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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第4部:助走編

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第11話『契約』前編


 帝国暦四百三十一年十二月下旬、侯爵邸の応接室……ティリアはクロノとブラッド・ハマル子爵の間で契約が交わされる様子を眺めていた。

 どういうつもりなんだ、クロノは? とティリアは横目でクロノを見る。

 今、ティリアが抱いている気持ちは困惑に近い。

 多分、それはクロノの対面に座るブラッド・ハマル子爵も同じだろう。

 文書の内容を知っていたティリアよりもブラッド・ハマル子爵の方が困惑の度合いは強いはずだ。

 ティリアはクロノとブラッド・ハマル子爵が一ヶ月余り対話を重ねてきたことを知っている。

 クロノがカド伯爵領にシルバ港を造ったことで物の流れが変わり、今まで使われていた交易路に衰退の兆しが表れたことも、だ。

 ブラッド・ハマル子爵の目的は新たな交易路の確保であり、その手段としてクロノに通行税の撤廃を求めている。

 無茶な話である。

 当然、無茶な要求をしているとブラッド・ハマル子爵も理解しているだろう。

 だから、ブラッド・ハマル子爵はクロノからどれくらい譲歩を引き出せるかを念頭に置いて対話を行っていたはずだ。


「……エラキス侯爵、貴方はこれで良いのか?」

「色々と考えた末の結論なんだけどね」


 ブラッド・ハマル子爵の問いにクロノは大仰に肩を竦めた。


「貴方の利益は何だろう?」

「目先の利益はないね」


 あっさりとクロノは答える。

 クロノは通行税の撤廃を受け容れた。

 もちろん、無条件ではない。

 クロノが提示した条件は三つある。

 一つはブラッド・ハマル子爵も通行税を撤廃すること、もう一つは産業保護のためにハマル子爵領からエラキス侯爵領に運ばれる紙に税を課すこと、最後の一つは商業制度の統一である。

 商用制度の統一と言っても大規模なものではなく、所定の手続きと一定の金額を払えば誰でも自由に露店を出せるというクロノが自分の領地で行っている制度をハマル子爵領でもやって欲しい、それだけの話である。

 一つ目の条件はクロノに通行税の撤廃を要求する以上、ブラッド・ハマル子爵は受け容れなければならない。

 二つ目の条件はブラッド・ハマル子爵にとってメリットも、デメリットもない。

 紙がハマル子爵領を経由してクロノの領地に運び込まれるまでに通行税分の金額が上乗せされているからだ。

 三つ目の条件は……少なくともティリアには双方にメリットがないように思える。

 だからこそ、ブラッド・ハマル子爵は戸惑っているのだろう。


「長期的に見れば、貴方に利益があると?」

「市場が拡大すれば、多分」


 なるほど、とティリアはようやくクロノの意図を理解した。

 クロノはシルバ港を造ることで物の流れを変え、幾つもの商会を競わせて商品の価格を引き下げた。

 今までクロノが行った税制改革や公共事業によって領民は懐具合に余裕があり、消費活動も活発化している。

 だが、領民が消費に回せる金額には限りがある。

 そこでクロノは市場……経済活動の場をハマル子爵領に求めたのだ。

 ここからはティリアの想像になるのだが、露店が無視できない利益を生み出すようになればハマル子爵領内の商人達もシルバ港を利用するようになるだろう。

 ハマル子爵領が豊かになり、周辺の領主達がクロノと親密な関係を築きたいと考えるようになれば……経済同盟の確立もあり得る。

 なるほど、なるほど、とティリアは腕を組んで頷いた。

 そこまで考えていたとしたらクロノの評価を引き上げなければならない。

 凄いぞ、クロノ! 私が見込んだ男だけあるな! とティリアは胸を反らし、鼻の穴を膨らませた。


「返事は?」

「……」


 しばらく沈黙した後で、ブラッド・ハマル子爵は息を吐いた。

 まるで今までの緊張を解すかのような長い、長い吐息だ。

 ブラッド・ハマル子爵は頷くだろう。

 クロノは無茶な要求をしていない。

 互いの利益を考えた提案をしている。


「エラキス侯爵、私は貴方が信頼に足る男だと思う。だが、私達には責任がある」

「多くの部下と領民の命を預かる者として?」


 クロノが目配せすると、ブラッド・ハマル子爵は神妙な面持ちで頷いた。


「口約束は信用できない?」

「エラキス侯爵とて私に全幅の信頼を置いていないはず」


 いや、クロノは割と信頼しているんじゃないか? とティリアは困ったように視線を泳がせるクロノを見つめた。


「……そこで」


 ブラッド・ハマル子爵が扉を見る。

 やや遅れてクロノが扉を見ると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。

 そこに立っていたのはブラッド・ハマル子爵の妹……セシリーだった。

 ウィグはなく、ドレスは暗色系で非常に露出が少ない。

 セシリーは顔を伏せ、クロノと目を合わせようとしない。

 屈辱に耐えるように唇を噛み締め、プルプルと全身を震わせている。


「そこで我が妹を行儀見習いとして迎え入れて頂きたい」

「チェンジで」


 真顔で言い放ち、クロノは親指と人差し指を立てた状態で手首を捻った。


「ははは、冗談を」

「いや、チェンジで」


 クロノが再び真顔で言うと、ブラッド・ハマル子爵の仮面が剥がれ落ちる。


「どうしてだい? 我がハマル子爵家は旧貴族の中でも古い家柄だよ。行儀見習いを受け入れるのは家格の高い家と決まっているけれどね。逆に言えば私はそれだけ君を買っているという意思表示なんだよ」

「チェンジで」


 三度、クロノが宣言する。

 ブラッド・ハマル子爵は笑みを浮かべたままクロノの手首を掴んだ。


「エラキス侯爵、あ~、クロノ殿、クロノ殿、貴方は一ヶ月余りの対話を無駄にするつもりなのかい?」

「チェンジが無理なら、妹を連れて……帰って下さい」


 お前達、さっきまで和やかに話してたじゃないか、とティリアは今にも殴り合いを始めそうな二人を見つめた。


「別に、私は本気で妹を行儀見習いとして扱って欲しい訳じゃないんだよ。分かるだろう?」

「愛人の、押し売りは、迷惑です!」


 ググッとクロノが手首を捻ろうとし、ブラッド・ハマル子爵はそれをさせまいと手に力を込める。

 ふとセシリーを見ると、泣きそうな顔をしていた。

 本人的には悲壮な覚悟を決めていたんだろうに『チェンジ』はない。

 と言うか、本人を目の前に迷惑はない。

 女としてのプライドが粉微塵だ。

 立ち直れないぞ。


「……落ち着け、二人とも」


 うん、ここは冷静な私が収めなければ、とティリアは軽く咳払い。

 だが、二人はティリアの話を聞こうともしない。


「落ち着け!」


 思いっきり、ティリアは拳をテーブルに叩きつけた。

 白い光に包まれた拳が天板を陥没させ、テーブルが衝撃で床から浮き上がる。


「ティリア、落ち着いて」

「そうです。ティリア皇女、落ち着いて下さい」

「私は落ち着いている!」


 クロノとブラッド・ハマル子爵は掴み合いを止め、両手をティリアに向ける。


「折角、和やかに話が終わろうとしていたのに何なんだ、お前達は!」


 ティリアが立ち上がると、恐縮したようにクロノとブラッド・ハマル子爵は対面のソファーに座った。


「『チェンジ』とか、迷惑とか……クロノ、お前は女心が分かってない! 否! プライドを維持するのがどれだけ大変かを理解していないんだ!」


 ティリアは吠えた。

 もの凄い勢いで吠えた。


「大体、お前がリオ・ケイロン伯爵を愛人に加えているのがいけない。男だぞ、男! あの男は、クロノと寝た次の日に、『季節外れの蚊に血を吸われてしまったよ』とか! 今は冬だぞ、蚊なんているか! 私のプライドはズタズタだ!」


 バシバシとティリアはテーブルを叩いた。

 ティリアは天板が穴だらけになった所で手を休めた。


「……と言う訳で、ハマル子爵の妹は私付きのメイドにする」

「どんな理屈か分からないけど、ハマル子爵は?」

「私は構わないよ」


 クロノが尋ねると、ブラッド・ハマル子爵は余裕の感じられる態度で頷いた。



 素振りを繰り返す。

 基礎は大事だ。

 一足飛びに強くなる方法がない以上、基礎を繰り返して地道に強くなるしかない。

 ふと違和感を覚えてティリアはフェイを見た。

 いつもなら体が温まってきた所で乱取りを申し出てくれるのだが。

 いや、おかしいと言うのなら、弟子のトニーに大声で指導していないのもおかしい。

 フェイは腕を組み、首を傾げたり、上を見たりしている。

 表情は悩んでいると言えなくもない。


「どうしたんだ?」

「少し考え事であります」


 むぅぅぅ、とフェイは唸る。


「クロノ様から……ティリア皇女がセシリー殿をお付きのメイドにしたと聞いたであります」


 ん? とティリアはフェイの意図が読めずに首を傾げた。


「ああ、フェイも第十二近衛騎士団の出身だったな。旧交を温めてきても……」

「盛者必衰、驕れる者は久しからず、であります」


 んん? とティリアはフェイの口調から悪意じみた物を感じて腕を組んだ。


「師匠、仕返しは格好悪いんだぜ」

「何を言うでありますか、我が弟子。私は『馬糞女』と呼ばれたことを根に持っていないでありますよ? 頭を蹴られたことも……過去のことでありますよ、そう過去の」


 まるで自分に言い聞かせるような口調だった。


「師匠、騎士道精神は何処に行ったんだぜ?」

「むむ、騎士道は大事でありますね。旧交を温めるのは騎士道に反していないと思うでありますが……」


 どうやら、フェイは過去に受けた仕打ちを根に持っているようだ。

 この器の小ささはクロノに匹敵するかも知れない。


「セシリー殿が第十二近衛騎士団で訓練に明け暮れていた頃、私は厩舎の掃除に勤しんでいたでありますよ」


 チラリとフェイはティリアを見た。


「あの頃よりも私は出世していると思うであります」

「……」

「……」


 ティリアはトニーと顔を見合わせた。

 今までティリアはフェイが木訥な性格であると思い込んでいたが、何気に黒い。


「ああ、うん、フェイは出世したな。大出世だ」

「そうだぜ、師匠。第十三近衛騎士団の……騎兵隊の副長なんだぜ」

「そ、そうでありますか?」


 フェイは照れ臭そうに頭を掻いた。


「……クロノ様の第二婦人として挨拶をしたいのでありますが?」

「うんうん、私が正妻ということだな?」

「お屋敷で刃傷沙汰とか勘弁して欲しいんだぜ」


 コホンとティリアは場の空気を改めるために咳払い。


「今日はセシリーも疲れているはずだ。だから、日を改めた方が良いんじゃないか?」

「むむむ、気遣いが足りなかったであります」


 足りないのは寛容さじゃないか? とティリアは思ったが、口にしなかった。



 ……カシャン、と皿の割れる音が食堂に響き渡る。


「あ~、もう何をしているんだい」


 料理をテーブルに並べた後で女将は呆れたと言わんばかりの口調で言った。

 床にぶちまけられたのは夕食のメインとなる肉料理だ。


「……」


 床に料理をぶちまけたメイド……セシリーは料理を片付けようともせずに無言で床を睨んでいる。

 セシリーは明らかに不満そうな表情を浮かべている。それが勘に障ったのか、女将は苛立ったように舌打ちをして無惨な姿になった料理と皿を片付け始めた。


「ったく、料理をテーブルに乗せるのがそんなに難しいのかね」

「……こんなの、私の仕事じゃありませんわ」


 女将が嫌みを言うと、セシリーは不愉快そうに眉根を寄せて言い返した。

 あん? と女将がセシリーを睨む。

 ティリアは周囲を見回したが、頼りになりそうな相手はいなかった。

 エリル・サルドメリク子爵は我関せずと言わんばかりに食事を続けているし、リオ・ケイロン伯爵は期待に目を輝かせている。

 クロノは……何故か、ティリアを見つめていた。

 いや、ここはお前が止めるべきなんじゃないか? とティリアは感じたが、諦めて立ち上がった。


「待て、女将」

「何だい?」


 ボキボキと女将は指を鳴らした。


「ここは私に免じて許して貰えないか? まだ、セシリーは仕事を始めたばかりだ。人を育てる上で寛容さは大事だ」

「あたしゃ、子どもを躾けるのに厳しさが大事だと思うけどね」


 女将の剣幕に頷きそうになったが、ティリアは何とか踏み留まった。


「……仕方がないね。今回は姫様に免じて退くけど、あたしにも限度ってもんがあるんだよ。それを忘れないで欲しいもんだね」

「承知した」


 ティリアは頷き、自分の席に戻る。


「女将、私の分がないぞ?」

「メイドの不始末は主人が取るもんだよ」


 うぐっ! とティリアは言葉に詰まった。


「エリル、この料理は美味しいと思わないかい?」

「……女将の料理はいつも美味しい」


 突然、リオ・ケイロン伯爵は美味しそうに料理を食べ始めた。

 エリル・サルドメリク子爵はいつも通り無表情だが、いつもより食べるペースが早いような気がした。

 女将の料理はそれなりだ。

 普段のティリアならば一品くらい料理が食べられなくても平然としていられただろう。

 だが、目の前で美味しそうに料理を食べている姿を見せつけられると、自分も食べたくなる。

 視線に気づいたのか、リオ・ケイロン伯爵は邪悪な笑みを浮かべた。

 ティリアが苦しむのが楽しくて仕方がないという笑みだ。


「ふふふ、そんなに料理が食べたいのなら犬のように這い蹲って食べるが良いさ」

「誰が!」


 ティリアは美味しそうに料理を食べる二人から顔を背けた。



「……疲れた」

「一応、そこは僕のベッドなんだけど」


 一仕事終えたのか、クロノは眉間を揉みほぐしつつ、ベッドに横たわるティリアに向き直る。


「もう音を上げるの?」

「あんなに使えないとは思わなかったんだ」


 セシリーの仕事ぶりを思い出し、ティリアは溜息を吐いた。

 皿を洗えば手を滑らせて皿を割る始末だ。


「まだ、初日だよ」

「初日なのにこれだぞ?」


 うぐぐ、とティリアはベッドの上で頭を抱えた。


「クロノ、引き取ってくれ」

「嫌だよ」

「どうしてだ?」


 ティリアが視線のみで睨め付けると、クロノは小さく溜息を吐いた。


「だって、セシリーって気が強いんだもん。陰険な所があるし」


 と言って、クロノは髪を掻き上げた。


「随分、個性的なハゲだな?」

「傷跡だよ、傷跡!」


 クロノは不機嫌そうに言った。


「このハゲ……傷が残ったのはセシリーに蹴られたからだ、と僕は睨んでいる」

「む、傷は残るものだろう?」


 クロノは答えなかった。

 どうやら、自分で否定しておきながら、クロノは傷跡をハゲと認識しているようだ。

 そして、ハゲたのはセシリーに蹴られたからだと思っているらしい。

 どちらにしても、クロノにセシリーを引き取って貰うのは無理そうだ。


「……フェイとも仲が悪そうだ」

「まあ、フェイが仲良くする理由はないね」


 クロノは凝りを解すように腕を回しながらベッドに腰を下ろした。


「だからと言って、自分から喧嘩を売りに行くのはどうかと思うぞ」

「フェイがそんなことしようとしたの?」


 ティリアが言うと、クロノは意外そうに目を見開いた。

 いや、とクロノは顎を撫でる。


「セシリーはアレな貴族の典型だから、フェイは自分の立場を明確にしてトラブルを防ごうとしたんじゃないかな?」

「そう、なのか?」


 アレとは何だ? とティリアは聞かなかった。


「積年の恨みを晴らそうとしていただけ、という可能性は否定できないね」

「問題ないのか?」

「フェイが権限のない部署に口出しすれば問題だけど、そうじゃないから」


 う~む、とティリアは唸った。


「クロノ、アイディアはないか?」

「フェイのこと? それとも、セシリーのこと?」

「どっちも、だ」


 クロノは思案するように顎を撫でた。


「……まずは座学でメイドの仕事を教えて、それから実際に働くとか?」

「他にはないか?」

「チームを組ませて責任感を学ばせるのも手かも」

「つまり、連帯責任だな」


 悪くない、とティリアは考えた。


「だが、驚きに欠けるんじゃないか?」

「驚かせてどうすんのさ」


 と言いつつ、クロノは考え込むように唸った。


「……これは、あっちの世界の軍隊で有名な新兵の訓練方法なんだけど。うちのメイドも使ってたから、使えると思う」

「うむ、何処の世界でも良い物は良いと言うことだな」


 ティリアはクロノの話に耳を傾けた。

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