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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第7部:クロの戦記

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第19話『宣言』その6

「クロノ様、助けてみたいな!」

「お姉ちゃん、ズルい! 私もお願いしますッ!」


 アリデッドとデネブはクロノの陰に隠れた。

 肩越しに背後を見やり、それからティリアに視線を戻す。

 鬼のような形相を浮かべている。

 勘弁して欲しい。

 それが正直な感想だ。

 二人がぎゅっと背中にしがみつく。

 本当に怯えているのか疑問だ。

 だが、いつまでもこうしていられない。

 クロノは両腕を広げた。


「鎮まりたまえーッ!」

「ぐぬぬ、覚えておけ」


 願いが通じたのか。

 ティリアは拳を震わせながら言った。

 深呼吸を繰り返し――。


「色々あったが、私は正式に皇位を継承した」

「ぐだぐだだったけど、戴冠式も終わったことですしみたいな」

「さっさとベッドでごろ寝したいし」


 アリデッドとデネブがクロノの隣に移動してぼやいた。

 直後、ギリッという音が響く。

 ティリアが歯軋りする音だ。

 それだけではない。

 鬼のような形相でこちら――アリデッドとデネブを見ている。

 かなり怒っている。

 それが分かったのだろう。

 アリデッドとデネブは再びクロノの陰に隠れた。

 ふぅ、とティリアは溜息を吐き、クロノ達に背を向けた。

 玉座に座るつもりだろう。

 だが、玉座に歩み寄ろうとしない。

 その代わりに――。

 ふぅぅぅ、と溜息を吐いた。

 神官さんが玉座に座っていたのだ。

 しかも、優雅に脚を組んで。


「そこを退け」

「何故、ワシが退かねばならん?」

「私が座るからだ! 牢にぶち込むぞッ!」

「ふッ、牢くらいでワシがびびると思っておるのか。ワシは不老不死! 十年でも、二十年でも気が済むまで閉じ込めるがいい!」


 ティリアが声を荒らげるが、神官さんは胸を張って言い返した。

 神殿を建ててもらう約束をしたと言っていたが、布教活動をする気がないに違いない。

 それどころか、建ててもらった神殿の権利を売って酒代に変えてしまいそうだ。


「……アルコル宰相」

「何かな?」

「神殿は神官さんに貸与しているという体にした方がいいと思います」

「ふむ、では、申し送り事項にそう記しておこう」


 クロノの言葉にアルコル宰相は頷いた。

 申し送り事項――自分が生きている間に神殿を建てるつもりはないようだ。

 感情に目を曇らせて判断を誤ったとはいえ、流石は宰相に登り詰めた男だ。

 なかなか強かだ。


「そこ! ワシの悪口を言っておるなッ! 文句があるなら直接言わんかッ!」

「……」

「あ、直接言わなくて結構です」


 クロノが黙っていると、神官さんはあっさりと引いた。


「文句と言うか――」

「言わんでいいと言ったじゃろ!?」


 神官さんはクロノの言葉を遮って言った。


「牢にぶち込まれてもお酒の差し入れはしませんよ?」

「――ッ!」


 クロノがぼそっと呟くと、神官さんは息を呑んだ。

 そして、ティリアに視線を向ける。

 媚びているかのような目だ。


「うむ、すまぬ。調子に乗っておった。ワシには魂の置き所がなく苦しんでいる者達を救済する使命がある。十年も、二十年も牢に入っている訳にはいかぬ」

「分かった。分かったからそこを退け」

「うむ、あとでやっぱり牢にというのはなしじゃぞ?」

「分かっている」

「本当に本当に――」

「しつこい!」


 ティリアが声を荒らげると、神官さんは目にも止まらぬスピードで立ち上がった。

 どうぞ、どうぞと手の平で玉座を指し示す。


「アリデッド、デネブ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「何ですかみたいな?」

「難しい質問には答えられないみたいな」

「神官さんと何処かで血が繋がってない?」

「あたしらはエルフだから血が繋がってる訳ないし」

「いくらクロノ様でも失礼みたいな」


 アリデッドは鼻で笑い、デネブはムッとしたように言った。

 ノリが似てると思ったのだが、世間はそこまで狭くないようだ。

 何百年も生きてアリデッドとデネブのようになるというのもひどい話だ。

 いや、案外、この二人こそ悟りを体現しているのかも知れない。

 クロノは肩越しに背後を確認する。

 アリデッドはつまらなそうな、デネブはきょとんをした顔をしている。

 そんな訳ないか。

 苦笑して正面に向き直る。

 すると――。


「クロノ様、鼻で笑われると傷付くみたいな」

「なんで、笑ったのか説明して欲しいし」


 アリデッドとデネブに肩を掴まれた。


「ティリアが見てるよ」

「「――ッ!」」


 アリデッドとデネブは息を呑み、背筋を伸ばした。

 素直でよろしい。

 改めて正面を見ると、ティリアが玉座に腰を下ろす所だった。

 ここに至るまでぐだぐだだったせいだろう。

 ムッとしたような表情を浮かべている

 ティリアにとっては不本意な即位だろう。

 玉座の両サイドに立つのがマイラと神官さんというのもひどい。

 だが、胸に込み上げるものがあった。

 自分達の戦いが報われた。

 そんな思いがある。

 もちろん、これで終わりではない。

 帝国を立て直さなければならないし、理想を実現しなければならない。

 これからの方が長いのだ。

 鼻の奥がツンとしてクロノは目頭を押さえた。

 マズい。泣きそうだ。

 ごほん、とティリアが咳払いをした。


「色々あったが、皆のお陰で無事に皇位を継承することができた。礼を言う。本来ならば祝宴を開きたい所だが、今の帝国は混乱の只中にある。まずは混乱を収束しなければならん」

「陛下、恐れながら……」

「何だ?」


 ピスケ伯爵が低く押し殺したような声音で言い、ティリアは問いかける。


「宰相の任を解いて頂きたく存じます」

「分かった。現時刻を以て、宰相の任を解く」

「ありがたく存じます」

「そう言えばお前は宮内局長を兼任していたな?」


 はい、とピスケ伯爵が頷く。


「宮内局長の任も解いて構わないな?」

「お願いいたします」

「では、宮内局長の任を解く。今までご苦労だった」

「いえ、私は何も……」


 ティリアの言葉にピスケ伯爵は弱々しく首を振った。


「アルコル!」

「はッ!」


 ティリアが声を張り上げると、アルコル宰相は背筋を伸ばした。


「お前を再び宰相に任じる」

「はッ!」


 アルコル宰相は胸に手を当て、ティリアに頭を垂れた。


「最初の命令だが、帝国の混乱を収めるべく動け。必要な施策があれば私に提言し、必要な人材がいれば推薦せよ」

「承知いたしました。恐れながら……」

「どうした?」

「はい、ラルフ・リブラ軍務長兼財務局長、ブルクマイヤー尚書局長の任を解いて頂きたく存じます」

「お前の考えは分かった。だが、後任はどうするつもりだ?」

「陛下のお許しを頂ければ前任者を呼び戻し、局長に据えたく」


 うむ、とティリアは鷹揚に頷いた。

 これはポーズだ。昨日の段階で打ち合わせは済んでいる。

 だが、女帝となったティリアと遣り取りすることに意味があるらしい。


「分かった。ラルフ・リブラ軍務局長兼財務局長、ブルクマイヤー尚書局長の任を解き、前任者の復帰を認める。まあ、連絡が付けばだが……」

「ご承認頂き、ありがとうございます」


 それと、とティリアは思い出したように言った。


「状況が状況だ。局長を除く各局の人事権をお前に預ける。問題はないな?」

「局長が推薦し、私が承認するという形を取っても?」

「構わん。だが、必ず報告しろ。場合によっては異を唱えるかも知れん」

「承知いたしました」


 アルコル宰相は再び胸に手を当てて頷いた。

 ティリアが口を開く。


「就任したばかりで申し訳ないが、混乱を収める提案はないか?」

「そうですな」


 そう言って、アルコル宰相は口を閉ざした。

 しばらくして口を開く。


「まずは陛下が皇位を継承されたことを周知いたしましょう」

「それは、周辺国家も含めてか?」

「もちろんでございます。その上で陛下の御名において南辺境に派遣された帝国軍に撤収を命じ、商業連合に協力を要請いたします」


 ふむ、とティリアは考え込むような素振りを見せた。

 これもポーズだ。

 と言うか、このために戴冠式を行ったのだから承認してくれないと困る。

 大丈夫だよね? とクロノはハラハラしながらティリアを見つめる。


「アルコル、お前の提案を承認する。別件だが、アルフォートの治世において謂われなき罪を問われた者や不当な要求をされた者も多いはずだ。その者達の名誉を速やかに回復し、被った不利益を保障せよ」

「承知いたしました」


 アルコル宰相が頷き、クロノはホッと息を吐いた。

 ティリアが手を上げる。

 すると、背後から重々しい音が響いた。


「……これよりアルフォートの治世において行われた行為について吟味を行う」


 ティリアが厳かに告げ、アルコル宰相とジョニーが玉座の正面から移動する。

 やや遅れてクロノ達――クロノ、副官、レイラ、アリデッド、デネブ、スー、ケイン、フェイ、ロバート、ブラッド、ベアは反対側に移動する。

 謁見の間に足音が響く。

 一人や二人ではない。

 もっと大勢の足音だ。

 扉の方を見ると、レオンハルトとロイ、ファーナが近づいてくる所だった。

 その後ろには十人ほどの貴族――各局でそれなりの地位に就いていた者達が続く。

 さらにその周りをサイモン達が囲む。

 レオンハルトとロイは帯剣こそしていないが、清潔感のある格好をしている。

 ファーナも同じだ。

 だが、貴族達は縄を打たれている。

 すでに明暗は分かれている。

 それが分かっているのだろう。

 貴族達は目を忙しく動かしている。

 レオンハルトとロイがピスケ伯爵の隣で立ち止まり、他の貴族達も動きを止める。

 ティリアはレオンハルト達を睥睨し――。


「座れ」


 静かに呟いた。

 温度が急激に下がった。

 そんな錯覚を抱かせるほど凍てついた声だった。

 レオンハルト達が跪くが――。


「ティリア皇女! これは何かの間違いですッ!」


 一人だけ従わない者がいた。

 声を張り上げ、前に出ようとする。


「ブルクマイヤー伯爵、騒ぐな」

「ええい! 触るな!」


 サイモンが肩を掴み、跪かせようとする。

 だが、ブルクマイヤー伯爵は振り解こうとした。

 サイモンが目配せをする。

 すると、隣にいた騎士が剣を抜いた。

 と言っても鞘ごとだ。


「これは冤罪です! 全てはアルフォートめが――ぎゃッ!」


 ブルクマイヤー伯爵が短い悲鳴を上げる。

 背後から剣の柄で殴りつけられたのだ。

 殴りつけた騎士は剣を腰に戻し、ティリアに頭を垂れた。


「陛下、申し訳ございません」

「構わん」

「さっさと跪け。次は斬り捨てるぞ」

「ひぃッ!」


 サイモンが恫喝すると、ブルクマイヤー伯爵は悲鳴を上げて跪いた。

 ティリアは玉座に深く座り直し、アルコル宰相に視線を向けた。


「では、吟味を行う」


 アルコル宰相の言葉に貴族達が項垂れた。

 当然か。彼らはアルフォートに与した。

 それだけならまだしも私益を貪っていたのだ。

 彼らにとってアルコル宰相の言葉は死刑宣告に等しい。


「陛下、まずは前皇帝の母――ファーナに沙汰を下して頂きたく存じます」

「罪状は何だ?」

「……」


 ティリアが問いかけるが、アルコル宰相は答えられない。

 当然だ。彼女は何もしていないのだから。

 ティリアは小さく溜息を吐いた。


「今回の内乱はアルフォートの愚かさに端を発する。だが、その罪はアルフォートが負うべきものだ。アルフォートの母であることを罪には問えない」


 だが、とティリアは続けた。


「現在の帝国は混乱の只中にある。城外に放り出せば命を奪われるか、野垂れ死ぬかするだろう。私はそれを望まない。よって、城内で保護する。異論はないな?」

「ございません」


 ティリアが問いかけると、アルコル宰相は小さく頷いた。


「続いて、レオンハルト・パラティウム、ロイ・アクベンス、ベティル・ピスケ、この場にはおりませぬが、アルヘナ・ディオス、ラルフ・リブラ、ルーカス・レサト、リオ・ケイロン以上七名に沙汰を下して頂きたく存じます」

「罪状は何だ?」

「ご存じの通り、今しがた申し上げた七名は陛下に弓を引きました。これは決して許されることではありません」


 アルコル宰相は神妙な面持ちで言った。

 普段のティリアならば『お前が言うな』と突っ込みを入れている所だ。

 だが、今は普段――平時ではない。

 ティリアは思案するように目を閉じた。

 沈黙が舞い降りる。

 息が詰まるような沈黙だ。

 誰かがごくりと喉を鳴らし、ティリアは目を開いた。


「レオンハルト・パラティウム、ロイ・アクベンス、ベティル・ピスケ、アルヘナ・ディオス、ラルフ・リブラ、ルーカス・レサト、リオ・ケイロンの罪を不問に付す。何故なら当時の皇帝はアルフォートであり、彼らは軍人として命令に従っただけだからだ。これを罪に問う訳にはいかぬ」

「恐れながら……」

「何だ?」


 アルコル宰相が声を上げ、ティリアが視線を向ける。


「ルーカス・レサト、リオ・ケイロン両名は帝国臣民を殺害しております。これは罪に問われる案件ではないかと」

「アルコル、お前の意見はもっともだ。では、調査を命じる。結果が明らかになるまでルーカス・レサト、リオ・ケイロン、そして、当時二人の上司だったラルフ・リブラの処分は保留とする」

「承知いたしました」


 アルコル宰相が頷き、サイモン達――第十二近衛騎士団の面々がホッと息を吐く。

 ピスケ伯爵が罪に問われなかったことに対する安堵の息だ。

 やや遅れて貴族達がざわめく。

 寛大な処分を期待してのことだろう。

 残念ながら考えが甘い。

 レオンハルト達が罪に問われなかったのは罪に問うデメリットが大きいからだ。

 彼らを罪に問えば一般兵、ひいてはその上司をも罪に問わねばならなくなる。

 今の状況で罰を甘んじて受けようという指揮官は少数派だろう。

 処罰されるくらいならと自棄になって反乱を起こす可能性がある。

 そんなことになったら帝国は滅ぶ。

 だから、罪に問えなかったのだ。

 その時、ピスケ伯爵が口を開いた。


「恐れながら……」

「何だ?」

「私は陛下に弓を引きました。如何に命令とは言え、許されることではございません。つきましては近衛騎士団団長の任を辞したく存じます」

「「同じく」」


 ピスケ伯爵が辞任の意向を伝えると、レオンハルトとロイも続いた。

 まさか、辞任を申し出るとは。

 予想外の展開だ。

 ティリアは小さく溜息を吐く。


「却下だ。先程も言った通り、帝国は混乱の只中にある。この状況で近衛騎士団長を空位にする訳にはいかん」

「では、混乱が収まった際に改めて申し上げます」

「分かった」


 私としては心変わりを期待しているが、とティリアは小さく呟いた。


「次にロムス・パラティウムへ沙汰を下して頂きたく」

「……」


 アルコル宰相がレオンハルトの背後に視線を向ける。

 つられてクロノも視線を向ける。

 ロムス・パラティウム公爵――レオンハルトの父は無言だった。

 無言でティリアを見つめている。


「アルフォートに与すべく挙兵したと聞いているが、間違いないな?」

「……」


 やはり、ロムスは無言だ。


「私と話す口は持たないか。残念だ。とても残念だ。お前が私に敵対したことがではない。私の代でパラティウム公爵家が潰れる所を見なければならない。それが残念でならない」

「――ッ!」


 ティリアの言葉にロムスは息を呑んだ。

 自分が死んでもパラティウム公爵家は存続できると考えていたのだろうか。

 だとすれば現状に対する認識が甘すぎる。

 帝国は混乱の只中にある。

 それを収めるには金がいるし、養父達との約束も守らなければならない。

 クロノは貴族達を見つめた。

 彼らの財産と領地を没収するよりもパラティウム公爵家を潰した方が効率的だ。

 ならば潰すに決まっている。

 それに、見せしめは必要だ。


「元々、パラティウム公爵家は皇室と一つだったはず」

「もちろん、知っている。二代目皇帝の弟がパラティウム公爵家の祖だ。だが、我々は代を重ねて随分と縁が薄れてしまった。そう思わないか?」

「だから、パラティウム公爵家を潰すと?」

「違う。お前達が自らの意思で私に敵対したからパラティウム公爵家を潰すのだ」


 ティリアは冷厳と告げた。


「だが、私も鬼ではない。ミソロスの街を領地とし、レオンハルトが爵位を継ぐことを認めよう」

「それでは取り潰しも同然だ」

「だから、潰すと言った」


 ティリアはうんざりしたように言った。


「レオンハルト、何を黙っている! 黙ってないで何か言えッ!」

「陛下の慈悲に感謝いたします」

「何を言っている!」


 レオンハルトが頭を垂れ、ロムスは喚いた。


「黙らせろ」

「はッ!」

「止めろ! 私は公爵――ぎゃッ!」


 ティリアがうんざりしたように言うと、近衛騎士はロムスを押さえつけた。

 短い悲鳴が上がるが、レオンハルトは平然としている。

 さてと、とティリアはブルクマイヤー伯爵達に視線を向けた。


「お前達が立場を笠に着て私益を貪ったことは調べが付いている」

「陛下、我々はそのようなことしておりません!」


 ブルクマイヤー伯爵が叫び、ティリアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


「証拠はあるのですか?」

「そうだ! 証拠だッ!」

「証拠を出せッ!」

「横暴! 横暴ッ!」


 貴族達が口々に叫ぶ。だが――。


「そんなに証拠を出して欲しければすぐにでも出すが?」

「「「「……」」」」


 ティリアの言葉に貴族達は押し黙った。

 ブルクマイヤー伯爵がおずおずと口を開く。


「どうやって――」

「お前達の息が掛かっていない局員もいたということだ」


 ティリアはブルクマイヤー伯爵の言葉を遮って言った。

 反論はない。

 アルフォートが皇帝となり、アルコル宰相の息が掛かった局員は役職を追われた。

 無実の罪で投獄された者もいる。

 だが、旨みのない役職や平局員はそのままというケースもあった。

 そして、彼らは理不尽な命令をされることもあって証拠を残しておいたのだ。


「私は、罪を償う機会は与えられるべきだと考えている。だから、お前達が我が国に与えた損害を十二分に補填すれば代替わりを許そうと思う。もっとも、向こう百年は名誉ある待遇――これから設立する貴族会のメンバーにすることはできないが……」

「補填できなかった場合は?」

「財産、爵位、領地――全て没収する」


 ああ、とブルクマイヤー伯爵は力なく頭を垂れた。

 他の貴族も同様だ。

 彼らの春は終わったのだ。

 これから続くのは長い冬の時代だ。

 可哀想だが、自分で蒔いた種だ。

 収穫も自分で行って頂きたい。

 貴族達が力なく頭を垂れる中、ティリアがこちらに向き直る。


「これより論功行賞に移る。諸部族連合代表代理ベア」

「はッ!」


 ティリアが呼びかけると、ベアは胸を張った。


「今回――帝国暦四三三年十月より始まった内乱において諸部族連合は大いなる献身を示してくれた。ゆえに私は諸部族連合の民を帝国臣民として迎えることを約束する。この約束はお前達が帝国に忠誠を誓う限りにおいて破られることはない」

「ありがたく存じます」


 ベアは声を震わせながら言った。

 以前――ルーカスとの戦いの後に行われた葬送でティリアは同じことを口にした。

 だが、言葉の重みはまるで違う。

 帝国の女帝が臣民として受け入れると約束したのだ。

 それは諸部族連合の宿願――豊かな土地への移住が叶ったということだ。

 ティリアがロバートに視線を向ける。


「南辺境軍司令代理ロバート」

「はッ!」


 名前を呼ばれ、ロバートは声を張り上げた。


「南辺境軍は帝国軍を引きつけてくれたばかりか、帝都攻略において戦いの帰趨を左右する活躍をしてくれた。よって先般交わした約定に従い、パラティウム公爵家が保有する領地を授ける」

「ありがたく存じます」


 ロバートが頭を垂れると、ティリアは満足そうに頷いた。

 そして、クロノに視線を向ける。


「……クロノ・クロフォード」

「はい!」


 クロノが返事をすると、ティリアは苦笑じみた表情を浮かべた。


「皇位継承権を奪われ、エラキス侯爵領に放逐された時からお前は実に献身的に尽くしてくれた。改めて礼を言う」

「いいえ、とんでもございません」


 ティリアが口元を綻ばせる。


「繰り返しになるが、我が国は混乱の只中にある。だが、約束しよう。お前と共に掲げた理想――誰もが等しい価値を持つ国を築くべく邁進していくことを」

「ありがとうございます」


 クロノが頭を垂れると、小さな音が響いた。

 胸元を見ると、首飾りが揺れていた。

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