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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第3部:雄飛編

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第8話『誓約』修正版



 村外れにある粗末な小屋がエクロン男爵領自警団の拠点だ。

 来歴は分からないが、エクロン男爵家の所有物で十人前後の自警団員……何処かの家の三男、四男でほっつき歩いていた所を姐さんに勧誘された……が詰めている。

 家畜が逃げ出したとか、喧嘩があったとか、トラブルが起きた時は誰よりも早く駆けつけて解決し、蛮族に家畜を盗まれればエクロン男爵領の代表として文句を言いに行く。

 それが主な仕事だ。

 今までは疑問を抱かなかった。

 姐さんが肩で風を切って大隊長に抗議する。

 歴代の大隊長が何も言えずに押し黙る姿を見るのは痛快だった。

 だが、と今は思う。

 クロノの兄貴は恐ろしく強かった。

 獣人も、人間も、ハーフエルフも、子どもみたいなハーフエルフまで理解できないほど強かったのだ。

 あの新人大隊長の部下はクロノの部下と同じくらいの強さだろう。

 だとすれば、どれくらい蛮族は強いのか。

 いや、蛮族以上に恐ろしいのは軍の連中に反撃されて死ぬことだ。

 自分のせいでエクロン男爵家が取り潰されることだ。


「おいおい、ジョニー。昨日、ぶちのめされたのを気に病んでるのかよ?」

「ありゃ、偶然だ。偶々、短剣がすっぽ抜けて、苦し紛れの蹴りが急所に当たっただけだろ」


 違う。兄貴は思いっきり手加減してくれたんだ。


「なあ、軍にちょっかい出すの……もう止めにしねーか?」


 ジョニーは天井を見上げ、仲間達に提案した。



「どうして、帰れって言われたのにガウル大隊長に会いに行くの?」

「仕事だからね」


 クロノは御者席で不満そうに唇を尖らせるスノウに答えた。


「ボク、あの女に会いたくない。フェイを馬鹿にしたし、ボクを虫呼ばわりして斬ろうとしたんだもん」

「僕もだよ」


 嫌味や挑発なら幾らでも受け流せるのだが、セシリーは実力行使に出るのだ。

 剣を抜かれたらクロノも部下を守らなければならないし、レイラも、フェイも護衛の役目を全うするために武器を構えなければならなくなる。

 昨日は挨拶に行っただけなのに危うく刃傷沙汰になる所だった。

 まだ見ぬ蛮族よりもセシリーを警戒すべきかも知れない。


「クロノ様も嫌なんだ。だったら、帰っちゃおうよ」

「うん、まあ、でも、好き嫌いで仕事する訳にもいかないからね」

「……貴族もそうなんだ」


 『貴族も』と言うくらいだから、スノウにも仕事は嫌でもしなければならないという認識があるのだろう。


「貴族も大変なのであります。宮廷貴族は当主が死ぬと、収入が途絶えてしまうのであります」


 フェイは馬を幌馬車……正確には御者席と並走させて言った。


「フェイって没落貴族だもんね」

「……没落していないでありますよ」


 スノウがしみじみと呟くと、フェイは不満そうに唇を尖らせた。


「どう違うの?」

「家を建て直すチャンスの有無であります」


 収入が途絶えた時点で立派に没落していると思うのだが、フェイを泣かせても得られるのは後味の悪さだけなので、ここは指摘しない方が良いだろう。


「どうやって、フェイは家を建て直すつもりなの?」

「もちろん、武勲を立てるのであります」


 家の立て直しと武勲を立てることの関係が理解できないのか、スノウは不思議そうに首を傾げている。


「貴族は武勲を立てると、お金や領地を貰えるんだよ。偉い人達に顔を覚えて貰えれば大隊長に任命されることもあるし、大隊長になれば各方面にコネができるからね。やりようによっては給料以上のお金も稼げるし」

「それって賄賂のことでしょ? スラムにいた時、見回りの兵士がお金を受け取ったりしてスリを見逃してたりしてたもん」

「そんなことしないであります」


 フェイは不機嫌そうに言ったが、エラキス侯爵領で領主代理を務めているケインに言わせると、治安の悪い地域では犯罪を見逃す代わりに賄賂を受け取っているケースが多いらしい。

 ちなみに賄賂は出世や異動のために使われ、上へと流れていくこともあるのだとか。


「クロノ様は賄賂を受け取ってないの?」

「トータルでマイナスになるから、部下には賄賂を受け取らないように厳命してるし、僕自身も断ってるよ」


 賄賂を厳しく取り締まっているのはケインとティリアの部下だった事務方の面々である。


「トータルでマイナス?」

「犯罪を見逃すと、治安が悪化するし、特定の商人を依怙贔屓すると、他の商人が儲けられなくなって、商業区が寂れちゃうからね。ほら、領地全体で見ると、明らかに損してるでしょ」


 スノウは驚いたように目を見開いた。


「クロノ様って凄い」

「伊達に一年も領主をやってないよ」


 スノウに尊敬の眼差しを向けられ、クロノは胸を張った。


「クロノ様ってエッチなだけの人かと思ってけど、誤解してたみたい」

「スノウ!」


 反対側からレイラに叱責され、スノウは怯えたように肩を竦ませた。


「だって……毎晩毎晩、亜人をベッドに連れ込んでるって帝都で聞いてたし」

「確かに、クロノ様の噂は帝都にまで轟いていたであります」


 今、明かされる新事実!


「お母さんとか、デネブ百人隊長とアリデッド百人隊長を呼び出したりしてるし」

「いやいや、無理強いはしてないですよ。あ、いや、ちょっと、無理なお願いはしたりしてるけど、基本的に意思を尊重してます」


 コホンとレイラは気まずそうに咳払いをした。


「スノウ……私は自分の意思でクロノ様の夜伽を務めています。デネブとアリデッドも私と同じです」


 淡々と言いながらも、レイラは恥ずかしそうに少しだけ俯いている。


「クロノ様はお母さんのこと好きなの?」

「もちろん」


 クロノは即答した。


「何処が好きなの? ボクも、お母さんもハーフエルフだよ」

「クロノ様、答えなくても良いです」


 そう言いながら、レイラの瞳は期待に輝いている。


「ちょっと答えにくいかな」

「……」


 レイラは落胆したような素振りを見せる。


「最初は誤解とか、勢いってのはあったと思うよ」


 クロノが軍に残るように引き留めたのをレイラが愛情からだと誤解しなければ今のような関係にはなっていなかっただろう。


「でも、レイラは痛々しいくらい必死で……信じようと思ったんだよ。散々、ティリアには罵られたけどね」

「初耳です」

「話すようなことじゃないからね」


 クロノは肩を竦め、目を丸くするレイラに答えた。

 ティリアに殴られ、罵られる現場を工房で働くドワーフ達が目撃していたはずだが、人の口に戸は立てられなくても、ドワーフの口には立てられるらしい。


「クロノ様はティリア皇女を敵に回して愛を貫いたのでありますね」

「……クロノ様」


 フェイの言葉にレイラは感極まったように瞳を潤ませた。


「そろそろだね」


 前線基地に辿り着き、幌馬車と馬を昨日と同じように柵の外に止める。

 エクロン男爵家の自警団はいない。

 大隊は訓練の真っ最中だった。

 騎兵は的……地面に打ち込んだ丸太と木材を組み合わせた代物で、巨大な十字架のように見えるが、横木の先端部に打ち付けられた木の板に訓練用の突撃槍ランスを上手く当てると、クルクルと回転するようになっている……で騎乗突撃の訓練、エルフと人間の混成弓兵は弓の訓練、人間、獣人、大型亜人の歩兵は木剣や木槍で組み手をしていた。

 ガウルはすぐに見つかった。

 ガウル大隊長は木剣を握り締め、大型亜人と組み手をしていたのだ。

 木剣を打ち合わせている。

 相手はミノタウルスだったが、手加減しているようには見えない。

 どちらかと言えば手加減しているのはガウル大隊長のように見える。


「ガウル大隊長って強いの?」

「近衛騎士団長候補と言っても差し支えない実力者であります。魔術も、神威術を使わずに大型亜人を圧倒できる人間は近衛騎士団でも多くないであります」


 ドッとミノタウルスが地面に倒れる。

 ガウル隊長がミノタウルスを見下ろしたまま、二言、三言、言葉を交わすと、次の相手が歩み出る。

 クロノは訓練風景を見つめ、部隊運営には興味がなさそうだと感想を抱いた。

 傷の手当てがされていない兵士が多いし、毛艶が悪かったり、痩せている兵士が多いのだ。

 問題のある兵士は亜人ばかりだから、物資を人間優先で割り振っているのかも知れない。


「……誰か来たであります」

「セシリーじゃない?」


 板金鎧プレートメイルで武装した騎兵はクロノ達の前で止まり、バイザーを跳ね上げた。


「あら、フェイさんではありませんの?」


 どうやら、フェイを馬糞女と呼ぶのは止めたようだ。

 セシリーはフェイの顔から足下まで視線をわざとらしく往復させる。


「まともな鎧も、馬も支給されていませんのね」

「この鎧はゴルディさん達が丹誠込めて造ってくれたものであります。黒王も立派な馬であります」


 フンとセシリーは馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「騎兵が身に纏うのは板金鎧プレートメイルと相場が決まってますわ」

「フェイは軽騎兵だし、神威術を使えるから必要ないよ」


 神威術が使えるフェイは軽騎兵でありながら重装騎兵以上の突進力を誇る。

 他の騎兵と連携すれば神聖アルゴ王国のイグニス将軍のような活躍も可能だろう。

 セシリーは鬼のような形相でクロノを睨み付け、フンッ! と鼻を鳴らして訓練に戻った。


「セシリーって、いつもあんな感じだったの?」

「他の騎士にも掃除の手際が悪いとか、よく殴られたものであります。それでも、努力していれば報われると、厩舎の掃除を続けたのであります」


 他の騎士達は突出した実力を持つフェイを警戒し、ピスケ伯爵は没落貴族を引き立てても自分の利益にならないと踏んだのだろう。


「……手合わせしてみたいであります」

「僕は構わないよ」


 ガウル大隊長はこっちを無視してる感じだし、フェイが取っ掛かりになってくれればなぁ~、とクロノは許可する。


「ガウル殿、手合わせをお願いするであります!」

「……」


 ガウルは困惑したようにフェイを見つめた。


「……おい、木剣を渡してやれ」

「ありがとうであります」


 近くにいた獣人から木剣を受け取り、フェイは木剣の具合を確かめるように軽く素振りをする。

 どちらからともなく、ガウルとフェイは木剣を構える。

 ガウルは上段、フェイは中段である。

 ガウルは恵まれた体躯を活かして最大威力の攻撃を繰り出すため、フェイはあらゆる状況に対応するためだろう。

 正規の剣術には存在しない技、ブラフ、ハッタリなどの駆け引き、膨大な戦闘経験によって培われた先読み、あらゆる手を駆使する養父と戦うためにフェイは臨機応変に対処することを学んだのである。

 先に仕掛けたのはガウルだ。

 ガウルは一気に距離を詰めると、何の躊躇いもなく、木剣を振り下ろした。

 ガウルの木剣が空を切る。

 フェイは横や後ではなく、斜め前方に飛び込むことでガウルの一撃を躱したのだ。

 上段からの攻撃は軌道が『振り下ろす』に限定され、攻撃を躱されると、即座に次の攻撃に移れないという欠点がある。

 並の相手であれば攻撃を躱した時点で勝負は着いていたはずだ。

 だが、ガウルはフェイを追うように木剣を振り下ろした状態から斜め上へと斬り上げる。

 それもフェイが攻撃するよりも早くだ。

 フェイは木剣を受けず、軽やかなバックステップで躱した。

 神威術を使って筋力を底上げしているのならばまだしも純粋な筋力では勝負にならない。

 鍔迫り合いに持ち込まれたら、間違いなく押し潰される。

 そのままフェイはガウルの懐に跳び込もうとしたが、寸前で急停止する。

 その間にガウルは悠々と上段に構え直した。

 何故、フェイが跳び込まなかったのか、クロノは理解できなかった。

 そして、先程と同じようにガウルが木剣を振り下ろし、フェイは軽やかに躱す。

 ガウルが攻撃し、フェイが躱すというルーチンワークじみた戦い。

 しかも、ガウルが明らかな隙を見せてもフェイは攻撃しない。

 攻撃するかと思いきや踏み止まってしまうのだ。

 更に攻防が続き、ようやくクロノはフェイが攻撃できない理由を理解した。

 フェイントだ。

 ガウルはフェイが攻撃しようとした瞬間に腕や肩、視線を動かして彼女の動きを封じているのだ。

 腕力馬鹿じゃないんだ、とクロノはガウルに対して失礼な感想を抱いた。

 だったら、スピード勝負……ガウルよりも早く木剣を打ち込むしかない。

 フェイが初めて自分から仕掛ける。

 刺突……鋭く突き出された木剣をガウルは大きく躱し、素早く体を入れ替えた。

 大きく躱したのは懐に跳び込まれるのを防ぐためだろうか。

 攻撃を躱されたフェイは木剣を中段に構える。

 今度もガウルの構えは上段だ。

 フェイとガウルは笑みを浮かべていた。

 自分の技を自分と同じレベルでぶつけ合える喜びに彩られた笑みである。


「おおおおっ!」


 ガウルが雄叫びを上げ、木剣を一気に振り下ろす。

 体が一回りも、二回りも大きく見えるような全力の一撃だ。

 フェイは振り下ろされたガウルの木剣を自らのそれで受ける。

 いや、木剣がぶつかる寸前、フェイは木剣を斜めに傾けたのだ。

 ガウルの上半身が泳ぐ。

 全力で放った一撃、それを受け流されたことで体勢を崩したのだ。

 フェイは地面を蹴り、擦れ違い様にガウルの脇腹に木剣を叩き込んだ。


「……うわ、勝っちゃった」


 クロノの呟きはその場にいた全員の気持ちを代弁していたのかも知れない。

 シーンと周囲が静まり返る。

 ギロリとガウルはフェイを睨み付け、


「ハハハッ、貴様は凄いな」


 実に楽しそうに笑ったのである。


「貴様のように強い女は初めてだ。名前は?」

「フェイ・ムリファインであります」

「そうか、俺の部下にならないか?」


 こ、この野郎! うちの大事な士官候補生を引き抜く気か! とクロノは駆け寄ろうとした。


「……申し訳ないであります」

「無理強いはしないが……どうしてだ?」


 むむっ、とフェイは難しそうに眉根を寄せた。


「理由は色々であります」

「そうか、ならば仕方がないな」


 ガウルはクロノを見つめ、不愉快そうに舌打ちをした。


「今日は何のようだ」

「いや~、糧食や医薬品面でサポートできればと思って」


 この野郎、と思ったが、クロノは愛想笑いを浮かべて答えた。


「要らん、帰れ」

「いやいや、帰れと言われても……手ぶらで帰っても上から怒られそうな気が」

「一筆書いてやるから、フェイを置いて帰れ」

「いやいやいや、何か、こう……帰るにしても補佐した実績が欲しいなと」


 帰るつもりはないけどね、とクロノは心の中で付け加える。


「……チッ、好きにしろ」

「ありがとうございます。じゃ、申し訳ないんですけど、物資の出入りについて調べたいんで納入書や帳簿を見せて貰えませんか?」

「着いて来い」


 勝手に探せ、と言われるかと思いきや、ガウルは歩き出した。

 少し遅れてガウルに着いていくと、レイラとスノウがクロノの脇を固める。


「クロノ様」

「どうだった?」


 クロノは歩きながら尋ねる。


「はい、ガウル大隊長の評判はそれほど悪くありません。前回、蛮族と交戦した際は瓦解する前線を支えるために駆けつけ、足止めしたとのことです」

「ん~、でも、みんなはお腹一杯食べたいみたいだよ。ボクがクロノ様の下で働いていると、お腹一杯食べられて、お酒を飲めたりするって言ったら、羨ましそうにしてたもん」


 なるほどなるほど、とクロノは頷いた。

 前線基地の中央にある部屋に入ると、ガウルは奥の部屋から箱を持ってきてテーブルの上に叩きつけるように置いた。

 箱の中には羊皮紙が乱雑に詰め込まれ、どれがどれだか分からない状態だ。


「取り敢えず、糧食とそれ以外を月毎に並べようか? レイラ、手伝って」

「分かりました」


 羊皮紙をテーブルの上に広げると、ガウルは目を丸くしていた。


「ハーフエルフが文字を読むなど聞いたこともない」

一対一マンツーマンで教えたから」


 クロノは羊皮紙をより分けながら答える。

 レイラと一緒により分け、より分け……過去数年分の納入書を糧食とそれ以外に分類する。


「相場に関してはレイラの方が詳しいと思うんだけど、どう?」

「はい」


 クロノが糧食の納入書を手渡すと、レイラは素早く新しい納入書に目を通した。


「相場だと?」

「うちでは副官とレイラに糧食の受け取りや商人との折衝を任せてるから」

「……穀物は相場に比べて二割から三割程度高いようです。相場の二割五分増で糧食を購入すると仮定すれば必要量の八割しか購入できない計算です」


 大隊を維持する軍費は帝国から支給され、大隊長は人件費以外の使用用途に関して大きな裁量が与えられている。

 だが、軍費は適正価格で武防具を、相場に近い価格で糧食を購入しなければ足りなくなる金額だ。

 つまり、自由に使える金額など雀の涙なのだ。

 クロノは給料と糧食以外の全てを自分で負担しているので、部下は帝国軍においてトップクラスの恵まれた住環境と食生活を享受している。


「私が見る限り、この大隊の人間と亜人の比率は三対七。人間が必要量を確保できるように糧食を配分すれば、亜人に配分される糧食は兵士が一日当たりに必要とする量の七割にしかなりません」

「……なるほど」


 やっぱり、ワイズマン先生を雇ったのは正解だったね、とクロノはレイラの報告を聞きながら思った。


「クロフォード男爵領か、エクロン男爵領の商人に見積書を作らせれば必要な糧食は確保できるね」

「何をするつもりだ?」


 ガウルは交渉ごとに疎いらしい。


「見積書を見せて、これと同じか、それよりも安くして欲しいってお願いするんだよ。同じなら取引続行、少しでも高ければ次からは別の商人と取引するだけ。他に値切れそうな所はないかな?」


 クロノがレイラに相場を確認していると、ガウルは呆れ果てたような表情を浮かべていた。


「みんな、これでお腹一杯食べられるようになるね」

「……っ!」


 ガウルが鬼のような形相でスノウを睨み付ける。

 地雷踏んだ! フェイ、フェイは何処だ! と視線を巡らせてもフェイの姿は小屋の中にない。


「部下をお腹一杯食べさせるのも上司の仕事だと思うな」


 スノウを庇うように移動しつつ、クロノはガウルを見据えた。

 ガクガクガクと今にも座り込みそうなくらい足が震えた。


「……その、通りだな。部下を飢えさせてしまったのは俺の責任だ。言い訳のしようがない」


 ガウルが素直に非を認めたので、クロノは胸を撫で下ろした。



 クロフォード邸の自室に戻り、クロノはガウルから預かった納品書を机の上に並べた。


「実のある交渉だったようですね」

「ガウル大隊長が話せる人で助かったよ」


 いつの間にか忍び寄っていたマイラに軽口を叩き、クロノはイスに腰を下ろした。


「マイラ、このベイリー商会って何処にあるの?」

「ベイリー商会はクロフォード男爵領の北、ブルクマイヤー伯爵領に支店を持つそこそこ大きな商会です」


 納入書にある商会名を指しながら尋ねると、マイラは淡々と答えた。


「で、評判は?」

「全員、死ねば良いと思っておりますが、何か?」


 マイラは背筋が寒くなるような笑みを浮かべた。


「何かされたんでしょうか?」

「そりゃあ、もう! 作物を売る時に、毎回、値切られました! 開拓が軌道に乗ってからは別の商会に切り替えてやりましたけどね! ウハハハハッ!」


 ストレスを溜め込んでるんだな、とクロノは高笑いするマイラから目を逸らした。


「時に、坊ちゃま」

「な、何でしょうか、マイラさん。これから僕は仕事をしなければならないのですが?」


 いつの間にか、マイラはクロノにしな垂れ掛かっていた。


「……チッ、誰か来たようです」

「ちょいと失礼するよ!」


 バンッ! と扉が開き、カナンとよく似た女将の声が響く。

 女将は足早に歩み寄ると、机に腰を下ろした。


「女将、久しぶり」

「戻って早々なんだけど、ちょいとクロノ様に頼み事があってね」

「賃上げ交渉なら応じるよ。真面目に働いてくれてるし、銀貨五枚プラスでどう?」

「今回は別件でね」


 女将は気まずそうに押し黙り、クロノを見つめた。


「いや、仕事がね」

「アンタの考えてるようなことでもないよ」


 あ、でも、我慢は体に悪いよね、とクロノが腰を浮かすと、女将は突き放すように言った。


「エクロン男爵領の自警団が軍を追い出してやるみたいなことを言い出しちまってね。ちょいと力を貸してくれないかね?」


 クロノは頭を抱えた。

 昨日の今日で緊急事態発生だ。

 自警団の軍に対する敵愾心を侮りすぎただろうか。


「エクロン男爵家と軍の関係が拗れるのは避けたいから協力するけど、そんなことを何処で知ったの?」

「こちらの方はエクロン男爵家の令嬢シェーラ様です」

「一、二回しか顔を合わせてないのに、よく覚えているもんだね」


 クロノが尋ねると、マイラはあっさりと女将の素性を明かし、女将……シェーラは参ったとでも言うように頭を掻いた。


「……なるほど、道理でカナンさんと雰囲気が似ていると」


 逆かとも思ったが、今は動くべきだ。


「女将……シェーラの方が良い?」

「どっちでも構やしないよ」


 コホンとクロノは咳払い。


「じゃあ、シェーラ」

「ど、どうも、名前を呼ばれると照れちまうね」


 シェーラは照れ臭そうに頬を赤らめた。


「シェーラ、自警団が使うルートと到着時間は分かる?」

「ああ、ルートはカナンと示し合わせて来たからね。ジョニーってヤツが可能な限り時間を遅らせる手はずになってるけど、夕方が限度だね」


 説得できればそれが一番なのだが、仮にも武装蜂起だ。

 ある程度の出血は覚悟しなければならないし、最悪の場合は自警団員を皆殺しにしなければならないかも知れない。


「……賭けはしたくないんだけど」


 クロノは立ち上がり、命令を下した。



 ふぐぐ、姉さんが帰ってきた途端、こんなことになるなんて。

 私が行かないって言っても、きっと、『姐さんは吉報を待って下さいや』とか言って勝手に行っちゃうんだ。

 ふぐふぐ、あっさり全滅して私が責任を取る羽目になって、牢獄に閉じ込められちゃうんだ。

 死ぬまでに楽しませてやるよぉぉ、みたいな感じで薄汚い看守に力ずくで犯されちゃうんだ。

 ヒィィィィィッ! とカナンは自分の妄想に悶絶した。

 もちろん、顔には出さない。

 いつも通り、姐さん然とした表情を浮かべて馬に乗り、自警団員五十人の先頭に立つのだ。


「あ、姐さん!」

「またウンコかい! いい加減にしないと、置いて行っちまうよ!」

「すまないッス」


 ジョニーは申し訳なさそうに行って茂みに跳び込んだ。

 ああ、ウンコ。こんな下品な言葉を人前で叫ぶなんて最低の気分だけど……姉さん、大丈夫ですよね? ちゃんとクロノ君を説得できてますよね? 説得できなかったら、ちょっとでも迷われたら、か、看守が、そんなに大勢っ? ……とカナンは自分の妄想に耐えきれず、危うく落馬しそうになった。


「ジョニー! まだ、終わらないのかい!」


 カナンが叫んでも返事はなかった。

 おかしいわね、さっきまでは呼んだら必ず返事をしていたのに。

 まさか、逃げた?


「誰か、ジョニーの様子を見て来な!」

「うーッス!」


 古びた剣を腰から提げた自警団員が茂みに分け入る。

 茂み……道の両サイドは腰の高さまである草に覆われている。

 一歩、一歩と自警団員が歩を進める。

 十数歩目を踏み出した瞬間、自警団員が忽然と姿を消した。

 ザザザザッ! と一斉に草が揺れた。


「な、何かいるぞ!」

「何かって何だよ!」


 自警団員達が悲鳴じみた声を上げる。


「た、助け!」


 茂みの中からジョニーの様子を見に行った自警団員が姿を現す。


「ち、血ッ!」


 言葉通り、茂みから現れた自警団員は血塗れだった。


「た、助け、助けて!」


 バタッ! と血塗れの自警団員が倒れる。

 いや、茂みから伸びる黄と黒の毛に覆われた腕に足首を掴まれ、引きずり倒されたのだ。


「ああああっ!」


 地面に爪痕を残し、血塗れの自警団員は茂みの奥へと連れ去られた。


「ち、畜生!」

「な、何だ、何が起きてるんだ!」

「お嬢様、囲まれています」

「何だって!」


 ザ、ザザッ! と草が揺れ動き、獣人とエルフが立ち上がる。

 振り向けば、退路は獣人によって塞がれていた。

 ね、姉さん、せ、説得したんですよね? とカナンは恐れおののきながら視線を巡らせた。


「チィィッ! 一気に駆け抜けるよ、お前ら!」


 カナンが馬を走らせようとした瞬間、何処からともなく飛来した矢が地面に突き刺さった。


「誰だいッ? 隠れてないで出て来なッ!」

「隠れているつもりはないんだけどね」


 ゆらりと前方の景色が揺らぎ、黒髪の青年……クロノが姿を現した。

 銀髪のハーフエルフと人間の女を伴ってだ。


「姐さん!」


 クロノの足元には縄で縛られたジョニーがいた。


「ジョニーを離しな!」

「でも、こいつを離したらカナン姉さんは基地を襲うでしょ?」


 カナンは言葉に詰まった。

 カナンが約束しても自警団員達は人質さえいなければと言って約束を反故にしかねない。


「ま、僕としては皆殺しにしてもガウル大隊長に恩を売れるから構わないんだけどね。やっぱ、御近所さんな訳だし、無駄な血を流して遺恨を残したくない。だからさ、ここは貴族らしく決闘でもしない?」

「決闘だって?」


 クロノは頷き、笑みを浮かべた。


「僕が負けたら、ジョニーを返すし、カナン姉さんの邪魔もしない。僕が勝ったら……どっちにしてもジョニーは返すけど、カナン姉さんは大人しくエクロン男爵領に帰って欲しいんだよね。代役は立ててもオッケイ、僕も代役を立てるから。勝敗は降参するか、戦えなくなるかのどちらか」

「もし、断ると言ったら?」

「取り敢えず、ジョニーを刻み殺して、カナン姉さんの部下を皆殺しにして、カナン姉さんは女として生まれたことを後悔するような目に遭わせるよ」


 怖っ! とカナンは思わず我が身を掻き抱いた。

 こんな可愛い顔をして目が本気だ。

 この子は本気で私を女であることを後悔するような目に遭わせる気だ。


「受けてやるよ。ロバート、揉んでやりな!」

「フェイ、勝て」


 ロバートが無言で剣を抜き放つと、フェイと呼ばれた女も応じるように剣を抜いた。



「受けてやるよ。ロバート、揉んでやりな!」

「フェイ、勝て」


 よし、受けてくれた! とクロノは強めに拳を握り締めた。

 顔には出さず、腕を組んだまま仁王立ちだ。

 決闘は勝敗が誰の目にも明らかで、少ない犠牲で済む冴えたやり方だ。

 突っぱねられる可能性もあったが、奇襲して半ばパニックに陥らせたのが良かったのだろう。

 あの自警団員に家畜の血を浴びせたのも良い具合に作用したはずだ。

 エレナの部屋に忍び込むために身に付けた魔術が役に立ったのは嬉しい誤算、領地に戻ったらエリルを誉めてあげないと。

 勝算はある。

 エクロン男爵領一の短剣使いであるジョニーがあのレベルなのだ。

 あのロバートと呼ばれた唇に傷のある男もフェイの敵ではないだろう。

 何しろ、フェイは正規の剣術に加え、養父の実戦剣術を習得しつつあるのだ。

 だが、そんなクロノの思惑は、


「「神よ、わが刃に祝福を! 『祝聖刃』!」」


 ロバートの剣を覆う黄の光によって打ち砕かれた。

 黄は『黄土にして豊穣を司る母神』を象徴する色だ。


「クロノ様、勝てと命令されたからには命に代えても勝つであります」


 フェイの体から煙のように闇が立ち上り、呼応するように黄に輝く粒子がロバートから放たれる。

 ロバートが切っ先をフェイに向ける。

 構えは刺突……だが、あまりにも距離が開き過ぎている。

 次の瞬間、解き放たれた矢のように、何の前触れもなく、ロバートは瞬時にトップスピードまで加速していた。

 キィィィン! とフェイの胸元で火花が散った。

 ロバートの剣がフェイの鎧を掠めたのだ。

 何故? と思考が空転する。

 神威術で肉体を強化してもノーモーションで攻撃を仕掛けるなんて不可能なはずだ。

 だが、ロバートは足を動かしていないにも関わらず、地面を炸裂させ、再びフェイに体当たりのような突きを放っている。

 二度目の突きが放たれると同時にフェイは地を這うように体を沈ませた。

 瞬く間にフェイとロバートの距離が詰まり、二人の間で何かが炸裂した。

 弾けるように二人は離れ、剣を構える。

 ここに至ってクロノはロバートがノーモーションで加速できる理由を理解した。

 ロバートは神威術によって地面を炸裂させ、その反作用でノーモーションの刺突を可能としたのだ。

 これが『真紅にして破壊を司る神』であれば盛大に火の粉が舞い散るから技の正体をすぐに看破できただろう。

 戦い慣れてる、とクロノはロバートの実力を見誤っていたことを悟った。

 だが、真に恐るべきは一撃目を躱し、二撃目に対処方法を見出したフェイだ。

 フェイはロバートの加速が炸裂の反作用であることに気づき、一直線にしか進めない弱点を見破ったのだ。

 だから、フェイはロバートが自分から突っ込んで傷を負うように低い姿勢で剣を構えたのだ。

 ロバートは弱点を見抜かれたことを悟り、攻撃を受ける寸前に地面を炸裂させてフェイと距離を取ったのだろう。

 フェイは逃がさないとばかりにロバートを追撃する。

 だが、ロバートはボクサーのようなフットワークでフェイの側面に回り込み、お返しとばかりに剣を振り下ろした。

 ギン! と金属音が響く。

 まるでガウルのようにフェイは振り切った姿勢から剣を振り上げ、ロバートの攻撃を凌いだのだ。


「神よ!」


 ロバートの叫び、否、祈りに呼応して石の槍がフェイを串刺しにせんと全方位から伸びる。


「ッ!」


 フェイは剣を一閃、石の槍による槍衾、その一部を破壊して辛くも逃れる。


「神よ!」


 ドン! ドンッ! ドドンッッ! とロバートに祈りによって石柱が次々と屹立し、フェイの行く手を阻む。

 刹那でも躊躇えば石柱はフェイの体を打ち上げ、あるいは顎を砕いただろう。

 だが、フェイは未来を予知しているかのように石柱の猛攻を逃れた。

 ロバートが剣を振り下ろし、フェイが軽やかなステップで躱した。


「神よ!」


 ロバートがフェイを追って横凪の斬撃を放つと、剣が伸びた。

 以前、フェイがリオに対して刃を覆う闇を伸ばしたのとは異なり、刃そのものが伸びたのだ。

 『黄土にして豊穣を司る母神』は大地の神だ。

 ならば、彼の祈りによって大地より生まれた鉄が伸びたとて何の不思議があるだろう。


「っ!」


 フェイは咄嗟に剣を縦に構え、ロバートの刃を受けたが、キンッ! と澄んだ音を立てて剣が折れ、彼女の手から柄が落ちる。

 折れた刃がクルクルと回転しながら地面に突き刺さる。


「おおっ!」


 大剣を上回るサイズに成長した剣をロバートはフェイに向かって振り下ろした。

 フェイは腰を落としたまま動かない。

 その姿勢は居合抜きのそれに似ていた。

 だが、フェイは剣を失っている。

 鞘しか存在しないそこから何を抜くと言うのか。


「神器召喚、抜剣ッ!」


 闇が炸裂する。

 炸裂する闇の中から生まれたのは漆黒に輝く剣だ。

 精緻極まりない細工の施された剣、それは何の抵抗もなく、ロバートの剣を切断し、彼の上腕を深々と切り裂いた。

 ロバートの手から剣が落ちる。

 だが、血は流れない。

 一秒、二秒、腕を切り裂いたのが錯覚ではないかと疑った瞬間、血がロバートの腕から悪夢のように噴き出した。


「ロバート!」


 カナンが駆け寄り、崩れ落ちそうになったロバートを支える。


「早く、早く、神威術で血を止めるんだよ!」

「姐さん、神威術を使い過ぎちまって」


 苦しげにロバートは肩で呼吸する。


「撤退だ! ロバートがやられちまった! 撤退するよ!」

「兄貴!」

「畜生、よくも兄貴を!」

「覚えてやがれ!」


 自警団員達は口々に叫んで元来た道を戻っていった。

 まあ、こちらに向けてウィンクをしていたのでロバートが死ぬことは絶対にないだろうが。


「フェイ!」


 クロノがフェイを見ると、彼女は地面にへたり込んでいた。


「あの、フェイ?」

「ち、父の形見の剣が、お、折れてしまったであります!」


 はわわっ、とフェイは世界の終りが来たような絶望感に溢れる表情で剣を握り締めていた。



 貴族の屋敷、その宝物庫と言えば金銀財宝などが眠っていると思われがちだが、クロフォード邸の場合は単なる倉庫である。


「レイラ、そっちにあった?」

「いえ、スノウは?」

「こっちもないよ。ジョニーは?」

「こっちもないッス!」


 クロノ、レイラ、スノウ、ジョニーの四人で何をしているかと言えばフェイの剣探しである。


「う~ん、剣の一本や二本あると思ったんだけど」


 四人で必死に探して見つけられたのは槍とか、盾とか、胸部甲冑ブレストメイルくらいである。


「おい、息子! 飯も食わずに何をしてやがる!」

「フェイの剣が折れちゃったから代わりを探してるんだよ」

「は? 剣なんざ消耗品だろーが」

「いや、実は……」


 クロノが説明すると、養父は苦り切った表情を浮かべた。


「予備の剣は持ってねーのか?」

「あるにはあるんだけど……何と言うか、フェイの凹み具合が半端じゃなくて。名匠の一品みたいなのがあれば元気になってくれるんじゃないかと」


 我ながら子どもみたいなアイディアだ、とクロノは苦笑いを浮かべた。


「ったく、仕方がねーな。ちょっと、待ってろ」


 と言って、養父は倉庫から出て行った。


「おらよ、これを渡してやれ」


 しばらくして戻ってきた養父はクロノに剣を差し出した。

 フェイが召喚した神器にこそ及ばないものの見事な細工の施された剣だ。

 鞘から引き抜くと刃は濡れたように輝き、ゾクッとするほど色気がある。

 刃だけならば神器に匹敵するほどの存在感だ。


「これは?」

「俺の女房……エルアの形見だ。どんな経緯で女房の物になったかは分からねーが、かなりの業物みたいだぜ?」

「良いの?」

「女房の思い出はここにある」


 ドン! と養父は胸を叩いた。


「庭にある旧クロフォード邸にも、畑にも、橋にもな。言ってみりゃ、領地そのものが女房の形見みたいなもんだ。おら、さっさと渡してきやがれ!」

「ありがとう、父さん!」


 剣を抱きしめ、クロノは倉庫を飛び出し、フェイの部屋に向かった。

 ノックをするが返事はない。


「フェイ、入るよ?」

「……」


 部屋に入ると、照明は消され、薄闇が部屋を満たしていた。

 眠っているのだろうか?

 いや、フェイは気配に敏感だ。

 寝ていたとしてもクロノが部屋に入った瞬間に目を覚ましているだろう。

 クロノはベッドに腰を下ろし、フェイの頭を撫でた。


「フェイ?」

「……」


 フェイは答えない。

 スピー、スピーと安らかな寝息が聞こえた。


「寝てんのかよ!」

「な、何でありますかッ!」


 思わず突っ込むと、フェイは驚いたように身を起こした。


「く、クロノ様、よ、夜這いでありますか?」

「いや、そうじゃなくて……落ち込んでたから代わりの剣をね」


 クロノが剣を差し出すと、フェイはベッドの上に正座して受け取った。


「これは素晴らしい剣でありますね」


 フェイは鞘から剣を少しだけ引き抜いて言った。


「うん、母さんの……と言っても会ったことはないけど、形見の剣らしいよ」

「……そんな大切な物を頂いて良いのでありますか?」

「父さんは思い出は心にあるとか言ってたけど、大切な物だからこそフェイに使って欲しいと思ってるんじゃないかな」


 フェイは踏ん切りが付かないらしく忙しなくクロノと剣を見比べている。


「じゃあ、良いよ」

「お、怒ったでありますか?」


 クロノはフェイから剣を奪い、部屋の中央に立った。

 青白い月明かりがその一角を浮かび上がらせる。


「フェイ、フェイ・ムリファイン」

「はい、であります」


 フェイは慌てたようにベッドから飛び降り、クロノの足下に跪いた。

 クロノは剣を抜き放った。

 月明かりを浴び、エルアの剣が輝く。


「亡き母……エルアの剣により、汝を我が騎士とする」

「……っ!」


 クロノは驚きに目を見開くフェイの肩に剣で触れた。


「……一生涯、変わらぬ愛と忠誠をクロノ様に捧げるであります」


 フェイの誓約に今度はクロノが驚かされた。

 言葉通り、騎士は誓約を守り抜かなければならない。

 一生涯、変わらぬ愛……愛は不変でもなければ永遠でもない。

 そんな不確かな感情にフェイは全てを賭けると言ったのだ。


「空が落ち、大地が裂け、海に呑まれようとも、誓いが破られることなしであります」


 クロノが剣を差し出すと、フェイは恭しく両手で受け取った。


「……」


 無言でフェイに見つめられ、クロノは生唾を飲み込んだ。

 一生涯、変わらない愛と忠誠。

 重い、重すぎる誓約だ。

 だからこそ、クロノはフェイの気持ちに応えなければならない。

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