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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第7部:クロの戦記

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183/202

最終話『クロの戦記』

 帝国暦九五九年五月上旬夕方シルバニア市アーサー・ワイズマン高等学校――。

 レイラ・クロフォードは銅像を見上げた。

 学校の正門の近くにある筋骨隆々とした男性の像だ。

 肩幅に足を開き、台座に突き立てた剣の柄頭を握っている。

 右目は閉じられ、左目で正面――いや、やや上を見据えている。

 ケフェウス帝国第十八代皇帝クロノ・クロフォード=ケフェウスの像だ。

 他国に先駆けて中央集権化を為し、憲法を制定、議会を設立し、教育制度を確立した。

 他にも数々の偉業を成しているが、要約すれば一言で足りる。

 クロノ・クロフォード=ケフェウスはケフェウス帝国の近代化の基礎を築いた、と。

 ついでに言うと、歴代皇帝の中で最も人気がある。

 漫画などのサブカルチャーの題材になっていることから人気の高さが窺える。

 どんな人だったんだろう? と考えていると、コツコツという音が聞こえた。

 音のした方を見ると、杖を突いた初老の男性がこちらに近づいてくる所だった。

 アーサー・ワイズマン――この学校の校長だ。

 高校の名前と同じだが、本人によれば偶然の一致らしい。


「邪魔してしまいましたか?」

「いえ、邪魔だなんて……」


 ワイズマン校長はレイラの隣に立つと像を見上げた。


「レイラさんは第十八代皇帝のことをどれくらいご存じですか?」

「私の名前を?」

「ええ、これでも人の名前を覚えるのは得意なんです」


 レイラが思わず問いかけると、ワイズマン校長は人差し指で自身のこめかみに触れた。


「改めて伺いますが、第十八代皇帝についてどれくらいご存じですか?」

「他国に先んじて中央集権化を行った、その、近代化の基礎を築いた方です」

「その通りです。よく勉強していますね」

「いえ、これくらいは……」


 レイラは口籠もった。

 ケフェウス帝国で暮らしていればこのくらいの知識は自然に身に付くものだ。

 小学校の歴史の教科書にも載っているし、あちこちに像も建っている。


「第十八代皇帝はなかなか面白い人でしてね」

「面白い、ですか?」

「ええ、彼は時代によって評価が変わるのですよ。たとえば大航海時代です。当時の本には金ではなくジャガイモを手に入れて喜んだ愚帝と揶揄するものが少なくありません」

「それは……。酷い評価ですね」

「まったくです。ですが、当時の人々にとってはそれが正当な評価だったのでしょう。他国に先んじて新航路や新大陸を発見しながら彼のせいで思うように利益を上げられなかったのですから」

「帝国に忠誠を誓う限りにおいて貴族も、平民も、亜人も、異民族も、奴隷も等しく扱う――人権宣言ですね」

「その通りです」


 ワイズマン校長は満足そうに頷いた。


「人権宣言については偽帝アルフォートと戦う兵士を集めるためだったという説があります。また中央集権化を進めるため――敵味方を明確に区分するために当時の常識では有り得ない宣言をしたという説も」

「そんな説が……」


 レイラは小さく呟き、耳に触れた。

 人間よりもわずかに尖った耳だ。


「どの説が正しいのでしょう?」

「分かりませんが、私としては第十八代皇帝が開明的な人物だった--差別意識が薄かったという説を推したいですね」

「もしかして、校長先生もあの手記を?」

「もちろんです。信憑性はさておき、読み物として面白いと思います。もっとも、あの手記が発見されたせいで半ば神格化されていた第十八代皇帝の評価が落ちましたが……」

「そうですね」


 レイラは苦笑した。

 第十八代皇帝は数々の偉業を成し、半ば神格化されていた。

 社会制度や発明の源流を辿ると、第十八代皇帝に辿り着くのだから無理もない。

 それも農家の納屋からある手記が発見されるまでだ。

 その手記の発見によって第十八代皇帝の評価は下がった。

 いや、普通の人間だったと再認識されたというべきか。


「話が逸れてしまいましたね。愚帝と揶揄されていた第十八代皇帝ですが、その後に訪れた冷害によって評価が改まることになります。彼が栽培を推奨したジャガイモが帝国臣民の命を救ったのです」

「第十八代皇帝は冷害を予期していたのでしょうか?」

「さて、どうでしょう? 若い頃から市場に足を運んで救荒作物を探していたという話も聞きますし、ジャガイモを手に入れて喜んだというのはその延長線上の出来事なのではないでしょうか。いずれにしろ、偉大な人物であることに変わりはないと思います」

「はい、私もそう思います」


 レイラが頷いたその時、ピロピロリンという音が響いた。 

 スマホの着信音だ。

 誰かが電話を掛けているのだ。

 ワイズマン校長に視線を向ける。


「構いませんよ」

「すみません」


 レイラは謝罪し、スマホを取り出した。

 画面をスワイプし、耳元に運ぶ。


「はい、レイラです」

『あたし、アリデッド。今、喫茶店にいるのみたいな』

「あ、分かりました。すぐに向かいます」

『早く来ないと紅茶代は――』


 アリデッドの声が途切れる。

 レイラが通話を終了させたからだ。

 ワイズマン校長に視線を向ける。


「あの――」

「そんなに申し訳なさそうにしなくても大丈夫ですよ。また世間話に付き合って下さい」

「はい!」


 レイラは元気よく返事をして頭を下げた。

 正門に向かって走り出す。



 レイラは踏切を越え、大通りを通り、駅前に辿り着く。

 平日にもかかわらず駅前は賑わっていた。

 スーツ姿のミノタウロスが足早に道を行き、ドワーフの作業員が道路工事をしている。

 獣人の警察官が交番の前で地図を広げ、お婆さんに道案内をしている。

 タクシーがタクシープールで列を成し、リザードマンの運転手が暇そうにしている。

 粘土板の首飾りを身に付けた人間とエルフのカップルが仲睦まじく歩く。

 ケフェウス帝国ならではの光景だ。

 細い路地に向かって歩き出すと――。


「おおッ、久しぶりじゃな!」


 背後から声が響いた。

 驚いて振り返ると、黒いドレスを着た女性が近づいてきた。

 女性はレイラの前で立ち止まり、ニヤリと笑った。

 不吉な予感がした。

 レイラはおずおずと口を開く。


「あの、何処かでお会いしましたか?」

「ワシじゃよ、ワシ。神官さんじゃ」

「と言われても……」


 困った。親しげに声を掛けてくるが、神官さんという名前に覚えがない。


「久しぶりに会ってなんなんじゃが、金を貸してくれんか?」

「――ッ!」


 レイラは息を呑んだ。

 ようやく分かった。

 これは寸借詐欺だ。

 救いを求めて視線を巡らせる。

 周囲には大勢の人がいる。

 叫べば誰かが助けてくれるはずだ。


「どうじゃ?」

「それは……」


 レイラは大きく息を吸った。

 その時――。


「いたぞ! あそこだッ!」

「ちぃッ、見つかったか!」


 黒いスーツの男が叫び、女――神官さんは舌打ちをして走り出した。

 解き放たれた矢のように加速し、みるみる内に遠ざかる。

 よくもまあ、あんな格好で走れるものだ。

 というか、どうすれば車よりも速く走れるのだろう。

 ややあって、黒いスーツを着た男がレイラの前で立ち止まった。

 背の高い、気難しそうな男だ。


「くそッ、逃げられた!」

「貴方が叫ぶからよ」


 遅れてやってきた女――彼女も黒いスーツを着ている――が呆れたように言った。

 男はムッとしたような表情を浮かべたが、言い返さなかった。

 無言でレイラに向き直る。


「君、ババ――じゃない。あの女に何か言われたか?」

「お金を貸して欲しいと言われました」

「くそッ、またか」


 男が悪態を吐き、レイラはびくっと体を震わせた。

 先程の予感は正しかった。

 一難去ってまた一難だ。

 今日は厄日だろうか。


「イグニス、少しは落ち着きなさい」

「だがな、アクア」

「怖がってるわよ」


 女――アクアがレイラに視線を向けると、男――イグニスは気まずそうに咳払いをした。

 背筋を伸ばし、軽く頭を下げる。


「声を荒らげて申し訳なかった。追うぞ、アクア」

「分かった――って置いていかないでよ!」


 イグニスが駆け出し、アクアは慌てて後を追った。

 レイラは二人を見送ることしかできなかった。

 一体、何だったのだろう。

 いや、考えるだけ無駄か。

 レイラは小さく頭を振って歩き出した。

 横断歩道を越え、細い路地に入る。

 日陰のせいか空気が冷たい。

 路地の中程にある喫茶店の前で立ち止まる。

 ガラス戸を開けて中に入ると、コーヒーの香りが鼻腔を刺激した。


「レイラ、遅いし!」


 奥のテーブル席に座っていた少女--アリデッドが声を上げる。

 レイラは溜息を吐き、細長い店内を進む。

 カウンターの中で暇そうにしている女店主――シェーラにぺこりと頭を下げる。

 すると、彼女は苦笑じみた笑みを浮かべた。

 レイラは無言でアリデッドの対面の席に座り、深々と溜息を吐いた。


「いきなり溜息を吐くなんて傷付けちゃいましたかみたいな?」

「レイラ、何かあったの?」


 アリデッドの隣にいた少女――デネブが声を掛けてくる。


「何かと言われると困るのですが……。とにかく、疲れました」

「へ~い、おばちゃん! レイラにブレンド一つみたいな!」

「誰がおばちゃんだい! あたしはまだ二十歳そこそこだよッ!」


 アリデッドが叫び、シェーラが叫び返した。

 チリンチリンという音が響く。

 振り返ると、二人の少女――エレナとフェイが入ってくる所だった。

 二人はレイラ達のいるテーブルの前で立ち止まった。


「外まで声が聞こえてたわよ」

「店主のせいだし」

「アンタのせいだよ」


 エレナが呆れたように言うと、アリデッドとシェーラは睨み合った。

 レイラが席の奥に移動すると、フェイが軽く頭を下げつつ座った。


「ちょっと、あたしが座れないじゃない!」

「早い者勝ちであります」

「はいはい、分かったわよ」


 フェイの言葉にエレナはイラッとした様子で応じてカウンター席に座った。

 座席を回転させてレイラ達に向き直る。


「歴史のレポートだけど、誰について調べるか決めた?」

「第十八代皇帝です」

「クロノ様だし」

「私も第十八代皇帝を」


 レイラ、アリデッド、デネブが答えると、エレナは顔を顰めた。


「アンタ達って、いつもそうよね」

「おっと、それは人種差別ですかみたいな? だとしたら受けて立つし」

「うっさい、馬鹿の代名詞」

「馬鹿じゃないし! アリデッドは馬鹿の代名詞じゃなくて、差別と暴力、エロスとバイオレンスが吹き荒れる時代を逞しく生き抜いたエルフの名前だし!」

「お姉ちゃん、暴力とバイオレンスは同じ意味だよ」

「アリデッド・チョップ!」


 突っ込みを入れたデネブの脳天にアリデッドのチョップが突き刺さった。


「痛ッ! なんで、叩くの!?」

「妹のくせに生意気みたいな!」

「お姉ちゃんこそ、ちょっと早く生まれただけのくせに偉ぶらないで!」


 アリデッドとデネブはギャーギャーと言い争いを始めた。


「ところで、馬鹿の代名詞ってのは何なんだい?」

「『クロノ戦記』って言うか、本と作者を引っくるめたジョークよ」


 シェーラが身を乗り出して言い、エレナが溜息交じりに答えた。


「『クロノ戦記』ってのは農家の納屋から発見されたとかいう手記だろ? あたしも読んだことがあるけど、そんなに変な内容だったかい?」

「それ、現代語訳版でしょ?」

「ああ、そうだよ」


 エレナが問い返すと、シェーラは頷いた。

 今一つ分かっていないようだ。


「原本のタイトルは『クロの戦記』って言うのよ」

「は?」

「だから、本来は『クロノ戦記』って書くべき所を筆者――アリデッドが『クロの戦記』って書いたのよ。他にも誤字脱字、文法ミスのオンパレード。それで馬鹿の代名詞」

「は~、分かりにくい悪口だね」

「悪口じゃなくてジョークよ」


 ふん、とエレナは鼻を鳴らした。


「レイラ殿は『クロノ戦記』を読んだことがあるでありますか?」


 フェイはメニューを閉じ、レイラに視線を向けた。


「はい、一応……。もしかして、フェイさんは読んだことがないのですか?」

「本を読むと眠くなるであります」

「アンタ、それでよくうちの高校に入れたわね」


 エレナが顔を顰める。


「私は剣術の特待生でありますから」

「は~、真面目に勉強するのが馬鹿らしくなるわね」


 フェイが鼻息も荒く言い、エレナは深々と溜息を吐いた。


「何て書いてあったのでありますか?」

「それなりに長い本なので――」

「覚えている一節でもいいであります」

「そうですか。なら、えっと……」


 レイラは必死に記憶を呼び起こしながら言葉を紡いだ。


「クロノ様は眉目秀麗にして、比類なき剣技と魔術を操り、十倍の兵力差を容易く覆す神算鬼謀と盗賊すら心酔させる器の持ち主、その隻眼は心底を見抜く神の目――」





 なんてことは全くなかったし。

 容姿は平凡、腕っ節はそこそこで、割と根に持つタイプで、機転は利く方みたいな。

 ちょっとエッチなのが玉に瑕。

 要するにただの凡人だし。

 二十人以上子どもがいる人を凡人と評していいのか甚だ疑問だけど――。

 とにかく、クロノ様は凡人。

 異論は認めないし。

 その凡人が血を流し、涙を流して理想を実現したみたいな。

 もちろん、あたしらもかなり頑張ったし。

 やっぱり、一人の人間にできることには限りがあるみたいな。

 英雄は国の危機を救い、その有り様を変えられるかも知れない。

 けど、一人の人間に頼っていたらそれは一時のことみたいな。

 国の危機はまたやって来て、国の有り様は元に戻るかも。

 だから、あたしらが――ん? ちょっと説教臭かったみたいな?

 激しく同意。自分でも訳が分からなくなってきたし。

 格調高くいきたかったのに文章を書くのは難しいし。

 では、改めて――。

 昔々、一人の青年がいました。

 容姿は平凡、腕っ節はそこそこ、割と根に持つタイプで、機転は利く方です。

 青年は理想を掲げました。

 誰もが等しい価値を持つ国を作るという理想です。

 理想に賛同する仲間もいました。

 青年は理想を叶えるべく邁進しましたが、志半ばで病に倒れました。

 ですが、もし彼が病に倒れることなく、天寿を全うしても結果は同じだったはずです。

 たった一人の人間にできることには限りがあるのです。

 では、彼の人生は無駄だったのでしょうか?

 いいえ、無駄ではありません。

 彼は病に倒れましたが、志は受け継がれました。

 そして、それは私達が倒れた後も受け継がれていくでしょう。

 あたかも波紋のように――。

 これは水面に石ころが落ちた話。

 一人の青年が泣いて笑って、ちょっとだけ世の中に影響を与えた話。

 その名前は――。

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