第18話『決戦・裏』その5
※
帝国暦四三四年一月中旬ブルクマイヤー伯爵領。
第十一近衛騎士団団長代理アンカ・バッサーマンは喧噪で目を覚ました。
天幕の外が騒がしい。
南辺境の反乱軍が動き始めたのだろうか。
耳を澄ませてみるが、意味のある情報を拾うことができない。
チッ、と舌打ちしてベッドから下りた。
監視役に一般兵を使うべきではなかった。
帝都から送られてきた兵士は一万。
数だけは立派なものだが、質はよくない。
当然といえば当然か。帝国がこんな状況なのだ。
誰だって有能な兵士を手元に置き、無能を切り捨てたいと思う。
だから、一般兵は無能と考えて行動していたのだが――。
「まさか、私に報告する前に情報を漏らすとは」
アンカは吐き捨て、制服に袖を通す。
苛々しながらボタンを留め、小さく溜息を吐く。
苛々するのは今に始まったことではない。
団長エリル・サルドメリクがいた頃からそうだった。
彼女が団長になり、アンカは副団長になった。
あの頃は軍学校も出ていない小娘に傅くなんてといつも苛立っていた。
彼女が騎士団長として一つでも秀でたものを持っていれば、と思っていた。
だが、彼女がアンカの望む能力を備えていても苛立っていただろう。
そんな気がする。
多分、自分は度量が狭いのだろう。
それだけではなく、能力もそれほど高くない。
年長で、近衛騎士団の仕事をよく知っていた。
それだけで副団長になり、人材不足なので団長代理となった。
自分はそういう取るに足らない人間なのだ。
今にして思えば自分はエリル・サルドメリクを妬んでいたのだろう。
彼女は若く、魔術やマジックアイテムを開発する才能があった。
それを認めたくなかったのだ。
自分の卑小さを認めるのは嫌なものだ。
嫌な思いをしたのにまだ苛々している自分にうんざりする。
だが、それが自分――アンカ・バッサーマンだ。
今までも、これからもそんな自分と付き合っていくしかないのだ。
「バッサーマン団長だ……軍団長殿!」
「入れ!」
アンカが声を張り上げると、白い制服を着た男が入ってきた。
名をアルバという。
第十一近衛騎士団の中では比較的年長で副官を務めている。
アンカが団長代理なので、アルバは副官代理といった所か。
「何の騒ぎだ?」
「はッ、反乱軍が動き出しました」
アンカが問いかけると、アルバは背筋を伸ばして答えた。
「それだけではこの騒ぎにならないだろう」
「はッ、狼煙台が破壊されました」
「……それでか」
アンカは深々と溜息を吐いた。
狼煙台を破壊したのは反乱軍に違いない。
反乱軍が動き出し、一般兵は狼煙台に火を点けようとした。
だが、狼煙台は破壊され、パニック状態で基地に伝令を送った。
何とか基地に辿り着いたものの、正確な報告ができずにこうなった。
騒ぎのあらましはこんな所だろう。
「どうしますか?」
「予定通り、街道を守る」
「では、そのように――」
「いや、待て」
天幕から出て行こうとしたアルバを呼び止める。
「私が行く」
「……分かりました」
こちらの思惑を察してくれたのだろう。アルバは大きく頷いた。
何処まで上手くいくか分からないが、その時はその時だ。
アンカは大きく呼吸し、天幕の外に出た。
野戦陣地内をゆっくりと歩く。
目の前を一般兵が通り過ぎる。
自分の姿を見て、冷静さを取り戻してくれればと思ったが、そう甘くないようだ。
「反乱軍が! 反乱軍が攻めてくるぞッ!」
「くそッ! 監視は何をしていたッ!」
「狼煙台が破壊されたぞ!」
「反乱軍は何処まで迫っている?」
「一気に攻め上がってくるぞ!」
野戦陣地内は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
パッと見た限り、自分の部下――近衛騎士はいない。
アンカは苦笑し、立ち止まる。
そして――。
「鎮まれぇぇぇぇぇぇッ!」
声を張り上げた。
落雷もかくやという大きさだ。
すると、兵士達がぴたりと動きを止めた。
「何を慌てているッ!」
アンカは叫び、視線を巡らせた。
兵士達は黙ってこちらを見ている。
「反乱軍が動くことは分かっていたッ! だから、南辺境とブルクマイヤー伯爵領を結ぶ街道に! 領境に野戦陣地を築いたのだッ!」
そうだっけ? と言うように兵士達は顔を見合わせた。
だが、異を唱える者はいない。
アンカは内心胸を撫で下ろした。
後半部分――だから以降は嘘だったからだ。
本当は領境から離れた所に野戦陣地を作りたかった。
街が近ければ補給が楽だし、ローテーションを組んで兵士を休ませることもできる。
兵士達は酒場に繰り出してしまうだろうが、ストレスの発散は大事だ。
酒を飲み、女給に煽てられれば兵士はやる気を出すものだ。
しかし、軍務局長――ラルフ・リブラはそう考えなかった。
ここに野戦陣地を作るように命令書を送ってきた。
多分、ブルクマイヤー尚書局長に文句を言われたのだろう。
勘弁してくれと思うが、命令には従わなければならない。
「連中の動きは読めている! 落ち着いて迎え撃つ準備をせよッ!」
はッ、と兵士達は不揃いの返事をし、規則だって動き始めた。
アンカは表情を引き締めつつ、口から息を吐いた。
アルバがこちらに歩み寄り、口を開いた。
「……お疲れ様です」
「慣れないことはするものではないな」
汗で濡れた手の平を見つめ、苦笑する。
「見事なものでしたよ。まるで歴戦の勇士のようでした」
「それはよかった。声の大きさと顔には自信がある」
アンカは顎を撫でさすった。
誰でも一つや二つは取り柄があるものだ。
大きな声や頼りがいがありそうな顔ではなく、もっと役立つ取り柄が欲しかった。
「さて、迎え撃つ準備をするぞ」
「反乱軍の動きが鈍いことを祈りながらですか?」
「分かってるじゃな――」
「軍使だ! 反乱軍の軍使が来たぞッ!」
「な――ッ!」
ニヤリと笑おうとした時、大声が響いた。
何だとッ? と言いかけて口を押さえる。
声のした方を見ると、男がこちらに歩み寄ってくる所だった。
一般兵がざわめく。
無理もないと思う。
男は大型亜人もかくやという体躯の持ち主だった。
それだけではない。
金壺眼で、鼻梁は太く、唇は分厚い。
特に印象的なのが腕だ。
大蛇のように太く、長い。
その腕が自身の首に巻き付き、骨を粉砕する場面を想像して身震いする。
さらに男は剣を提げていなかった。
武器も持たずにやって来るとは恐るべき剛胆さだ。
元より危害を加えるつもりはないが、危害を加えたらアンカの面目は丸潰れだ。
それを計算していないということはないだろう。
剛胆かつ計算高い。
厄介な男だ。
男はこちらを見て、ニヤリと笑った。
そのふてぶてしい笑みにイラッとする。
どうして、反乱軍がこの男を軍使に選んだのかは分からない。
それ以前に、どうして軍使がすでに来ているのか。
反乱軍が動いたと報告を受けてからそれほど時間が経っていない。
軍使が先んじて動くことはあり得るが、監視は何をしていたのか。
監視の目をかいくぐったのだとしたらどうやったのか。
敵のスパイがいるのか。
考えてみれば軍団の主力はあちこちの大隊から不要と切り捨てられた者達だ。
その中に南辺境の人間がいないとは言い切れない。
軍務局がそこまで無能とは思いたくないが――。
次から次へと疑問が湧き上がってくる。
落ち着け、とアンカは自分に言い聞かせた。
そこで、男の陰にもう一人いることに気づいた。
印象は、まあ、普通の男だ。
大男が五メートルほど離れた場所で立ち止まり、こちらに敬礼した。
アンカは目を見開いた。
それほど見事な敬礼だった。
「……軍団長殿」
「――ッ!」
アルバがぼそっと呟き、アンカは慌てて返礼した。
大男が敬礼を止めたので、それに倣う。
「私は南辺境軍の副司令を務めておりますドラゴンと申します」
「ドラゴン? 偽名か?」
「ははは、本名です」
大男――ドラゴンは愉快そうに笑った。
十中八九、偽名だろう。
傭兵だろうか。
南辺境の領主達は元傭兵だ。
そのコネクションを使えば傭兵を雇うのは難しくないはずだ。
しかし、傭兵にあれほど見事な敬礼ができるだろうか。
それ以前に、傭兵に副司令なんて重役を任せるなんてことがあるだろうか。
「後ろに控えているのは副司令補佐のアポロです」
「アポロと申します」
男――アポロがぺこりと頭を下げ、アンカは我に返った。
「軍団長のアンカだ。隣にいるのは副官のアルバだ。それで、何の用だ?」
「交渉に参りました」
「交渉だと?」
思わず問い返す。
だが、よくよく考えてみれば軍使とはそういうものだ。
ドラゴンの容姿のせいか、当然の発想が出てこなかった。
「はい、我々――南辺境軍にボウティーズ伯爵領の通行を許して頂きたいのです」
「なッ! 何を言っているッ!」
アンカは声を荒らげ、自分の過ちに気づく。
一般兵がこちらを見ている。
失策だ。天幕に移動すればよかった。
今から移動しても一般兵に不審感を抱かせるだけだ。
それならこのままの方がいい。
「我々は無駄に兵を失いたくないのですよ」
「我々は誇りある帝国軍だ! 皇帝陛下を裏切ったりはせんッ!」
「そう思ったからこそ、交渉に来たのです」
ドラゴンはしれっと言った。
「帰って上役に伝えるがいい。我々は皇帝陛下を裏切ったりしないと」
「条件を聞かなくてよろしいのですか?」
「くどい!」
アンカが叫んでもドラゴンは怯んだ素振りさえ見せない。
「ティリア皇女は――」
「軍団長はくどいと――」
「待て!」
ドラゴンの言葉をアルバが遮ろうとし、アンカはそれを止めた。
何故という目でアルバがこちらを見ている。
裏切るつもりはないが、ティリア皇女と言われては聞かない訳にはいかない。
そこから有益な情報を引き出せる可能性がある。
「ティリア皇女は勝利した暁には偽帝アルフォートに与した貴族を粛正して財産を没収、領地は我々で切り分けてよいと」
「……いつの間に」
「それは秘密ですが、私はティリア皇女と謁見し、約束を交わしました」
いつの間に連絡を取り合っていたのか。
しかも、戦後の統治について話し合っている。
「土地持ちの貴族になれば戦後に名誉ある扱いを受けられるでしょう」
「それは、どのような?」
「申し訳ありませんが……」
ドラゴンは苦笑した。
これ以上は仲間になってからということか。
「どうされますか?」
「我々は皇帝陛下を裏切るつもりはない」
「そうですか。残念です」
ドラゴンは軽く肩を竦め、踵を返した。
アポロが頭を下げ、後を追う。
「道を空けろ! 軍使殿には手を出すなッ!」
アンカが叫ぶと、兵士達は道を空けた。
二人の姿が見えなくなった所で溜息を吐く。
頭がぐらぐらする。
短時間でいくつもの情報を浴びせられたせいだ。
「安心しました」
「裏切ると思ったか?」
「……」
アルバは無言だ。
無理もない。
ティリア皇女の考えは分からないが、土地持ちの貴族という立場は魅力的だ。
裏切ればそれが手に入る。
「正直に言えば――」
「それ以上は言うな」
アンカはアルバの言葉を遮った。
「賭けをするつもりはない」
「……」
「兵士達にはこちらから攻撃をするなと厳命しておけ」
「分かりました」
アルバは苦笑じみた表情を浮かべた。
賭けをするつもりはないし、裏切り者になるつもりもない。
裏切り者の末路は死と決まっているのだ。
※
アポロとドラゴンは馬に乗り、街道を南に進む。
帝国軍の野戦陣地が見えなくなった所で――。
「ぶはぁぁぁぁッ!」
アポロは盛大に息を吐き出した。
「どうかしましたか?」
「緊張の糸が途切れたんです」
ドラゴンがいつもと変わらぬ調子で問いかけてきたので、思わずムッとして返す。
丸腰で敵地に乗り込んだのだ。
消耗くらいする。
「帝国軍はどう動くと思いますか?」
「しばらくは情報を精査してくれると思います」
ドラゴンは笑った。
クスクスと笑っているつもりだろうが、クククと喉を鳴らしているように見える。
「そう上手くいきますかね?」
「アンカ殿は真面目そうなので大丈夫でしょう」
「確かにそう見えましたが、司令……クロード殿は何処まで考えているのでしょうか?」
「さあ、何処まで考えているのでしょうか」
アポロの問いかけにドラゴンは困ったような表情を浮かべた。
今回の作戦――ドラゴンが丸腰で交渉に赴き、多くの情報を与えて立ち去る――を考えたのはクロードだ。
「上手くいくでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
改めて同じ質問をすると、ドラゴンは苦笑じみた表情を浮かべながら応じた。
そう言われると上手くいきそうな気もする。
クロードは自信満々だったし、アンカは混乱しているように見えた。
自分が彼の立場だったらと考えてみる。
敵が動いたと報告を受けた直後に敵の軍使がやって来て情報を浴びせかける。
これだけでかなり混乱する。
「帝国軍と戦うことになるのでしょうか?」
「それは何とも言えません」
「それはそうでしょうけど」
アポロは呻いた。
「帝国軍には知り合いがいるので戦いたくないんですよね」
「気持ちは分かります」
ドラゴンは小さく頷いた。
嘘ではないだろう。
付き合いが浅い頃であれば嘘を吐くなと言っている所だが。
「ドラゴン殿はどうですか?」
「命令であれば戦うのが軍人というものです」
「それはそうですけど」
「もっと人間味のある発言を期待していましたか?」
「ええ、正直に言えば」
ティリア皇女のお陰でやってやるかという気分にはなっているが、戦えるテンションになっているかと言えば微妙だ。
「きっと、相手も同じでしょう」
「だといいんですけどね」
アポロとドラゴンはしばらく無言で街道を進む。
「……そう言えば」
「何ですか?」
「兵士を損耗させたくないと伝えてしまってよかったんですか?」
「ええ、問題ありません」
「こちらが損耗を恐れていると知ったら襲い掛かってきますよ」
「私達が行動を起こさなければ問題ないでしょう」
「何故ですか?」
「アンカ殿はこちらの提案に興味があったようですから」
「そうですか?」
皇帝陛下を裏切ることはできないと言っていたので興味がないとばかり思っていたが、ドラゴンの見解は違うらしい。
「アンカ殿は何を考えていると思いますか?」
「保身でしょうね」
アポロの問いかけにドラゴンは間髪入れずに答えた。
「裏切れば信用を失います」
「一度の裏切りで領地持ちの貴族になれるのなら割に合うのでは?」
「我々が約束を破る可能性がある以上、話に乗るのは得策ではありません。寄せ集めの兵が従うとも限りませんしね。この状況では様子見が一番です」
「なるほど、自分の立場を守りつつ可能性を残しておきたいと考えているのですね」
「その通りです」
ドラゴンはよくできましたと言わんばかりの口調で言った。
何だか、生徒になったような気分だ。
いや、実際に生徒なのだ。
ドラゴンは自分を育てようとしてくれている。
よくよく思い出してみれば帝国軍にいた頃からそうだった。
本人は上司として当然と言うだろうが、普通はここまでしない。
どうして、ここまでしてくれるのか。
戦いが終わったら聞いてみよう。
別働隊次第ですけどね、とアポロは空を見上げた。
今頃、ティリア皇女達は何処にいるだろう。
※
ティリアはドライフルーツを頬張り、窓の外を眺めた。
外には鬱蒼とした森が広がり、それがゆっくりと流れている。
当然のことながら動いているのは森ではなく、ティリア――正確にはティリア達を乗せた箱馬車だ。
「何と言うか――」
「平穏、ですか?」
ティリアは対面の席に座るマイラを見つめた。
「……もっと大変な旅になると思っていたんだ」
ティリアは言葉を選びながら感想を口にする。
皇軍と南辺境軍が帝国軍と対峙している時に平穏という言葉は使いたくない。
この瞬間も誰かが死んでいるかも知れないのだ。
「ここにいるのは私とティリア皇女だけですのでご安心を」
「いや、うっかり口にしたらマズい」
「そうですか」
マイラは静かに頷いた。
沈黙が舞い降りる。
少し気まずい。
納得されてしまうと話が広がらなくて困る。
「間道はもっと危険なものだと思っていた」
仕方がなく、自分から話を切り出す。
箱馬車は間道――領主が管理していない裏道を進んでいる。
間道を使うのは危険だと聞いたが、南辺境を発ってから危険な目に遭っていない。
「御者はロバート様が、護衛はガウル様を始めとする五騎の騎兵が務めておりますし、先遣隊が露払いを終えておりますので」
「よく考えるものだな」
ティリアと共に行動する別働隊の人数は千人。
それを十人単位のチームに分けて行動させているのだ。
手間は掛かるが、少人数なので見つかりにくく、見つかっても他のチームは助かる。
一朝一夕で考えたとは思えないやり方だ。
「我々は傭兵ですので」
「そうか」
傭兵ではなく行商人――それもあまり質のよくない――のやり方のような気がするが、黙っておくべきだろう。
「それと、定期的に掃除をしておりました」
「掃除?」
マイラがしれっと言い、ティリアは聞き返した。
「はい、一石二鳥です」
「何が一石二鳥なんだ?」
「世の中のためになり、童貞を捨てさせることができます」
「言いたいことは分かった」
要するに盗賊を討伐することで実戦経験を積ませていたということだろう。
それにしても――。
「昔はあちこちにいたものですが、平和な時代が続いたせいか、数が減っているようです。いずれ、絶滅してしまうかも知れません」
「私が言いたいのはそういうことじゃない」
「分かっております」
「本当か?」
「ええ、ティリア皇女はこう仰りたいのですね。資源は有効に活用すべきだと」
「違う!」
ティリアは思わず叫んだ。
「違うのですか?」
「当たり前だ。大体、人間を資源などと――」
「お言葉ですが」
マイラがティリアの言葉を遮る。
「いいぞ」
「盗賊は大切な資源です。私は感謝の気持ちを持って殺すように言い聞かせております」
「もういい」
ティリアは話を打ち切った。
価値観が違うのだ。
このまま話し続けても仕方がない。
話が平行線を辿るのならまだしも、説得されてしまいそうで怖い。
「……昔はと言っていたが」
「言いましたが、何か?」
「昔から帝都に攻め込むルートを確保していたのか?」
マイラは可愛らしく首を傾げ、小さく微笑んだ。
「ジョニーも最初は嫌がっておりましたが、二度三度と繰り返す内に――」
「待て。質問に答えろ」
ティリアが立ち上がろうとすると、軽く肩を押された。
もちろん、肩を押したのはマイラだ。
「奥様はそのままで」
そう言って、マイラは身を乗り出した。
「では、続きを」
「一体、いつから帝都に攻め込もうと画策していたんだ?」
「……」
ティリアが改めて尋ねると、マイラは顔を背けた。
どうやら、答えるつもりがないようだ。
「もういい」
「それはよろしゅうございました」
マイラはイスに座り直した。
その時、箱馬車のスピードががくんと落ちた。
目的地が近いのだろう。
しばらくして箱馬車が止まる。
「この箱馬車はどうするんだ?」
「帝都に攻め込む際に使う予定ですが、それまでは隠しておきます」
「どうやって?」
「ロバート殿は黄土にして豊穣を司る母神の神威術士ですので」
「なるほど、それなら簡単だ」
地面に埋めるもよし、植物を生長させて隠すもよしだ。
マイラは箱馬車から下り、手を差し伸べてきた。
ティリアは彼女の手を取り、地面に下りる。
視線を巡らせる。
そこは森の中だった。
「ロバート様、お願いします」
「はい、そちらも気を付けて」
そんな声が聞こえ、箱馬車が動き出す。
擦れ違いざま、騎兵が敬礼をする。
「参りましょう。付いてきて下さい」
「ああ、分かった」
マイラが歩き出し、ティリアはその後を追った。
冬だというのに下生えの草がかなり残っている。
「できるだけ私から離れないようにして下さい」
「やはり、罠を設置しているんだな」
「ええ、命に関わるような罠はありませんが」
「そんなことで大丈夫なのか?」
「殺せばそれで終わりですが、負傷させれば敵に負担を強いることができます」
「クロノの関係者という気がするな」
ティリアは小さく溜息を吐いた。
さらに森の中を進み、うんざりしてきた頃、視界が開けた。
草や木で巧妙にカモフラージュされているが、規模はちょっとした集落くらいある。
「……お前達、いつから帝都に攻め込むつもりだったんだ?」
「何のことでしょう?」
マイラはしれっと言った。
一体、いつから準備をしていたのだろう。
このまま国を乗っ取られるのではないか。
そんなことを考えていると、ガサッという音が背後から聞こえた。
反射的に振り返るが、そこには誰もいない。
再び前を向くと、マイラの前に男――ジョニーが立っていた。
「お久しぶりッス!」
「うむ、久しぶりだな。お前は……」
ティリアは首を傾げた。
エラキス侯爵領で会っているはずだが、不思議と印象に残っていない。
「印象に残ってないなら残ってないでいいッスよ」
ジョニーはしょんぼりとした様子で呟いた。




