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求婚する王子  作者: 神崎みこ
本編
9/14

8・青天の霹靂

 一日ぶりに職場へたどり着いたセリは、職場へ入った瞬間ひときわ厳しい視線にさらされた。

ぎらぎらと、殺意にも似た感情を込めた視線が、容赦なく若い女性事務員たちから発せられている。周囲の枯れたおじさまたちは、どれだけ鈍くとも居心地の悪さに仕事に没頭するふりをする始末だ。地味な職場にも当然事務仕事は必要であり、そういう仕事を担う若い女性、というものはそれなりに存在する。彼女らは事務能力こそそこそこのものを有してはいるが、どちらかといえば結婚退職を望む親と本人の希望をもって赴いてきた女子がほとんどであり、セリの所属する公的機関は彼女らの狩場としてはそこそこ人気のある部門ではあった。つまり、地味だが安定していて、どういうわけか人柄もそれに習って大人しい男たちが多い、と。

そんな中で、突如降って沸いたローゼルという優良物件は、野心を程ほどにしか持たない女性たちをも夢中にさせ、彼が訪れた日などは、彼女たちのため息と牽制しあう言葉しか聞こえないほどだ。

その、彼女たちのやる気と野心が、全て反転してセリへと注がれている。

さすがに研究者である彼女に具体的に申し立てをする人間はいないが、幼い頃からこのような場面に出くわすことが多いセリには、まるで「ぶさいくのくせに何王子をたぶらかしてんだ、どうせ実家の財力でも使ったんでしょ」という罵りの言葉が耳の中で響いているかのようだ。

それらをあえて無視して、さらに彼女たちの反感をかったセリは、足早に個人の研究室へと進む。

扉をくぐり、閉めたところで大きく息を吸い、吐く。

ああいったものはやはり慣れない、と、右肩を小さく回したところで、ようやく人の気配に気がついた。


「ゼル」


幼馴染のゼルが、我が物顔で彼女の椅子に座っていた。

扉と対面式にある仕事机は、古く飾りも何もない木製の事務的な机だ。セリの背にあわせた椅子も、木製の単なるそれであり、飾りも何もない部屋と相まって、居室を非常に殺風景なものとしている。その椅子に遠慮なく座り、行儀悪く足を机の上に投げ出したゼルが、この国でも有数の天才学者だということを、誰が信じるというのか。


「行儀悪い」


セリの一言に慌てて足を下ろし、ゼルが立ち上がる。

セリのものとよく似た茶色の髪をかきあげ、ゼルはセリへと近寄る。


「近くに寄ったからあけてもらった」


事務官たちの異様な殺気は、これによって加速されていたのかと、うんざりした気持ちで納得する。

柔和な印象をあたえるが、本質は非常に神経質で人嫌いな彼は、条件だけをあげれば彼もまた、婿がねとしては非常に優良だ。

若くしてその才を発揮し、存分に存在感をみせつけてきた彼は、家格さえ目を瞑れば、その才能を彼ごと欲しがる家も多いだろう。実際に財力をちらつかせ、彼をものにしようとした家も腐るほどある。相手にもされず、公然と恥をかいた結果となったそれらの出来事を、実のところセリは知らない。アゼリアに聞けば、おもしろおかしく二割ほど増して話を教えてくれるかもしれないが。


「用件は?」


幼馴染とはいえ、べったりと時間を過ごした記憶のないセリにとって、彼は用事があれば現れる人間だ。まさかこの彼がセリ自身に用事があってのこのこやってくるなどとは露ほども思っていない。


「会いたかったから」


だが、ローゼルがセリの周囲をうろつきはじめてからの彼は、用もないのに姿を現している。それを不審に思わないわけではないが、そちらの方向へは絶対に思考を向けないセリが考えたところで、正しい答えが導き出されるわけはない。


「まあいいけど」


今回にしても深く考えもせず、納得したふりをする。


「あのさ」

「何?」

「俺、セリのこと好きなんだけど」

「ありがとう、私もゼルこと好きだよ」


即答にゼルは情けない笑顔を浮かべ、肩を落とす。


「あ、お茶でも飲む?」

「いや、そうじゃなくて」


あくまで自分のペースで物事を運ぶ彼女に、ゼルは弱い。いつもいつも、彼にとっては何十回も告白しているにもかかわらず、このような態度で悪意なく交わされているからだ。

彼女の好きは、この菓子が、花が、動物が、好きの好きと同義語だ。それでもあまり人付き合いの上手ではない彼女の好意を勝ち取られたことが僥倖だと、思えていたのだけれど、やはりあの王子の存在は、能天気な天才学者すら焦らせる。

ほどなくして運ばれた茶に、彼は落ち着いてしまった気持ちを奮いたたせた。


「僕、セリのこと好きだよ」


いつもにはない声音で確認をするように告げられたセリは、茶器を持つ手をしばし止めた。

こんな空間をあの夜も経験したはずだ、と。

どれ程鈍くとも、王子の印象は強い。必要以上に警戒態勢をもって、ゼルを見守る。


「家族としてじゃなく、っていや、家族になりたいんだけど、そうじゃなくって。だーーーーー、今更っていうか今更?あのさ」


小首をかしげ、不自然なゼルをみつめる。


「俺、本当にセリが好き」

「・・・・・・ありがとう」


本気の告白すらあっさりと流され、彼はやはりうなだれる。


「だから!俺は、セリのことが好きなの。友達としてじゃなく学者としてじゃなく、本当に本当に女の子として、いや女として大好きなの!わかる?今すぐここで押し倒しちゃいたいぐらい大好きなの!」


不埒な言葉を聞かなかったことにして、それでも意標を突かれたセリは瞠目する。

どうしてまた、こいつも同じようなことを言うのだと。

強制的な告白をして満足した幼馴染は、上機嫌で帰っていった。

彼にとっては今まで全く意識してもらっていなかった彼女に、そう言う意味で意識してもらえただけ上出来だったからだ。

だが、一方的にそれを受ける立場となったセリは、呆然としたままその日一日仕事に没頭することで意識外へそれを押しやった。

そしてまた、夜中に発熱をし、家族を大いに困惑させることとなった。

セリは明後日に出勤し、再び女性の厳しい視線を受け、そしてまた幼馴染ともいえるケルにゼルと同じような告白を受け、熱を出した。

三度目のそれに、アゼリアは笑顔を忘れて歯軋りをし、まだまだかわいい子供だと思っている妹に負担をかけたおおばかどもに呪詛の言葉を吐き出した。

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