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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第7部:クロの戦記

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第19話『宣言』その1

 帝国暦四三四年二月上旬帝都アルフィルク――最初に熱を感じた。

 太陽や炎のような熱ではない。

 湿った、それでいて不快な熱だ。

 次に痛みだ。体の節々が痛い。

 最後に息苦しさ。呼吸をするのも辛い。

 インフルエンザにでも罹ったのだろうか。

 誰かの手が額に触れる。

 やけに冷たい手だが、不快感が和らぐ。

 それだけではない。

 痛みが収まり、呼吸も楽になった。

 手が離れ、クロノはゆっくりと目を開けた。

 すると、天蓋が頭上を覆っていた。

 どうやらベッドに寝かされているようだ。

 隣を見ると――。


「坊ちゃま、お目覚めですか?」


 マイラがいた。

 反対側を見る。

 そこには――。


「おお、目が覚めたか」


 神官さんがいた。

 ベッドに腰を下ろし、クロノを見下ろしている。


「いざとなったら神威術で傷を癒やしてやろうと――」

「やっぱり、地獄に落ちたか」

「いきなりそんなこと言われると、傷付くんじゃけど!」


 クロノが言葉を遮って言うと、神官さんは声を荒らげた。


「冗談です、冗談」

「本当か?」


 神官さんは訝しげな視線を向けてきた。


「……」

「何か言わんか!」


 クロノが黙っていると、神官さんは声を荒らげた。


「ところで、ここは?」

「ぐッ、そんなことを言えとは言っとらん。まったく、お主と言い、イグニスと言い、部下達と言い、もっとワシに敬意を払って欲しいもんじゃ」


 神官さんは口惜しげに呻き、ぶつぶつと文句を言った。


「敬意を払って欲しければちゃんとして下さい」

「いや、敬意ってそういうもんじゃないじゃろ? 仲よくするためのツールじゃろ?」

「神官さん、敬意は目減りするんです」

「真顔で言いおった」


 クロノが問い返すと、神官さんは呻くように言った。


「もう一度聞きますけど、ここは?」

「アルフィルク城にあるラマル五世の寝室じゃ」

「……なるほど」


 クロノはやや間を置いて頷いた。

 どうやら、別働隊はアルフィルク城を攻め落とせたようだ。

 それはさておき――。


「前皇帝の寝室を使ってもいいのかな?」

「なに、構わんじゃろ」


 クロノが呟くと、神官さんは軽い口調で言った。

 多分、ティリアが寝室の使用を許可したのだろう。

 それでも、躊躇いを覚える。

 ああ、と神官さんが声を上げる。

 どうかしたのだろうか。


「そういえばラマル五世はこの部屋で死んだらしいぞ」

「なんで、そんなことを言うの!?」

「女官を手込めにしようとして突き飛ばされたそうじゃ。ふふ、男子の本懐じゃな」

「何処が!?」


 クロノは突っ込みを入れ、軽く咳き込んだ。


「まあ、落ち着け」

「だ、誰のせいで……」

「お主がワシを苛めるからじゃ」


 神官さんは拗ねたように唇を尖らせた。

 意趣返しということか。

 もしかしたら、ラマル五世がここで死んだというのも――。


「ラマル五世の件はマジ話じゃぞ。聞いたから間違いない」

「……そうですか」


 クロノは少し間を置いて呟いた。

 誰に聞いたかは尋ねない。

 本人に決まっとる、と言われたら困る。

 怪談を聞かされたくないので、再びマイラを見る。


「ああ、坊ちゃま!」


 マイラは感極まったように――それにしては嘘臭かったが――声を上げた。


「このままお目覚めにならないのではないかと、マイラは気が気ではありませんでした」

「何日くらい意識を失ってた?」

「丸三日になります」

「そんなに……」


 思わず呟く。だが、そんなものかという気もする。

 帝都からレオンハルトを誘き出し、別働隊がアルフォートを討伐するまで足止めする。

 そのために皇軍そのものを囮として使い、犠牲が出ることを前提に作戦を立てた。

 正直に言えば生き残れるとは思っていなかった。

 いや、レオンハルトを足止めするために自身の命をも使い潰す覚悟だった。

 その覚悟がなければあんな作戦は立てられない。

 死ぬことに比べれば今の状態は軽傷と評してもいいだろう。


「マイラ、今の状況は?」

「それは……」


 マイラは口籠もった。

 珍しい態度だ。

 どうかしたのだろうか。


「マイラ?」

「それは奥様の口から聞かれた方がよろしいかと」

「奥様?」

「ティリア皇女のことです」


 クロノが尋ねると、マイラは溜息交じりに答えた。


「……奥様か」

「何か問題でも?」

「何でもないよ」


 坊ちゃま、とマイラは居住まいを正した。

 ベッドに横たわったまま背筋を伸ばす。


「結婚が現実味を帯び、臆する気持ちは分かります」

「そんなんじゃないって」

「本当ですか?」

「心配しなくても男として責任を取るつもりだよ」


 マイラが身を乗り出して言い、クロノは正直な気持ちを答えた。

 ブホッという音が響く。

 神官さんが噴き出した音だ。

 口元がピクピクと震えていた。


「何か言いたいことでも?」

「男として責任を取るつもりだよキリッなんて言われてものぅ」

「人が前向きに結婚を受け入れようとしてたのに……」

「まるで責任を取らないという選択肢が存在しているかのような口ぶりじゃな」

「ぐッ……」


 神官さんが呆れたように言い、クロノは呻いた。

 彼女の言う通り、責任を取らないという選択肢は存在しない。

 そんなことをしたら今度こそ死んでしまう。

 いや、ティリアに殺される。

 ごほん、とマイラが咳払いをする。


「本心はさておき、坊ちゃまが責任を取るつもりで安心しました」

「マイラ、僕は本心から責任を取ろうと思ってるよ」

「ご冗談を」

「本気だって」


 マイラが鼻で笑い、クロノはちょっとイラッとして言い返した。


「そんな世迷い言を誰が信じると?」

「よ、世迷い言」


 クロノは呻いた。

 ちゃんと責任を取ろうと思っているのだ。

 それなのに世迷い言扱いされるとは――。


「なんで、信じてくれないの?」

「殿方は責任やけじめという言葉を好みますが、いざとなれば臆する生き物なのです」

「それは偏見では?」


 ふッ、とマイラは笑った。

 分かっていないと言わんばかりの表情だ。


「あれは三十余年前のことです。私はクロード様の傭兵団に所属していました」

「それは知ってるけど……」


 何が言いたいのだろう。


「今は亡きラマル五世陛下を勝利に導いた後のことです。責任やけじめを取らされて噎び泣く団員の姿を多数目撃いたしました」

「逃げないだけ立派なもんじゃ」


 うんうん、と神官さんは頷いた。

 彼女は納得した体だが、噎び泣くくらいなら逃げた方がと思わないでもない。

 いや、もちろん、自分は責任を取るつもりだが――。


「逃げ出した団員を捕獲し、責任を取るように説得するのは骨が折れましたが……」

「全然、立派じゃないよ!」


 マイラが視線を逸らしながら言い、クロノは声を張り上げた。


「お言葉ですが、約束とは重いものなのです」

「それは分かるけど……」

「ご理解頂けて恐縮です。以上の経験から殿方はいざ結婚となると怖じ気づいて逃げ出す生き物だと確信しております」

「……そうですか」


 特殊な事例だと思うが、藪蛇になりそうなので黙っておく。


「でも、それで幸せになれたのかな~」

「孫までいるので、それなりに幸せなのではないかと」


 チッ、とマイラは舌打ちをした。


「どうして、舌打ちをするんじゃ?」

「あの時、約束を守らせようとしなければ仲間が……」

「いや、それは、うん、まあ、そうかも知れんな」


 マイラが呻くように言い、神官さんは相槌を打った。

 妙に歯切れが悪い。

 気持ちは何となく分かる。

 逃げ出した団員を捕獲しなかったとしても仲間ができたとは限らない。

 もちろん、口にはしない。

 藪蛇になる。


「坊ちゃまは決して逃げ出しませんよう、お願い申し上げます」

「逃げないってば」

「もし、逃げ出すようであれば地の果てまで追いかける所存です」

「だから、逃げないって」

「……信じていますよ」


 うんざりした気分で返すと、マイラはやや間を置いて言った。

 これっぽっちも信じていない目だ。

 牽制するために『信じている』という言葉を使ったのだから当然と言えば当然か。


「このまま行けば坊ちゃまは皇配になれるのですからお願いします」

「やっぱり、そう来るよね」

「当然です」


 マイラはきっぱりと言った。

 できれば歯に衣を着せて欲しい。


「開拓が軌道に乗った時は旦那様に賭けて正解だったと思ったものですが、まだまだ先があるとは思いませんでした。まさか、二代目にして帝国の中枢に食い込めるとは……。うははッ! 笑いが止まらないとはこのことです!」

「――ッ!」


 突然、マイラが笑い出し、神官さんはびくっと体を震わせた。

 何百年生きても泰然自若という訳にはいかないようだ。

 いきなり笑い出したので当然と言えば当然のような気もするが――。

 笑い終えると、マイラは音もなく立ち上がった。


「どうしたの?」

「奥様を呼んで参ります」

「忙しいんじゃない?」

「坊ちゃま、奥様はとても心配していらっしゃったのですよ? それに、現在の状況を伝えて頂いたり、今後のことについて話し合って頂かなければなりません。さらに申し上げれば何事にも手続きというものがございます」

「……なるほど」


 マイラが言い含めるように言い、クロノは頷いた。

 ティリアだけで物事を決めては具合が悪いということか。

 なかなか難しいものだ。


「では、奥様に坊ちゃまが目を覚まされたと伝えてまいります」

「よろしく」

「お任せ下さい」


 マイラは一礼すると寝室から出て行った。

 クロノは小さく息を吐き、軽く咳き込んだ。

 すぐに収まると思ったが、なかなか収まらない。


「どれ、背中を擦ってやろう」

「お願いします」


 体を起こすと、神官さんが背中を擦ってくれた。


「大分、体にガタがきとるな」

「そういうの、分かるんですか?」

「三日も意識を失っとった男が咳き込んだら誰でもそう思うわい」

「まあ、そうですね」


 クロノは左腕を擦った。

 レオンハルトとの戦いを思い出す。

 あの時、左腕を切断されかけた。

 リオが力を貸してくれなければ左腕を失っていたに違いない。


「心配しなくてもお主は長生きすると思うぞ」

「そうですか?」

「憎まれっ子世にはばかると言うからのぅ」

「そういうオチを期待していた訳では……」


 神官さんがしみじみとした口調で言い、クロノは溜息を吐いた。


「ふふふ、長生きしたければさせてやるぞ」

「死ねなくなるってオチですね」

「そうとも言うの」


 ふふん、と神官さんは鼻を鳴らした。

 長寿を願って死ねなくなるなんて猿の手よりひどい。

 とんだ地雷女だ。

 あまり本気――こちらを騙す気満々でないのがせめてもの救いか。


「どうじゃ?」

「止めておきます」

「そうか。ワシと永遠を生きる気になったらいつでも言うんじゃぞ」

「ええ、そうします」

「期待せずに待っとるぞ」


 くくッ、と神官さんは笑った。

 不意に沈黙が舞い降りる。

 意識を取り戻したばかりだからか。

 体が怠い。

 このまま眠ってしまいそうだ。

 うとうとし始めた頃、バンッという音が響いた。

 一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。

 びっくりして音のした方を見る。

 すると、ティリアがいた。

 黒を基調としたドレスを身に纏い、扉を開けたままの姿勢で動きを止めている。


「ティリア、久しぶり」

「まったく、お前というヤ――」

「クロノ様!」


 ティリアの言葉を遮り、レイラが寝室に飛び込んできた。

 駆け寄り、ベッドの傍らで立ち尽くす。


「よかった。このまま目を覚まさないのではないかと……」

「心配させてごめん。でも、もう大丈夫だから」


 クロノはレイラを安心させるために微笑んだ。


「座って」


 はい、とレイラはベッドに腰を下ろした。

 耳を撫でると、心地よさそうに目を細めた。

 ふと視線を感じた。

 扉の方を見ると、ティリアが怖い顔をしていた。


「クロ――」

「聞いたよ! 目が覚めたんだってね!」


 再びティリアの言葉が遮られる。

 今度は女将だ。

 女将はベッドの傍らに移動し、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ったく、心配ばかり掛けて。本当に死んじまうかと思ったよ」

「ごめん」


 クロノは謝罪の言葉を口にした。

 謝ってばかりだ。


「クロ――」

「「クロノ様! 目が覚めたみたいなッ!」」


 またしてもティリアの言葉が遮られた。

 アリデッドとデネブはベッドに駆け寄り、ベッドにダイブした。


「うぉぉぉぉ、何という肌触り!」

「さ、流石、皇帝陛下の寝室みたいな!」


 アリデッドとデネブは布団に頬ずりをした。


「……アリデッド、デネブ」

「「は~い、すぐに下りますみたいな」」


 レイラが低い声で言い、アリデッドとデネブはベッドから下りた。

 ゴホン、とティリアが咳払いをする。

 一歩足を踏み出し――。


「クロノ様!」

『オレ、心配、シテタ!』


 四度目――スノウとスーが寝室に駆け込んできた。

 ぐぬッ、とティリアが呻く。


「皆、心配かけたね」


 クロノは微笑み、視線を巡らせた。

 戦いの後だ。

 ここにいないメンバーのことが心配になる。

 特に副官、フェイ、シオンの三人だ。

 三人はレオンハルトを足止めした。

 生き延びた可能性は低い。

 だが、いつまでも黙っている訳にはいかない。

 意を決して口を開いた次の瞬間――。


『大将!』(ぶもッ!)

「クロノ様! 意識を取り戻したでありますか!?」


 副官とフェイが寝室に駆け込んできた。


「二人とも無事だったんだ」

『へい、剣で胸を貫かれた時にゃ死を覚悟しやしたが、シオン様に救われやした』(ぶも、ぶもぶも)

「あとはマンチャウゼン殿達でありますね。マンチャウゼン殿達がレオンハルト殿の注意を引いてくれなければトドメをさされていたであります」


 クロノが胸を撫で下ろすと、副官とフェイは説明しながら歩み寄ってきた。


「……シオンさんは?」

『シオン様は……』(ぶも……)

『生きているでござるよ』(がう)


 副官が言葉を濁した直後、廊下から声が聞こえた。

 タイガがシオンを背負って寝室に入ってきた。

 右膝に包帯が巻かれている。

 包帯というよりも極厚のサポーターみたいだ。


「生きててよかった」

「はい、私もそう思います」

「ところで、その怪我は?」

「神威術を使いすぎてしまって、しばらくはこのままです」


 シオンは困ったように眉根を寄せた。

 神官さんにお願いすればいいような気もするが――。

 まあ、色々あるのだろう。


「えっと、他の皆は?」


 クロノが尋ねると、パンパンッという音が響いた。

 手を打ち鳴らす音だ。

 扉の方を見ると、マイラが立っていた。

 いつの間にやって来たのだろう。


「皆様、お喜びの所申し訳ありませんが、坊ちゃまは意識を取り戻されたばかりです。あとのことは奥様にお任せして、私達は外に出ましょう」

「「え~、そんなの横暴だし」」


 アリデッドとデネブが不満そうに言い、マイラはにっこりと笑った。

 ただし、目は笑っていない。

 拳を胸の高さまで上げる。


「二人とも、何か文句でも?」

「い、嫌だなみたいな。も、もも、文句なんてあろうはずがないし」

「そ、そうだし。ここは若い者に任せて、年寄りは外に出るみたいな」


 アリデッドとデネブは揉み手をしながら言った。

 見事な阿諛追従ぶりだ。

 最初からそうした方がよかったような気もするが――。


「さあ! 皆、外に! 外に出るみたいなッ!」

「あたしらはお仕置きされたくないみたいなッ!」


 アリデッドとデネブが声を張り上げ、レイラ達が動き出す。


「神官様、外に」

「ワシもか」


 マイラに声を掛けられ、神官さんは渋々という感じで廊下に向かった。

 皆が寝室から出て行き――。


「では、失礼いたします」


 マイラが扉を閉めた。

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