SUICIDE11〜傷ついた少女の過去・両手を掲げる死神〜
過去は人の心を輝かせる太陽
しかし、過去は人の心を喰らう魔物
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「ただいまー」
「イヤ、ここは俺の家。お前はお邪魔するほうだ」
「そんな細かいこと気にしない気にしない♪」
…俺と麻依子は、無事土湖高から俺の家に帰ってきた。
まぁ、トラブルはあったけど、絡んできた酔っぱらいのオッサンを手刀で気絶させたくらいだ。
――あの後、麻依子を誘拐した奴らは後から来たR‐ラグナロクの部隊によって警察に突き出され、その中の戸野高生は退学処分に処さるらしい。
そして、亮佑は手に持っていたゴリラを動物園に、洋は出会いを求めて夜の街に繰り出していった。
……そういや、生徒会長はいつの間にかいなくなっていた。
……どんな顔かよく覚えてないけど、どっかで見た気がするんだよな――
「そういや小夜は…」
「真慈、こんな所に置き手紙があるよ?」
そう言って、麻依子がリビングのカウンターキッチンから持ってきた一枚の紙。
そこには……
〃〃〃
ご苦労さま♪
ヘルがあまりに遅いから、小夜をあなたの部屋のベッドに寝かせておいたわ。
無防備だからって襲っちゃダメょ?
小夜の荷物は明日届いて、学校への編入はヘルの謹慎明けの日にしてあるからよろしくねん。
あと、小夜の歓迎パーティーには私も呼んでね♪
愛・し・の・彩・華より♪
〃〃〃
俺は最後の一行以外を記憶し、キッチンに置いてあるコーヒーのドリップ専用バーナーで、その紙を焼却処分した。
「小夜、真慈の部屋で寝てるんだ……いいなぁ」
「よくねぇ。……今日はソファーに寝るしかねぇな」
なぜ小夜が二階の俺の部屋に行けたかというと、全面バリアフリーな我が家は階段にもリフトがついてるため、車椅子でどの階にも移動可能だからだ。
その他ほとんどのことが車椅子でも可能だ。
小夜が自由に動ける…だから、彩華が俺に小夜を頼んだとも言える。
「まぁいっか。それより真慈、その傷見せて」
「バレたか。失血死出来ると思ったんだが」
「そんなことさせないよ。ホラ、早くソファーに寝て」
こういう時の麻依子を止めるのは不可能に近い(止めようとすると鉄拳で意識を刈り取られる)ので、俺は潔くソファーに仰向けになる。
麻依子はそのすぐ横に座り、どこから出したかわからない手術道具各種を広げる。
「……まったく、失血死は言いすぎだけど、アタシがいなかったら病院行きだよ」
「それだけは勘弁、医者は苦手だ」
麻依子は、へたな医者よりまともな医療技術を持っている。
その技術は外科から内科まで様々な方面あり、風邪を引いた時も麻依子に薬を調合してもらったっけな。
「ウース。真慈帰ってたんだな」
目の前に浮いて現れた黒ヘル。
いつの間にあの壊れたマリオネット状態から脱出しやがったんだ?
「上で寝てる無口少女と、それと一緒に来た隻眼美女が、ドSな少年に拘束されたカワイソーな俺を助けてくれたんだ」
「黒ヘル、プライバシーの侵害で除霊すんぞ」
それにしても、彩華と小夜も幽霊が見えるのか……
いや、無口少女=小夜は何となく幽霊とか見えそうな気がする。
……とりあえず、後で説明が大変だな。
「てか、そのケガどうしたんだ?」
「聞いてよ幽霊さん! 真慈ったら自分で自分のお腹を刺したのよ!」
「……」
麻依子の言葉に突然考え込む黒ヘル。
なにかあったか?
「真慈、その時死ぬ気があったか?」
「……キレてたからあんま記憶ない」
「真慈はキレてると狂気の塊だからね」
酷い言い方だな。
まるで俺がラリッた人間みたいじゃないか。
「ラリッてるな…狂気が強すぎて自分を傷つける意志を術が感知できなかったか」
何度も読心しやがって…どっかに除霊の札って売ってないのか?
てか、術って多分『因果封滅』のことだよな。
それに関わることした記憶は…
あっ俺、前回自分のこと刺してんじゃん。
それも、弾かれずにしっかり刺さったし。
「……真慈、これからあんまりキレないように気をつけろ」
いわゆる、キレてると術がきかないから、死なれちゃ困るってことだろ?
……今の若者はキレやすいからわかんねぇな。
「まぁ、努力はしとく」
この一週間に二度もキレたが、これでもいちようキレにくいほうだ。
それに、今までも死ななかったんだから、キレたからって死ねる可能性は少ないだろ。
「はいッ、治療完了!」
黒ヘルと話してる間に、麻依子の治療が終わったらしい。
麻依子の縫合の技術はまさに神レベルだ。
麻酔ナシで痛みを感じさせない針捌き。
縫合だけならブ〇ック・ジャックを超えると思う。
「ありがとさん」
「うん、ホントに感謝してよね」
笑顔で子供っぽく胸を張る麻依子。
……なんかいつも違うな。
「麻依子、お前大丈夫か?」
「オーケーオーケー。問題ナッシング!」
「マジで平気か?」
「今の私は平常心の塊よ?」
……うん、いつもと違うし、おかしい。
それに、自分から子供っぽい仕草をしてやがる……
「……ったく、無理しやがって」
俺は麻依子の頭に右手をポンッと乗せる。
その瞬間、麻依子の体がビクッと過敏に反応して、すぐに俯く。
「只今、俺の胸は『命令を三回聞く』ことを条件に貸し出しを実施しております♪」
「三回って多くないッ!? それに命令って拒否権ナシじゃん!?」
人のこと言えねぇじゃねぇか。
小夜との約束を自分のことのように利用したくせに。
…って文句を今は飲み込んでおく。
「お前、無理してんのバレバレ。いつもは俺が『死ぬ』とか言うと真っ先に突っ掛かってくるのに、さっきから二回スルーしてる時点で余裕ないのが分かる」
俺はこれでもこいつの幼馴染みだ。
こいつの思考回路の半分以上は熟知している。
そして、過去の出来事も…
「…………やっぱ、真慈は誤魔化せないなぁ」
頭の上にある俺の手を無視して、いきなり立ち上がる麻依子。
その瞳は、流れるに満たない涙によって輝いていた。
「その胸、ちょっとだけ貸してくれる?」
「んじゃ、交渉成立ってことで」
そう許可した瞬間、麻依子は俺の胸に飛び込んでき…
「ブベシッ!?」
ふ、腹部にキ、傷があるのを、す、すっかり忘れ、てました…
痛てぇ耐えろ痛てぇ耐えろ痛てぇ耐えろ痛てぇ耐えろ痛てぇ耐えろぉぉぉおおおおお!!!!
極上クッション×2が胸部に当たってる気がするが、気にしてられねぇぇぇぇええええ!!
「…シンジィ、ヒッグ…怖かった…ょぉ」
「だ、大丈夫だ。もうこ、怖くねぇからッ」
今は、痛みより契約内容を確認して返済プランを…じゃなくて、今は麻依子との約束(契約)に集中しなければ!
あっ、黒ヘルがこっち見て笑ってやがる。
……後で顔面千本ノック(金属バット)決定。
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私は、彼等に助けられてすぐ、夜の学校へ向かった。
ずぼらな姉だ。きっと今日も家に帰らず理事長室に泊まるだろう。
…生徒会長としても、個人的にも聞かなきゃならないものがある。
「理事長! 私だ! 聞きたいことがある」
そう言って、答えも聞かずに理事長室の扉を開ける。
その中は姉独特の雰囲気を発し、私以外の生徒や教員は姉が直接呼ばなければ入ることを許されない部屋……
「助かったって聞いてたけど、やっぱりきたわね。麗花♪」
その部屋の奥の机には、眼帯をつけたこの空間の主……この学校の理事長である、私の姉が笑顔で座っていた。
私が助かって、ここに来ることは予想通りだったらしい。
「理事長……いや、姉さん。聞きたいことがある」
「いいわよん♪ 今日は機嫌がいいから分かることは全部答えるわぁ」
なにがあったか知らないが、答えてくれるなら都合がいい。
…すべてを聞き出す。
「なんでこの高校に普通生徒と混ざって、あんな危険な奴らがいるのだ? 普通なら書類審査の時点で落ちてるは…」
「なぁに? ヘル達が普通試験で受からない成績だと思ってるの?」
…えっ!?
「相変わらず麗花は偏見癖があるんだからぁ。確かに亮佑はバカだからスポーツ推薦だったけど合格してぇ、洋は平均以上の成績で合格したわぁ。そしてヘルは首席や次席に引けを取らない成績を持ってたけど、どの高校にも行かない気だったから、私が書類通さず入れちゃった♪」
「…あと、なぜ須前家だけ呼び方が違うのだ? それに、あの姿は一体…」
「ヘルは私の一番のお気に入りだからよん♪」
「そうか…」
姉に気に入られたことだけは、私も須千家に同情しよう。
「……そしてヘルのあの姿はぁ、ある事件で左半身に瀕死の傷を負った時、あの時はまだ実験段階だったT.Cの新技術…『生体機械義手』を使うことによってヘルは一命を取り留めたのぉ。いつもは人工人皮を使って隠してるからバレてないはずよん♪」
――シンクロ・ギアアーム。
確か、実用化があまりに困難なためにT.Cの研究題材から外された技術……それが実際に使われた人がいるなんて……いや、私が聞きたいことのはそんなことではない。
私は脱線し始めた話を打ち切り、
「なぜ姉さんは須千家をこの高校に入れた? 姉さんの作った集団にいたからか?」
あの三人持っていた『黙示録』というものは、姉が集めた集団にあたえた権力。
それを持っていたということで、姉が三人を信頼していたことは分かる。
しかし、そんな私的な理由でこの学校に入れたのなら、それは生徒会長としても姉妹としても許してはおけない。
「ん〜。強いて言うなら、三人をバラバラにすると危険だから…かなぁ?」
「いや、危険人物を三人も集めてる方が危険は増えるはずだ」
だってそうだろう。
刃物は一本より三本持ってた方が危険だ。
爆弾は一個より三個あったほうが威力は高い。
姉の言っていることは矛盾しているとしか考えられない。
「麗花は相変わらず甘いわねぇ。人はものじゃないのよぉ」
「…!」
私の考えが読まれてる!?
「あの子達は、お互いの行動を制御しあってるのょ。特に喧嘩馬鹿の亮佑は、頭の回る洋がいなきゃ今頃重傷者が何人も出てるわょ」
確かにあの怪力…下手をすれば死人が出るかもしれない。
「なら、あの二人だけで十分なはず。なんであの危険な須千家を入れた!? あれは…危険すぎる」
あの時見た、彼の狂気に満ちた笑み…そして、自分自身を刺すというあり得ない狂行。
…いつか人を殺しかねない。
あの時の恐怖を思い出し、ついつい声を荒げてしまった私に、姉は呆れたような顔をする。
「麗花ぁ? ヘルの狂気を見たなら分かるでしょぉ?」
「分かっている。彼が凶悪で危険すぎ……」
「ヘルは泣いてるのょ」
…は?
「な、なにを言ってるんだ姉さん!? あんな狂気に満ちた人間が泣いているわけないだろ!!」
「…麗花の見た幻覚はヘルに『殺される』んじゃなくて、ヘルを『殺す』姿だったでしょぉ?」
確かに、私が見たのは多田が須千家を殺す姿…思い出すだけで吐き気が襲い掛かってくる。
「ヘルはね、なにも出来ない自分に泣いてるの。無力な自分を恨んでるの。……ヘルはそんな自分を殺したい、その強い想いが狂気と混ざって、相手に『自分を殺す』幻覚を見せるのょ」
あれが無力?
身体能力なら屋上の件で証明されている。
姉の話が本当なら成績だって申し分ない。
充分すぎるほど大きな力を持って…
「ヘルは強いけど弱いの。誰かが近くにいなきゃどこか遠くに行ってしまうわ…私はそれがイヤなのよ」
時々見せる真剣な姉の顔と声に、私はそれ以上の文句が思いつけなかった。
「…私が言えるのはここまでよぉ。あとは自分で考えなさぁい♪」
真剣だった姉の顔は一瞬で笑顔に戻っていた。
「それより麗花、麻依子ちゃん大丈夫だったぁ? きっと大泣きしてたでしょぉ?」
姉は話の方向性を変えてきた。
…これ以上は聞き出せないな。
私も質問したのだから仕方ない、姉の質問に答えよう。
「いや、泣いてなどいない。わりとしっかりしていたぞ?」
谷津さんは、私を引っ張ってくような勢いだったな。
私の答えを聞いた姉は、心底楽しそうな顔をしていた。
「あらあら、今頃ヘルは大変ねぇ〜♪」
ん?
「なぜ須千家が関係するのだ?」
途切れた話の人物が再登場したことに、私は違和感を覚えた。
「ん〜。これは麻依子ちゃんの過去について話した方が早いわねぇ」
谷津さんの過去。
…私は須千家について、さらに一歩踏み込める気がした。
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黒ヘルに、俺の手足のことを話したら
『へぇ〜』
の一言だったことにストレスを感じた須千家真慈です。
そして今、麻依子は俺の目の前で泣き疲れて寝ている。
そりゃそうだ。俺が首吊ってた時の比じゃないほど泣きじゃくってたからな。
「し、真慈がメイド服着てカバディを………ぐぅ…」
「ったく、夢の中で俺に変なことやらせんじゃねぇよ」
そして俺は、泣き疲れて寝てた麻依子に乗られたままだった。
だって、ちょっと動いただけで右腕を極めてくるんですよ?
まだ生きてる右腕を犠牲にしてまで立ち上がる必要もないので、しばらくこの状態でいるのだ。
「ったく、真慈は女泣かしだな」
「ウッセェ黒ヘル。麻依子が起きる前にその顔洗って待ってろや」
その顔面をバットでミートパイにしてやる。
「……でも、一体何があったんだ? 誘拐されたっていうのは眼帯ネェちゃんから聞いたけど、怖かったからって普通はそこまで泣かないだろ?」
…俺は黒ヘルの洞察力をナメていたようだ。
まぁ、暇だし。冥土の土産に少し話してやるか。
「会話文だと大変だから、普通に回想していいぞ」
「読心されるのはムカつくが、お前のために口動かすの面倒だからそうしよう」
――『R‐ラグナロク』が発足してまもなく、あるヤクザによる誘拐事件が起こった。
要求は金じゃなくて『戸野彩華の命』
発足当初からこんな事件が起こるほど、戸野家の力は悪党には邪魔だったらしい。
一般人を人質にしたならあり得ない要求。
しかし、その人質はチームのメンバーの馴染みの存在だった。
そう、その人質は俺の幼馴染み…谷津麻依子だった。
荒れていた俺を彼女は見捨てなかった。
世界を拒絶した俺から、彼女は一度たりとも逃げなかった。
そんな彼女を人質にして、確実に俺を狙った脅迫。
『友人を殺されたくなければ彩華を殺せ』ということだったのだろう。
しかし、俺には通じなかった。
別に俺が彩華の忠実な部下だったからじゃない。
――なんせ、麻依子が誘拐されたことを聞いた時、俺はすでにキレてたから。
その後を俺は覚えてないけど、そのヤクザの本拠地に単独で乗り込んで、百何十名全員を半殺し以上瀕死未満にしたらしい。
気がついた時には体中傷だらけ、短刀が四、五本体に刺さってたりして、左手足も途中でモゲてスクラップのようになってた。
…その後、支援に駆けつけた彩華にその姿を見られて、こっぴどく怒られたのは言うまでもない。
そして助けだした麻依子は、生まれたばっかの赤ん坊より泣いた。
麻依子は誘拐時に閉じ込められたショックで、狭い所を極端に怖がるようになった。
この時のことを時々夢に見るが、その度に巻き込んでしまった罪の意識を感じてしまう……
これが、R‐ラグナロクと死神の名を周囲に知らしめることになった出来事でもある――
「今回も閉じ込められたみたいだからな。でも、他にも人がいたから無理して我慢してたんだろ」
俺の目の前で寝息をたてる小さな少女の頭を撫でる。
「……麻依子が事件の後、いきなりチームに医療班として来た時はビックリしたなぁ」
来た瞬間に帰れと言ったけど、決めたことを簡単には諦めない人間だからな。
結局俺は、ケガするたびに麻依子に治療してもらっていた。
俺みたいなやつに、ここまでしてくれる麻依子を、俺は泣かせたくな…
「……あの野郎、人が話してる途中でいなくなりやがって」
麻依子の寝顔を見みながら話してるうちに、いつの間にか黒ヘルがいなくなっていた。
…ノック回数三倍にしてやる。
「さて、そろそろこいつを返してくるか…って、この姿じゃ外出れねぇな」
俺は左手を天井に掲げる。
…この黒鋼の腕は基本的に外では見せないようにしている。
正直、哀れみや異様な目線はもう懲り懲りだ。
人皮を被ればいいんだけど、麻依子がしがみついてるため、無理に等しい。
…考えんのも面倒だから、このまま寝るか。
眠りに就く前に、俺は両手を天井に掲げた。
黒い金属光沢を放つ左腕と、小夜には及ばないが十分白い右腕。
その腕の色は違うが握り締めた意志は一緒…
……今回も取り零しちまったな。
「やっぱ、俺は死ななきゃならない…」
…けど、今は気にしないでおこう。
「…麻依子、お疲れさま」
その一言だけをいって、俺は麻依子を包み込むように眠りに就いた。