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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第3部:雄飛編

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第13話『晴耕雨読』修正版



 風景の一部、ティリアにとってクロノは軍学校の校舎やその敷地内に生えている樹木のようなものに過ぎなかった。

 そこら辺を蝶が飛んでいれば蝶が飛んでいると認識できる。

 羽虫が群れて柱を成していればそこに羽虫がいると認識できる。

 クロノのポジションはその埒外だった。

 黒髪だし、自分に群がる貴族連中に比べればそれなりに存在感があったような気がするが、彼を一個人として認識したのは手痛い敗北を経験してからだ。

 敗北……ティリアは自分の技量にそこそこの自信を持っていた。

 幼い頃から剣術の修行を積み、様々な戦術を学び、『純白にして秩序を司る神』の神威術さえ行使できた。

 第一近衛騎士団を率いるレオンハルトには及ばないものの、そこそこ戦場で活躍できるんじゃないだろうか? と思っていたのだ。

 それなりに根拠のある自信は一回の敗北で打ち崩された。

 クロノに負けたのだ。

 圧倒的優位に立つ慢心故に。

 ティリアはクロノを強烈に意識した。

 何度も、何度も、クロノに論戦を吹っ掛け、適当にあしらわれていると知りつつも、


 私は生涯の友を得た。


 と感じた。

 きっと、この男は共にいてくれるだろう。

 例え、皇位を簒奪されても、煉獄に落とされてもクロノだけは自分の傍にいてくれる、とティリアは信じた。

 だが、現実は過酷だった。

 生涯の友と信じた男はハーフエルフ……人間とも、エルフともつかない半端者に寝取られたのだ。

 寝取られ……この言葉を意識する時、あの卑しい出自の女がクロノの腕の中で、どんな喘ぎ声を上げているのか想像するだけでティリアは悶絶しそうになる。

 女将……あの女にしてもそうだ。

 未亡人とは言え、クロノ以外の男に抱かれていたくせに、どんな顔をして抱かれているのか。

 エレナ……まあ、奴隷はそういうものだ。

 奴隷はクロノの所有物であるから、どのように扱おうと問題ない。

 問題ないのだが、何となく釈然としない。

 エルフの双子……三人? 三人で何をする? お前はケダモノか、と小一時間くらい説教をしてやりたい。

 ここまでは許せる。

 いや、許せはしないが、我慢できる。

 けれど、男であるケイロン伯爵に手を出すのは如何なものか? 男であるケイロン伯爵に勝ち誇られた屈辱感を一晩中語ってやりたいとさえ思う。

 プライド……皇族としてとか、皇女としてとか、もっと、根源的な、お、女としてのプライドを傷つけられたのだ。

 クロノと結ばれ、傷ついたプライドを回復させ、すぐに叩き落とされた。

 手足を拘束されたり、喋れない状態で色々言われたり……女としてのプライドを保つのは難しい、とティリアはベッドで身悶えした。

 ひとしきり身悶えした後、ティリアはゆっくりと上半身を起こし、ぼんやりと部屋を眺めた。


「……」


 慣れるものだな、とティリアはベッドから離れて化粧台に移動した。

 寝起きで不機嫌そうな自分の顔を眺めていると、ドアがノックされ、アリッサが入室する。


「おはようございます、ティリア皇女」


 頷くと、アリッサは歩み寄り、手慣れた動作で櫛でティリアの髪を梳き始めた。

 ティリアは鏡を見つめ、自分の胸を両手で持ち上げた。

 髪を梳くスピードがわずかに落ちるが、アリッサは驚きを顔に出したりしない。

 うん、大きさも、張りも……少なくともケイロン伯爵に勝っている。

 み、ミルクは出ないが駄乳と呼ばれるほどではない。

 ないはずだ、とティリアは手を元の位置に戻した。


「お前はクロノのお手つきじゃないのか?」


 ピタリとアリッサの動きが止まる。

 しばらくするとアリッサは再びティリアの髪を梳き始めた。


「旦那様は……分別のある方ですから」

「そうか」


 語尾を上げなかったのは間が開いたからだ。

 クロノを分別のある方、とアリッサは思っていないのだろう。

 そう思っていても雇ってくれた恩義はあると言う感じだろうか。


「ティリア皇女、ご予定は」

「うむ、昼まで鍛錬だ。その後はエルフの双子と視察だ」


 神器召喚をマスターしなければ、とティリアはケイロン伯爵との戦闘を思い出し、決意を新たにする。

 神器召喚は神の力の宿る武器を召喚する術で、神威術の中で神威召喚を除けば最高位に属する。


「終わりました」


 ティリアが白い軍服に着替え、部屋から出ると、エリル・サルドメリク子爵が膝を抱えて廊下に座り込んでいた。

 全く飽きないヤツだ、とティリアは監視役を自称するエリルを半ば無視して廊下を進んだ。


「……」

「お前は、私の父から優遇されていたと聞いたが?」


 かつての部下……今はクロノの領地で事務仕事をしている……から聞いた話である。


「とても世話になった」

「……むっ」


 亡き父に恩を受けながら今はアルコル宰相の狗か、とティリアは口を滑らせそうになったが、自重する。


「もう陛下はいない。生きるために最も効率的な方法を考えるべき」


 それもそうだな、とティリアは思う。

 誇りと名誉のために死ぬ者もいれば、忘恩の誹りを受けても自分の利益を追求する者もいる。

 結局、報いるとは求めるものを示したり、与えたりすることなんだろう。



 木剣を振る。

 無心に振る。

 何千、何万と繰り返した型を今日も繰り返す。

 敵をイメージして体を動かす。


「……やはり、相手がいなければ」

「俺は嫌だぜ」


 ティリアが視線を向けると、少年は素振りを止め、心の底から嫌そうに言った。

 フェイの弟子である少年は真面目に剣術の修行を続けている。


「手加減はしてやるぞ?」

「嫌だ」


 周囲を見渡すと、エリル・サルドメリク子爵が何やら本を読んでいた。


「私と戦ってみないか?」


 エリルは興味なさそうにティリアを見上げた。


「遠慮する。私が本気で戦うと、エラキス侯爵の屋敷が壊れる」

「そうか、練兵場に移動するぞ」


 エリルは驚いたように目を見開く。

 だが、ティリアはエリルの首根っこを掴み、練兵場へ向かう。


「……自分で歩く」


 エリルが自分の足で歩き始めたのは街の外縁部に近づいた頃だった。

 街の外に出ると、エリルは目を細めた。

 視線の先にあるのは畑……クロノの命令によって作られたビート畑である。

 他にも訳の分からない木を栽培しているようだが。


「この調子だと再びアイスクリームを食べられる日も近いな」


 自由都市国家群から輸入される砂糖はティリアにとって贅沢品ではない。

 あれば嬉しいが、なければ我慢できる程度のものに過ぎない。


「……とても残念。エラキス侯爵は全く新しい試みをしている」

「?」


 ティリアが振り向くと、エリルは一瞬だけ本から視線を外した。


「本来、砂糖はサトウキビから作られる。サトウキビは南方、温かい地域で作られる作物で帝国では作れないとされていた」

「それくらい知っているぞ?」


 エリルは深々と溜息を吐いた。


「エラキス侯爵は従来と異なる方法で砂糖を作ろうとしている。これは既得権益を破壊する行為でもある」


 何処かで聞いたような台詞だな? とティリアは首を傾げた。

 よくよく思い出してみれば自分も似たような台詞を吐いたような気がする。


「……エラキス侯爵は創造者にして破壊者。彼が侯爵領で作っている紙も、シルバ式立体塩田も同じ。今まであった秩序を壊しかねない」


 む、むぅ~、とティリアは唇を尖らせて唸った。

 今まであった秩序を破壊しかねないと言われても正統な皇位継承者である自分が軍学校の同級生と男女の関係になっている時点で異常事態である。

 おまけに手足を拘束されたり、猿轡を噛まされて言葉責めをされたりしている。

 この異常に異常を重ねた状況に比べれば……いや、うん、これが普通じゃないかな、と思えるのである。


「お前はクロノを高く評価しているが、あいつは一人じゃ何もできないぞ」


 カド伯爵領の視察に赴いた時に気づいたことだが、クロノが持つ異界の知識は穴だらけなのだ。


「私はクロノが帝国に悪い影響を与えると危惧していたが……うん、クロノはそこまで大層な男じゃない」

「ティリア皇女は彼を正しく評価していると考えていた」

「私ほどクロノを正しく評価している人間はいないぞ」


 ティリアは腕を組み、胸を張った。


「そもそも、クロノは自分の……自分の領地の利益を考えているのだから、他の誰かと利益が対立するのは当然じゃないか」

「彼は亜人に教育を施し、地位を向上させようとしている。これは帝国の支配体制を根底から揺るがしかねない」


 ケフェウス帝国は周辺諸国に比べて亜人に寛容とされている。

 これは被支配階級として組み込むことで労働力を確保するためだが、亜人が大きな発言権を得れば帝国の支配体制は変化を余儀なくされるだろう。


「クロノは亜人どもにチャンスを与えただけだ。帝国の支配体制が揺らぐのならば、それはクロノのせいじゃない。亜人どもが自分で考え、権利を勝ち取ろうとした。それだけのことだ」


 多分、多分だ。

 クロノの領地にいる亜人と人間は、恐らく、数百年後に訪れるはずのチャンスに触れている最中なのだ。

 きっと、数百年後は平民が力を持つ。

 その微かな、注意して、注意して、更に注意しても見過ごしかねない予兆……そうだ。

 かつて、クロノに短剣を突き立てようとしたのは今を壊しかねないと予感していたからだ。

 今の境遇も悪くないかも知れないな、とティリアは今更のように笑う。

 皇位継承権を奪われたが、平民の敵になることは免れたのだから。


「いやいや、クロノは大した男だ」

「……」


 練兵場では亜人達が訓練をしていた。

 血の匂いが鼻腔を刺激する。

 クロノがいないからと彼らは手を抜かないのだ。

 新兵も、古参兵も実戦さながらの気迫を発揮して殴り合っている。


『ティリア皇女、どうしたんで?』(ぶもぶも?)

「エリル・サルドメリク子爵と手合わせをしにきたんだ」


 クロノの副官は驚いたように目を見開いた。


「手合わせが済んだら、エルフの双子を借りていくぞ」

『構いやせんが、デネブとアリデッドは非番でここにゃいませんぜ』(ぶも~)


 うん? とティリアは練兵場を見渡した。

 今日は馬術の訓練をしていないようだ。


『休憩!』(ぶも!)


 クロノの副官が叫ぶと、兵士達は戸惑いつつも組み手を中止する。

 まるで潮が引くように人の輪が出来上がる。

 かなり大きな輪だが、エリルは何処となく不満そうだ。


「もっと離れた方が良い」

『これじゃ足りないんで?』


 エリルは小さく頷き、


「仮想人格起動、術式目録、術式選択『炎弾乱舞』、軌道及び弾数変更」

「っ!」


 ティリアは驚愕に目を見開いた。

 炎弾乱舞ならばティリアも知っている。

 炎弾乱舞は炎系魔術の中級に位置し、効果は握り拳大の炎を放つというものである。

 軌道は直線で読み易く、一回に生み出される炎の数は十個なので掃射しにくい欠点を持つ。

 だが、エリルの炎弾乱舞はティリアの知るそれと異なっていた。

 輪の中央に炎が降り注いだのだ。

 数は三十か、四十か、あるいは五十以上か。

 雨のようにではない。

 水がたっぷり入った桶を瞬時に逆にすれば、こんな風になるかも知れない。

 巻き込まれるのを防ぐためか、人の輪が割れ、半円となる。


『魔術の多重起動ってヤツですかい?』(ぶもぶも?)

「エラキス侯爵とは違う」


 エリルは跪き、指先で地面に数式……1+1+1+1+1=5と書き、その隣に1×5=5と書いた。


「魔術は誰が使っても効果が変わらない。これは同じ魔術式を使っているから。私は魔術式の数を司る部分を変更し、魔術の効果を変えられる。私は掛け算、エラキス侯爵は足し算のようなもの」

『どう違うんで?』(ぶも?)


 エリルは不満そうに唇を尖らせる。


「負担が違う」


 エリルは数式を四角で囲む。


「魔術を使うためには属性と意識容量が重要となる。火の属性を持たない者は火の魔術を扱えない。意識容量の限界を超えて魔術を使うこともできない。そして、獣人が道具の補助なしに魔術を使えないのは意識容量が低いため」


 エリルは疲れたとでも言うように荒い息を吐いた。


『意識容量は記憶と違うんで?』(ぶも?)

「意識容量は瞬間的、記憶は長期的……魔術式は無意識的な記憶として保存されている」

『念のために聞きやすが、意識容量を超えたらどうなるんで?』(ぶもぶも?)

「死ぬ」


 ティリアは鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 それはクロノの副官も同じだろう。

 何しろ、クロノは二度も命を賭けてしまっているのだから。


「エラキス侯爵は多重起動の危険性を理解している」

「多重起動が危険なら、お前のようにしてやれば良いじゃないか」

「それはできない」


 エリルは首を左右に振った。


「私の意識容量は常人の三倍近くある。少なくとも私と同じくらい意識容量がなければ仮想人格を組み込めない」

「……そうか。まあ、それはそれとして手合わせだ」


 エリルは上目遣いにティリアを睨んだ。


「理解していない?」

「しているぞ。だが、ここで悩んでいても仕方ないだろう。止めてもクロノは使ってしまうだろうしな」


 ティリアは近くにいたエルフから木剣を受け取り、軽く素振りをしながらエリルと距離を取った。


「敵陣に放り込まれたような気分だな」


 亜人達は巻き込まれるのを恐れてエリルの後方に避難している。

 仕方がないのだが、自分の後ろに誰一人いないのは孤立しているようで寂しい。

 たっぷり距離を取り、ティリアは木剣を構えた。


「さて、勝負だ」

「理解した。全力で征く……雷霆乱舞」


 瞬間、ティリアの視界は青い光で包まれた。



 のたうつ蛇のように青い光が砂埃を舞い上げながらティリア皇女を呑み込んだ。

 本物の雷のように轟音は遅れてエリルの耳に届く。


『……や、やり過ぎですぜ』(ぶも)


 ミノタウルスの声が届くが、全力で征くと宣言していたのだから問題はないはずだ。

 エリルは砂埃が収まるのを待つ。

 一瞬、人影が見えたような気がした。そして、その時には全てが手遅れだった。

 もうもうと立ち込める砂埃の中からティリア皇女が飛び出す。


「有り得ない」


 エリルが驚いている間にティリア皇女は木剣を振り下ろしていた。

 エリルは呆然と木剣を眺め……、



「し、死ぬかと思ったぞ」


 ティリアは木剣がエリルに触れる寸前で止め、冷や汗を拭った。


『ティリア皇女、あっしは……もうダメかと』(ぶもぶも)

「私もだ。しかし、これでは戦場で役に立たないな」


 まさか、攻撃に反応することさえできないとは。


『あっしから見れば脅威でさ』(ぶも~)

「お前は指揮をする立場だからな」


 広範囲を攻撃できるエリルの能力は集団戦闘において脅威となり得る。

 ただし、神威術のような防御手段を持ち、一対一の勝負という条件ならば厄介の域を出ない。


「お前なら、どうする?」

『あっしなら重装歩兵と組ませて、陣の最前列、その中央に配置しやす』(ぶもぶも)

「騎兵にしない理由は?」

『あれだけ大きな音を出したら、馬がパニックに陥りやす。自分が振り落とされるだけならまだしも、味方の行動が阻害されたら目も当てられやせん』(ぶも~、ぶもぶも)


 これだけミノタウルスが論理的に話すのは初めてだな。

 教育の成果か、それとも、初めから高い素養を持っていたのか、とティリアは木剣を引いた。

 すると、エリルは糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


「どちらにせよ、寸止めしたのに気絶するような性根では難しいな」

『そいつは……少しばかり返答に困りやすね』(ぶも~)

「対応は任せるぞ」


 気絶したエリルをその場に放置し、ティリアはハシェルの街に戻った。

 土埃に塗れているためか、住人達の視線が突き刺さる。


「ギャヒィィィィィッ!」

「折角の非番なのに姫様に見つかった!」


 屠殺される寸前の家畜のような悲鳴を上げ、双子のエルフはティリアから逃げようと全力で駆け出す。

 だが、ティリアは逃走を許すほど甘くない。

 あっさりと追いつき、二人の首根っこを掴んで露店に向かう。


「今日も視察に付き合って貰うぞ」

「「クロノ様、助けて!」」


 助けを求める二人を無視してティリアは露店から露店へ……庶民的な表現を用いるならば露店をハシゴする。

 十軒ほど露店をハシゴすると、双子のエルフはポーチから取り出した羽ペンで紙に何事かを記入する。


「何をしているんだ?」

「姫様に奢らされた金額を交際費としてクロノ様に請求するし!」

「つーか、あたしらみたいな貧乏人に奢らせて罪悪感は湧かないの?」


 双子のエルフに詰め寄られ、ティリアは一瞬だけ言葉に詰まった。


「クロノに請求するんなら構わないじゃないか」

「フハッ、何たる台詞!」

「学ばず、働かず、その意思もないみたいな!」

「私は雨が降ったら本を読むつもりだったぞ。晴耕雨読は人の基本だな」


 ダメ人間呼ばわりされているような気がしてティリアは言い返した。


「雨が降ったら本を読むとか有り得ないし!」

「そんな余裕のある生活をしてるのは『黄土神殿』の神官くらいみたいな!」


 二人は悔しそうに地団駄を踏んだ。


「つか、今の状態って姫様的に問題ない訳?」

「皇族として色々……ぶっちゃけ、皇位継承権を取り戻すみたいな野望は?」

「ないぞ、全然。最初は色々と打ちのめされることばかりだったが、今は毎日が充実しているからな」

「「……ふぅ」」


 ティリアが胸を張って答えると、双子のエルフは呆れ果てたとでも言うように溜息を吐いた。


「べ、別に良いじゃないか。ここにいるだけで私は新貴族との関係を強化する政治的役割を果たしている訳だし……そもそも、お前らは私が声を掛けたら、一緒に戦ってくれるのか?」

「「お断りします!」」


 元気よく断られて、ティリアは少しだけ自分の人望のなさに凹んだ。


「いや、ほら、姫様って面白い人なんだけど」

「それで命を賭けるのはしんどいみたいな」


 道化師か、私は! とティリアは項垂れたまま肩を震わせた。


「クロノ様とか、エルナト伯爵とか……えっと、あの人、背が高い」

「クロノ様の愛人の、リオ・ケイロン伯爵とかなら考えるんだけど」

「待て。どうして、エルナト伯爵とケイロン伯爵の名前が出てくるんだ?」


 双子のエルフは不思議そうに顔を見合わせた。


「そりゃあ、エルナト伯爵は撤退戦の時にギリギリまで退路を確保してくれたし」

「ケイロン伯爵は……まあ、泥に塗れて一緒に戦った間柄みたいな? クロノ様にアピールする狙いもあっただろうけど、神威術で傷を治してくれたりしたし」


 私が主塔に幽閉されている間にリオ・ケイロン伯爵が亜人に好意を向けられていたとは、とティリアは更に凹んだ。


「アイツは男で、クロノの愛人だぞ」

「そうなんだけど、戦場でホントの意味で命を預けられる人って少ないし」

「あたしら馬鹿だから、優しくされると、その気になっちゃうんだよね」


 双子のエルフは寂しそうに笑った。


「だから、姫様もあたしらに優しくして欲しいみたいな」

「優しくしてくれたら、姫様のために頑張っちゃうかも」


 むむっ、とティリアは唇を尖らせて唸った。


「……却下だ」

「「何故なにゆえっ?」」


 双子のエルフは目を見開いて叫んだ。


「投資した優しさを踏み倒されそうだからだ。それに、私はクロノより投資する自信がない」

「いやいや、クロノ様より投資して欲しいとか言ってないし」

「そうそう、少しで良いから、連れ回すのを止めて欲しいみたいな」


 ティリアが見つめると、双子のエルフは逃げようとした。

 すぐにティリアは二人の首根っこを掴み、


「……却下だ。もう少し露店を回ったら香茶を飲みに行くぞ」

「「あたしらの投資が踏み倒されてる!」」


 少しだけ控えるか、とティリアは食べる量を減らしたのだが、双子のエルフは徐々に力を失っていく。

 いつもの薄汚れた食堂に辿り着いた頃、双子のエルフはぐったりとしていた。


「香茶を三つだ」

「い、一番安いヤツ」

「あたしら、二人は水でも良いし」


 しばらくすると、エルフの給仕がカップをテーブルに置いた。

 カップの数は三つ、かなり香りが薄くなっているが、香茶のようだ。


「……お前達は貧乏なのか?」

「違うし」

「将来のために貯蓄の真っ最中みたいな」


 貯蓄……亜人の口から出ると、違和感を覚える言葉だ、とティリアは双子のエルフを眺めた。

 二人ともテーブルに突っ伏しているので、見えるのは後頭部だけだったりするのだが。


「ふむ、何をするつもりなんだ?」

「……決めてないけど、家を建てるとか」

「アイスクリームの露店を始める資金を貯めるとか」


 これも教育の成果なのだろうか、とティリアはカップを口に運んだ。


「じゃあ、港付近の土地を借りれば良いんじゃないか?」

「「……訳分からないし」」


 港が発展した時に高く権利を売れるような気がするが、とティリアはカップをテーブルに置いた。


「そう言えば港が形になっていたな」


 先日、視察に行った時のことを思いだし、ティリアは小さく呟いた。

 着工は三月、今は八月である。

 すでに岸壁と防波堤は完成し、灯台も完成間近だ。

 いつの間にか、『組合』を名乗る連中が倉庫や建物を建て始めているが……領主代行であるケインによればクロノが出資している商人達であるらしい。


「……慣れるものだな」


 ティリアは溜息混じりに呟いた。初めての男と離れるのだから、もう少し落ち込むと思っていた。

 いや、寂しいし、心配だし、落ち込んでもいるのだが、いつも通りに行動できてしまうのである。


「クロノ様が帰られたぞ!」


 そんな声が聞こえたのはティリアが香茶を飲み干し、カップをテーブルに置いた時だった。


「……っ!」


 ティリアは自分でも分からない衝動に突き動かされて駆け出していた。

 しまった。久しぶりにクロノと会うのに薄汚れた格好のままだ。

 構うものか、とティリアは人の流れに沿って走り続ける。

 人を掻き分け、掻き分け、倒れ込むように人垣を抜ける。

 視線が交錯する。

 馬車から降りた瞬間に視線が交錯するなんて出来すぎだ。

 万感の想いを込め――。


「……ぐぼぉぉぉっ!」


 ティリアはクロノの腹に拳をめり込ませた。

 拳を基点に直角に曲がりつつもクロノは倒れない。


「てぃ、ティリア?」

「……どれだけ、私が心配したと思っているんだ? ああ、もちろん、お前がそういうヤツだと分かっているとも! だが、だがしかし!」


 ティリアは馬車の上に乗る見知らぬ少女を睨み、困惑したような表情を浮かべるフェイを睨んだ。


「増えてるぞ!」


 ピゥッ! と音が聞こえ、ティリアは咄嗟にクロノを突き飛ばした。

 指先が離れるのと同時に槍の穂先が通り過ぎる。


『クロノ、傷ツケル、許サナイ!』

「誰だ、お前は!」


 少女と油断なく距離を取り、ティリアは剣に手を伸ばす。


『オレ、スー。クロノ、ノ、嫁ダ』


 嫁ダ、嫁ダ、とスーと名乗った少女は反芻するように単語を繰り返した。


「私はティリア、クロノの……正妻だ! 第一夫人だ!」


 胸を弾ませ、ティリアはスーに答えた。


「むむ、修羅場であります」


 フェイは軽やかに馬から下り、クロノを庇うように立つ。

 その……実に嬉しそうにクロノを庇う姿からティリアは全てを察した。

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