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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第7部:クロの戦記

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第18話『決戦・裏』その16

 爆音が轟き、ティリアは音のした方角――アルフィルク城を見つめた。

 煙が立ち上っていた。

 まるで噴煙のようだ。

 その中を赤い光が上っていく。

 スピードは衰えることなく、ついに煙を突き破る。

 現れたのは赤い――炎で形作られた鳥だった。

 鳥は甲高い声で鳴くと、空気に溶けるように消えた。


「どうかなさいましたか?」


 あの鳥を見ていなかったのだろうか。

 マイラがいつもと変わらぬ調子で問い掛けてきた。


「ガウルが逝った」

「は?」


 視線を向け、短く告げる。

 すると、マイラは困惑しているかのような表情を浮かべた。

 気持ちは分かる。

 突然、指揮官が『部下が死んだ』と口にすれば困惑して当然だ。

 だが、ティリアには確信があった。

 あの鳥はガウルの死を告げたのだと。

 不意に何かが鼻先を掠めた。

 手を差し出す。

 雨だ。

 雨が降り始めたのだ。


「奥様! 雨ですッ!」

「……そうか」


 ティリアは再び空を見上げた。

 きっと、ガウルの死を天も悼んでいるのだろう。

 だが、自分達にはそんな贅沢は許されない。


「行くぞ」

「奥様、まだ危険です」

「大丈夫だ」


 ティリアは構わず歩き出した。

 敵と遭遇することなくアルフィルク城の城門に辿り着く。

 城門はひどい有様だった。

 高温に曝されたように溶け落ちている。

 にもかかわらず、被害は城門の内側に集中していた。

 外側に被害はない。

 跳ね橋は下り、敵も、味方も呆然と空を見上げている。

 ティリアは深く息を吸い――。


「いつまでボーッとしている!」

「――ッ!」

「ガウル隊長!」

「ガウル隊長を探せ! きっと、あれはガウル隊長だッ!」

「ガウル隊長!」


 声を張り上げると、ガウルの部下が動き始めた。

 ガウル隊長と叫びながら跳ね橋を越える。

 ティリアは視線を巡らせた。

 白い軍服を着た男が跪く。

 それが切っ掛けになったのだろう。

 波紋が広がるようにその場にいた者達が跪いた。

 いや、一人だけ立っている者がいる。

 ベティルだ。

 かつて自分に魔術を喰らわせた男――ベティルが立っていた。

 ベティルはティリアに歩み寄り、片膝を突いた。


「お前は敵ではなかったのか?」

「敵でした。部下が貴方に忠誠を示すと言わなければ敵のままだったことでしょう」


 ほぅ、とティリアは声を漏らした。

 土壇場でアルフォートを裏切ったと言っているだけだが、実に堂に入った態度だ。

 そのせいだろうか。

 かつて不意打ちで魔術を喰らわされたというのにこれっぽっちも怒りが湧いてこない。

 むしろ、これほどの男に裏切られた自分が悪いのではという気にさせられる。

 事実、自分には至らぬ所が多々あったのだが――。


「今のお前は味方か?」

「味方にございます。それは皇女殿下が私を刑場の露にすると決めていたとしても変わりません」

「そうか。ならば従え。偽帝アルフォートを討つ」

「承知いたしました」


 ティリアは剣を抜き、切っ先をアルフィルク城に向けた。


「……突撃」


 小さく呟くと、部下がアルフィルク城に雪崩れ込んだ。


「行くぞ」

「はい、承知しました」


 ティリアはマイラを従え、ゆっくりと歩き出した。

 跳ね橋を越え、城門の通路だった場所を進む。

 すると、十人ほどの兵士が円を描くように座り込んでいた。

 ガウルはその中心に横たわっていた。

 まるで微笑んでいるかのような穏やかな表情を浮かべている。

 だが、その腕や足、胸には無数の矢が突き刺さっている。

 ガウルは――死んでいた。


「……ガウル」


 ティリアは立ち止まり、唇を噛み締めた。


「……奥様」

「分かっている」


 ティリアは歩き出した。

 死を悼む時間はないのだ。



 城内が騒がしい。

 何が起きたのか考えるまでもない。

 反乱軍が城門を突破し、城に侵入したのだ。


「だから、門を閉ざせと言ったのだ!」


 ラルフは声を荒らげ、拳を机に振り下ろした。

 門を閉ざしておけばまだ時間を稼げた。

 あの無能――副官の話を聞いたのが間違いだった。

 さらに腹立たしいのは門を閉ざせなかったことだ。

 別の兵士に反乱軍がやってきたら門を閉ざせと命令した。

 門を閉ざす。

 簡単な命令だ。

 文字通り、門を閉ざせばいいのだ。

 空を飛べとか、一人で百万の軍勢を相手にしろと命令した訳ではない。

 門を閉ざす。

 命令したのはそれだけだ。

 五歳の子どもにだってできる。

 何故、そんな簡単なことができないのか。

 どうする? とラルフは自問した。

 だが、答えは出ない。

 当たり前だ。

 軍師の仕事とは城が攻め落とされそうになっている状況から逆転することではない。

 そうならないようにすることだ。


「……また負けたのか」


 ラルフは呆然と呟き、頭を振った。

 まだ負けていない。

 また負けてなるものか。

 凌ぐのだ。

 レオンハルトがティリア皇女を殺すまで凌ぐ。

 それだけで勝利が転がり込んでくる。


「そうだ。まだ負けて――ッ!」


 ラルフは胸を押さえた。

 胸に激痛が走ったのだ。

 痛みに体が強ばる。


「ああ! まだ、まだだッ! まだ勝っておらん!」


 ラルフは天を仰ぎ、手を伸ばした。

 勝利が欲しかった。

 栄光が欲しかった。

 歴史に名を残したかった。

 そのために生きてきた。

 それだけで満足して逝ける。

 だというのに本懐を果たすことなく終わろうとしている。


「他には、他には何もいらんと言っているではないか! 勝利を得られれば! 歴史に名を刻むことさえできるならば何もいらんと言っているではないかッ!」


 ラルフは叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


「それさえできたならば満足して逝ける。それだけでいい。それだけなのに……。何故だ。何故、儂は何も――」


 不意に体から力が抜けた。

 冷たい感触が首筋に触れる。

 死だ。

 死が近づいてくる。

 嫌だ。

 来るな。

 まだ早い。

 もう少しだけ待ってくれ。

 このまま何の意味もなく、無価値に死んでいきたくない。

 これでは何のために生まれてきたのか分からないではないか。

 何のための人生だったか分からないではないか。

 歴史に名を刻むために全てを費やした。

 それだけが意味のあることだと信じて歩み続けた。

 それなのに足りない。

 及ばない。

 届かない。

 時間さえ残っていない。

 視界が闇に閉ざされていく。

 意識が曖昧に溶けていく。

 心を占めるのは死への恐怖だけだ。

 死にたくない。

 死にたくな―。

 死にたく――。

 死にた―――。

 死に――――。

 死―――――。

 ――――――。



 城内が騒がしい。

 多分、反乱軍――ティリア皇女がやってきたのだろう。


「逃げても仕方がないわね」


 ファーナは小さく溜息を吐き、イスから立ち上がった。

 香茶が飲みたくなったのだ。

 それまでに反乱軍の兵士が雪崩れ込んできそうだが、その時はその時だ。

 香茶を飲むまで待って欲しいとお願いして、それで駄目なら潔く諦めよう。

 そんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。

 扉を開けたのは息子――アルフォートだった。

 二人の兵士を伴っている。

 軽く目を見開く。

 こんな時に二人も付き従ってくれるなんて意外に人望があったらしい。


「は、母上、は、はは、反乱です!」

「分かってるわよ」


 ファーナはうんざりした気分で返した。


「なな、な、何をお、落ち着き払って、い、いるのでですか!?」

「貴方こそ落ち着きなさい」

「お、お、落ち着ける訳がないでしょう!」


 アルフォートはヒステリックに叫んだ。

 まったく、ゆっくり香茶を楽しみたいのに何故こうも騒がしいのか。

 いやしくも皇帝を名乗るのならばもっとしっかりして欲しいものだ。

 ふとラマル五世のことを思い出す。

 あれでちゃんと皇帝をやっていたのね、と考えて苦笑する。

 こんな時に彼のことを思い出すなんておかしなものだ。

 案外、彼のことを好きだったのかも知れない。


「に、に、逃げましょう!」

「何処に逃げるつもりなの?」

「そ、そ、そんなことは逃げてから考えればいいのです」

「分かったわ。香茶を飲みたいからちょっと待って」

「ふ、ふ、ふざけないで下さい!」


 アルフォートが再びヒステリックに叫ぶ。

 本気と答えたらどうなるだろう。

 興味はあったが、止めておく。


「もうふざけないわ。それで、どうやって逃げるつもりなの?」

「そ、それは……」


 アルフォートは口籠もった。

 どうやら逃げる方法を考えていなかったようだ。

 これでは城から脱出できたとしても野垂れ死ぬだけだろう。

 ファーナは深々と溜息を吐いた。


「行きましょう」

「ど、何処に行くのですか?」

「謁見の間よ。玉座の下に隠し階段があって、そこから城外に脱出できるの」

「お、おお! 母上ッ!」


 アルフォートは感極まったように目を見開いた。



「偽帝アルフォートを討ち取れ!」

「抵抗するな! 素直に従えばこの場では殺さないッ!」

「偽帝アルフォートは何処だ!」

「こっちにはいませんでした!」

「こちらにもいませんでした!」

「こっちもです!」


 アルフィルク城の庭園に声が響く。

 アルフォート発見の報はまだない。

 一体、何処に隠れているんだ? とティリアは腕を組んだ。


「……奥様」


 マイラが音もなく歩み寄ってきた。


「アルフォートを見つけたのか?」

「いいえ、まだです。しばらく時間が掛かると思いますので、城内に移動されては?」

「……そうだな」


 ティリアは頷き、あることに気付いた。

 いや、ある考えが脳裏を過ったというべきか。

 まさかとは思うが、ありえない話ではない。


「どうかされましたか?」

「ああ、ちょっと確かめたい場所がある」

「ジョニー! 来なさいッ!」

「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるッス」


 マイラが声を張り上げると、ジョニーが駆け寄ってきた。


「口答えは――」

「しないッス。もちろん、しないッス」


 ジョニーはぶんぶんと首を横に振った。


「では、参りましょう」

「頼もしいな」


 ティリアは笑い、足を踏み出した。

 しばらく歩き、肩越しに背後を見る。

 ジョニーが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんスか?」

「足音も、気配もないから付いてきているのか気になったんだ」

「大丈夫ッス。ちゃんと後ろにいるッス」

「頼んだぞ」


 ティリアは開け放たれた扉から城に入った。

 記憶より寂れた印象のある通路を通り、足跡の付いた階段を登り。ある場所に向かう。


「何処に行くんスか?」

「謁見の間だ」

「そこに弟さんがいるんスか?」

「自分でも馬鹿げた考えだと思うが、盲点だと思わないか?」

「まあ、そうッスね」

「着いたぞ」


 ティリアは謁見の間の前で立ち止まった。

 大きく豪奢な扉を見上げる。

 ここに来るのは何年ぶりだろう。

 父が生きていた頃だから三年ぶりくらいか。

 時が経つのは早いものだと思う。


「私が扉を開けるので飛び込みなさい」

「……了解ッス」


 マイラが扉を開け、ジョニーが飛び込んだ。

 躊躇する素振りを見せずにだ。

 どうすればこんなことができるようになるのだろう。


「教育の成果です」

「……そうか」


 ふふん、とマイラが鼻を鳴らし、ティリアはちょっと間を置いて頷いた。


「誰もいないッスよ?」

「安全が確認できました。入りましょう」

「そうだな」


 ティリアは頷き、謁見の間に入った。

 ジョニーに先導され、分厚い絨毯の上を進む。

 しばらくして玉座に辿り着いた。

 アルフォートと二人の兵士が玉座を撫で回していた。

 ファーナは冷めた目でアルフォート達を見つめている。


「隠し階段でもあるんスか?」


 ジョニーが肩越しにティリアを見て言うと、アルフォートと兵士が振り返った。


「は、はは、反乱軍だ! こ、ここ、殺せッ!」

「「うぉぉぉぉぉぉッ!」」


 アルフォートが叫ぶと、二人の兵士が雄叫びを上げて襲い掛かってきた。

 ティリアは剣を抜こうとしたが、マイラが歩み出る。


「ジョニー、やってしまいなさい」

「了解ッス」


 ジョニーは正面を見据えた。

 ぐらりと体が揺れる。

 次の瞬間、ジョニーは兵士の背後に回り込んでいた。

 二人の兵士が振り返り、血が噴き出した。

 そのまま声もなく頽れる。


「凄まじいな」


 ティリアは思わず呟いた。

 ジョニーは兵士の間を擦り抜けながら首を掻き切ったのだ。


「さっきも同じことを言ったんスけど、隠し階段でもあるんスか?」

「そんなものがある訳ないだろう」

「そうッスよね」


 ティリアが隠し階段の存在を否定すると、ジョニーは気まずそうに頭を掻いた。

 城の構造から考えて玉座の下に隠し階段など作れる訳がない。

 だが――。


「は、はは、母上! 何故、嘘を吐いたのですか!?」


 アルフォートは振り返り、ファーナに向かって叫んだ。

 どうやら玉座の下に隠し階段があると嘘を吐いてここに連れてきたようだ。

 だが、何故、自分の息子を陥れるような真似をしたのだろう。

 内心首を傾げていると――。


「逃げても意味がないからよ。皇帝なら責任を取りなさい」

「よ、よよ、余はま、祭り上げられただけで……」

「そうね。でも、今の状況を生み出したのは貴方よ」

「ぐッ……」


 ファーナがぴしゃりと言うと、アルフォートは小さく呻いた。

 そして――。


「しょ、しょ、しょ勝負です! 姉上ッ!」


 いきなり剣を抜いて叫んだ。


「よ、よ、余が勝ったら余を見逃せ!」

「はァ? 薬でもキメてるんスか?」

「お、お前には言ってない!」


 ジョニーが呆れたように言うと、アルフォートは声を荒らげた。


「奥様、断って下さい」

「応じる意味がないッスもんね」

「……分かった。決闘に応じる」


 マイラとジョニーは反対したが、ティリアは決闘に応じることにした。


「奥様ッ!」

「大丈夫だ。すぐに終わる」


 マイラが責めるような声音で言ったが、ティリアは剣の柄に触れながら歩み出た。

 アルフォートはへらりと笑う。


「あ、姉上、よ、余に勝てるつもりですか?」

「お前こそ私に勝てるつもりか?」

「あ、当たり前です。よ、余はこれでも剣を、も、最も得意としているのです」

「そうか。なら掛かってこい」

「――ッ!」


 ティリアが溜息交じりに応じると、アルフォートは鼻白んだ。

 だが、激昂することはなかった。

 剣を大上段に構え、じりじりと距離を詰めてくる。

 ティリアは静かに腰を落とした。

 アルフォートが動きを止める。

 まだ笑っている。

 よほど自分の剣技に自信があるのだろう。

 長い、長い沈黙の後で――。


「ホァァァァァァッ!」


 アルフォートは奇声を上げ、斬りかかってきた。

 距離を詰め、腕を振り下ろす。

 そのままの姿勢で動きを止める。

 いや、呆然としていたというべきか。

 手首から先がないのだから無理もない。

 もちろん、それをやったのはティリアだ。

 アルフォートが剣を振り下ろすより速く剣を一閃させて手首を切断したのだ。


「て、て、てて、手が、よ、よよ、余の手がぁぁぁぁッ!」


 アルフォートは絶叫し、痛みからか、膝を屈した。


「な、な、なな、なんで、余の手が――ッ! 姉上、ひどいじゃありませんか! 手を斬り落とすなんてあんまりじゃないですか! これからは余はどうやって生きていけばいいのですか? 姉上は余のことを嫌いなのですか!?」


 あー! ああーッ! とアルフォートは子どものように泣きじゃくった。

 ティリアは溜息を吐き、足を踏み出した。

 アルフォートはびくっと震え、ティリアを見上げた。

 その瞳に宿るのは怯え。


「姉上、止めましょう! もう止めましょう! 母は違えど、余達は姉弟ではありませんかッ! 姉弟で殺し合うなんて間違ってます! これからは力を合わせて国を盛り立てていきましょう! それがいい、それがいいです!」

「……」


 ティリアは無言で歩み寄った。


「あ、謝ります! 謝ります! 姉上に逆らったことを謝りますッ! だから、殺さないで下さい! お願いですから殺さないでぇぇぇッ!」

「……アルフォート、顔を上げろ」


 頭を垂れるアルフォートにティリアは優しく声を掛けた。

 自分でも驚くほど優しい声が出た。

 その声を聞いて許してもらえると思ったのだろう。

 アルフォートが顔を上げる。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているが、心から喜んでいるように見えた。

 ティリアは剣を一閃させた。

 皮一枚を残してアルフォートの首が落ち、その衝撃で体が横倒しになった。


「……お前が始めたことだろう」


 剣を鞘に収め、ファーナに視線を向ける。

 彼女はアルフォートの亡骸に歩み寄ると、その傍らに跪いた。

 そして――。


「……馬鹿な子ね」


 ファーナは小さく呟き、そっとアルフォートの亡骸を撫でた。


「こちら、マイラ。奥さ――皇女殿下が偽帝アルフォートを討ち取りました」


 肩越しに背後を見ると、マイラが通信用マジックアイテムを手にしていた。

 やや遅れて外から声が響く。

 勝利の雄叫びだ。

 だが、ティリアにはまだ仕事が残っている。

 クロノ達に勝利を伝えなければならない。


「ジョニー、アルフォートの首を持って城内を走り回りなさい」

「や! 師匠、それは……」


 ジョニーは気まずそうにファーナを見つめた。

 気持ちはよく分かる。

 母親から息子の首を奪い、晒しものにする。

 控えめに言って鬼の所行だ。


「構わないわ。息子が死んだと分からなければ戦いを止めない人もいるでしょうし」

「御母堂様のお墨付きですよ」

「師匠、世の中には本音と建て前ってもんがあるんスよ?」

「必要悪という言葉もあります」

「…………分かったッス」


 長い長い沈黙の後でジョニーは頷いた。

 アルフォートの亡骸に歩み寄って手を組んだ。

 祈りを捧げているのだ。


「マイラ、主塔に行く。付いてこい」

「承知いたしました」


 ティリアはアルフォートの亡骸を一瞥し、歩き出した。



 ティリアはマイラを伴い、らせん階段を駆け上がる。

 西の主塔の階段だ。

 幽閉用の主塔と違い、西の主塔は外に出られる。

 そこからならば光を届けられる。

 早く光を届けなければいけない。

 だというのになかなか終わりが見えてこない。

 怒りが込み上げてきたその時、扉が見えた。

 ようやく最上階に辿り着いたのだ。

 神よ、と祈りを捧げる。

 白い光が立ち上る。

 ティリアはスピードを上げ、扉に蹴りを入れた。

 扉が吹き飛び、雨風が吹き寄せる。

 ティリアはぶるりと身を震わせ、外に出た。

 胸壁に駆け寄るが、戦場の様子は見えない。

 間に合ってくれ、とティリアは祈るような気持ちで剣を抜いた。

 天高く剣を掲げる。


「神よ! 光をッ!」


 祈りを捧げると、刃に光が灯った。

 だが、弱い。

 こんな光では勝利を伝えることなどできない。


「光を! もっと光をッ!」


 もっと、もっと、と祈りを重ねる。

 剣に宿った光が直視できないほどに強くなる。

 だが、足りない。

 こんなものでは足りない。

 勝利を伝えるのだ。

 これ以上、誰も死なないようにするために――。


「もう二度と神威術が使えなくなってもいい! だから、光をッ!」


 ドクン、と心臓が大きく鼓動する。

 神威術の副作用かとも思ったが、ティリアは手に力を込めた。

 これまでに多くの犠牲を積み重ねた。

 それなのに自分が犠牲を惜しむことなどできない。


「神よッ!」


 ティリアの祈りに呼応するかのように光が伸びる。

 空を見上げる。

 光は雲まで伸びていた。

 まるで天と地を繋ぐ柱のようだ。

 これならば戦場からでも見えるに違いない。


「……クロノ、勝ったぞ」


 ティリアは万感の思いを込めて呟いた。

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