クロの戦記another1-3「お年玉」
本エピソードは第4部第15話『Attack on Myra』後編と第5部第1話『代官』の間、クロの戦記another1-2「諧謔」直後の出来事になります。
帝国暦四三二年一月一日昼――そろそろお昼かな~、とクロノが木箱に座って侯爵邸の庭園を眺めていると視界の隅で何かが動いた。
視線を向ける。すると、アリデッドとデネブが近づいてくる所だった。
二人は立ち止まり――。
「クロノ様、あけましておめでとうございますみたいな」
「今年もよろしくお願いしますみたいな」
新年の挨拶をしてきた。
軽く目を見開く。二人がわざわざ新年の挨拶に来るとは思わなかったのだ。
それはさておき、挨拶をされたからには挨拶を返すのが人の道――というか礼儀だ。
「うん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「「……」」
挨拶を返す。
二人はにこにこしている。
だが、少しずつ落ち着きを失っていく。
表情はそのまま体を左右に傾けたり、クロノの顔を覗き込んだりするようになる。
それで、ピンときた。
「二人とも何かしたの? 怒らないから言ってごらん」
「実は……、またお酒を盗んでしまったみたいな」
「皇女殿下に怒られそうだから上手く取りなして欲しいし」
クロノが優しく声を掛けると、二人は顔を赤らめつつ言った。
治安維持を担う兵士が盗みを働くのはどうかと思う。
その一方でティリアに付き合わされてかなりの頻度で休日を返上しているので目くじらを立てるのもという気がする。
「分かった。けど、これからはお酒を盗まないようにね?」
「は~い、気を付けますみたいな」
「善処しますみたいな」
二人は真剣味の感じられない口調で言った。
またやりそうだなと思ったが、それでも苦笑で済んでしまうのは二人の人徳ゆえだろうか。
「じゃ、行っていいよ」
「「は~い」」
二人は踵を返して歩き出し――。
「「いや、違うし!」」
振り返るや否や突っ込みを入れてきた。
「違うって、お酒を盗んでないってこと?」
「いや、それは……」
「まあ、ちょっとだけ……」
えへへ、と二人は愛想笑いを浮かべた。
「いやいや、違うし! 今日来たのはお酒の件で謝罪に来た訳じゃないしッ!」
「でも、それはそれとして取りなしてくれると感謝感激雨あられだしッ!」
お正月からテンション高いな~と思わないでもないが、治安維持を担う兵士はほぼ通常業務なのでこういうものかなという気もする。
「じゃあ、何のために来たの?」
「「それは……」」
二人は口籠もり、目配せをした。
アリデッドが前に出る。
「あたしらは知ってしまったみたいな!」
「そう、知ってしまったみたいな!」
「何を?」
クロノが尋ねると、二人はにへらと笑った。
「「お年玉の存在をみたいな!」」
「ふ~ん……」
二人が拳を握り締めて言い、クロノは相槌を打った。
沈黙が舞い降りる。
無言のまま時が過ぎ――。
「『ふ~ん』じゃないしッ!」
「あたしらにもお年玉プリーズみたいな!」
二人が詰め寄ってきた。
「いや、あれはメイドだけだから」
「「そんな~」」
二人は情けない声で言った。
直後、アリデッドがハッとしたような表情を浮かべる。
髪を掻き上げ、笑う。
「お年玉がメイドだけのものという理屈ならばあたしらももらう資格はあるみたいな!」
クロノが首を傾げると、アリデッドは自身の胸に手を当てた。
「これでも、あたしらは鬼婆のメイド教育を受けたメイドだし! よって、お年玉をもらう資格十分みたいなッ!」
「流石! こういう時は頭の回転が早いしッ!」
「ふははッ、偉大な姉と褒め称えよみたいなッ!」
デネブが手を打ち鳴らし、アリデッドはこれでもかと胸を張った。
「マイラは駄メイドって言ってたけどね」
「駄メイドもメイドの内みたいな! それに、あたしらは姫様をサポートしてセシリーにメイド教育を受けさせたしッ!」
侯爵邸で働くメイドを対象としているだけなのだが、説得できそうにない。
何かいい落とし処はないかな? とクロノは思案を巡らせ、閃くものがあった。
「分かった。お年玉をあげよう」
「「流石、クロノ様! 分かってらっしゃるみたいなッ!」」
「じゃあ、こっちに」
クロノは木箱から立ち上がり、二人を手招きした。
※
「よし、ここだ」
「「……」」
クロノは侯爵邸のある場所で立ち止まった。
アリデッドとデネブはといえば無言で俯いている。
それもそのはず。
ここは二人がたびたび酒を盗みに入る侯爵邸の食糧保管庫なのだから。
「あの~、クロノ様?」
「お年玉はいつもらえるのみたいな?」
二人がおずおずと口を開き、クロノは二人に向き直った。
突然のことだったからか、それとも嫌な予感でもしたのか。
二人がびくッと体を震わせる。
「ここは食糧保管庫です」
「いや、それは分かってるし」
「食糧だけではなく、お酒を保管していることも知ってるみたいな」
うんうん、とクロノは頷き、足を踏み出した。
二人の前を行ったり、来たりする。
「お年玉には去年は頑張ったねという気持ちが込められています」
「はぁはぁ、そんな意味があるとは知らなんだみたいな」
「そこはかとなく嫌な予感がするし」
クロノは足を止め、二人に視線を向けた。
「二人は兵士としてよく働いてくれていますが、メイドとしてお年玉を支給するには労働時間が足りていません。そこで、ワインを十樽ほど新兵舎に届けてもらいたいと思います」
「ぐぅ、そう来ましたかみたいな」
「うぐ、嫌な予感が的中したし」
クロノがお年玉の支給条件を説明すると、アリデッドとデネブは呻くように言った。
「どうする? できないならいいけど?」
「ぐッ、できらぁみたいな!」
「やっぱり、こうなったし」
アリデッドが拳を握り締めて言い、デネブががっくりと肩を落とした。




