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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第8部:

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196/202

クロの戦記another3「五月十日は――」

 帝国暦四三×年五月十一日朝――クロノは自室のベッドで目を覚ました。

 隣を見ると、ティリアがこちらに背を向けて安らかな寝息を立てていた。

 爽やかな目覚めだ。

 ティリアに追いやられてベッドから落ちなかったし、外から小鳥の鳴き声が聞こえる。

 重ねて言う。実に爽やかな目覚めだ。

 だが、何かが引っ掛かる。大切なことを忘れているような気がするのだ。

 何を忘れているのか。

 思案を巡らせても答えはできない。

 忘れてるくらいだから重要なことではないはずだが、違和感が拭えない。

 何を忘れているんだろう? と天井を見上げる。

 その時、ティリアが小さく呻き、廊下からメイドのものと思しき足音が聞こえた。

 二つが脳内で結び付き――。


「あッ!」

「――ッ!」


 クロノが声を上げると、ティリアがびくッと体を震わせた。

 こちらに向き直り、恨めしそうに睨み付けてくる。


「ごめん。起こしちゃった?」

「『起こしちゃった?』じゃない。起こしたんだ」


 ティリアは体を起こすと乱暴に髪を掻き上げた。


「それで、どうして『あッ!』なんて声を出したんだ?」

「うん、実は――」

「簡潔にだぞ」

「ぐぅ……」


 ティリアに言葉を遮られ、クロノは呻いた。

 簡潔に説明したら分からないような気がするが、ティリアが望んでいるのだから仕方がない。


「昨日――五月十日はメイドの日なんだ」

「何を言ってるんだ、お前は?」

「簡潔に説明したのに」

「分かった。ちゃんと聞いてやるから順を追って話せ」

「じゃあ、今朝の出来事から――」


 クロノは最初に今朝の出来事を、次にどうして五月十日がメイドの日なのかを説明した。


「――という訳ですよ。分かってくれた?」

「うむ、お前のいた国が面白い国ということは分かった」

「そこ!?」

「いや、もちろん語呂合わせであることは理解したぞ? 私にはお前がいた国の話が興味深いというだけで」


 クロノが声を上げると、ティリアは言い訳がましく言った。


「まあ、なんだ。お前が朝から違和感を抱いていたことは分かった。五月十日がメイドの日なのも分かった。でも、どうして『あッ!』なんて言ったんだ?」

「そのことなんだけど――」

「いや、やっぱりいい」


 声を上げた理由を説明しようとすると、ティリアに遮られてしまった。


「まだ何も言ってないよ」

「そうなんだが……」


 ティリアは口籠もり、難しそうに眉根を寄せた。


「自分から聞いたんだから最後まで聞いてよ」

「むぅ……」


 クロノの言葉にティリアは呻いた。

 断られたらそこで終わりなのだが、なんだかんだと悩んでくれるのがティリアのいい所だと思う。

 しばらくして溜息を吐く。


「分かった。言ってみろ」

「流石、ティリアだ」

「誉めても何も出ないぞ」


 ふん、とティリアが鼻を鳴らす。

 だが、満更でもなさそうな雰囲気も漂わせている。


「昨日はメイドの日だった訳です」

「ふむ、それで?」

「で、僕の部屋に来たのはティリアだった訳です」

「ふむ……」

「メイドの日だったんだからメイド服を着てもらえばよかったなって。迂闊! クロノ・クロフォード、一生の不覚ッ!」

「お前というヤツは……」


 クロノが拳を握り締めると、ティリアは呻くように言った。



 クロノが二番風呂を浴びて食堂に入ると、ティリア、エリル、スーが席に着いて待っていた。

 ティリアの対面――エリルとスーの間の席に座る。

 ややあって音が響く。食堂と厨房を隔てる扉が開く音だ。

 扉を見る。すると、女将がセシリーとヴェルナを引き連れて入ってくる所だった。

 女将がエリルの対面に座り、セシリーとヴェルナがテーブルの上に料理を並べ始める。

 パンとスープ、サラダ、ベーコンエッグとお馴染みのメニューだ。

 まあ、クロノがお馴染みのメニューと感じているだけで、実際にはあれやこれや工夫を凝らされているらしい。それはさておき――。

 クロノはセシリーに視線を向ける。

 彼女が料理を並べる姿を見ていると、何とも幸せな気分になる。

 クロノが幸せを噛み締めていると、セシリーがこちらを見た。


「いやらしい目で見ないで下さらない?」

「見てないよ」

「またそんな嘘を――きゃッ!」


 セシリーが可愛らしい悲鳴を上げる。

 ヴェルナが手の平で尻を叩いたのだ。


「何をなさいますの!?」

「仕事しろよ、仕事」

「わたくしが悪いんですの?」

「そーだよ」

「ぐッ……」


 ヴェルナが怠そうに返すと、セシリーは口惜しげに呻いた。

 ヴェルナの中ではセシリーが悪いことになっていて議論の余地はない。

 そう分かっているからこその呻きだ。

 料理を並べ終え、ヴェルナがクロノに視線を向ける。


「じゃあ、食い終わった頃にまた来るから」

「うん、よろしく」

「行くぞ?」

「お尻を叩かなくても分かりますわ!」

「いいから行くぞ」

「分かってますわ!」


 お尻を叩かれ、セシリーが声を荒らげる。

 だが、ヴェルナは素っ気ない。

 二人が食堂から出て行き、クロノは手を合わせた。


「いただきます」

「……いただきます」

「いた、だく」

「召し上がれ」


 クロノにエリルとスーが続き、女将が嬉しそうに言う。

 ちなみにティリアは手を組んで神に祈りを捧げている。

 パンに手を伸ばし、二つに割る。

 湯気と共に芳ばしい匂いが立ち上る。

 さらにパンを千切り、口に運ぶ。

 うん、美味い。

 クロノが舌鼓を打っていると、スーが口を開いた。


「何故、見てた?」

「何のこと?」

「……セシリー」


 クロノが問い返すと、スーはやや間を置いて答えた。


「見てないよ」

「お前、嘘吐き」

「……エラキス侯爵、嘘はいけない」


 否定するが、エリルとスーに否定し返されてしまった。


「見てないよね?」

「クロノ様、子どもはちゃんと見てるもんだよ」


 味方になってくれることを期待して女将に声を掛ける。

 だが、女将はエリルとスー――子どもの味方だ。

 まだ独身なのにお父さんの気分を味わうとは――。


「クロノ曰く、五月十日はメイドの日だそうだ」

「ティリアもか」


 カエサルの気分まで味わうなんて今日は厄日だろうか。


「何を言ってるんだか」

「私にメイド服を着せたかった、一生の不覚だと言っていたぞ」


 女将が呆れたように言い、ティリアがしれっと付け加える。

 その時、クロノは二人の間で何かが軋む音を聞いた。


「なんで、わざわざそういうことを言うんだい?」

「事実を述べただけだが、それがどうかしたのか?」


 女将が喧嘩腰で言うと、ティリアは挑発するかのように言い返した。

 手の甲に何かが触れる。

 視線を横に向けると、エリルの手が触れていた。


「……これは駄目な流れ」

「はい、分かってます」


 エリルがぼそっと呟き、クロノは頷いた。

 唾が飛ばないように口を閉じて咳払いをする。


「そういえば女将はメイド服を着なくなったね?」

「一体、いつのことを話してるんだい」


 クロノの問いかけに女将は溜息交じりに応じた。

 よしよし、上手く話題を変えることができた。

 満足感を抱いていると――。


「太ったのか?」

「太っちゃいないよ!」


 ティリアがパンを頬張りながら言うと、女将は声を荒らげた。

 ぷいっと顔を背ける。


「あん時はクロノ様にパトロンになってもらって食堂を再開したい一心だったんだよ」

「つまり、金目当てか」

「そーだよ」


 ティリアが勝ち誇ったように言うと、女将は拗ねたように唇を尖らせた。

 カチャカチャという音が響く。

 エリルがナイフとフォークでベーコンエッグを切り分けているのだ。

 切ったベーコンエッグを口に運び、咀嚼し、呑み込む。

 それからゆっくりと口を開く。


「……皇女殿下は分かっていない」

「何がだ?」

「……女将は必要なくなったからメイド服を着なくなった。つまり、愛に目覚めた」


 ティリアがムッとしたように尋ねると、エリルは何故か勝ち誇ったように言った。


「ま、まあ、そういうことだね。あたしは愛に目覚めたんだよ」

「ぐぬ……」


 女将の言葉にティリアが口惜しげに呻く。

 亡くなった旦那さんをまだ愛してるって言ってたのにな~と思わないでもない。

 だが、ここは黙っておくべきだろう。


「……五月十日はメイドの日。……接待に使えそうなので覚えておく」


 エリルがぽつりと呟き、クロノは心の中で快哉を叫んだ。

 来年が楽しみだ。

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