クロの戦記another1「雑煮」
本エピソードは第4部第15話『Attack on Myra』後編と第5部第1話『代官』の間の出来事になります。
帝国暦四三二年一月一日朝――クロノが欠伸を噛み殺しながら食堂に入ると、ティリア、フェイ、リオ、エリル、スーの五人が席に着いて待っていた。
「遅いぞ、クロノ」
「ごめん。仕事がないからつい長寝しちゃって」
ティリアが責めるような声音で言い、クロノは謝罪しながら対面の席に着いた。
すると、リオがしな垂れ掛かってきた。
ティリアの片眉がぴくりと動く。
「謝ることはないさ。皇女殿下と違ってクロノは仕事をしているんだからね」
「……やはり、皇女殿下には感謝の念が足りていない」
「ぐぬッ……」
リオが揶揄するように、エリルが溜息を吐くように言うと、ティリアは呻いた。
事務官が休暇に入っているので大した仕事はしていないのだが、口にはしない。
真面目に働いていると思われたいのだ。
「ちなみにボクはちゃんと仕事をしているよ」
「……私も超長距離通信用マジックアイテムの制作を頑張っている」
「ぐぬぬ……」
リオとエリルが勝ち誇ったように言い、ティリアはますます口惜しそうに呻いた。
スーが口を開く。
「ティリア、呻く、仕事する」
「呻くくらいなら仕事をしろと言いたいのか?」
「働く、大事」
ティリアが問い質すと、スーはこくこくと頷いた。
「帝国、仕事する、繋がる」
「なかなか深いことを言うでありますね」
「本当に意味が分かっているのか?」
「当然でありますよ」
ティリアが訝しげな視線を向ける。
だが、フェイは胸を張った。
「じゃあ、どういう意味だ?」
「スー殿は仕事をすると仲間外れにならないと言っているのであります」
「本当か?」
フェイがこれでもかと胸を張って言うが、ティリアはスーに視線を向けた。
「どうして、そういうことをするのでありますか?」
「お前の意見が正しいか確認するのは当然じゃないか」
「それはそうでありますが……」
ティリアが当然のように言い放つと、フェイは口籠もった。
当然かな? と疑問に思ったが、口にはしない。
「で、どうなんだ?」
「間違い、ない」
「ほら! 私の意見が正しいと言っているでありますよッ!」
スーの言葉にフェイは元気を取り戻し、バシバシとティリアの二の腕を叩いた。
「そうか? 今のは『間違ってはいない』くらいのニュアンスじゃないか?」
「何故、そこまでして私の正しさを認めようとしないのでありますか?」
「何となくだ」
「何となくでありますか、そうでありますか」
そう言って、フェイは拗ねたように唇を尖らせた。
その時、重々しい音が響いた。
食堂と厨房を隔てる扉の開く音だ。
扉を見る。
すると、女将、セシリー、ヴェルナの三人が出てくる所だった。
女将は手ぶらだが、セシリーとヴェルナは料理の載ったトレイを持っている。
女将がテーブルの側面――エリルの近くの席に座り、セシリーとヴェルナが料理を並べ始める。
パンとスープ、サラダ、焼き豚の煮豆添えというメニューだ。
料理を並べ終え、セシリーがこちらに視線を向ける。
「どうかしたの?」
「他の仕事があるので、わたくし達は失礼いたしますわ」
「うん、お仕事ご苦労様」
ふん、とセシリーは鼻を鳴らし、ヴェルナと食堂から出て行った。
ややあって、女将が口を開く。
「召し上がれ」
「いただきます」
「「いただきます」」
「いただくであります」
「いただく」
「……」
クロノが手を合わせて言うと、リオ、エリル、フェイ、スーが続いた。
ティリアはといえば目を閉じて神に祈りを捧げている。
祈りを終えたのだろう。
ティリアが目を開け、クロノはパンに手を伸ばした。
ふとエリルが動きを止めていることに気付く。
女将も気付いたのだろう。
エリルに声を掛ける。
「エリルちゃん、どうしたんだい?」
「……このスープは何か?」
「クロノ様のリクエストで作ったゾーニってもんだよ」
「……ゾーニ?」
「そう、ゾーニ」
エリルが鸚鵡返しに呟き、女将は頷いた。
エリルはスプーンを手に取り、スープに浮かぶ白い物体を掬った。
恐る恐るという感じで口に運ぶ。
「……謎の食感」
「ああ、それは米粉を練って茹でたもんだよ。モチって言ったかね?」
「……モチ」
エリルが神妙な面持ちで呟き、クロノはパンを皿に置いた。
スプーンを手に取り、ソーニ――雑煮を口に運ぶ。
すると、女将がこちらを見た。
「どうだい?」
「美味しいよ。美味しいんだけど……。雑煮じゃなくてゾーニって感じ?」
「言いたいことは分かるよ。けど、ま、話を聞いただけだからね。流石に完全再現って訳にゃいかないよ。要研究って所だね」
「お手数をお掛けします」
「期待しないで待ってておくれ」
女将が軽く肩を竦め、クロノはスープを口に運んだ。
魚介の風味が強く、モチも餅ほどもちもちしていない。
でも、まあ、これはこれで、とクロノはゾーニを再び口に運んだ。
 




