大鎌を振りかざし、迷いなくお袋に斬り込む。
「今を俺は生きる。…ここで過去のアンタに負けることは許されないんだッ!!」
「お前が許さなくても、私には関係ないねッ!!」
音速レベルの連撃をとめどなく繰り返す。
だが、一向にお袋本体に擦りもしない。
その代わり、人を狩る鎌と龍を斬る包丁が幾度となく刃を交える。
そのたびに空気が歪み、衝撃がビシビシ体に伝わる。
…その乱れた空気の中で、不気味な気配がうごめく。
「…息子、お前は少し勘違いをしているようだね」
「なに?」
不意にお互いの刃が深くぶつかり合い、その動きを止める。
お袋の顔を見ると、その瞳には俺がよく知るものが存在していた。
それは…狂気
「狂気を持ってるのはアンタだけじゃないってことをさッ!!」
俺の神経が危険を察知する。
鎌を捨て、体を反射的に後ろへと飛び退かせる。
その瞬間、お袋の包丁の刃が黒く染まる。
そしてその刃は、さっきまで擦り合っていた俺の鎌を真っ二つにした。
俺はさらに飛び退いてかなりの距離を取る。
「狂気を持ってるのはお前だけじゃない。人は誰だって持ってるもんだよ」
「それくらい知ってるけど…アンタがそんな芸当を出来るとは思わなかった」
「お前みたいに、可視出来るほどの密度で体に纏わせるような異常なことは無理だけど、この世界なら狂気で武器を強化するぐらい私にも出来るね」
……ヤバいな。
お袋の攻撃力が半端なく上がったせいで、直接斬り込まれても防御しきれない。
《…モット壊セ》
頭の中で抑えていた俺の狂気が、徐々に目覚めて心を蝕み始める。
…俺が狂気を制御出来る時間も少なくなってきてる。
…一か八か、『あれ』を使える環境を作る。
『あれ』はリスクがあまりに高すぎてこの環境じゃ敗北にもなりかねない。
けど、成功すれば俺を勝利に導く切り札になる。
「さぁ、死ぬ覚悟は出来たかい?」
…そのためには、目の前に立ちふさがる世界最強の動きを止める必要がある。
「今の俺は死んでるっつーの。…生き返る準備なら万端だけどな」
《ヒャッヒャッヒャッ!! 犬死ニシチマエ!》
…俺はお袋にも狂気にも負けない。
負けるわけにはいかないんだ。