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SUICIDE12〜好き嫌いの有効利用〜






平凡こそが一番の幸せと言うのは、変化を恐れる者の言い訳

変化がない人生を生きられないと言うのは、平凡を耐えきれない者の戯言







―――――――――――――――







謹慎の開けた俺は、教室のドアの前に立っていた。

いや、俺がいきなり転校したわけじゃない。



「………」

「小夜、緊張すんな。ちゃんとうまくいくさ」



今日は俺の謹慎開け&小夜の転校の日でもあるのだ。

そして、俺は小夜のサポートとして一緒にドアの前にいる。







――結局、小夜は俺の家の居候となり、戸野高校に転校してきた。


小夜の登校には彩華の選んだ人間の運転する車を使い、最初の数週間は俺も一緒に乗ることになった。



…その運転手が担任の浅尾だったのは正直ビクった。

まあ、小夜の担任にもなるんだから、小夜に慣れさせるのも必要だろう。

…でも、今日は浅尾が話し掛けても小夜は無反応だったけどな。



あと、浅尾と相談した結果、学校内では基本的に俺か麻依子のどちらかが小夜と一緒に行動することになった。


俺がサボる時は、麻依子に任せることにしよう――







「…今日は転校生がいるから。正直言って大和撫子のような美人よ」

「オオオォォォォォ!!」×多数


いやいや浅尾、お前はそうゆうこと言うキャラだったか?

おかげでクラスの男共が野生に戻ってんじゃねぇか。




「彼女は車椅子だけど、それを助けてあげれは須千家君と仲良くなれるかもよ?」

「キャーーーーーー!!」×多数


浅尾のキャラ変が悪化してるし!?

てか、女達が叫ぶ理由が分からんわ!




「じゃあ、笠井さん入ってきて」


その言葉を聞いて俺がドアを開けると、さっきまで騒いでいた教室内がイッキに静まる。


その空間に車椅子のタイヤを擦る音と、俺の歩く音だけが流れる。




「彼女が笠井小夜さん。笠井さん、何かみんなに一言お願い」


車椅子が教卓の真前に止まった時に、浅尾がテンポよく紹介するが…




「………」


ヤ、ヤバぃ。

小夜も完全に人見知り状態に入った。

この沈黙をどうにかしな…




「小夜ちゃ〜ん! 放課後僕とお茶しな

「消えろ大西洋!!」イギャヒッ!?」


いきなり近づいてきた洋に、俺は反射的に黒板消しを投げた。

横を見ると、浅尾までチョークを投げてたようだ。


その二つを顔面クリティカルヒットで受けた洋は、その場で完全にTKOされていた。



洋が倒れたことで、沈黙は一瞬で破られ、クラスに温かい空気が流れた。

麻依子もグッジョブサイン出してる。


…これで、小夜はクラスでもなんとかなるだろ。



「あと、笠井さんにちょっかい出すと、須千家君に殺されるかもしれないから気をつけなさい」


…浅尾よ、お前は俺をそんな風に見ていたのか。

俺はそんな人間じゃないぞ。


















「クラスの皆さん。もしこいつの嫌がることしたら……存在抹消すんぞ」


俺はそんな(・・・)甘い人間じゃない。

ヤるんだったら徹底的にするさ。






…この後、この教室から麻依子の笑いと亮佑のいびき以外の音が消えたのは、言うまでもない。



「…シン………」

「ん? 撫でてほしいのか? ほれ」

「…フニャ」







→→→→→→→→→→→→→→→
















「んで、学校の放送で呼び出すな。理事長室なんて生徒が呼び出されるべき場所ちゃうだろ」

「いいじゃなぃ♪ 私とヘルの仲なんだからぁ」

「…わけわからん」



会話で分かると思うが、俺は目の前にいる彩華に呼び出しを受けていた。

それも、屋上にサボりに行こうとしてる時に、学校放送で呼ばれたのだ。


教師さえ入ることを許されない理事長室だ。

そんな所に呼び出されたのが分かれば、俺の名前が全校生徒に知れ渡る可能性がある。




「まぁ、俺からも渡すものがあるからな」

「なぁに、愛する私にプレゼントしてくれるのぉ?」

「……黙示録を返すだけだ」



彩華の言うことは黙殺して、俺はポケットに入っていた黙示録を取り出す。


一つは手の甲の部分に逆五芒星の模様が描かれた、黒いオープンハンドグローブ。

もう一つは、同じ模様がモチーフのシルバーネックレス。



前者が亮佑の『破滅の黙示録』、後者が洋の『虚実の黙示録』だ。


彩華はその二つを受け取ってから、首を傾げた。


「ヘル…パシリに使われてるのぉ?」



………なんでそうなる?


「んなわけねぇ、お前が俺を呼び出す可能性があったから預かっといただけだ」

「さすがヘル、愛しい私のことは何でも分かるのねぇ」

「………」




全身全霊をかけて彩華を無視して、持ってきといたバッグから俺の義手足…『地獄の黙示録』を彩華に差し出す。

ついでに今は、黙示録がついてない普通の機械義手足(家にストックが10ペアある)を付けている。




「あら、もう返す必要ないのょ?」

「…は?」


いや、今回黙示録を出したのは偽者の処理のためだけのはず。

それが終わったんだから、借りたものはきっちり返すのが当然だろ。



「ヘルには持つ資格があると判断されたのぉ」

「誰に?」

「私に」



それもそうだな。

今、黙示録の持ち主は目の前にいるこいつだし。



「だったら、亮佑や洋の分も…」

「それはダメ〜」

「なぜ?」



いや、普通俺が持つんなら二人も持ってる方が、流れ的にあってるんじゃないのか?



「今回、三人に黙示録を返したのにはもう一つ理由があったのぉ。それが『個人で黙示録を持つ資格があるか』を調べるため。ヘルは渡してから一度、小さな規模の暴走族を取り締まった時に使ったでしょ?」



…確かに、夜中近所でうっさい奴らが出てきたから、安眠のためにボコッて一回だけ使った。

そんなことまで知っている彩華の恐ろしさを再認識しながら、俺は頷いた。



「そういう、黙示録の正しい使い方をしたのがヘルだけだったのぉ。亮佑は一度も使わず喧嘩してたし、洋は私の言った通りナンパの道具に使ってたわぁ。洋の場合は偽物と思われて相手にされなかったけどね〜」




…洋、彩華の言ったこと鵜呑みにするなよ。

偽善神ヨルムンガンドの名が泣くぞ。



「『権力を使う時を見極めて判断力』と『権力の使用を迷わない決断力』を持ったのはヘルだけだったの。だから、その黙示録はあなたの物よぉ」


そう言いながら対面していた彩華は、いきなり机を軽々飛び越えて俺の隣に座る。


別に判断力とか決断力とか気にしてなかったし。

それに…


「昔から言ってるけど、俺そう言うの興味ないから。今回黙示録を借りたのは、早く敵を沈黙させるには死神ヘルの狂気を引き出す必要があったからだ」



…長時間、麻依子を閉じ込めるわけにはいかなかった。

救出が長引けば、脱水症状になるまで泣きそうだからな…



「これはお前に返す。俺には権力など必要ない」



俺は黙示録の入ったバッグを、隣に座った彩華に突き出して言う。


「権力はいろんなものを守れるのょ?」

「…権力があっても、俺が守れるのは守りたいものの一握りにも満たない」



どんなに強い武器を手に入れても、主人公のレベルの限界がラスボスは倒せないなら意味がない。

そんな意味のない物語は、主人公が死んでもいいから早めに幕を下ろすべきだ。

犬死には寂しいから、せめてザコ敵を倒すだけ倒して、最後は自分で腹を斬って…







「んもぉ〜、ヘルは分かってないなぁ」

「なに言っ…っておぅ!?」


いきなり彩華に引き寄せられて、気づいた時には俺の視界は奪われていた。


俺を包み込む彩華独特の甘く妖しい香り。

俺の後頭部にあるのはなんとなく腕だと分かる。

顔は二つの柔らかいものに挟まれて…



まさか、この状況は…




「彩華、今俺はどんな状況だ?」

「私の胸に顔を埋めてる状態♪」



やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!




「さ、彩華、早く放してくれないか? それに、なんで俺はこういう状況になってるんだ?」

「イヤよぉ〜、わからず屋のヘルにしっかり話を聞かせるためだものぉ。この状況の理由は、私がこうしたいからょ♪」



…この状況、たぶん動いたら首を絞められる。

それで死ねたらいいが彩華のことだ。死ぬ寸前でやめるから脊髄損傷で全身マヒになるな。


…抵抗しないでおこう。



「…分かった、話を聞こう。だから、早く解放してくれ」

「まだ早いゎ、ちゃんと聞き終わるまでダメぇ〜」


正直、この状況は精神的にキツいものがある。

話を聞いて、とっとと離れないと人間の欲望に負けかねない。




「…ヘル、私があなたに黙示録を渡すのは、『あなたが誰かを守る』ためじゃなくて、『あなたを守る』ために渡すのょ?」


「…俺を…守る?」



ったく、なにバカげたことを…




「ヘルがなにをしたいのか、私にはなんとなくしか分からないけど、そのために限界を超えて自分を犠牲にしようとするんだものぉ」

「そんなこと…ブフォ!?」

「ヘル、今は黙って聞いて?」



てか、俺の顔に胸押しつけて黙らせてるしっ!

俺の理性の耐久レベルをどんだけ下げる気ですかぁぁぁあああ!?



「…ヘルの傷つく姿を見たくないのょ。だけど、ヘルは私が守ろうとすればするほど、私の代わりに犠牲になろうとするでしょ?」






…当たり前だ。

彩華がいなかったら、この手足や腹部の人工筋肉は無い=俺は死んで、R‐ラグナロクに入る前の必死に生きていた頃の俺はいない。


今は死にたくても、あの頃が無駄だったとは思わない。

大切な時間とも言えるだろ。

そんな時間をくれたのは、研究途中の技術を一存で俺につけてくれた彩華だ。

恩義だってある。



「だから、私はヘルに権力を与えることで、ヘルが傷つくのを少しでも減らしたいの」



ったく、面倒くせぇな…


ちょっとだけ彩華の力が弱まり、俺に発言権が戻った。




「…分かった。使うかどうかは別として、いちよう貰っとく」


黙示録は武器じゃないが、防御力を上げるアイテムにはなるか。

てか、貰わないと首をへし折られかねん。



「ありがとヘル♪ こういうものは自己満足でいのょ」


やっと腕を放してくれた彩華は、満面の笑みをしていた。



「他に困ったことがあったら何でも言ってねぇ」




お前が俺の困る原因の一人だ…とは言えない俺は、小さくため息をついた。















→→→→→→→→→→→→→→→










彩華から解放された俺は、その後の授業を屋上で校長と一緒にサボったのち、小夜と一緒に帰路に着いていた。


「笠井さん、この学校の第一印象はどう?」

「……」



そして俺の目の前で、帰路に着く+小夜=浅尾の運転の車…って方程式が成り立っていた。

ついでに小夜が助手席、俺が車椅子と一緒に後部座席に乗っている。




「黙ってちゃ分からな…」

「不安もあるけど楽しかったみたいですよ?」

「…え?」


やっぱり驚いたか。



「笠井さんとテレパシーでも使った?」

「…理科の先生が非科学的なことを言うべきじゃないでしょ。小夜の表情を読んでみただけですよ」


ミラーに浅尾の驚きの表情が写る。


「…先生、小夜が無表情だと思ってるでしょ?」

「そ、そんなこと無い…」

「その通りですよ」

「!?」



わざわざ表情を読もうとしなきゃ、小夜の顔は人形のようにも見える。

まさに無表情と言えるだろ。



「しばらくは喋らないだろうから、小夜の心を知りたい時は麻依子に聞けばわかる」

「…須千家君は? さっき分かったじゃない」

「俺は面倒なんでパス」



分かるのは分かるけど、何度も聞かれちゃウザくてたまらない。



「…謹慎開けの生徒が言うセリフじゃないわね」


…そういや俺、謹慎開けたばっかだったな。



「先生もスゴいな。今日謹慎の話題に触れたのはあんたが初めてだ。相当アホか、図太い根性があるかだな」



下手すりゃ逆鱗に触れる話題だぜ?


「これでも半年あなた達の担任してるのよ? これぐらいのことで、私のクラスの生意気な白髪少年がキレないことぐらい分かるわ」



…喧嘩売ってんなこいつ。

やっぱ、こいつはインテリのくせに図太い。

逆にビクビクされた方がイラつくけどな。


さてと、売られた喧嘩は…



「そうですね。もう半年間も白衣眼鏡がトレードマークの美人先生に世話になってたのか。ファンクラブにとっては夢のようだろうなぁ」


…倍額、一括払いで買わせていただきますか。




「…………」←浅尾

「…………」←俺

「…………」←小夜



結局、浅尾と俺の無言の駆け引きは小夜を巻き込み(?)、車が俺の家に着くまで終わることはなかった。













→→→→→→→→→→→→→→→















「…シン……早く…」

「…分かった」



時間は九時半ジャスト。

場所は自宅のある一室。

人は俺と小夜の二人きり。


「…どうだ?」

「…んっ…熱い…でも……気持ちいぃ…」


俺は危機的状況に、自ら足を踏み入れていた。















「ごめんな、ちょっとシャワー熱かったか。人の髪を洗うのにまだ慣れないんだ」

「…シンにしてもらう…それで十分……」



そう、俺は小夜と一緒に風呂場にいるのだ。

…と言っても、小夜は体にタオル巻いてるし、俺は服着たまんまだ。

やましいことなど一切ない!!










――いくら俺の家がバリアフリーと言っても、不自由な所はある。

その一つに風呂場がある。


老人や足が不自由な人にとって、風呂に入ることは重労働だ。

そのため、大体の場合は介護者がついて、その作業をサポートをする。


…あぁ、居候させる時に気づけばよかったさ。『誰かが一緒に風呂入らなきゃならない』ってことを…


小夜が来て次の日にそのことに気づいて、麻依子に頼もうとした時に『お願い』を二つ使われたんですよ。

『俺が小夜の風呂に入るのを手伝う』&『そのことは他言無用』だってさ…救援部隊を断ち切られましたよ。


お願いを破れば…きっと小夜が彩華に話して、ロキの悪戯決定だろう。

しょうがなく手伝おうとしたら、小夜が裸で入ろうとしたからさぁ大変!

…反射的に土下座して、せめてタオルを巻いてもらうことにした。


あん時はマジで寿命が縮まったな――










そういうわけで、俺は湯槽に浸かっている小夜の髪をバスタブの外で洗ってる。


ついでに、俺の義手足は防水加工バッチリ。

だから、俺は風呂にも普通には入れるのだ。



「…私の髪…洗うの大変……?」

「ん? このぐらいどおってことないさ」



確かに小夜の髪は物凄く長い。

だけど、この髪は毛先までなめらかで、まるで黒い絹糸のようだ。


ついでに、俺は短くても長くてもどんな色だったとしても、綺麗な髪は好きだ。



「ほれ、髪は洗い終えたぞ」

「……じゃあ…次…体…」

「お前は俺に、韓国と北朝鮮の国境線よりも危ない一線越えさせる気か?」



この状況だって相当危険だ。

この狭い空間で、布切れ一枚しか纏ってない女が手の届く所に…女風呂を覗くのとは格が違う。



「泡風呂にしていいから体だけは自分で洗ってくれ。俺は外で待ってるから、出る時はちゃんとタオルを巻いてから呼んでくれよ」

「ヤだ」

「明日からのご飯にピーマン入れるぞ」

「…むぅ………分かった」




『同居人のムチャな要求には、食事を押さえれば六割はなんとかなる』っていう、麻依子からの忠告が意外に使えることを発見した。







…小夜を置いて風呂場を出た俺は、一つ思った。


「黒ヘル…いつ帰ってくるんだ?」




あの黒ヘルは、俺の三千本ノックの餌食となったため顔面が陥没したのだ。

その跡が全然治らないため、あの世に帰って『顔面修正のプロ』に治してもらうんだとさ。


てか、顔面修正のプロってなんだよ。

顔面を修正する機会なんてそうそうないだろ…




まぁ、そんなこんなで家に黒ヘルはいないのだ。










「………シン…」


シャワーの音が止まってすぐ、小夜からのお呼びが掛かる。




…小夜、分かりやすいぞ。



「まだタオル巻いてないだろ? ちゃんと巻いてから呼んでくれ」

「ヤだ」

「明日からアスパラ…」

「分かった………」



この手は有効だけど、小夜の好き嫌いの激しさをどうにかしなきゃならないと思う今日この頃だった。






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