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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第8部:

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201/202

クロの戦記another8「青い鳥」

 帝国暦四三✕年五月上旬昼すぎ――ハシェルの広場は活気に包まれていた。

 店主が声を張り上げ、芳ばしい匂いが漂い、通行人が興味深そうに商品を眺める。

 そんな中をクロノはこそこそと移動する。

 何故、こそこそしているのか。

 お忍びで視察をしているからではない。

 仕事をサボって広場に来ているからだ。

 もちろん、クロノにも言い分はある。

 だが、それを口にしても『いいご身分だな』と言われるに違いない。

 なんてひどい。

 脳内ティリアの言葉に打ちのめされていると、鮮やかな色彩が視界に飛び込んできた。

 花屋の前に出たのだ。

 といっても扱っているのは切り花ではなく鉢植えだが――。

 あ……、とクロノは小さく声を上げ、ある鉢植えの前で跪いた。

 小さな花がいくつも咲いている。

 クロノは花に手を伸ばし――。


「旦那様?」

「――ッ!」


 背後から声を掛けられて慌てて引っ込めた。

 肩越しに背後を見ると、アリスンがきょとんとした顔でこちらを見ていた。


「申し訳ございません。驚かせてしまいましたか?」

「……いや、全然」


 クロノはやや間を置いて答えた。

 ぶっちゃけ驚いたが、本当のことを言えばアリスンをしょんぼりさせてしまう。

 ここは嘘を吐くのがベストだ。


「アリスンはどうして広場に?」

「はい、私塾の帰りに旦那様を見かけたのでつい……」


 クロノが問いかけると、アリスンはもじもじしながら答えた。

 やはりもじもじと口を開く。


「旦那様、お隣よろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

「失礼します」


 アリスンが隣にしゃがみ、クロノは正面に向き直った。


「旦那様はどの花をご覧になっていたんですか?」

「この赤い花を……」

「ああ、カーネーションですね」


 クロノが鉢植えを指差すと、アリスンは花の名前を口にした。


「カーネーションでいいんだ」

「はい……」

「僕もカーネーションかなと思ったんだけど、あまり詳しくないから」


 アリスンが小さく頷き、クロノは頭を掻いた。


「どうして、カーネーションを見ていたんですか?」

「どうしてって……」


 アリスンに問いかけられ、クロノは口籠もった。


「何とはなしに感じていたんだけど……。もしかして、帝こ、もとい、この辺りには母親にカーネーションを贈る習慣がない?」

「初めて聞きました。あの、その、私が勉強不足なだけだと思いますが……」

「そうなんだ」


 アリスンがごにょごにょと言い、クロノは相槌を打った。

 内心首を傾げる。

 母の日って最近の風習なのだろうかと考えて思い直す。

 ここは異世界だ。

 母の日がなくて当然なのだ。


「南辺境にはカーネーションを贈る習慣があるんですか?」

「…………うん」


 アリスンの問いかけにクロノはかなり間を置いて答えた。

 もちろん、南辺境にそんな習慣はない。

 だが、否定すれば何処の習慣なのかという話になってしまう。

 まあ、肯定しても自分の首を絞めることには変わりなさそうだが――。

 そんなことを考えていると、視界が翳った。

 顔を上げると、店主がこちらを見下ろしていた。

 目が合い、店主がにっこりと笑う。


「一鉢銅貨二枚になりますが、如何なさいますか?」

「……二鉢ください」


 クロノは人差し指と中指を立てて答えた。



 クロノはアリスンと一緒に商業区の洗練された街並みを進む。

 いや、アリスン達というべきか。

 肩越しに背後を見る。

 すると、そこには鉢植えを抱えて歩くシロとハイイロの姿があった。

 あの後、二人と出くわし、二人は鉢植えを運ぶと申し出てくれたのだ。


「二人ともごめんね」

「俺達、偶然、出くわした」

「クロノ様、助ける、当然」


 クロノが声を掛けると、二人は鼻息も荒く答えた。

 シロは偶然と言ったが、クロノはアリスンを陰ながら護衛していたと睨んでいる。

 もちろん、口にはしないが――。

 正面に向き直ると、カーンという音が聞こえた。

 槌を打つ音。侯爵邸が近いのだ。

 程なく侯爵邸を取り囲む高い塀が見えてきた。

 正門を潜り抜け、あることに気付く。

 花壇の近くにアリッサがいたのだ。

 水やりをしているのか、こちらに背を向けている。

 アリッサのもとに向かう。

 あと数メートルという所でアリッサがこちらに向き直る。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「ただいま」

「お母さん、ただいま!」

「まあ……」


 アリスンが元気よく言うと、アリッサはくすくすと笑った。

 クロノ達の背後――恐らく、シロとハイイロが抱える鉢植えを見て軽く目を見開く。


「それは?」

「カーネーションです。露店で買ってきました」

「ねえ、知ってる?」


 アリッサの問いかけに答えると、アリスンが駆け寄った。

 遠慮がちに抱きつく。


「南辺境には母親にカーネーションを贈る習慣があるんだって」

「ああ……」


 アリッサが合点がいったとばかりに声を上げる。

 えへへ、とクロノは笑う。

 愛想笑いだ。

 嘘がばれるのではないかと気が気でない。


「赤と白――二種類のカーネーションを買ったのにも理由が?」

「うん、赤いカーネーションはアリッサに」

「ありがとうございます」

「白いカーネーションは天国の母に」

「――ッ!」


 クロノの言葉にアリッサは息を呑んだ。深々と頭を垂れる。


「申し訳ございません」

「いや、気にしないで」


 アリッサが神妙な面持ちで頭を垂れ、クロノは小さく頭を振って答えた。

 う~ん、と空を見上げる。


「種だけでも南辺境に送りたいんだけど、水やりとかお願いできる?」

「はい、承知いたしました」

「シロ、ハイイロ、花壇の近くに鉢植えを置いて」

「「了解」」


 クロノが指示を出すと、シロとハイイロは花壇に歩み寄った。

 アリッサが半身になり、地面を指差す。


「ここに置いて下さい。あとは私がお世話をしますから」

「「了解」」


 シロとハイイロはが鉢植えを地面に置き、クロノはそっと視線を逸らした。

 何故なら花壇にカーネーションが咲いていたからだ。

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