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求婚する王子  作者: 神崎みこ
本編
7/14

6・愛情と粘着

 ヴァイシイラ家の四女、セリという人物は非常に地味な人間である。

顔立ちから趣味、性格、選択した職業に至るまで特筆すべきものがなく華々しい分野で活躍する姉妹たちとは対照的である。今の立場となった過程を考えれば、十分賞賛されるべきではあるのだか、どうしてだかセリに対しては「はぁ、すごいですねぇ」と下がり気味な発音で、おまけのように言及されることが多い。

赤の他人にとってみれば、表面的に対比できる部分がもっとも口に出しやすく、長女は艶やかさで、次女は無駄な美貌で、三女は華やかさでもって周囲を魅了しているものだから、特に容姿に関して陰口を叩くものが多い。

端的に言えば、どうして四女があれなのだ、と。

五女もどちらかといえば容姿は普通なのだが、その印象を上回るほどの身体能力から、彼女に関しては別の意味で目立っている。つまり本当に日陰にいるのはセリだけなのだ。

だが、本人は無自覚ではあるが、彼女において一つだけ姉妹の中で突出しているものがある。

それは、崇拝者の質である。

他の姉妹それぞれ信奉者だの崇拝者だのはいるものの、セリに対するそれらは粘着質に過ぎる、というのがアベリアの見解だ。

粘着して執着して、いつしか親友面をしてセリの周囲にはびこっている彼らは、セリを頂点とする宗教を形成しているかのような様相を呈している。もちろんセリ自身はそのことに気がつかず、少しうっとうしいけどいい友達を持った、と思っているのだから、感覚のずれとは恐ろしいものだ。

幾人かが、セリを独占するため求婚の言葉を口にしたものの、全てが交わされ、冗談として処理されている。生まれてからずっと陰口を叩かれ、日陰の道を歩み続けてきたセリは、好意に関して鈍感だ。

他人から冷遇されているセリに対して、ただ普通に誠実でありさえすれば、そこに何がしかの思いが生まれたかもしれない。残念ながらそういう殊勝な心がけをもった「まっとう」な人間はセリに懸想しない。人格が破綻したものたちが幼い頃から彼女に執着し、追い掛け回した結果、セリは見事にただの嫌がらせだと認識し、家族以外の人間に対して頑なになっていってしまった。内包する魔力からくるある種の魅力、なのかもしれないが、セリは現在に至って、いっこうに自分の特性を理解していない。

だからこそ、長年の報われない努力の結果、なんとか友人という立場を得られたに過ぎない彼女の「親友」たちも安心していられたのだ。だが、ここにきてローゼルという敵が出現したことからセリの周囲は俄かに騒がしいものへと変容してしまった。



「うるさい」


職場に現れたゼルと、幼馴染のケルに笑顔で囲まれてセリは、頭を抱えた。

基本的に静寂を好み、淡々と仕事をすることに生きがいを感じているセリは、家族以外の人と接することがあまり好きではない。そんなことはお構いなしにセリをかまい倒すのが、彼女の親友たちであり、それをある程度はセリも許容している。

だが、今日訪問してきた二人は、いつもの雰囲気とは違い、どこか焦ったような印象をまきちらしている。


「あの馬鹿王子に求婚されたって聞いて」

「私もそのような不埒な噂を耳にしまして」

「そんな覚えはない」


セリの全くあてにならない否定の言葉を信じていない二人は、牽制しあいながらも同時にため息をつく。


「だから、僕と結婚しようって言ったじゃない。あんなじじーと結婚するよりさー」

「ですから、私と早く家庭を築きましょうって言いましたよね?セリによく似た娘が出来る予定なんですから」


結婚のことすら自分にとっては縁遠いことだと思っているセリに、さらにまだ見ぬ子供のことまで語るケルという男は、こんなことをくちばしっていても、国仕えの上級魔術師である。幼い頃からその才を発揮していた彼は、学び舎でセリにあった途端、彼女に執心し、そして現在に至るまで付きまとい続けている筋金入りの信者だ。それは彼の隣に座っているゼルにしても同じことで、天才学者だなどともてはやされているが、子供の頃隣の席になったセリに己の気持ちを察してももらえない上に離れられない信奉者だ。境遇のよく似た二人の男は、当然仲がいいはずもなく、同じ目的でセリの職場にやってきた二人は、一触即発の空気をもたらしながら、それでも極力平和的態度でセリへと臨んでいる。


「まだ早い」


身内に近い扱いをしている二人には、身内と同じような口調で答えるセリは、二人の言っていることがさっぱりわかっていない。

どうしてこの二人は、いや、この人たちは口を開けば結婚しよう、などと言い募るのか、と。

アベリア、ダリア、ルクレアに対するものなら頷けるのだが、自分にそのような種類の言葉が掛けられることが理解できない。理解できないがゆえに、冗談か別の意味の言葉だろうと曲解している。

一度、私と結婚してもヴァイシイラの財産は入らないけど?といった類の返しをしたセリではあるが、己の身一つで財産を築いた彼らには悲しそうな顔をされただけであったため、その手の返答はしないように心がけている。いくら鈍感でも彼らを傷つけて平気なわけではないのだから。


「仕事、したいんだけど」


王子に頼まれた解析の仕事はまだ入り口にも達していない。期限を切られている仕事ではないのだが、それでもある程度の進行がなければ、顔向けできない。そう考えているセリは、いつも以上に仕事にのめりこみたい時期なのだ。

それを、次々と誰かが訪れ、そして彼女の仕事の時間を奪っていく。

そのしわ寄せに、休息時間は削られ、深夜の残業へとつながる。


「その調子ならいいんだけど」


二人して納得して、嵐のように帰っていく。それを見送りもせずに、セリは机にかじりつくように研究を再開した。





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