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第6話『盗賊団』修正版


 エラキス侯爵邸……元経理担当官の部屋でクロノはエレナと女将のやりとりに耳を傾ける。

 本当に耳を傾けているだけで、ソファーに寝転んで、テーブルの上にある紙の束を眺めているだけなのだが。

 視線を傾け、エレナを見る。

 アザだらけだった肌は透き通るような白さを、血と埃に塗れた髪も元の色……ダークブロンド……を取り戻している。

 スマートというよりも痩せぎすな体型で、目付きは生意気そう、鼻の辺りにあるソバカスのせいで、大昔のアニメに登場する憎まれキャラみたいに見える。

 エラキス侯爵領の財政状況を把握するため、エレナは朝から帳簿を貪るように読み漁っている。

 その瞳はクロノを誘惑した時の女将と同じようにぎらぎらと輝いていて、ぶっちゃけ、怖い。

 復讐とか考えてるんだろうね、とクロノは重々しい溜息を吐いた。

 ともすれば、エレナが自発的に身に付けた首輪にも何らかの意図があるのではないかと邪推してしまう。


「……この竈税と薪税って何よ?」

「読んで字の如くさ。竈にも、薪にも、橋を渡るにも、新婚さんが初夜を迎えるにも、ここじゃ税が掛かるんだよ」


 エレナが怪訝そうな顔をして問うと、女将は何を当たり前のことをと言わんばかりの顔で答えた。


「こんなんでよく反乱を起こさなかったわね。揺りかごから墓場まで税、税、税って、うんざりだわ、ここの領主」

「そんなに高い額でもなかったから、反乱を起こすほどじゃなかったのさ。でも、どういう訳か、客足が遠のいちまってね。お陰で金貨百枚の大借金だよ」


 借金返済までの期間を思い出したのか、女将は深々と溜息を吐いた。


「税を上げれば消費が抑制されるし、消費が抑制されれば生産者の収入も減るからね。みんなに余裕がなくなれば、客足は遠のくよ」


 消費税や煙草の値上げの件を思い出しながら、クロノは女将に言った。


「あん……じゃなくて、クロノ様はお人好しそうだけど馬鹿じゃないのね。で、どうするつもりなの?」

「訳の分からない税は廃止するし、他の税も高すぎるなら下げるよ」

「どうして、早く領主になってくれなかったんだい」


 クロノが言うと、女将は悔しそうに歯噛みした。


「そうすると……税収が金貨三万枚減って、六万枚強になるわね」


 エレナは真剣な眼差しで帳簿を見つめているが、それほど不満はなさそうだ。


「今が七月で麦を収穫中、税は十月に支払われるから、余程のことがない限り大丈夫よ」

「上手くいけば今月中にも引き継ぎを済ませられるかな」


 クロノは紙の試作品を手に取り、意味もなく掲げてみる。


「……つーか、そんなに紙が珍しいの?」

「いや。うちの工房で紙を作ったから、どうすれば量産できるかを考えたんだよ」


 は? とエレナは足早にクロノに近づき、テーブルに置かれた紙を一枚手に取った。


「……し、信じられない!」

「ここにだって大量の紙があるじゃないか」


 エレナは驚きのあまり目を見開いているが、女将はそれほど興味がなさそうだ。

 それでも、クロノに歩み寄る程度に好奇心を持ったのか、女将もテーブルに置かれた紙を手に取った。


「手触りとか、色合いが微妙に違う気がするねぇ」

「紙の製法は秘匿されてるはずなのに、これをドワーフが作ったの?」

「ものすごく簡単な説明はしたけど……あれじゃ、説明の内に入らないから、全て百人隊長の手柄だね」


 植物の煮汁をじゃぶじゃぶすると紙ができる。

 こんな説明をしただけで自分の手柄と胸を張るほどクロノは恥知らずではない。


「でも、どうやって?」

「百人隊長が言うには木の皮を蒸したり、水につけたりして剥いで、木の灰を混ぜた水で煮込んで……色々やって、綿みたいになった皮を水に混ぜて、木の枠でザブザブやったらできたとか?」


 ドワーフの百人隊長から詳細な説明を受けているし、その内容も紙に保存しているのだが、何も見ずにクロノが説明できるのはこの程度である。


「はあ、木の皮から紙ができるとはね」

「で、でも、高いんでしょ?」

「そうでもないと思うよ。日当銀貨一枚で十人雇ったとして、紙を二千四百枚作れれば真鍮貨一枚で元が取れるし」

「羊皮紙の三十分の一じゃない」

「書き損じても簡単に作り直せるから、そこは羊皮紙よりも便利だよね」


 絶句するエレナを横目に、クロノはテーブルから紙を取った。

 見た目も、手触りも和紙にそっくりだ。

 いくら日本からやって来たと言ってもクロノは和紙に縁がなかった。

 そんな自分が異世界で和紙を作らせているのだから、不思議な縁もあったものである。


「あん……じゃなくて、クロノ様は何を考えてるの?」

「領主として領地を豊かにしたいと考えてるし、上司として部下に幸せになって欲しいとも考えてるよ」

「小さいおと……痛っ!」


 エレナが蔑むような声音で言うと、ぽかりと女将がエレナの頭を小突いた。


「どうして、殴るのよ!」

「クロノ様に偉そうな口を聞くんじゃないよ! これだけデキた領主様の何処に不満があるんだい、アンタは?」

「こいつ……じゃなくて、クロノ様の野心のなさが不満なのよ! 『紙』だって、莫大な利益を上げられる代物なのに!」


 エレナはクロノを指差して叫んだ。

 復讐者であるエレナにとって、野心の乏しいクロノは利用しにくい相手なのだろう。

 もう少し歯に衣を着せて、復讐心を隠していたら、まんまと復讐の片棒を担がされていたかも知れないが、クロノから見れば今のエレナは非常に扱いやすい使用人である。

 通信用の水晶からレイラの声が響いたのはそんな時だった。


『クロノ様!』

「食料の件ならレイラに任せたいんだけど?」


 元から頭は良かったのだろう。

 わずか一ヶ月半でレイラは簡単な読み書きと小学校一年生レベルの算数をこなせるようになっている。

 このままいけば半年で小学校卒業レベルの学力を身に付けられるかもしれない。


『違います! 行商人が盗賊に襲われたのです! 浅い傷で済んだようですが、今、ティリア皇女の家臣団が詰め所で事情を聞いている所です』

「すぐに行くよ」


 飛び起き、クロノは部屋を飛び出した。



 すぐに行くと告げたものの、街の外縁部にある詰め所は遠すぎた。

 どういう訳か、侯爵邸の厩舎には馬がいないのである。

 クロノが詰め所に辿り着いた時、商人が精も根も尽き果てた様子で詰め所から出て来る所だった。


「おお、クロノ様!」


 クロノを見るなり、商人はその場に跪いた。

 クロノの顔を知る商人は多くない。

 エラキス侯爵の財産を売った商人、ピクス商会の関係者、娼館経営者のマイルズ、そして、今、クロノの手を握り締めて涙を浮かべる奴隷商人である。


「クロノ様、商品を全て盗賊に奪われてしまいました! どうか、どうか、商品を取り戻して下さい!」

「ああ、うん、善処するよ」

「奪われた奴隷は……」


 身振り手振りを交え、奪われた奴隷の特徴を説明する奴隷商人にクロノは曖昧な答えるしかなかった。おっぱいがでかいだの、尻が大きいだの、そんなことを説明されても困るのだ。

 それでも、クロノが無碍に扱えないのは奴隷商人が真っ当な商人だからだ。

 ボロボロにされたエレナを知る者としては心苦しいが、この男は帝国で定められた法律を守り、ちゃんと税も支払っているのである。

 お願いします、お願いします、と奴隷商人は何度も言ってから、ふらふらとその場から立ち去った。


「……クロノ様」

「報告してくれてありがとう、レイラ」

「い、いえ、当然の務めですから」


 クロノが頬を撫で、尖った耳を弄ぶと、レイラは心地よさそうに目を細めた。

 クールな外見とデレデレな中身、そのギャップが堪らない。

 いつまでも耳を弄んでいたい所だが、クロノはレイラの耳から手を離した。

 双子のエルフが建物の影からレイラを羨ましそうに見ていたのだ。

 すぐにレイラは我に返り、恥ずかしそうに俯いた。


「この辺りって、盗賊が多いの?」

「私がエラキス侯爵領に配属されてから、盗賊団の討伐は一度しか行われていません」


 商人が街の外で襲われるのは珍しいってことか、とクロノは腕を組んだ。

 評判を聞く限り、エラキス侯爵は善政を敷いていなかったようだし、盗賊団が生まれる素地はあったのだろう。


「やっぱり、神聖アルゴ王国の件も影響しているのかな?」

「どういうことでしょうか?」


 質問を質問で返され、クロノは苦笑した。


「一度、討伐されている訳だし、今まで盗賊が徒党を組まなかったのは軍を警戒していたからだと思うんだ。けど、あの時、エラキス侯爵は逃げ出したから、盗賊の警戒心が緩んだのかも知れない」


 あくまで予想だけどね、とクロノは肩を竦めた。


「遅いぞ、クロノ!」

「……馬がなかったんだよ」


 言い訳をしながら振り向くと、ティリアが詰め所の粗末な窓枠に豊かな胸を乗せ、クロノを睨んでいた。


「そこのハーフエルフと話し込んでいたように見えたんだが?」


 ティリアに剣呑な視線を向けられ、レイラは怯えたように俯いた。


「レイラ、呼び止めて悪かったね」

「はっ、失礼いたします」


 クロノが優しく声を掛けると、レイラは一礼して双子のエルフの所へ走って行った。

 どうして、レイラに辛く当たるんだろ? とクロノは首を傾げた。


「事件の詳細は?」

「話は中に入ってからだ」


 詰め所に入ると、ティリアの部下の視線がクロノに集中する。

 友好的な雰囲気ではないが、それにクロノは気付かないフリをして空いているイスに腰を下ろした。


「私の部下が尋問した所……商人は騎兵に襲われたそうだ。ああ、騎兵と言っても重装騎兵じゃないぞ。薄汚れた革の鎧を着ていたらしい」


 ティリアは自分で調べた訳でもないのに胸を張った。

 ぶるん! と自己主張するオッパイが眩しい。


「傭兵崩れか、それとも、偽装か」

「どうして、偽装する必要があるんだ?」


 クロノが呟くと、ティリアは不思議そうに首を傾げた。


「僕の同僚がいなくなっててね。最悪、盗賊にまで身をやつしてるんじゃないかと思ったんだよ」

「盗賊に偽装していると考えるよりも盗賊に襲われたと考えるべきじゃないか?」

「え、でも……もしかして、ティリアは僕の同僚がどうなったか知らないの?」

「知らん。私は自分の家臣団を纏めるので手一杯だったからな」


 ティリアは他人事のように言った。


「はぁ、エラキス侯爵に聞かないとダメか」

「死んだぞ」


 え? とクロノは思わず聞き返した。


「だから、エラキス侯爵は毒を飲んで死んだと言ったんだ。所謂、服毒自殺というヤツだな」

「自殺するくらいなら、公金の横領なんてしなけりゃ良いのに」


 あれで意外に脆い所があったんだな、とクロノは溜息を吐くしかなかった。


「全くだ。まあ、拷問の手間が省けて助かったが」

「……自殺して正解だったかもね」


 右目の傷に指を這わせ、クロノは小さく呟いた。



 クロノが元経理担当者の部屋に戻ると、エレナが一人で帳簿と格闘していた。

 昼食の準備をしているのか、女将の姿はない。


「盗賊はどうしたのよ?」

「実は……」


 クロノが簡単に事情を説明すると、


「散々、あたしをぶん殴ったバチが当たったんだわ! 奴隷商人、ざまぁ!」


 以上がエレナの反応だ。

 ざまぁ! ざまぁ! と繰り返すエレナを横目で見ながらクロノはソファーに寝転んだ。


「僕としてはあまり喜べないんだけどね」

「なんでよ?」


 エレナは不機嫌そうに眉根を寄せ、クロノを睨んだ。


「盗賊が街道に出るなんて噂になったら、物や金の流れが滞るでしょ」

「ふ~ん」


 エレナは感心したように声を漏らし、クロノが寝転ぶソファーに座った。


「アンタって、本当に貴族なの?」

「歴とした貴族だよ」


 養子だけどね、とクロノは心の中で付け足した。


「正直、あたしはクロノ様が貴族だなんて思えないのよね。平民にも、亜人にも分け隔てなく接するなんて貴族らしくないし、ハーフエルフを愛人にするのも、あんなにボロボロだったあたしを買うなんて信じられない」


 エレナは身を乗り出し、クロノを見つめた。


「こ、これでも、アンタには感謝してるつもり。だから……分かるでしょ?」


 媚びるように、誘惑するようにエレナは囁いた。

 だが、クロノはエレナの瞳が輝いた瞬間を見逃さなかった。


「経理の仕事をしてくれるだけで十分だよ」

「はぁっ? ハーフエルフに手を出してるくせに、あたしとシたくないっての!」


 エレナに胸ぐらを掴まれ、クロノは体を強張らせる。


「下心見え見えの女性に言い寄られても……萎えるんだよね」

「べ、別に良いじゃない! 後腐れなく準貴族のあたしとヤれるんだから!」


 女って怖いなぁ、とそんな感想をクロノは前後に揺さぶられながら抱いた。

 はぁ、はぁ、とエレナは肩で呼吸をしながら小休止。

 その隙を突き、クロノは体を起こし、エレナを組み敷く。


「……っ! な、なぁっ?」


 エレナは驚きのあまり目を白黒させているが、そう難しいことではない。

 単に、クロノとエレナの間に体力差がありすぎるのだ。


「何が目的?」

「べ、別に感謝の気持ちを示そうとしただけよ」

「下心が見え見えだって言ったでしょ?」


 クロノが軽く首輪を引くと、エレナは小さく悲鳴を上げた。


「く、首輪を引っ張るのは良いけど、お願いだから叩かないで。ね、ね?」

 一転して、エレナの瞳に怯えの色が浮かぶ。


 こうも露骨に怯えられると、逆にサディスティックな欲望を刺激されてしまう。


「殴らないよ」

「……ひゃぅ!」


 クロノが人差し指で首から臍までをなぞると、エレナは大袈裟に悲鳴を上げ、体を震わせる。


「でも、囓るよ。オレサマ、オマエ、マルカジリ」

「かじ……ピギィィィィッ!」


 クロノが首筋に噛みつくと、エレナは色気の欠片もない悲鳴を上げた。

 甘噛みした程度なのだが、奴隷商人にボロボロにされた経験のせいか、過剰すぎる反応だ。

 最初、エレナはクロノを突き飛ばそうとしていたが、すぐに腕から力が抜けた。

 クロノが体を離すと、エレナは荒い呼吸を繰り返していた。


「これに懲りたら、あまり挑発しないこと」

「……わ、分かったわよ」


 こ、ここ、この変態! とエレナはクロノを押し退けるように立ち上がり、三歩も歩かない内に尻餅を突いた。


「大丈夫?」

「あ、アンタが噛みつくから、こ、腰が抜けたのよ!」


 怖がらせ過ぎたかな? とクロノは改めてソファーに寝転び、天井を見上げた。


「……盗賊か、面倒なことになりそうだな」

 クロノの不安は的中することになる。



 奴隷商人が被害に遭ってから一週間……その間に新たに三人の商人が被害に遭っていた。

 街道を走っていたら、薄汚れた皮鎧を着た騎兵に襲撃されたと証言していたので、同一犯と見て間違いないだろう。


「何故だ! 何故、盗賊を捕まえられんのだ!」


 執務室に呼び出されたクロノは美しい金髪を振り乱し、部下を叱責するティリアを溜息混じりに眺めていた。

 ティリアは大局的な視野とクロノを遙かに上回る能力を有しているのだが、いざ自分が当事者になると、視野が急に狭くなってしまうのだ。


「ティリア、落ち着いて」

「私は落ち着いている!」

「今にも火を吹きそうなのに?」


 クロノが軽口を叩くと、ティリアは冷静さを取り戻したようだ。


「……少し感情的すぎたな、許せ」

「はっ」


 ティリアは憮然とした表情を浮かべ、深々とイスに腰を掛けた。


「クロノ、意見はあるか?」

「一週間も、その言葉を待ってたよ」

「し、仕方がないだろう! 騎兵は私の部下だし、お前は忙しそうに方々を走り回っていたじゃないか!」


 船頭多くして船山に上るって今の状況を言うんだろうね、とクロノは溜息を吐いた。


「お陰様で引き継ぎの準備もできたし、紙の工房も始められそうだよ」

「何のことだか分からないが、クロノなら、どう動く?」

「まず、僕なら街道の見回りを強化するね」

「それはもうやっている」


 ティリアが吐き捨てるように言った。

 まあ、限られた部下では街道全域をカバーできないと分かっているのだろう。


「それでダメなら盗賊の拠点を探す」

「どうやって?」

「知っていると思うけど、馬の世話って大変なんだよね。厩舎も必要だし、餌も、綺麗な水も必要だし」

「ふむ、盗賊の拠点は限られているということか」


 そういうこと、とクロノは笑みを浮かべた。


「盗賊の拠点が判明し次第、一気に片を付けるぞ! クロノ、すぐに準備を整えろ!」

「もう整ってるよ」


 え? とティリアは意外そうに目を瞬かせた。


「古参の兵士から話を聞いて、目星は付けてあったんだ。何処に盗賊のスパイが紛れ込んでいるのか分からないから、準備を整えるのが手間だったけどね」

「お前は、本当にクロノなのか?」


 信じられない、とティリアはクロノを見つめた。



 クロノの部下とティリアの家臣団は夜陰に紛れ、ハシェルの街を出発した。

 目的地はハシェルから百キロメートルほど離れた古い砦だ。

 副官の話によれば砦は樹木に覆われた丘の上に建ち、麓には小さな村があるらしい。

 討伐隊は二百名……クロノの部下は副官、リザードマンで百人隊長を務めるリザド、レイラ、双子のエルフ他百五十名、ティリアの部下である騎兵が五十騎だ。

 時間短縮と体力温存を兼ねて、クロノの部下は十台の馬車に分乗させている。


「ふ、ふん、夜ともなれば冷え込むものだな」

「僕は寒くないよ」

「私が寒いんだ! お前はハーフエルフで暖を取ってるじゃないか!」


 ティリアは幌付きの馬車の荷台で喚いた。


「……クロノ様、私も寒くありません」

「「温かいんだけど、心が寒いよね」」


 クロノとレイラは二人で一枚の毛布にくるまり、双子のエルフも同じようにくるまっている。

 体の大きなリザードマンやミノタウルスは別として、人間サイズの亜人は二人で一枚の毛布を使っている。


「……クロノ様、もう少し寄っても宜しいでしょうか?」


 クロノが返事をするよりも早く、レイラは体を密着させた。


「く、クロノ! そ、そのハーフエルフは私を見て、笑みを浮かべたぞ!」


 クロノはレイラの表情を確認したが、恥ずかしそうに頬を染めているだけだ。

 う~! とティリアは悔しそうに唸り、一人で毛布にくるまった。


「クロノ、城攻めをするには人数が少なすぎるんじゃないか?」

「……攻めるつもりはないよ。今回は死者も出ていないことだし、降伏を勧めてみる」

「お前は甘すぎる!」


 ティリアは叫び、クロノに指を突きつけた。


「罪人が裁かれなければ、誰も法を守らなくなる」

「皇女殿下」

「ハーフエルフは黙っていろ!」

「皇女殿下、クロノ様は降伏を勧めると申し上げたのです」


 レイラは一歩も引かずにティリアの視線を正面から受け止めた。


「どういう意味だ」

「降伏してくれないようなら兵糧攻めをする。僕の副官によれば、あの砦に門は一箇所しかないようだから。もちろん、戦う準備も整えてきたけどね」

「準備とは、その弓のことか?」


 ティリアはレイラと双子のエルフが持つ弓に視線を送った。

 弓は『Σ』のような形をしていて、リムと呼ばれる先端部に滑車が付けられている。


「不思議な弓だな。滑車が付いた弓なんて初めて見る」

「合成弓を作ったんだけど、エルフの筋力じゃ弦を引けなくてね」


 ドワーフ達を過労死寸前まで追い詰めることになったが、滑車のお陰で長大な射程と高い威力を併せ持ち、エルフの筋力でも引き絞れる新型の弓が完成した。


「機工弓って呼ぼうと思う」

「一張もらえ「ダメ」」


 クロノはにっこりと笑った。


「機工弓を一張作るのに、どれだけ投資したと思ってるのさ」

「わ、私は皇女だ。献上しろ」

「皇女でもダメなものはダメ」


 ティリアは唸り、ふて腐れたように顔を背けた。


「レイラ、少し眠りなよ」

 レイラを抱き寄せ、髪と耳を撫でると、双子のエルフが羨ましそうにクロノ達を見つめていた。

「え~、何かな?」

「「心が寒くて、このままじゃ凍死しちゃうかも」」


 二人は見事にハモり、四つん這いでクロノと距離を詰めた。


「「だから、あたし達も撫でて欲しいな」」

「そんなことで良いなら」


 クロノは自由な腕を伸ばし、一人の頭を優しく撫でる。


「み、耳とか、撫でて……名前も」

「ずる~い、デネブ! あ、あたしはアリデッド! 次はあたしだから、あたし!」


 今、撫でている方はデネブというらしい。


「……デネブ」

「……」


 優しく声を掛け、耳を弄ぶと、デネブは涙を堪えるようにおとがいを逸らした。


「次、あたし!」


 アリデッドがデネブを押し退ける。


「……アリデッド」

「えへへ」


 デネブと違い、アリデッドはくすぐったそうに笑った。

 ひとしきり撫でると、二人は満足したらしく元の位置に戻った。


「クロノ様、手が止まっています」

「ああ、ごめん」


 その晩、クロノはレイラが満足するまで髪と耳を撫で続けた。



 翌日の早朝、討伐隊は村に到着した。

 そこは五十戸ほど家屋があるばかりの鄙びた村だった。

 奥には樹木で覆われた丘、その頂きに砦らしきシルエットが見える。


『大将、どうしやす?』

「ここでミノさん、レイラは待機、盗賊が現れたら臨機応変に対処」

『それは丸投げって言いやしませんかね』

「そうとも言うね。リザド、デネブ、アリデッドは付いて来て。ティリアは……待つつもりはなさそうだね」

「当然だ」


 白銀の鎧を身に纏ったティリアは鷹揚に頷いた。

 クロノが先導して村に入ると、村人は慌てて戸板を閉めた。

 瞬く間に誰もいなくなり、クロノは村の中央で立ち止まった。


「どうしよう?」

「クロノ、考えがあったんじゃないのか?」


 RPGだと村の長老が出て来る所なんだけど、とクロノは視線を巡らせた。


「クロノ様、誰かが近づいてくるよ?」

「殺す? それとも、生け捕り?」

「話し合いっていう選択肢はないんだね」


 弓を構える二人を制し、クロノは老人に歩み寄った。


「何処の貴族様かは「この辺りに盗賊が出るって噂を聞いてきたんだけど?」」


 クロノが台詞を遮って言うと、老人は露骨に驚いた表情を浮かべた。


「話を聞かせてくれないかな?」

「どうぞ、私の家に」


 老人に案内されたそこは傾いた家……というよりも小屋っぽい……だった。

 リザドと双子のエルフを外で待機させ、クロノとティリアは家に入った。

 クロノとティリアが粗末なイスに腰を下ろすと、老人も渋々といった感じでイスに座った。


「……あの砦に盗賊がやって来たのは二ヶ月前になります」


 クロノが微笑みを浮かべると、老人は今までの経緯を語り始めた。

 盗賊が砦を占拠した直後は村人も警戒していたらしい。

 領主に訴え出ようとする村人もいたが、怒らせて皆殺しにされるよりはと静観を決めることにした。

 強盗が食料を奪ったり、村娘を連れ去ったりしなかったから、しばらくしたら出て行くと考えたのだ。

 一ヶ月が経過し、変化が起きた。

 馬に乗った盗賊が合流したのだ。

 この時も村人は何もしなかった。

 実害と呼べるものは皆無であったし、きちんと金を払って馬の飼料を買ってくれたからだ。

 ある日、盗賊は年若い女達を連れてきた。

 村人が動揺したのは後にも先にもこの一度だけだった。

 だが、盗賊は女達を村に置いて欲しいと頼み込んだ。

 聞けば、意思に反して奴隷にされた娘達だと言う。

 余裕はなかったが、村人は娘を匿うことにした。

 辺鄙な村である。

 かつて、奴隷商人に娘を売った村人もいただろう。

 その罪悪感が彼らに娘を匿わせたのだ。


「事情は分かったけど、僕らは盗賊を討伐しなければならないんだ。場合によっては君達も罪に問われるかも知れない。でも、そんなことを僕はしたくない。だから、盗賊の親分と話し合う機会を設けてくれないかな?」

「……はい」


 老人は力なく項垂れた。


「話し合う機会を設けてくれないかな? あれは脅迫だ」


 老人の家から出ると、ティリアがクロノの台詞を真似て言った。


「変わったことは?」

「いや、この村の娘さんって胸が大きいよね。お尻もだけど」

「あたしらも少しは胸が大きくなったんだけど、ちょっと、自信なくすよね」


 二人の感想を聞き、クロノは苦笑した。

 しばらくして老人が家から出て来た。

 老人は一瞬だけクロノに視線を向け、砦に向かって歩き出した。


「ミノさん、レイラ……部隊を丘の麓に移動させて」


 通信用の水晶を取り出し、クロノは命令を下した。



 クロノは丘の麓から砦の門を繋ぐ道を塞ぐように布陣した。

 前衛はリザド率いる亜人、後衛はレイラが率いるエルフとハーフエルフの混成部隊だ。

 抜けられた時に備え、ティリアの部下は更に後方で待機している。

 老人が砦から戻ってきたのは簡単な昼食を終えた頃だった。


「……少人数で来るのならば話を聞くと」

「クロノ、罠だぞ」

「虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ」


 クロノが視線を巡らせたその時、レイラが歩み出た。


「クロノ様、私を連れて行って下さい」


 思わず、クロノは舌打ちしそうになった。

 これが罠だった場合、少人数で砦の内側に取り残される。

 男であるクロノは殺されるだけで済むだろうが、レイラは殺されるだけでは済まないだろう。

 だから、女性の兵士は連れて行かないようにしようと決めていたのに、


「クロノ様が心配されていることは分かりますが、ハシェルの街を出た時から覚悟しています」


 レイラは短剣を引き抜き、首筋に宛がった。


「この身は髪の一筋までクロノ様のものです。他の誰かに汚されるくらいなら、私は死を選びます」


 レイラは陶酔の色さえ浮かべず、淡々と言い放った。

 クロノは怒りを抑えるのに必死だった。

 それはレイラに対する怒りではなく、そんな覚悟を彼女に強いてしまう、自分の非力さに対する怒りだった。


「レイラ、短剣を収めろ」

「はっ」


 クロノは右目の傷を指でなぞり、


「レイラ、リザド、僕に付いてこい」

「はっ」

『……承知』


 二人を率いて、丘を登った。

 砦に伸びる道は馬二頭がようやく通れる幅だった。

 かなり傾斜はきつく、逆落としを仕掛けられたら、大型の亜人でも吹き飛ばされかねない。

 クロノ達が辿り着くと、ぎぃぃぃぃと軋みながら門が開いた。

 門の内側は広く、馬が五十頭ほど粗末な厩舎で飼い葉を食べていた。

 敵意と興奮に彩られた視線がクロノ達……前者はクロノとリザドに、後者はレイラに突き刺さる。

 盗賊の中に見知った顔を見つけたが、クロノは無視した。


「約束通り、少人数で来たぞ!」


 クロノが声を張り上げると、中央にある砦……石造りの建物が一軒しかないが……の扉が開き、男が出て来た。

 男は大股でクロノに歩み寄り、野性味溢れる笑みを浮かべた。

 年齢は三十路に届くか、届かないかくらい。

 背はクロノより頭一つ分高く、鋼のような筋肉が全身を覆っている。

 赤銅色の肌には今まで潜り抜けた修羅場の数を物語るように多くの傷が刻まれていた。

 どんな凶悪な顔をしているかと思えば、目付きこそ鋭いものの、全体的に爽やかな面構えだ。


「俺が盗賊団の頭目ケインだ。実際には傭兵もやってるんだが……話があるんだろ、中に入りな」


 ケインに促されるまま、クロノ達は砦に足を踏み入れた。

 砦の中は壁で区切られておらず、中央に大きなテーブル、両端にベッドがあるだけだ。

 もしかしたら、かなり古い時代に廃棄された砦を修復したのかも知れない。

 ケインは一睨みでテーブルから部下を立ち退かせ、どっかりと腰を下ろした。


「どうして、ここに来た?」


 ケインは手を組んで言った。


「降伏勧告だよ」

「並の貴族なら何も言わずに攻める。小狡い貴族は見逃してやるから上がりを寄越せと言うが、そんなことを言った貴族はアンタが初めてだ」


 にやりとケインは笑みを浮かべた。


「どうしてだ?」

「僕は誰も殺したくないんだ。だから、ここで降参してくれるのなら、罪を軽減しても構わないと思っている」

「はっ、もう勝ったつもりか?」

「その通り、君達の負けだ」


 クロノが言うと、ケインの顔から表情が消えた。


「僕らは砦の出入り口を見張って、君らが飢え死にするのを待つだけで良いんだよ。それが分かっているから、話し合いに応じてくれたんだろう?」

「話に応じるフリをして、アンタを誘き寄せようとしたのかも知れないぜ?」


 顔を突き合わせ、クロノとケインは笑った。


「聞いていたほど馬鹿じゃなかったか。アンタの言う通り、麓を固められた時点で、俺達は終わってるのさ」


 ケインは大仰に肩を竦めた。


「けど、仲間を説得しなきゃならねーから、明日まで時間をくれないか? もちろん、ただで待たせたりしねーよ。それだけの代価はきちんと用意する」

「分かったよ」


 息を吐き、クロノは席を立った。


「明日、この時間に砦の門で待ってるぜ」

「ああ、一人で迎えに行くよ」


 肩越しにケインを見やり、クロノはレイラ、リザドと共に外に出た。


「……クロノ」

「ああ、君か」


 名前を呼ばれ、クロノは足を止めた。

 男……名前は忘れてしまったが、エラキス侯爵邸で顔を合わせた記憶がある……はクロノに歩み寄り、親しげに肩を叩いた。


「お前がアルゴ王国軍を追い払ったんだってな」

「君は……どうして、盗賊に?」

「エラキス侯爵が逃げ出した時に気付いたのさ。もう、ケフェウス帝国の貴族に国を守る力はないってな」


 君も貴族だろうに、とクロノは心の中で呟いた。


「なあ、クロノだって気付いているんだろ? この国はもうダメだ。だから、新しく作り直すべきだ。努力した者が報われる国に」

「そのための資金集めかい?」

「今はちっぽけな盗賊団だけど、お前が協力してくれれば……ああ、いや、お前はエラキス侯爵領を預かっているんだったな。けど、考えておいてくれないか?」

「考えるだけなら」

 門の外に出ると、レイラがクロノに寄り添った。

「今の話、乗りますか?」

「乗らない」


 クロノが答えると、レイラは安心したように息を吐いた。


「レイラは、どう思った?」

「あの男の話に比べれば、クロノ様が異世界から来たという話の方が信頼できます」

「……信じてなかったんだ」

「あ、あまりに突拍子のない話だったものですから」


 レイラは申し訳なさそうに俯いた。


「さて、明日の準備を整えないと」



 翌日、クロノは約束の時間に砦の坂を登り始めた。

 討伐隊の布陣は昨日のままだが、非常時の対処方法は決めてある。


「よお、待ってたぜ」


 クロノが坂を登り終えると、ケインが一人で門の前に立っていた。

 覚悟を決めたのか、無精ヒゲを剃り、清潔感のある格好をしている。

 降伏の意思を示すように門は開け放たれ、多くの盗賊は神妙な面持ちでケインを見つめていた。

 ただ、約二十名の盗賊は重装備に身を固め、馬に騎乗していた。


「馬に乗っているヤツらは心配しないでくれ。アンタが約束を守らなかった時に備えているんだとさ」

「なるほど、僕が約束を破ったら」

「ああ、俺の首で満足してくれなかったら、戦うつもりらしい」

「そう言って、逃げる準備を整えたんだね?」

「何……っ!」


 言い切るよりも早く、クロノはケインを庇うように立った。

 次の瞬間、騎兵の放った矢がクロノの胸に突き立った。

 それを合図に二十の騎兵が門に殺到する。

 状況を理解できないまま、ケインの部下は跳ね飛ばされた。


「畜生! こんな命令、出してねぇぞ!」


 ケインは身一つで騎兵を止めようとしたが、あまりにも重量が違いすぎる。

 突撃槍がケインに迫る。

 クロノは間一髪でケインの腕を掴み、藪の中に飛び込んだ。

 もつれ合い、斜面を転がり落ちた。



 やはり、クロノ様の予想は正しかった。



「……来ます」


『野郎共、盾を構えろ! 準備は整っているな、レイラ!』


「もちろんです」


 レイラは盾の前……最前列に立ち、静かにその時を待った。

 盗賊の馬は大きな音を聞いても怯えないように調教された軍用馬だ。

 昨日見た限り、しっかりと世話もされていて、坂を下る勢いを利用すれば、大型亜人の構築する囲みを容易に打ち崩せるだろう。

 騎兵が坂を駆け下り、


「焔舞!」


 脳に刷り込まれた呪文が解凍される。

 文字が滝のように視界を滑り落ち、完成した呪文がレイラの魔力を物理現象に変換。

 爆音と紅蓮の炎が軍用馬の真下から吹き出した。

 いくら調教されているといっても馬は馬だ。

 不意に生じた音と炎でパニックに陥り、騎手を振り落とさんばかりに暴れ狂う。


『押し潰せ!』

「「「「「「おおっ!」」」」」」


 副官の命令に従い、大型亜人は盾を構えたまま突進する。

 スピードを失い、暴れ狂う馬は盾に押され、棹立ちになる。

 大型亜人が盾を押し込むと、馬はバランスを崩し、騎手を乗せたまま倒れた。

 だが、倒したのは五騎だけだ。

 後続の騎兵は乱れた囲いを擦り抜けようとしたが、次の瞬間、ある者は上半身が吹き飛び、ある者は馬の頭ごと骨を砕かれた。

 副官のポールアクスと、リザドの大槌を真正面から受けたのだ。


『風よ!』(ぶも~)

『……雷』


 ポールアクスから生じた風の刃が残る騎兵を切り裂き、大槌から生まれた雷が騎兵を貫く。

 十騎の騎兵が瞬く間に屍と化し、残る五騎は自分達が何をしたのかさえ忘れて、坂を駆け上がった。


「「頂き!」」


 藪の中から立ち上がったデネブとアリデッドが矢を放つ。

 騎兵は回避行動を取らず、そのまま射貫かれて地面に落下した。

 二人の放った矢が機工弓によるものでなければ着込んだ鎧が防いでくれただろう。

 残る三騎は坂を上り……ごろごろと坂を転がり落ちてきた無数の樽に吹き飛ばされた。




「……死ぬかと思ったよ」

「ああ、悪かったな」


 クロノは足を痛めたケインに肩を貸しながら坂を下りた。

 二人とも藪を転がり落ちて擦り傷だらけになったが命に別状はない。

 坂を下りると、既に戦闘……そう呼ぶのも烏滸がましい一方的な殺戮劇は幕を閉じ、三人の男が亜人に囲まれていた。

 一人はクロノに声を掛けた男、もう二人ともエラキス侯爵邸で顔を合わせたような気がした。


「クロノ様、や、矢が!」

「ああ、これ?」


 クロノは胸に突き立った矢を引き抜いた。


「ケガはしてないよ」


 矢は先端こそ突き刺さったが、鎧とその下にある鎖帷子のお陰でクロノは無傷だ。


「クロノ・クロフォード! 俺と、勝負しろ! 俺が勝ったら、俺を見逃せ!」

「リザド、彼を」


 ケインをリザドに押しつけ、クロノが手を挙げると、囲みが割れる。

 クロノは男と対峙し、腰から剣を引き抜いた。


「決闘する前に聞きたいことがあるんだ。昨日のあれは本心だったの?」

「そうだ。エラキス侯爵が逃げ出した日、俺は悟った。貴族は……偉ぶった上級貴族は搾取するばかりで民のことなんて考えていない。そんなヤツらのために死ぬなんてゴメンだ!」

「盗んだ金を持って、何処まで逃げるつもりだったんだい?」

「自由都市国家群さ。金さえあれば、あそこで贅沢な暮らしを満喫できる。他のヤツらも同じ考えだったんだ!」

「……弓兵」


 クロノが手を挙げると、一斉に弓兵が弓を構えた。


「クロノ、約束が違うぞ!」

「……射殺せ」


 放たれた矢が三人の男に殺到する。

 男は必死の形相で身を捩り、それでも、躱しきれずに矢に射貫かれた。


「……クロノ、貴様、貴様」


 クロノは血溜まりで呪いの言葉を吐く男を冷静に見下ろした。


「……クロノ、地獄で待ってるぞ」

「仏教徒でね。行き先は君とは別の地獄だよ」


 クロノは剣を鞘に収め、ケインを見つめた。


「締まらねーが、俺の首を差し出す。だから、部下の命だけは助けてやってくれ。あいつらは可哀想なヤツらなんだ。家も、家族も失って、奪われて……ああ、けど、奪う側に回ったからな」


 リザドから離れ、ケインは跪いて頭を垂れた。


「どうして、君は盗賊になったの?」

「よくある話さ。凶作で税が払えなくなった時に、親父とお袋が領主に税を軽減して欲しいと頼みに行ったんだ」

「それは……エラキス侯爵領?」

「違う」


 ケインは首を振った。

「親父とお袋は殺されたよ。税を軽減して欲しいと頼み込む間もなく、槍で突き殺されたらしい。俺と妹は村を逃げ出して、妹は途中で死んで、傭兵団に拾われた俺は傭兵や盗賊をしながら、似た境遇のヤツらを集めて……騙されてると分かってたんだがな」

「ケイン、馬に乗れる?」

「傭兵もやってるって言っただろ」


 クロノは剣帯を解き、


「ケイン、顔を上げて」

「……っ!」


 剣帯ごと剣をケインに投げた。


「何の、マネだ?」

「死ぬつもりなら、僕の所に来なよ。馬に乗れる人材が欲しかった所だし、裏稼業に通じているのなら、相談に乗ってもらいたいからさ」

「……俺は薄汚い盗賊だ」

「もう僕の部下だよ。剣を受け取ったじゃないか」

「これ……っ!」


 ケインは剣の柄に刻まれた皇帝の紋章とクロノを交互に見つめた。


「ああ、それは初代エラキス侯爵が皇帝陛下から下賜されたらしいよ」

「普通の貴族は宝物扱いするんだぞ、クロノ?」


 いつの間にかやって来たティリアに突っ込まれ、クロノは肩を竦めた。


「今すぐ返事を聞かせてくれないかな?」


 長い、長い時間が流れ、ケインは頷いた。



 翌日、事後処理を終えたクロノは自室に引き籠もり、グラスを傾けていた。


「は~い、クロノ様。貴方の女将が御相伴に預かりに来ましたよん」

「一人で飲みたい気分なんだけど?」

「こういうのは二人で飲んだ方が美味いもんさ」


 女将は手にしたグラスにワインを注ぎ、美味そうに飲み干した。


「ぷは~、流石は貴族様! 良いワインを飲んでるねぇ!」


 女将はグラスにワインを注ぎ、机に体重を預けた。


「ま~た、悩んでるのかい?」

「……悩んでも仕方ないと分かっているつもりなんだけどね」

「どれ、この女将が元気づけてやろうかね。ほれ、こっちに来な……こっちに来いって言ってるだろ!」


 いきなりキレた女将は力ずくでクロノを抱き寄せ、ケラケラと楽しそうに笑った。


「……もしかして、酔ってる?」

「少しだけさ」


 女将は子どもをあやすようにクロノの頭を軽く撫でた。


「男にも甘えたい時はあるだろ? それを察して、甘えさせてやるのが良い女の条件ってもんさ」

「際限なく甘えそうで」

「そういう男の尻を叩いてやるのも良い女の条件さ」

「……偶にゃ、こんな夜も悪くない。そうだろ?」

「そうだね」


 その夜、クロノはたっぷりと女将に甘えた。

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