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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第6部

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94/202

第6話『裏』前編

第6話前編は時系列的に第4話『行商人組合』直後の話となります。


『……つー訳で、こんな提案をされたんだけどよ』

「おっ、対応が早いね」


 クロノはケインの報告を聞き、感嘆の声を上げた。

 ケインの報告によれば、ある行商人とその仲間が蛮刀狼バンデッド・ウルフに殺されたらしい。

 彼らの死も大事に違いないが、蛮刀狼対策も疎かにできない。

 人間の味を覚えた獣は駆除しなければならない。

 それが獲物に強い執着心を持つ獣ならば尚更だ。

 すぐに対応したいが、プロの猟師はクロノの部下にいない。

 強いて言えばスーだが、たった一人で対応できるとは思えない。

 幸いと言うべきか、シルバニアの有力商人達がケインを通じて蛮刀狼対策を提案してきた。

 その提案とは傭兵ギルド所属の傭兵を増員し、専門家を招くというものだ。

 傭兵の増員と専門家の招致が済むまでキャラバンの数を減らして領民の安全を確保し、費用は自分達で負担すると言う。

 エレインさんにしてはキレイな提案だな、とクロノは腕を組んだ。

 エレインならばこの機に乗じて主導権を握ろうとするはずだ。

 エレインさんじゃなければ、ニコラさんか、と苦笑する。


『どうだ?』

「呑むよ。山狩りをするにしても、何から手を付けて良いのか分からないし」


 ククク、とケインが押し殺したような声で笑った。

 普通の貴族ならば面子を気にする所なのだろうが、面子と部下の命を天秤に掛けるつもりはない。


『けどよ、ベテル山脈の連中を受け入れすぎるのも問題じゃねーか? この後、連中の家族も受け入れるんだろ?』

「それはそれで頭の痛い問題なんだよね」


 傭兵の家族を受け入れたら、今いる住人との比率が逆転する。

 今いる住人も他所から移り住んできた者ばかりなのだが、それでも、良い感情は抱かないだろう。


「シフは豊かな土地に移り住んで農業をしたいとか言ってるけど」

『んな一朝一夕にいく訳ねーだろ』


 ケインは呆れたような口調で言った。


「定住したがっていることは驚かないんだ?」

『まあ、な』


 ケインはあまり驚いていないようだ。

 クロノもシフから話を打ち明けられた時、大して驚かなかった。

 あ、やっぱり、と思ったくらいだ。


『で、受け入れたんだな? いや、そっちの話が先に通ってたから、エレイン達の提案をあっさり呑んだのか』

「そういうこと。かなり悩んだけどね」

『そりゃそうだろ』


 ケインの口調はあっさりしている。


『どうして、受け入れることにしたんだ?』

「シフを信じて」

『最悪、武力で鎮圧できるからな』


 ケインは納得したと言わんばかりの口調で言った。会話の流れを完全に無視した台詞と口調だ。

 要するにクロノの言葉を信じていないのだ。

 シフ達がカド伯爵領で反乱を起こした時、鎮圧できるかと言えば可能だ。

 もちろん、簡単にできるとは考えていないが、消耗戦に持ち込めば最終的に勝つのはクロノだ。

 ベテル山脈の傭兵が精鋭揃いでも補給なしで戦い続けることは不可能だ。


「シフを信じてるのは嘘じゃないよ」


 異国の地で部下に問題を起こさせない統率力、目的を達成するために遠回りでも確実な方法を選び、機が熟すのを待つ忍耐強さ……他にも学ぶべき点は多い。


「ま、今回はそれでやられちゃった訳だけど!」

『神聖アルゴ王国と交易するために護衛は欠かせねーからな。外堀を埋められちゃ、強気の交渉はできねーわな』


 ケインは察してくれたようだ。


「ま、まあ、開拓の費用は諸部族連合で負担だし、きちんと税を払ってくれるって言うんだから、こっちにもメリットはあるんだよ」


 口に出せないメリットもあるけど、とクロノは心の中で加える。


「あとはシフがシルバニアの有力者に加わってくれれば文句なしだね」

『それは時間の問題だろ? いくら傭兵でも街のために命を張ってるヤツらが発言権を持たないってのは無理があるぜ』


 ああ、とケインは小さく呟いた。


『それも狙ってるのか?』


 正解、とクロノは手を叩いた。


「僕はシルバニアを誰でも自由に商売できる街にしたいけど、街の動向が分からないのは不安だし、自分の干渉できる余地がなくなるのはもっと不安なんだよね」


 クロノはイスの背もたれに寄り掛かった。


『最初の話に戻るんだけどよ。傭兵と専門家が増員されるまで何もしないつもりか?』

「まさか、もう人選は済ませてるよ」


 クロノは体を起こした。


「明日の早朝、重装歩兵五十人、歩兵百人、弓兵五十人を派遣する。隊長はナスル、副隊長はザグだよ」

『こっちに来るまで二日って所か?』

「荷馬車の手配は済ませてるから、半日で着くよ」

『普通は……まあ、今更だな』


 兵士は徒歩で行軍するものだ、とでも言いたかったのだろうか。

 言われてみれば親征の時、兵士は徒歩で行軍していた。

 ああ、それで、とクロノは今更ながら納得した。

 二年前、クロノはケイン率いる盗賊団を容易く包囲できた。

 それは兵士は徒歩で行軍するという先入観のせいだったのだ。


「……兵士を馬車に乗せて行軍するのは如何なものか?」

『大隊規模ならともかく、軍団を組んだ時に足並みが揃わなくなるんじゃねーか?』

「う~ん、良いアイディアだと思ったんだけど」


 クロノは唸った。

 兵士は徒歩で行軍するという常識を覆すためには大規模な改革をしなければならない。


「第十三近衛騎士団の専用装備ってことでどうにかならないかな?」

『俺に聞くより帝都に書簡を送った方が良いんじゃねーか?』

「分かった。そうする」


 クロノは素直に頷いた。


『じゃ、またな』

「また、明日」


 定時連絡が終わる。

 だが、耳を澄ますと、微かな物音が聞こえる。

 便利なんだけど、改善の余地ありだね、とクロノは立ち上がった。

 外を見ると、陽はすでに沈んでいた。



「遅いぞ、クロノ」


 クロノが食堂に入ると、ティリアは不機嫌そうな声音で言った。

 食事はテーブルに並べられていないので、待っていてくれたのだろう。


「ごめん。仕事が長引いて」

「そうか、仕方ないな」


 仕方ないで済ませてくれるんなら、初めから言わないで欲しいな~、とクロノは自分の席に着いた。

 テーブルに突っ伏したエリルが恨めしそうな視線を向けてきたが、あえて無視した。

 現在、エリルはダイエット中である。

 親切な友達と共に適度な運動に励んでいる。

 適度と言っても、それは兵士や野生児にとってだ。

 運動をしてこなかったエリルには過酷という言葉すら生温い。

 何故、エリルが茨の道を選んだかと言えば、食事制限を拒んだからである。

 嫌がったのではなく、頑として拒んだのだ。

 動機はさておき、このまま研鑽を積めば固定砲座から移動砲台にクラスチェンジすることも夢ではないだろう。

 まあ、どちらにしても防御力は期待できそうにないが。


「ティリアの方はどう?」

「うむ、今日も露店区と商業区は賑わっていたぞ。そう言えばシェラタン子爵領の治安が悪化しているという噂を聞いたな」

「いや、そっちじゃなくて」


 クロノはパタパタと手を振った。


「分かってる。会談の件なら大丈夫だ。来週、前ハマル子爵はハシェルに来ることになった」

「随分、時間が掛かったね」


 ティリアと市場を広げる話をしたのが九月下旬、今は十二月だ。

 会談の約束を取り付けるのに一ヶ月以上掛かっている計算だ。


「前ハマル子爵だけを相手にしていた訳じゃないからな」

「どういうこと?」

「クロノ、前ハマル子爵と会談をするのは他の領主を説得してもらうためだぞ」


 クロノが聞き返すと、ティリアはムッとしたように言った。


「それは、そうだけど」

「だから、私は周辺領主に書簡を送ったんだ。相手が興味を持っている状態なら、前ハマル子爵の仕事もやりやすくなるだろう」


 おおっ、とクロノは声を上げた。

 ティリアは得意げな笑みを浮かべた。


「ようやく根回しの大切さを理解してくれたんだね」

「お前は素直に誉めることができないのか?」


 ティリアは拗ねたようにプイッと顔を背けた。


「分かった。やり直すよ」


 ティリアは顔を背けたままだが、こちらの様子をチラチラと盗み見ている。


「ああ、ティリア!」


 クロノは声を張り上げ、両腕を広げた。


「ティリア、二年前の君は……」

「その間は何だ?」


 クロノはティリアと出会った日から今日に至るまでの出来事を思い出した。


「……皇位継承権を失ってから経験した出来事がティリアを成長させたんだね」

「だから、その間は何だ!」


 ティリアは堪えきれなくなったように叫んだ。


「そんなに私はダメ人間だったか?」

「え、そんなことないよ」

「嘘を吐くな!」


 ティリアは立ち上がり、バンッとテーブルを叩いた。


「そう言えば怒っても殴らなくなったよね?」

「うぐっ!」


 ティリアは痛い所を突かれたと言うように胸を押さえた。


「いきなり領主に任じられたものの、先立つものがないこともございました。異世界から来たことを明かしたら、殺されそうになったこともありました」

「人聞きの悪いことを言うな! あれはお前の身を案じての行動だ!」

「え~、リオは頭がおかしくなったと思われるだけって言ってたよ?」

「そ、それは、その、見解の相違だ」


 ティリアは苦しい言い訳をした。


「戦争がなくならない訳だね。何しろ、見解の相違で机に叩き付けられ、短剣を突き付けられるんだから」

「そのまま刺されれば宜しかったのに」


 そう言って、セシリーは音を立てずに料理をテーブルに置いた。

 屋敷に来た頃とはまるで別人のようなメイドぶりだ。

 まあ、顔は今にも舌打ちせんばかりに歪んでいたが。

 メニューはパンと豆のスープ、白身魚の卵とじ、野菜の漬け物である。


「いただきます」


 クロノはスプーンに手を伸ばし、動きを止めた。


「どうしたんだ?」

「前ハマル子爵が来た時、どんな料理を用意すれば良いんだろ?」


 クロノは首を傾げた。

 こちらの世界に来てから六年目……来年の二月で七年目に突入するが、歓待の仕方がさっぱり分からない。

 とは言え、クロフォード男爵家における歓待……お酒を飲んでどんちゃん騒ぎすることが一般的でないことくらい分かる。


「うむ、貴族の歓待と言えばコース料理だな。デザートを含め、六品の料理を出すのが一般的だが……」

「だが、何?」

「私達があれこれ頭を悩ませるよりセシリーに聞いた方が手っ取り早いんじゃないか?」


 それは盲点だった、とクロノは額を叩いた。


「と言う訳で、セシリー」

「教えろと仰るのなら、いくらでも。けれど、早く食事をした方が宜しいんじゃなくて?」


 そう言って、セシリーはチラリと横を見る。

 すると、そこには女将が腕を組んで立っていた。



 セシリー曰く、父親のボンド・前ハマル子爵は変わり者らしい。

 贅沢を好まず、権勢欲もない。

 気性も穏やかであると言う。

 臆病なのかと言えばそうではない。

 内戦期は騎兵を率い、幾つもの武勲を立てたそうだ。

 内乱が終わり、軍が再編成された際、近衛騎士団の団長候補となるもこれを固辞し、家督を継いだらしい。

 領主としては良い噂も、悪い噂も残っていないので凡庸だったのではないかとのこと。

 どうして、セシリーが父親の仕事を知らないかと言えば、ボンド・前ハマル子爵は家督を継いだ数年後に結婚し、奥さんに領主の仕事を丸投げしたからである。

 と言うより奥さんが領主の仕事をやりたがったため任せることにしたらしい。

 で、暇になったボンド・前ハマル子爵は馬の飼育……品種改良に励んでいるそうだ。

 彼の育てた馬は高値で取引されているらしい。

 もっとも、高値で取引されるようになったのは奥さんのプロデュースが上手かったかららしい。


「……大体、こんな感じですわ」

「ありがとう。参考になったよ」


 クロノは自室のイスに座ったまま言った。

 ちなみにセシリーはクロノの足下に跪いていたりしない。

 少し離れた場所に立っている。


「この程度の情報は既に仕入れているんじゃなくて?」

「まあ、それなりに」


 クロノは明言を避けた。

 ティリアがボンド・前ハマル子爵と会談の約束を取り付けるまで何もしていなかった訳じゃないのだ。

 セシリーの父親に対する人物評価はワイズマン先生のそれと一致する。

 エレインの情報によればボンド・前ハマル子爵と奥さんのソフィアは結婚が一般的な貴族に比べて遅かったらしい。

 ボンド・前ハマル子爵は領主の仕事と馬の品種改良に没頭していたため、奥さんのソフィアは激しい気性のせいで婚期を逃したそうだ。

 気性のせいだけじゃないだろうけどね、とクロノは苦笑する。

 馬が高値で取引されるようにプロデュースした件だけでも優れた才覚の持ち主だと判る。

 夫になる男にしてみれば自分より有能な奥さんは扱いづらいだろう。


「セシリー、お父さんのことをどう思う?」

「……正直、苦手ですわ」


 セシリーは髪を撫でながら言った。


「どうして?」

「何を考えているのか分からないからに決まってますわ。お父様は口を開けば馬のことばかりで何も仰ってくれないんですもの」


 セシリーは不満そうに唇を尖らせた。

 父親がそういう人だと理解しつつ、親として愛情を示して欲しいのだろう。


「貴方は私のように感じたことありませんの?」

「僕は、まあ、どうなんだろう? あまり考えたことがないから」


 クロノは元の世界にいる実父と南辺境にいる養父のことを思い浮かべた。

 時折、郷愁を覚えることはあるが、家族にどんな気持ちを抱いていたか思い出せない。

 養父に抱く気持ちは複雑すぎて一言で言い表せない。


「薄情ですわね。それとも、別の世界から来た人間は皆そうですの?」

「セシリー」


 クロノは強い口調でセシリーを呼んだ。


「ご心配なく。口止めされなくても言いませんわ」

「どうして?」

「頭がおかしくなったと思われたくありませんもの」


 クロノが尋ねると、セシリーは溜息混じりに言った。


「まあ、普通はそうなんだろうね」


 クロノは溜息を吐いた。

 他人の立場になって考えるとよく分かる。

 いきなり知り合いが異世界から来た……前世の記憶を持っているとか、自分は宇宙人だとか言い出したら、普通はドン引きする。

 セシリーは呆れたような目でクロノを見ている。


「何?」

「いいえ、何も」


 セシリーは踵を返し、扉に向かった。



 クロノが仕事に区切りをつけてベッドに寝転がっていると、扉を叩く音が聞こえた。

 かなり控え目な叩き方だ。

 この叩き方はレイラかな? とクロノは体を起こした。

 しばらくすると扉が開き、レイラが入ってきた。

 鎧は脱いでいるが、支給したばかりの特殊装備は身に付けたままだ。


「冬季特殊装備は気に入って貰えたみたいだね」


 はい、とレイラは冬季特殊装備……毛糸のマフラーの位置を直しながら言った。

 ちなみに支給した冬季特殊装備はもう一つある。


「ですが、良いのでしょうか?」

「ん~、羊毛が入ってくるようになったからね」


 レイラは困ったように眉根を寄せ、毛糸のセーターを見下ろした。

 マフラーとセーターは神聖アルゴ王国から輸入した羊毛製だ。

 神聖アルゴ王国で産出される羊毛は品質が良く、ケフェウス帝国では高値で取引されている。

 兵士の給与ではおいそれと手を出せない額だ。

 自分で着るためならまだしも兵士に支給する指揮官はいないだろう。

 もっとも、それは正規のルートで仕入れた場合だ。


「まあ、座って」


 はい、とレイラは頷き、ベッドの縁に腰を下ろした。


「で、村の様子はどうだった?」

「はい、それは……」


 レイラはクロノの質問に考え込む素振りを見せながら答えていく。

 ハシェルのことを知りたければレイラに、領内の様子を知りたければ騎兵に聞くのが一番だ。

 クロノは小一時間ほどレイラに質問し、一緒のベッドで眠った。

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