クロの戦記another7「ホワイトデーのお返しは?」
帝国暦四三✕年三月上旬夜――アリデッドは円卓の間に入ると視線を巡らせた。
円卓にはティリア皇女、レイラ、女将、エレナ、フェイの五人が座っている。
誰かが肩に触れ、背後を見る。
すると、デネブが立っていた。
「お姉ちゃん、立ち止まってないで」
「分かってるし」
アリデッドはズンズンと進み、空いている席に座った。
少し遅れてデネブが隣の席に座る。
アリデッドは再び視線を巡らせ、口を開いた。
「本日は招きに応じて頂き、ありがとうございますみたいな」
「ありがとうございます」
「アリデッド――ぎゃー! 痛いしッ!」
デネブが澄まし顔で頭を垂れ、アリデッドはチョップを繰り出そうとした。
だが、できなかった。
デネブに腕を捻り上げられてしまったのだ。
「ギブギブッ!」
「……」
円卓をタップすると、デネブは小さく溜息を吐いて手を放した。
「双子だけに努力の差が如実に表れるでありますね~」
「ぐぅ……」
フェイがしみじみと言い、アリデッドは呻いた。
フェイの言う通りだ。
真面目に訓練に取り組んでいる分、デネブの方が強い。
だがしかし、妹に負けたからと慌てて努力するのは格好悪い。
「漫才はそこまでにして、とっとと本題を言え」
「失礼しましたみたいな」
ティリア皇女が私は忙しいんだとばかりに言い、アリデッドは体を起こした。
こほん、と咳払いをして居住まいを正す。
「本日、皆様に集まって頂いたのは他でもありません。一ヶ月ほど前、皆様はクロノ様からバレンタインデーのプレゼントをもらったことかと存じます。さらにいえば三月十四日にホワイトデーなるプレゼントをお返しするイベントの存在も聞き及んでいるかと思います。つきましては――」
「話が長い。結論から言え」
「「「「……」」」」
ティリア皇女がイラッとしたように言うと、レイラ、女将、エレナ、フェイの四人は無言で頷いた。
デネブはと言えばポカンとした表情でこちらを見ている。
「デネブ、その顔は?」
「お姉ちゃんってちゃんと話せたんだ」
「失礼だし!」
デネブが信じられないとばかりに言い、アリデッドは円卓を叩いた。
ふぅという音が響く。
誰かが溜息を吐いたのだ。
音のした方を見ると、エレナがつまらなそうな表情を浮かべていた。
仕事があるからと出て行ってしまいそうな雰囲気だ。
これはマズい、とアリデッドは仕切り直す意味で咳払いをする。
「プレゼントが被らないよう話し合いの場を設けさせて頂きました」
「何を言うのかと思えば……」
アリデッドが本題を切り出すと、ティリア皇女は溜息交じりに言った。
イスの背もたれに寄り掛かり、腕を組む。
「くだらん。プレゼントは気持ちの表れだ。個々人で好きに贈ればいい」
「私もそう思います」
「わざわざ集まって話すほどのことじゃないわよね」
ティリア皇女の主張にレイラとエレナが同意する。
女将はちょっと呆れた顔、フェイはきょろきょろしている。
「デネブはどう思うみたいな?」
「え!? 私?」
アリデッドが問いかけると、デネブは驚いたように目を見開いた。
私は、えっと、その……、と所在なさそうに体を揺らす。
「姫様の意見に賛成かな?」
「話は終わりだな」
デネブが照れ臭そうに言うと、ティリア皇女は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「うむ、姫様やデネブのご意見はもっともみたいな」
アリデッドはあえてティリア達の主張を肯定した。
沈黙が舞い降りる。
重苦しい沈黙だ。
タイミングを見計らい、アリデッドは口を開いた。
「だがしかし、それはネタ被りの恐ろしさを知らない人間の台詞だし」
「何だと!?」
ティリア皇女が声を荒らげる。
「たとえばリボンを付けて『私を食べて♪』というネタはインパクトがあるし、一度目ならクロノ様も今夜は頑張っちゃうぞ~という気になるみたいな。けれど、二度――それも間を置かずとなると差別化を図らないと難しいみたいな」
「「ぐッ……」」
呻き声が響く。
しかも、二つ。一つはティリア皇女、もう一つはレイラのものだ。
やはりというべきか、二人とも『私を食べて♪』というネタをやろうとしていたようだ。
「じゃあ、あたし達は関係ないわね」
「まあ、そうだね」
「そうでありますね」
エレナが髪を掻き上げて言い、女将とフェイが頷く。
「行きましょ?」
「待て」
エレナが女将とフェイに目配せして立ち上がろうとする。
その時、ティリア皇女が待ったを掛けた。
「なんでよ? あたし達は関係ないでしょ?」
「それはそうなんだが……」
「うむ、姫様の気持ちは分かるみたいな」
ティリア皇女が口籠もり、アリデッドは助け船を出した。
エレナが訝しげにこちらを見る。
「どういうことよ?」
「姫様はネタ被りを恐れているみたいな」
「だから、あたし達には関係ないじゃない」
「仰る通りだし。けれど、『私を食べて♪』というネタはやらなくても猫耳を着けたり、裸エプロンでという展開は十分に考えられるみたいな」
「猫耳なんて着けないわよ!」
「あたしもそういうことはしたかないね」
「……はいであります」
エレナと女将がムッとしたように応じ、フェイがそろそろと手を上げた。
「何ですかみたいな?」
「私にはどんな展開が考えられるでありますか?」
「特にないですみたいな」
「特にないでありますか、そうでありますか」
アリデッドがきっぱり言うと、フェイは気落ちした様子で俯いた。
「ネタ被り、展開被りを避けるために話し合いは必要みたいな」
「うむ、よく言った。私もそれが言いたかったんだ」
アリデッドの言葉にティリア皇女はうんうんと頷いた。
「じゃ、あたしはお菓子でも作ってやるかね」
「お菓子作り! 他にお菓子作りを希望の方はいませんかみたいな!?」
「――ッ!」
アリデッドが大声で叫ぶと、女将はびくっと体を震わせた。
だが、アリデッドは構わずに視線を巡らせる。
ティリア皇女、レイラ、エレナ、フェイはきょとんとしている。
アリデッドはバシッと円卓を叩き――。
「はい! お菓子作りは女将で決定みたいなッ!」
女将に手の平を向けた。
レイラがそっと手を挙げる。
「ネタが被った時はどうすれば?」
「その時は話し合って下さいみたいな」
「「話し合い……」」
アリデッドが問いかけに答えると、声が響いた。
ティリア皇女とレイラの声だ。
戦いを予感してか、二人が睨み合う。
「それじゃあ、建設的に話し合うし」
アリデッドは戦闘の開始を宣言した。
※
深夜――。
「異議ありだ! ハーフエルフッ!」
円卓の間に凜とした声が響き渡る。
ティリア皇女の声だ。
仮に自分がこんな声を浴びせかけられたならびくっとしてしまうに違いない。
だが、レイラは平然としている。
平然としているどころか、睨め付けるような視線を向ける有様だ。
二人は互角にやりあっているのだ。
ちなみにデネブは早々に二人の圧力に屈している。
「何処に問題があるのでしょうか?」
「新しい下着の部分だ!」
「皇女殿下はネグリジェだったと記憶していますが?」
「同じことだ!」
ぐぬぬぬ、とティリア皇女とレイラは睨み合い、ほぼ同時にこちらを見た。
「「ジャッジ!」」
「うむ、謹んでジャッジを引き受けるみたいな」
アリデッドは鷹揚に頷き、居住まいを正した。
「ティリア皇女は寝室で『私を食べて♪』、レイラはお風呂で『お背中をお流しします』。シチュエーションの違いを鑑みるに――」
「ジャッジ!」
「何ですかみたいな?」
ティリア皇女が叫び、アリデッドは視線を向けた。
ぐッ、とティリア皇女は苦しげに呻き――。
「今度、露店で奢ってやる」
「それはありがたいし。でも、保留みたいな」
「チッ……」
ティリア皇女が舌打ちし、アリデッドはレイラを見た。
「レイラはどうですかみたいな?」
「……」
問いかけるが、レイラはそっと視線を逸らした。
アリデッドは心の中で舌打ちをする。
ジャッジにかこつけて賄賂をもらう。
そのために会議を開いたにもかかわらず思うように賄賂をもらえないのだ。
青天井で賄賂を積んでいるのはティリア皇女くらいなものだ。
ふぁ~という音が響く。
音のした方を見ると、デネブが大欠伸をしていた。
「お姉ちゃん、そろそろお開きにした方がいいんじゃない?」
「……分かったし」
アリデッドはやや間を置いて頷いた。
思うように賄賂をもらえないし、これ以上は無駄かなと思ったのだ。
「じゃあ、ネグリジェと下着は同じものとして会議を――」
「お姉ちゃん……」
「何ですかみたいな?」
「私達がまだ決まってないよ?」
「そうでしたみたいな」
うっかりしてたし、とアリデッドは額を叩いた。
「じゃ、私達はクロノ様の肩を叩くということで――」
「はいであります!」
「何ですかみたいな?」
言葉を遮られ、アリデッドはフェイを見た。
「私も決まってないであります」
「そうだっけみたいな?」
「そうであります」
「じゃ、何が希望みたいな?」
「マッサージであります」
「じゃあ、フェイはマッサージで――ッ!」
アリデッドは途中で口を噤んだ。
嫌な予感がする。
恐る恐るティリア皇女とレイラを見ると、二人はこちらを見ていた。
「か、かか、肩叩きとマッサージは、べべ、べ、別物だし」
「異議ありだ!」
「異議ありです」
「似たようなもんでしょ」
「ま、そうだね」
アリデッドが自身の見解を述べると、ティリア皇女、レイラ、エレナ、女将の四人が異議を唱えた。
アリデッドはがっくりと肩を落とした。
結局、アリデッドは全ての利益を失うのみならず賄賂を渡す羽目になった。
 




