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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第7部:クロの戦記

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第18.5話『ロムス・パラティウム』

 無駄な時間を過ごしたものだ、とロムスは箱馬車から外を眺めた。

 激しい雨が降っている。

 風も強い。

 時折、吹く風によって箱馬車が揺れるほどだ。

 そのせいでスピードを出せずにいる。

 折角、行軍を再開できたというのに忌々しい雨と風だ。

 忌々しいといえばケルマヌス伯爵だ。

 ケルマヌス伯爵領を通り抜ける許可は取っていた。

 にもかかわらず足止めを喰らった。

 昼頃、領境にやってきて弁明したが――。


「……何が連絡ミスだ」


 ロムスは小さく吐き捨てた。

 こんな状況だ。ケルマヌス伯爵の魂胆は分かっている。

 反乱軍が勝った時に備えて恩を売ろうとしているのだ。

 恐らく、帝国にも恩を売っていることだろう。

 まったく、何と卑しい。

 貴族の風上にも置けない。

 そんな男は自分の帝国には必要ない。

 斬り捨ててやろうと思ったが、何とか踏み止まった。

 これから帝都で反乱軍と一戦交えなければならないのだ。

 ケルマヌス伯爵を殺せば戦闘になる恐れがある。

 時間も、将兵も無駄にする訳にはいかない。

 そう自分に言い聞かせ、弁明を受け入れた。

 あれから数時間が過ぎたが、怒りはいまだに燻っている。

 あの愛想笑いを思い出すだけ胸がムカムカする。

 反吐が出そうだ。

 特にあの目が気に入らない。

 欲得に濁り、そのくせロムスを小馬鹿にするような目が――。


「……後悔させてやる」


 ロムスは拳を握り締めた。

 そうだ。すぐに後悔させてやる。

 五千の将兵を率いて帝都に行けば帝国を勝利に導ける。

 中央への影響力を取り戻すことができる。

 権力を取り戻したら嫌みの一つも言ってやろう。

 いや、それでは気分が晴れるだけだ。

 もっと意味のあることをしなければ。

 どうするべきか、と腕を組んで思案する。

 しばらくして、見せしめにすることを思い付いた。

 そうだ。逆らえばどうなるのか知らしめるために使うべきだ。

 素晴らしいアイディアだ。

 気分も晴れて、警告にもなる。

 ロムスはほくそ笑み――。


「――ッ!」


 バッと窓から離れ、胸を撫で下ろした。

 窓の外に誰かいると思ったのだが、それはガラスに映ったロムス自身だったのだ。

 いかんいかん、と小さく頭を振る。

 まだ権力を取り戻していないのだ。

 それなのに取り戻した後のことを考えてどうするというのか。

 アルフォート皇帝の権力は盤石ではない。

 むしろ、脆弱だ。

 だから、反乱を起こされたのだ。

 反乱を鎮圧してもしばらくは不安定な状況が続くだろう。

 そんな状況でケルマヌス伯爵を処罰してどうするというのか。

 認めるのは癪だが、ロムスとて先日まで日和見を決め込んでいた。

 書簡が届かなければ今も領地にいたに違いない。

 そんな自分が彼を処罰すれば反発を招くだろう。

 仕方がない。帝国が安定するまでケルマヌス伯爵の処罰は保留にしよう。

 権力を取り戻せばいつでも処罰できるのだ。

 急ぐ必要はない。

 案外、時間が経てば怒りが収まるかも知れない。

 そんな風に考えた次の瞬間、箱馬車が大きく揺れた。

 車輪が泥濘に嵌まったのだろうか。

 それとも、また関所か。

 くそッ、とロムスは小さく吐き捨てた。

 ピシャロッテ伯爵にも領地を通り抜ける許可は取った。

 だというのに――。

 いや、ピシャロッテ伯爵領まで距離があるはずだ。

 ならば車輪が泥濘に嵌まったと考えるのが妥当だろう。

 大きく息を吐き、座席の背もたれに体重を預ける。

 次の瞬間、扉が開いた。

 扉を開けたのは騎士だった。

 見覚えのある顔だ。

 先遣隊のメンバーだ。

 雨が吹き込んでくる。

 扉を閉めろと言いたかったが、ぐっと堪える。


「……何の用だ?」

「ケルマヌス伯爵領とピシャロッテ伯爵領の領境に――」

「なんだ、また連絡ミスか」


 ロムスは騎士の言葉を遮った。

 まったく、苛々させてくれる。

 力を見せつけるべきではないか。

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 素晴らしい、魅力的な考えだ。

 それができたらどれだけよいか。

 残念ながら武力を行使することはできない。

 優先すべきは兵力を温存し、一刻も早く帝都に辿り着くことだ。

 優先順位を間違える訳にはいかない。

 仕方がない。面倒だが、また交渉をするとしよう。


「分かっ――」

「いいえ、違います」


 ロムスが言い切るよりも速く騎士が口を開いた。

 言葉を遮られたことに怒りを覚える。

 しかし、声を荒げる訳にはいかない。

 何が違うのか問い質さなければならない。


「な――」

「ピシャロッテ伯爵は領地の通り抜けを許可できないと」


 言葉を遮られ、イラッとする。

 自分は軍団長だ。

 それなのに、どうして自分の言葉を遮るのか。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 自分は貴族で、彼は騎士だ。

 物の考え方が違う。

 余裕を以て接してやらねば。


「何だ――」

「反乱軍が――」

「私の言葉を遮るな!」


 今度こそ、ロムスは声を荒らげた。

 まったく、軍団長の言葉を遮るなど――。

 いや、待て。

 今、何と言った。

 反乱軍と言わなかったか。


「反乱軍がどうした?」

「反乱軍が帝都を攻め落としました」

「アルフォート皇帝はどうした!?」

「ティリア皇女との一騎打ちに敗れ、死んだと……」

「――ッ!」


 ロムスは息を呑んだ。

 頭の中が真っ白だ。

 帝国軍を勝利に導くため、パラティウム家の影響力を高めるために立ち上がったのだ。

 だというのに――。


「それは確かな情報なのか? いや、誰から聞いた情報だ?」

「ピシャロッテ伯爵領を守る兵士です」

「きょ、虚報かも知れないだろう?」

「その可能性はあります。ですが、信頼に足る情報と考えているのでしょう。そうでなければ矢を射かけたりしません」


 ロムスが震える声で尋ねると、騎士がわずかに身を捩った。

 そこで、彼の背に矢が突き立っていることを知った。

 撤退すべきだと思ったが、疑念もあった。

 あまりにもタイミングがよすぎる。

 虚報ではないか。

 しかし、矢を射かけてきたことをどう説明する。

 連絡ミスというレベルではない。

 明確な敵対行動だ。

 理由があるはずだ。

 やはり、アルフォート皇帝は死んだのか。

 事実か。もし、虚報であれば――。

 何処までが正しく、何処までが嘘なのか。

 分からない。

 確かめる術もない。

 退くべきか、それとも帝都に向かうべきか。


「ロムス軍団長殿、ここは退くべきです」

「何だと!?」


 騎士の言葉にロムスは再び声を荒らげた。


「兵を退き、領地に戻るのです」

「戻ってどうするというのだ!?」

「ロムス軍団長が領地に戻れば申し開きができます」


 誰に? とは言わない。

 決まっている。

 ティリア皇女にだ。


「私は何通もの書簡を送ったのだぞ? 申し開きなど――」

「その時こそ、将兵が必要になるのです」

「武力を背景に交渉しろと? 皇女殿下が一戦交える覚悟だったらどうする?」

「その時はその時です。ですが、ここで身柄を確保されれば申し開きなどできません」

「戦ってすらいないのに負けを認めろというのか」

「…………そうです」


 長い沈黙の後で騎士は頷き、ロムスは唇を噛み締めた。

 唇が切れたのだろうか。

 鉄臭い味が口の中に広がる。


「虚報の可能性はないか?」

「ゼロではありません」

「帝都ではまだ戦闘が行われている最中なのではないか? それならば――」

「ロムス軍団長!」


 騎士は鋭く叫び、頭を垂れた。


「どうか、ご決断を……」


 ぐッ、とロムスは呻いた。

 退くしかないのか。

 領地に戻り、ティリア皇女からの連絡を待つ。

 書簡の始末をしたいが、藪蛇になる可能性がある。


「ご決断を……」


 うぐぐッ、と再び呻く。

 本当にアルフォート皇帝は死んだのか。

 まだ逆転の目は残されているのではないか。

 ああ、分かっている。

 退くべきだ。

 ピシャロッテ伯爵領の兵士が攻撃をしてきた。

 それはロムスに、いや、アルフォート皇帝に与していると思われたくないからだ。

 必死に生き残ろうとしているからだ。

 その必死さは信用できる。

 信用できるのだ。

 にもかかわらず、決断を下せない。

 退くには賭けたものが大きすぎる。

 まだ逆転の目が残されているのではないかと考えてしまう。

 本当に方法はないのかと自問したその時――。


「敵襲! 敵襲ッ!」

「――ッ!」


 声が響き、ロムスは息を呑んだ。

 ピシャロッテ伯爵だろうか。

 約束を反故にしたばかりか攻撃をしてくるとは、なんと恥知らずな男か。

 しかも、ここはケルマヌス伯爵の領地だ。


「失礼いたします」

「な、何をする!?」


 騎士が身を乗り出し、ロムスの腕を掴んだ。

 抗議の声を上げるが、外に引き摺り出される。


「手を放せ! 私は自分で歩けるッ!」

「……」


 再び抗議の声を上げる。

 だが、騎士は無言だ。

 無言で馬のもとまでロムスを引き摺っていく。

 視線を巡らせると、兵士達の姿が見えた。

 皆、忙しく駆け回っているが――。


「敵襲! 敵襲ッ!」

「敵襲って、どうすればいいんだ!?」

「槍だ! 槍を構えるんだッ!」

「相手は騎兵だぞ! 槍を構えたくらいで止められるかッ!」

「騎兵? 敵は騎兵なのか?」


 右往左往しているようにしか見えなかった。

 なんと、頼りにならない兵達か。

 足から力が抜けそうになる。

 こんな兵達を引き連れて、自分は何をしようとしていたのか。

 彼らに何ができるのか。


「ここは我らが食い止めます。ロムス軍団長は馬に乗ってお逃げ下さい」

「敵だぁぁぁッ!」


 騎士がロムスに手綱を掴ませた直後、兵士の声が響いた。

 思わず声のした方を見る。

 すると、騎兵の一団が駆けてくる所だった。

 泥で汚れた軍服を身に纏った騎兵達だ。

 先頭にいるのはブラッド・ハマルだった。


「足止めせよ!」

「止まれぇぇぇッ!」

「こうなりゃ自棄だッ!」


 騎士が叫び、兵士達が騎兵の前に飛び出す。

 だが、ある者は馬にぶつかって吹き飛ばされ、ある者は馬上から斬りつけられた。

 騎兵のスピードが鈍ったようには見えない。

 無駄死にだ。


「軍団長! 早くお逃げ下さいッ!」

「――ッ!」


 騎士が叫び、ロムスは馬に飛び乗った。

 いや、よじ登った。

 鎧が重かったせいだ。

 はぁッ! と手綱を振る。

 馬が竿立ちになり、ロムスは振り落とされまいとしがみついた。

 やや間を置いて馬が走り出す。

 肩越しに背後を見ると、騎士が倒れる所だった。

 敵騎兵に斬られたのだ。

 騎士が地面に倒れる。

 だが、その手には剣が握られていた。

 殺されても放さなかった。

 必死――そう、彼は必死だった。

 それなのにわずかな時間を稼ぐことさえできなかった。

 正面に向き直り、馬を走らせた。


「敵だ! 敵襲だッ!」


 叫び声が響く。

 背後からの声ではない。

 正面からの声だ。

 ロムスは泣きそうになった。

 ケルマヌス伯爵まで裏切ったのだ。

 いや、最初から裏切るつもりだったに違いない。

 そのために足止めをした。

 そんな気がする。

 何故、こんな目に遭わなければならないのか。

 今度こそ上手くやれるはずだった。

 それなのにロムスは戦わずして敗走している。

 自分の領地に逃げ帰り、申し開きの機会を待つしかない。


「何故、こんなことに……」


 ロムスが呟いたその時、馬が再び竿立ちになる。

 横合いから飛び出した兵士に驚いたのだ。

 振り落とされまいとしがみつく。

 だが、今度は振り落とされた。

 背中から地面に叩き付けられ、激しく噎せ返る。

 息ができない。

 視界が涙で滲む。


「軍団長がやられたぞ!」

「逃げろ!」


 待て、逃げるな、と言いたかった。

 だが、声が出なかった。

 兵士が逃げ出しているのだろう。

 足音が響く。


「くそ! 軍団長が真っ先に死んでどうするんだッ!」

「行き当たりばったりで行動しやがって! 全然、駄目じゃねぇかッ!」

「だから、来たくなかったんだ! 馬鹿貴族がッ!」

「助けなくていいのか?」

「相手は近衛騎士だぞ? 無駄死にはご免だぜ」

「それもそうだな」


 罵倒を浴びせかけられる。

 だが、ロムスを助けようとする兵士はいない。

 先程、騎兵に立ち向かっていった騎士のことを思い出す。

 今更ながら自分が得がたい存在を失ったことに気付いた。

 ようやく呼吸が楽になる。

 手の甲で目元を拭おうとして鎧を身に着けていることを思い出した。

 目を瞬かせる。

 視界が元に戻ると、ブラッドが馬上からロムスを見下ろしていた。

 静かに馬から下りる。

 こんな時でなければ見とれていただろう。

 それほど見事な動作だった。


「――ッ!」


 ロムスは立ち上がり、剣を抜こうとした。

 勝てぬまでも、せめて一太刀と思ったのだ。

 だが、剣を抜くことはできなかった。

 よろめき、尻餅をつく。

 ブラッドが手の平で胸を押したのだ。


「パラティウム公爵、身柄を拘束させて頂きます」

「――ッ!」


 ロムスはブラッドを罵倒しようと口を開いた。

 図ったな。卑怯者。旧貴族の面汚しめ。

 成り上がり者にへつらって恥ずかしくないのか。

 罵倒しようとしたが、舌がもつれるように震えるだけだった。

 仕方がなく、口を閉ざす。

 それに、罵倒してどうするのか。

 立ち位置を見ただけで勝敗は明らかだ。

 この状況で罵倒しても負け犬の遠吠えにしかならない。

 負け犬――。

 ああ、そうだ。

 自分は負けたのだ。

 一戦も交えることなく敗北した。

 なんと、惨めな敗北だろう。

 惨めに敗北した事実を受け入れた瞬間、どっと疲労が押し寄せてきた。

 がっくりと頭を垂れる。

 兵士の声も、雨の感触も、泥の臭いも――全て現実感がない。

 全て、どうでもよく感じられた。

 ああ、いや、一つだけどうでもよくないことがある。

 ロムスはブラッドを見上げた。


「一つだけいいかね?」

「私に答えられることならば」

「何故、私は負けた?」

「……」


 問い掛けるが、ブラッドは無言だ。

 難しそうに眉根を寄せている。

 しばらくして静かに口を開く。


「全力の出し方を知らなかったからでしょう」

「…………ああ、そうか」


 長い沈黙の後で頷き、再び頭を垂れる。

 できる限りのことをしたつもりだったが、それでは足りなかったのだ。

 少なくともブラッドはロムスが全力を尽くしたと思っていないようだ。


「ああ、そうか」


 ロムスは再び呟く。

 内乱後、パラティウム家の権勢は衰えた。

 それは戦う機会を与えられなかったからだと思っていた。

 だが、違ったのかも知れない。

 今にして思えば戦う機会を得る方法はあった。

 権力を使ってもよかったし、金を積んでもよかった。

 脅すこともできた。

 勝手に行動してもよかった。

 戦う機会を作り出すことができたのだ。

 機会を与えられなかった。

 まったく、お笑い草だ。

 何もしなかったから戦えなかったのだ。

 ケルマヌス伯爵やピシャロッテ伯爵のことを思い出す。

 彼らは恥知らずだが、彼らなりに全力を尽くしていたのだろう。

 恥も外聞もなく、ただただ家を存続させるために行動した。

 それが必死ということだ。

 全力に対する認識の差が明暗を分けた。

 アルフレッドの言葉を思い出す。

 彼はロムスを危ういと評した。

 新貴族の風下に立ちたくないがために理屈をこね回しているように見えるとも。

 新貴族の風下云々はさておき、彼の言葉は正しかった。

 心からそう思い、今更ながら同意する。

 それは危うく見えるだろう。

 何しろ、彼にはロムスが全力を尽くしているように見えなかったのだから。

 突き詰めて物事を考えているようにも見えなかっただろう。

 全力を尽くしたつもりだった。

 だが、自分と他人の全力には大きな差があった。

 それに気付かず、破滅の道をひた走った。

 ははッ、と笑う。

 笑うしかなかった。

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