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第2話『修行』修正版


 帝都二日目の早朝、メイド修行初日にしてレイラは最大のピンチを迎えていた。


「……」

「さあ、早く着替えて下さい」


 レイラが渡された服を前に呆然としていると、マイラは自分の行動に疑問を感じていないかのように言い放った。


「あの、これは?」

「メイド服ですが、それが何か?」


 マイラはレイラの質問の意図が分からないと言うように首を傾げた。

 多分、彼女は自分の正しさを信じて疑っていないのだ。


「さっさと着替えて下さい」

「はい」


 レイラは抵抗を諦め、メイド服に着替えたのだが……少しでも可能性があるのなら抵抗しておくべきでした、とすぐに後悔した。


「とても似合っています」

「ありがとうございます。ですが……これは短すぎるのではないでしょうか?」


 レイラはスカートの裾を手で押さえながら、満足そうに頷くマイラに問い掛けた。

 マイラが用意したメイド服はスカートは下着を隠せるぎりぎりの丈しかない。

 前屈しただけでも下着が見えかねず、階段を登る時は誰もいないことを確認しなければならない。

 胸元が大きく開いていないことがせめてもの救い……いや、胸元は大きく開いていないが、胸元に余裕がありすぎて上から覗き込まれたら下着が見えてしまう。

 このメイド服に比べれば、いつも女将が着ているメイド服でさえ『慎ましい』の範疇に含まれるだろう。


「本当は下着を脱いで頂きたいのですが」

「そ、それだけは」


 レイラはメイド服の胸元と裾を抑え、マイラから距離を取った。


「冗談です、冗談……チッ」


 マイラは悔しげに舌打ちし、レイラの前に立った。


「では、これからメイド修行を始める訳ですが……話し掛けられた時以外は口を開いてはいけません。返事は『はい』と『いいえ』で答え、坊ちゃまには『旦那様』、クロード様には『大旦那様』を付けなさい。分かりましたか?」

「はい、マイラ様」


 マイラは満足そうに頷き、


「それから、侯爵領に戻る前日まで坊ちゃまの部屋を訪れることは禁止します」

「……そ、それは」


 レイラが言い淀むと、マイラは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「宜しいですか? 今の貴方は雑役女中メイド・オールワークスでさえない、なんちゃってメイドです。この世界で最も劣ったメイドです。しかし、この試練に耐えた時、貴方はメイドとして第一歩を踏み出すことになるでしょう」

「で、ですが……っ!」

「貴方の気持ちは分かります。どうしても坊ちゃまと同衾したいのであればメイド修行は見送りましょう。しかし、残念です」


 マイラは演技がかった仕草でレイラから顔を背け、悲しげに呟いた。


「貴方でも、私でもなく、坊ちゃまがです。もし、貴方がメイドとしての基礎を身に付ければ、坊ちゃまは今よりも貴方の存在を誇れたでしょうに」


 誇りという言葉に、レイラの心臓は鼓動を早めた。

 半年前、レイラは薄汚れたハーフエルフの自分がクロノの誇りになれる訳がないと逃げ出そうとした。

 現在、レイラは愛人としてクロノの心を癒していることに自負を、最低限の学力を身に付けつつあることに自信を持っているが、それは全てクロノから与えられたものだ。

 あの時、クロノがレイラの将来を慮ってくれなければ、今でもレイラは無知蒙昧なハーフエルフのままだったはずだ。


「……私はクロノ様の誇りになれるでしょうか?」

「それは貴方次第です」

「や、やります! いえ、やらせて下さい!」

「素晴らしい。やはり、貴方を見込んだ私の目に間違いはありませんでした」


 パチ、パチとマイラは手を叩いた。


「では……以後、私のことは教官と呼んで下さい」

「はい、教官」

「もっと大きな声を出しなさい!」


 突然、マイラが低い声で怒鳴り、レイラは状況を理解できずに硬直した。


「もっと大きな声で、殿が抜けています!」

「はい、教官殿!」

「腹から声を出しなさい!」

「はい、教官殿っ!」


 マイラは意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべ、


「まずは前庭と厩舎の掃除、次に朝食の準備、その次に旦那様と坊ちゃまを起こしに行きます!」

「はい、教官殿っ!」


 私はクロノ様に誇っていただけるメイドになります! とレイラは拳を握り締めた。

 拳を握り締めたのだが……私は進む道を間違えたのかも知れません、とレイラはすぐに後悔した。



 粗末な食事を終え、レイラは前庭でマイラを待っていた。

 しばらくすると、マイラが厩舎の方から姿を現した。


「坊ちゃまと同衾できない貴方のために『恋人』達を用意して差し上げました」


 マイラは口の端を歪め、レイラに箒を手渡した。


「掃除の時は箒が、料理の時はナイフが貴方の恋人です。その箒とナイフを坊ちゃまだと思い、大切にしなさい。決して浮気などしないように……例え、それが坊ちゃまでも」

「クロ……旦那様から求められた時は?」

「心配は無用です。昨夜、坊ちゃまにはメイド修行の妨げになるので、私が説得しておきました」

「なっ!」


 レイラが睨み付けると、マイラは賛辞を受けたかのように誇らしげに胸を張った。


「帝都を離れるその日まで……正しくは前夜までですが、坊ちゃまが貴方を求めることはありません。気は済みましたか? 気が済んだのなら、さっさと掃除を始めて下さい」

「はい、教官殿」

「声が小さいです、なんちゃってメイド!」

「はい、教官殿っ!」


 唇を噛み締め、レイラは箒で地面を掃き始めた。


「半人前のくせに寵愛を受けようなど娑婆っ気が抜けていない証拠です。もっと、手際よく掃きなさい! 夕方になってしまいますよ!」

「はい、教官殿っ!」


 やけくそ気味に叫び、レイラは素早く箒を振るった。


「もっと早く、手際よく! 九十を超えた婆さんメイドの方がキレのある動きをしますよ!」


 わずかな時間で理解したことだが、マイラは憎悪を込めた視線を向けられることに至上の喜びを感じているようだった。


「貴方がもたもたしていたせいで朝食を作る時間がなくなってしまいました。こんなこともあろうかと昨夜の内に準備を整えておいたので、パンを焼く時間はありますが……坊ちゃまを起こしに行きますよ」

「はい、教官殿っ!」


 レイラはマイラの後を追い、クロノのいる四階まで……スカートを気にしながら駆け上がった。

 ふとクロノが別の誰か……エレナとか、エレナとか、エレナとかを同衾させているのではないか? という不安が胸中を過ぎった。


「静かに入室し、坊ちゃまを起こして下さい」

「はい、教官殿」


 レイラは音もなくクロノの部屋に入室し、安堵の息を吐いた。

 クロノの部屋もまた客室と同じように殺風景だが、愛人二号であるエレナの姿はない。

 レイラはベッドに歩み寄り、


「だ、旦那様、起きて下さい」


 旦那様という言葉に必要以上に胸を高鳴らせながら、クロノを揺すった。


「教官殿、起きません」

「続けて」


 レイラがジェスチャーを交えて報告すると、マイラは短く答えた。


「旦那様、朝です」

「……ん?」


 マイラの指示に従って揺すり続けていると、クロノが小さく呻いた。


「……レイラ、おはよう」

「お、おはようございます、だ、旦那様」


 頬が熱くなるのを自覚しつつ、レイラは少しでも太股の露出面積を減らそうとスカートの裾を抑えた。


「グレート」

「ありがとうございます」


 クロノの真意は分からないが、レイラは誉め言葉だと解釈することにした。


「そろそろ、朝食の時間になりますので」

「分かったよ」


 ふわりとスカートの裾が踵を返した拍子に浮き上がり、レイラは慌ててスカートの裾を抑えた。

 ふと視線を感じて振り向くと、クロノがベッドから身を乗り出していた。

 まるで下着を覗き見ようとしているかのように。


「な、何をされているのですか?」

「何もしていません」

「そ、そうですか」


 クロノ様は何もしていない、とレイラは自分に言い聞かせながらクロノの部屋を退出した。


「なんちゃってメイドながら、坊ちゃまの視線に気付くとは……実に、素晴らしいです」

「ありがとうございます、教官殿」


 レイラはスカートの裾を気にしながら頷いた。



 朝食は柔らかなパンと卵スープ、ソーセージの盛り合わせというシンプルなメニューだった。

 シンプルながらもスープは口に含んだだけで作るのに手間が掛かっただろうと想像できたし、ソーセージも余計な癖がなくて美味しかった。

 何処が美味いとかじゃなくて、普通に美味しいってのは熟練の技なのかしら? とエレナは朝食の味を思い出しながら、厩舎の前で対峙するクロノとクロードを眺めた。二人とも木剣を手にしている。

 クロードの一言で実現した親子対決なのだが、クロノは露骨に嫌そうだった。

 あれだけ体格差があればね、とエレナは二人の体格を見比べた。

 クロードは上背があり、六十歳という年齢が信じられないくらい筋肉質な体つきをしている。

 対してクロノは線が細い。レイラやフェイは細身ながらも猫、もしくは鋭い刃を思わせるボディーラインなのだが、クロノは単に線が細いのである。


「おいおい、どんだけ見つめ合ってりゃ良いんだよ」

「後の先狙いなんだ」


 おいおい、とクロードは獰猛な笑みを浮かべた。


「挑発に、乗っちまうぞっ!」

「……っ!」


 クロードは瞬きの間に間合いを詰め、クロノの喉を狙った突きを放つ。


「ヒィィィィィッ!」


 先に仕掛けさせて反撃するかと思いきや、クロノは情けない悲鳴を上げ、地面を転がるようにして突きを躱した。


「上手く避けるようになったじゃねえか、おい!」

「ヒィッ!」


 脳天をかち割らん勢いで振り下ろされた木剣をクロノは飛び退って躱し、クロードの背後に回り込もうとする。


「そう簡単に、俺のケツを掘れると思うんじゃ、ねえっ!」

「……っ!」


 クロノは横凪の斬撃……まあ、木剣だが……を屈んでやり過ごすと、必死の形相で地面を這って逃げる。


「……格好悪い」

「あれはあれで立派な戦術であります」

「どういうことよ?」


 エレナは頼んでもいないのに解説したフェイを見上げた。

 フェイは棒を差し込まれたような直立不動、四人の騎兵は馬の世話をしながら無責任に囃し立てている。


「クロノ様は筋肉が足りてないであります」

「だから?」

「組み合えば一瞬で潰されるか、じりじりと押し潰されるかの二択であります」

「まあ、そうよね」


 クロノに勝っている点があるとすれば機動性くらいだろう。

 クロノは機動性を頼りに背後に回り込もうとするが、クロードは木剣を振り回して牽制する。

 後は欠伸が出るほど単調なルーチンワークだ。

 クロノはクロードの攻撃を躱し、クロードは木剣を振り回し続ける。


「クロノ様の動きが鈍ってきたであります!」


 フェイが指摘した通り、クロノの動きは鈍り、木剣の先端が体を掠めるようになっていた。


「そろそろ、楽になりな!」

「……っ!」


 木剣が振り下ろされた瞬間、クロノはクロードに向かって跳んだ。


「「「「おおっ!」」」」


 無責任に囃し立てていた騎兵達が感嘆の声を上げる。

 クロノは見事にクロードの脇を擦り抜け……いや、転がり抜け、彼の背後に回った。

 今、クロノにはクロードの無防備な背中が見えているはずだった。

 だが、クロノは逡巡するように動きを止め、ようやく掴んだチャンスをフイにした。

 木剣が宙高く舞う。

 クロードが掬い上げるような一撃を放ったのだ。


「折角、掴んだチャンスを無駄にしちまったな」

「……どうしても、父さんを倒す光景が思い浮かばなかったんだよ」


 言い訳がましく言って、クロノは大仰に肩を竦めた。


「どうせ死なねえんだから、攻めてくれば良いのによ」

「次はそうする」


 クロノはエレナの隣に座り、全ての力を使い果たしたように頭を垂れた。


「もう終いかよ?」

「……私の相手をお願いするであります」


 フェイは木剣を拾い上げ、重心を確かめるように一振りした。


「おいおい、随分な使い手じゃねえか」


 クロードは歯を剥き出して笑った。

 フェイは木剣を中段に構え、クロードは腕をだらりと下げ、木剣を構えようとしない。


「アンタの父さんとフェイって、どっちが強いの?」

「どっちも桁違いに強いよ」


 エレナが肘鉄を入れると、クロノは苦笑いを浮かべた。


「フェイはムラッ気があるから」

「アンタの父さんはそれがない?」

「まさか、あの人はムラッ気の塊……子どもの方が集中力あるんじゃない?」

「息子! 嘘でも良いから応援しやがれ!」


 クロノが軽いノリで酷評すると、クロードは必死の形相で叫んだ。


「行くであります!」

「きぃぃぃぃえぇぇぇぇぇっっ!」


 フェイが軽く木剣を振るうと、クロードは奇声を上げ、狂ったように木剣を振り下ろした。


「きぃぃぃぃえぇぇぇぇっっ!」


 一合も保たずにフェイは防戦に追い込まれ、興が乗ったのか、クロードは怒濤のように攻め立てる。


「ま、待って欲しいであります!」

「きぃぃぃぃぃっ!」


 フェイは嵐のような猛攻に耐え、するりとクロードの脇を擦り抜ける。

 クロードは木剣を振り回して追撃するが、フェイは華麗な足捌きで攻撃を躱し、大きく距離を取った。


「……何よ、アレ」

「小手調べのつもりで攻めたら、狂ったように攻められて、慌てて全力を出した感じ」

「あ~、フェイって自分の実力を出し惜しみする所があるわよね」


 そのせいで盗賊に馬から引き摺り下ろされた訳だし、とエレナはこめかみを抑えた。


「神様、私に力を貸して欲しいであります! 神威術『神衣』!」


 闇が煙のようにフェイの体から立ち上る。

 『神衣』……防御力と身体能力を飛躍的に高める神威術だ。


「あれって、どれくらい凄いの?」

「投石器で投げられた石が直撃しても『い、痛いであります!』で済ませられるくらい」


 へ~、とエレナは素直に感心した。


「お、神威術が使えるのか?」

「……行くであります!」


 瞬間、薄墨のような軌跡を残し、フェイの姿が消えた。

 エレナが驚愕のあまり目を丸くしていると、カーン! という音が響いた。

 クロードは木剣を担ぐように振り上げ、フェイが背後から仕掛けた攻撃を受け止めたのだ。

 一瞬で背後に回ったフェイも凄いが、受け止めたクロードはもっと凄い。

 クロードが剣を振ると、フェイは弾かれたように飛び退った。


「おいおい、こんないたいけな老人を背後から殴ろうなんて敬老精神が足りてないんじゃねえか?」

「いたいけな老人は奇声を上げて襲い掛かってこないであります」


 向き直り、舌なめずりするクロードにフェイはきっぱりと言い放った。


「違いねえ。だったら、次は真正面から全力で来いよ」

「……むっ」


 明らかな挑発……どう考えても裏がありそうなのだが、ここで乗ってしまうのがフェイという女だ。


「神様、我が刃を祝福して欲しいであります! 神威術『祝聖刃』! 神様、もう少し力を貸して欲しいであります! 神威術『神衣』!」


 粘性の高いマグマのような闇が木剣を覆い、煙のようにフェイの体から立ち上る闇の量が目に見えて増える。


「行くであります!」

「……どっこいしょ」


 フェイの姿が消えた瞬間を狙い澄ましたようにクロードはその場で胡座を掻いた。

 どん! という衝突音が響き、


「わ、我が全身全霊敗れたりであります!」


 全力で突っ走ったフェイはクロードに躓き、宙を舞った。


「うりゃ!」

「なんの!」


 フェイはクロードが投げた木剣を空中で弾き、


「うらぁぁぁぁぁっ!」


 着地した瞬間、クロードに蹴り飛ばされ、フェイは塀に叩きつけられた。

 闇が煙のように立ち上っている点を鑑みるにダメージは少なそうだ。


「な、納得できないであります! もう一戦! もう一戦して欲しいであります!」

「バカヤロウ、次に戦ったら負けるかも知れねえじゃねえか!」


 詰め寄るフェイにクロードは偉そうに腕を組んで言った。


「せめて、アドバイスが欲しいであります!」

「……才能に頼りすぎだ、以上」

「もっと、具体的に教えて欲しいであります」


 フェイは屋敷に戻ろうとするクロードの腕を掴んで押し止めた。


「お前は馬鹿で経験が足りてねえ、以上」

「分からないであります!」


 クロードは呆れ果てたように溜息を吐いた。


「お前は強い。俺から見れば未熟極まりねえが、お前と同じ年代じゃトップクラスの実力を持ってる。ここまでは分かるな?」


 こくこくとフェイは無言で頷いた。


「お前は不幸にも才能のせいで負けた経験が少ないから、頭を使って戦おうとしねえ。だから、攻撃は読み易いし、さっきみたいにアホな挑発に乗って自滅するんだよ。この分だとあっさり罠に嵌るんじゃねえか?」

「……うぐ」


 盗賊の一件を思い出したのか、フェイは苦しそうに呻いた。


「それだけじゃねえぞ。劣勢に回ってから本気を出しただろ? 相手を舐めきっている証拠だ。どんな雑魚を相手にする時でも、きちんと全力を出して、きちんと考えろ。そうすりゃ、間抜けにならなくて済む」

「御指導ありがとうであります」


 ぽかりとクロードはフェイの頭を殴った。


「どうして、殴るでありますか?」

「気が向いたから、もう少し指導してやる」

「ありがとうであります!」


 クロードが木剣を担いで言うと、フェイは嬉しそうに返事をした。


「やられたくせに笑うなんて、おかしいんじゃないの?」

「父さんも、フェイも戦士だからね」


 そう言って、クロノは立ち上がった。



「もっと、手際よく床を掃きなさい!」

「はい、教官殿っ!」


 マイラに注意され、レイラは箒を動かすスピードを早めた。

 二人が掃除しているのは二階の階段付近、クロノがいるのは一階と二階の中間……要するに階段の踊り場である。


「……見えそうで見えない」


 角度を調整しながら床を掃くレイラを見上げたが、スカートは丈の短さから想像もできない防御力を発揮してクロノの目論見を阻んでいた。


「何してんだ、馬鹿息子?」

「スカートの中を覗こうとしてるんだよ」

「……そんなもの、見飽きてるだろ?」

「恥ずかしそうにするレイラは珍しいんだよ」


 養父は呆れたように溜息を吐いたが、興味が湧いたのか、クロノの隣に座って二階を見上げた。


「フェイは?」

「三回やって、三回とも俺が勝ったぜ。クソッ、見えそうで見えねえな」


 養父は首を上下に動かし、吐き捨てるように呟いた。


「……父さん、レイラは僕の愛人だよ」

「女房が死んで以降、俺は女房一筋だ」

「さりげなくロクでもないことを!」

「女房にもよく言われたな」


 養父は懐かしそうに目を細め、顎を撫でさすった。


「どんな人だったの?」

「アストレア皇后の護衛を務めてた騎士でよ。気が強くてな、顔を合わせるたびに罵ってきやがるから、いつか力ずくで犯してやろうと思ったもんだ」

「……台無しだ」


 今の状況も含めて心温まるエピソードになりそうにない。


「内戦が終わって、やっとこさ、蛮族をアレオス山地に追っ払って、南辺境の開拓を始めた頃に嫁に来てな」

「唐突だね」

「詳しく聞いた訳じゃねえけど、アストレア皇后から命令されたっぽいな。他の連中も似たようなもんで、貴族の娘をくれてやるから尻尾を振れって意味だったんだろうよ。クソみたいな話で、反乱の一つも起こしてやろうと思ったが、領民がいたから、反乱なんか起こせなかった」


 養父が踊り場で胡座を掻いたので、クロノは階段に座った。


「……けど、まあ、女房のお陰で幸せだったな。奪い、奪われるだけの俺の人生に光が差したような気がした」


 養父は照れ臭そうに笑った。


「開拓を成功させて、贅沢させられたのは五年くらいか。ガキはできなかったが、俺は十分だった。けど、死に際に貴方の子どもを生んであげられなくてごめんなさい、って言わせちまったから、俺は自分で言うほど十分だと思っていなかったんだろう。後悔は山ほどしたが、俺の人生で最大の後悔はそれだ」


 養父の口調は穏やかだったが、その瞳は憎悪に似た光を宿していた。

 養父は何を憎んでいるのだろう。

 南辺境の開拓に従事させられたことか。

 死に際に謝罪の言葉を紡がせてしまった自分か。

 それとも……。


「女房が死んでから、何もかも虚しくなったが、神様は俺に子どもを授けてくれた。もう少し早く来てくれれば良かったんだが、十分だ」


 養父は乱暴にクロノの頭を撫でた。


「感動したか?」

「……父さんが繊細なハートを持ってるなんて思わなかったよ」


 ガハハッと笑い、養父はクロノにヘッドロックを仕掛けた。


「と、父さん! く、首がミチミチなってる!」

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