第18話『決戦・裏』その1
帝国暦四三四年一月中旬――風が吹き寄せてくる。
激しく、冷たい風だ。
まるで何もかも吹き飛ばそうとしているかのようだ。
実際、油断すれば――油断しなくても力が及ばなければ吹き飛ばされる。
そうなれば数十メートル下の海まで真っ逆さまだ。
この辺り――南辺境周辺は潮の流れが激しいと聞く。
落ちたら高確率で死ぬだろう。
「ぐッ!」
ティリアは小さく呻き、岩壁に身を寄せた。
風の影響を最小限にするためだが、本当に最小限になっているのか疑わしい。
体が岩壁から引き離されそうになるし、窪みに引っ掛けた指が痛む。
痛んでいるはずだ。
爪が割れ、乾いた血が指先にこびりついている。
にもかかわらず、そこから伝わってくる感覚は鈍い。
自分の指ではないみたいだ。
手袋を何枚も重ねればこんな感じになるかも知れない。
もしかして、これが凍傷というヤツだろうか。
悪寒が背筋を這い上がり、心臓の鼓動が速まる。
自分の指がどうなるのか想像してしまったからだ。
神威術を使うべきか。
ティリアの神威術では欠損した部位を再生することはできない。
だが、今なら間に合うはずだ。
「か……」
神威術を使おうとして口を噤む。
目を細め、手を見る。
糸のように細い光が立ち上っている。
ここまで登るのに神威術を使わなければならなかった。
効果は限定しているが、これ以上使えば副作用で神に喰われるかも知れない。
指を喰われたら終わりだ。
指を惜しんで指を失っては本末転倒だし、皇軍が負けたらクロノ達に顔向けできない。
まあ、その時には自分は死んでいるだろうが――。
風が止み、ティリアは再び岩壁を登り始める。
窪みに指を掛け、爪先を引っ掛け、少しずつ登っていく。
余計なことは考えない。
登る。ひたすら登る。
風が吹いたら岩壁に身を寄せる。
それだけでOKだ。
実際は違うが、思考はシンプルな方がいい。
凍傷で指が落ちることを考えても気分が滅入るだけだ。
「……登る登る登る」
ぶつぶつと呟きながら窪みに指を掛ける。
次の瞬間、窪みが崩れた。
浮遊感が体を包み、衝撃が体を貫いた。
誰かがティリアの手を掴んだのだ。
顔を上げると、クロノの父親――クロードがティリアを見下ろしていた。
もちろん、手を掴んでいるのは彼だ。
どうやら、あと一歩という所まで登っていたらしい。
「よう、姫様。久しぶりだな」
「久しぶりだな」
ティリアが見上げながら応じると、クロードは歯を剥き出して笑った。
不思議と愛嬌を感じさせる笑みだ。
「舞踏会以来か?」
「そんなもんだな」
「あの時は碌に挨拶をできずに済まなかった」
「俺も酔ってたから気にすんな。で、俺の息子とはよろしくやってるか?」
「うむ、それなりに上手くやっていると自負している」
「そいつは重畳。死ぬまでに孫の顔を見てみてぇ――」
「そろそろ、引き上げてくれないか?」
ティリアはクロードの言葉を遮った。
申し訳ないという気持ちはもちろんあるが、こちらは吊り上げられている状態なのだ。
岸壁を登ってきたこともあり、地面がとても恋しい。
黄土神殿に寄付したいくらいの心境だ。
「おお、そいつは済まなかったな」
「――ッ!」
クロードは頭を掻き、片腕でティリアを引き上げた。
地面に下ろされ、そのまま尻餅をつく。
「漏らしてねぇだろうな?」
「漏らすかッ!」
あッ、とティリアは口を押さえた。
つい素で反応してしまった。
「それだけ元気がありゃ大丈夫だな」
がははッ、とクロードは笑った。
ティリアは頬が熱くなるのを自覚しながら立ち上がった。
まだ足下がふらつくが、大丈夫だろう。
視線を巡らせると、幌馬車と五騎の騎兵が目に留まった。
「これからあの馬車で俺の家まで移動してもらう。が、その前に……」
「何だ?」
「返事を聞かせてもらいてぇ」
「……」
ごくり、とティリアは生唾を呑み込んだ。
彼の望む答えを口にしなければ崖から突き落とされるだろう。
「全てが終わったら母上と面会させる件だな?」
「そうだ」
「その件はすでに了承しているはずだ」
南辺境――クロードとは手紙で何度か遣り取りをしている。
いくつか約束をしたが、その中には母と面会させる件も含まれていた。
今更という気はする。
「姫様の口から直接聞きてぇ」
「返事は変わらんぞ?」
「それでもだ」
クロードが睨むような視線を向けてくる。
やや攻撃的な態度だが、体からは力を抜いている。
腰から提げた剣が目に留まる。
崖から突き落とされる前に斬り殺されるかも知れない。
だが、戦時下の交渉とはそういうものだろう。
「約束しよう。全てが終わったらクロード・クロフォードが母――アストレアと面会できるように取り計らう」
「二人きりで、だ」
「それも約束する」
ふぅ、とクロードは小さく溜息を吐いた。
「安心したぜ。けど、いいのか? 場合によっちゃ俺はアストレアを殺すぜ」
「……クロノから」
ティリアは口を噤んだ。
この場合、何と呼ぶのが正しいのだろうか。
クロード殿――他人行儀な感じがする。
お義父様――これは馴れ馴れしいかも知れない。
「好きに呼んでくれていいぜ」
「では、クロード殿と」
「お義父様でも構わねぇぞ」
「それも考えたが、私とクロノはまだ結婚していない」
「まだってことは結婚するつもりなのか?」
「当たり前だ」
「当たり前なのかよ」
クロードは呻くように言ったが、ティリアにとってクロノは初めての男なのだ。
ちゃんと責任を取らせる。
だから、それまで生きていて欲しい。
もちろん、口にはしないが――。
「とにかく、クロノから母とクロード殿の因縁は聞いている。元はと言えば母が蒔いた種だ。収穫も自分でしてもらわなければ筋が通らない」
兵士を集めるために理想を道具とし、リオ・ケイロン伯爵――リオを殺した。
愛する男を、自分を慕う老騎士達を死地に送り込んだ。
帝国に勝つために犠牲を積み重ねている。
それなのに自分の母だけが例外だなんて筋が通らない。
「筋か」
「ああ、筋だ」
「嫌いじゃねぇ言葉だ」
「私はあまり好きではない」
犠牲を積み重ねる方便のように感じられてうんざりする。
愛する男を守るために剣を取ったのにその男を死地に送り込んでいる。
ひどい矛盾だ。
神はよほど皮肉が好きらしい。
「それで、どうだろう?」
「俺は満足だ」
「俺は?」
ティリアは思わず顔を顰めた。
帝都近郊では皇軍と帝国軍が睨み合っている。
それなのに、他の七人を説得しなければならないのか。
「そんな顔をするなよ。皆、ティリア皇女に協力するってことで話は付いてる」
「そうか」
ティリアはホッと息を吐いた。
「反乱を起こすにゃ大義名分が必要だからな」
「だったら、どうして誤解されるような物言いをするんだ」
「ちょっとからかってみたくなったんだよ」
「やっぱり、クロノの父親だな」
「そんなに誉めるなよ」
「誉めてない」
ティリアは苛々しながら幌馬車に向かった。
その時、不意に視界が真っ暗になった。
視界が元に戻ると、地面が間近に迫っていた。
どうやら、気を失ったようだ。
まだ倒れている最中ということを考えると、一瞬のことだったに違いない。
下は土だし、大怪我はしないだろう。
覚悟を決めたその時、ふわりと受け止められた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
ティリアは頭を振り、自分の足で地面に立った。
支えてくれたのはエルフのメイド――マイラだ。
彼女に会うのはいつ以来だろう。
「お陰で助かった。礼を言う」
「いえ、奥様のためですから」
「奥様か」
悪くない響きだ。
マイラが舐めるような視線を向けてくる。
「私の顔に何か付いているか?」
「随分、顔色が悪いようでしたので」
「自分では絶好調のつもりなのだが」
「それは錯覚ではないかと」
マイラは顔を顰めた。
こんな表情を浮かべるということは自分は本当に顔色が悪いようだ。
考えてみればクロノが帝都に護送されそうになってから働き詰めだった。
その上、馬車や船で移動し、数十メートルの岩壁をよじ登った。
確かに絶好調になる要素がない。
絶好調のつもりで死にかけていたのではないかという気がしてくる。
「それと指先が」
「ぐッ!」
ティリアは自分の指を見つめて呻いた。
指の第二関節までが変色していて――。
「うげぇぇぇッ!」
「大丈夫ですので落ち着いて下さい」
堪らず嘔吐すると、マイラが優しく背中を撫でてくれた。
脚から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
そうならなかったのはマイラが脇に潜り込み、体を支えてくれたお陰だ。
「お、おい、どうしたんだ?」
「旦那様は毛布を!」
「お、おう」
クロードは慌てふためいた様子で幌馬車に向かった。
「どうやら、体調が悪いようだ」
「先程からそのように申しておりました」
ティリアはマイラに肩を借り、幌馬車に向かった。
※
ティリアが目を覚ますと、そこは幌馬車の中ではなく、ベッドの上だった。
鉛でも詰められているかのように頭が重く、こめかみがきりきりと痛む。
神威術の副作用か、ただの体調不良なのか判然としない。
「……指は」
無事だろうかと手を翳す。
ホッと息を吐く。
指は無事だった。
包帯で覆われているが、欠損していないのであれば自分の神威術でも治せる。
「良かっ――ッ!」
ティリアは呟きかけ、飛び起きた。
体が軋むように痛んだ。
まるで質の悪い風邪に罹った時のようだ。
「一体、私はどれくらい寝ていたんだッ?」
一日や二日ならまだいい。
一週間も寝ていたとしたら――。
血の気が引き、目眩を覚えた。
目を覚ましたばかりだが、卒倒してしまいそうだ。
作戦の成否はレオンハルトがいない間にアルフォートを討てるかに掛かっている。
別働隊が勝利の鍵だ。
それなのに別働隊を率いる自分が動けなくてどうするというのか。
「こうしてはいられん」
「――失礼いたします」
ティリアがベッドから下りようとした時、扉が開いた。
扉を開けたのはマイラだった。
手には銀色のトレイを持っている。
湯気が立ち上っている点から察するに料理を運んできたようだ。
だが、今は悠長に食事をしている場合ではない。
ベッドから下り、そこで初めて自分がネグリジェを着ていることに気付いた。
記憶がないので、誰かが着替えさせたのだろう。
意識のない状態で裸にされた。
あまりの恥ずかしさに頬が熱くなる。
ティリアは湧き上がる羞恥心を抑え、マイラに詰め寄った。
「マイラ! 私は何日眠っていたッ?」
「奥様が倒れられてから二日が経過しております」
「……二日も」
ティリアは呆然と呟いた。
「馬車で移動している間、ほぼ眠っていらっしゃいました」
「……そうか」
言われてみれば途中で何度か目を覚ました記憶がある。
「奥様、ベッドにお戻り下さい」
「だが!」
「お戻り下さい。私が口で申し上げている内に」
「口以外でどう申し上げるんだ?」
「もちろん、この肉体で」
マイラは銀のトレイを片手で持ち、半身に構えた。
勝てるだろうか。
負けないまでも無傷では済むまい。
それに、倒れてから二日と分かった。
戦う理由はないし、彼女が嘘を吐くメリットもない。
ホッと息を吐くと、足から力が抜けた。
倒れそうになるが、何とか体を支える。
「……奥様」
「分かっている」
ティリアはベッドに戻り、その上に足を伸ばして座った。
ほんの少し動いただけなのに体が軋むように痛んだ。
「失礼いたします」
マイラはティリアの脚を布団で隠し、太股の上にトレイを置いた。
トレイの上に載っているのは麦粥とスプーンだけだ。
「これだけか?」
「体調を崩されているのですから、これで十分です」
「それもそうだな」
ティリアはスプーンを手に取り、痛みに顔を顰めた。
楽観していた訳ではないが、やはり傷は酷いのだろう。
一体、自分の指はどういう状態なのか。
何も言わないのだから切断するような状態ではないはず。
そう信じたいが――。
「……その」
「ティリア皇女を着替えさせたのは私ですのでご安心を」
「そうじゃない!」
ティリアは叫んだ。
どうやら自分を着替えさせたのはマイラだったようだ。
同性なのに安心できないのは何故だろう。
安堵と不安が入り混じったそんな気分だ。
「私の指はどうなんだ?」
「凍傷になりかけていましたが、治療は終了しておりますのでご安心を」
「そうか」
ティリアはホッと息を吐いた。
不安だったが――。
「……そういえば」
「何でしょうか?」
「お前は医学の心得があるのか?」
「独学ですが」
「なら安心だ」
ティリアは麦粥を口に運び、顔を顰めた。
麦粥はただ麦を煮込んだものではないようだ。
恐らく、様々な食材を煮溶かしたスープで麦を煮込んだのだろう。
だが、妙に脂っぽく感じる。
こちらの異変に気付いたのだろう。
マイラは訝しげに眉根を寄せた。
「どうかされましたか?」
「うむ、体調が悪いせいか。どうもな」
「無理なく栄養を吸収できるように苦心したつもりでしたが、それがいけなかったのかも知れません」
マイラは困惑しているかのような表情を浮かべていた。
もしかしたら、こういう経験をあまりしたことがないのかも知れない。
「……すまん」
「いえ、私こそ申し訳ございません。自分の至らなさを思い知った気分です」
マイラは小さく微笑んだ。
「では、改めて料理を作って参ります。参考までに料理の感想を聞かせて頂けませんか」
「うむ、脂っぽく感じた」
「脂っぽくですか」
マイラは難しそうに眉根を寄せた。
「どうかしたのか?」
「あっさりした味を目指したつもりだったのですが。そうですね。もっとあっさりした味の方がいいかも知れません。口直しに果物も用意いたしましょう」
「果物か。それなら何とか食べられそうだ」
「では、少々お待ち下さい」
そう言って、マイラはトレイを手に部屋から出て行った。
ティリアは横になり、溜息を吐いた。
※
食事を終えてうとうとしていると、ガチャという音が響いた。
ティリアが反射的に飛び起きると――。
「無理すんな。そのまま寝てろ」
クロードがこちらに手の平を向けた。
背後にはマイラが控えている。
「お陰で大分マシになったんだが?」
「果物しか食ってねぇって聞いたぞ?」
「ぐぬ……」
ティリアは呻いた。
麦粥も食べたと反論したかったが、半分以上残してしまった。
申し訳なさも手伝い、どうしても反論ができなかった。
「だから、無理するな」
「すまん」
「いいってことよ。何しろ、俺はお前の義父になる男だからな」
がははッ、とクロードは笑い、ベッドサイドにあったイスに座った。
「まあ、なんだ、俺はデリカシーに欠ける男だが……」
「自覚があったのですね」
「そりゃ、お前より付き合いが長いからな」
背後に控えていたマイラが突っ込むと、クロードは溜息交じりに応じた。
「俺は俺を六十年以上もやってるんだ。自分の駄目な所くらい自覚してる」
「自覚するまで些か長すぎたのではないかと」
「悪かったな。自分を客観的に見る暇がなかったもんでよ」
「いえいえ、至らぬ主人をサポートするのもメイドの仕事ですので」
「そうかい」
クロードはふて腐れたように言った。
「漫才をしに来たのか?」
「違ぇよ」
クロードはムッとしたように言い、気まずそうに頭を掻いた。
「普通に話してくれて構わないぞ」
「体調の悪い女が相手だとな」
「旦那様、慣れないことはしない方がよろしいのでは?」
「気分的に気遣った方がいいと思ったんだよ」
「気分の問題なのか」
ティリアは呻いた。
もう少しちゃんとした理由があって欲しかった。
「気分は大事だろ?」
「まあ、そうだな」
大きなことがしたいという理由で義勇兵になった者も少なくないのだ。
気分や雰囲気に流されて参加した者もいるだろう。
そんな者まで戦場に送らなければならなかった。
何とも情けない話だ。
「それで、本当の目的は?」
「今後のスケジュールを伝えておこうと思ってよ」
ごほん、とクロードは咳払いし、居住まいを正した。
「体調が悪い所、申し訳ねぇんだが、明日は南辺境の領主と顔を合わせてもらいてぇ」
「分かった」
「悪ぃな」
「いや、構わない」
クロードは申し訳なさそうに言ったが、力を合わせるのだから当然だ。
会えば親近感が湧くし、士気を高めることができる。
「他には?」
「ああ、そうだな。あとは指揮官と顔合わせだな」
「なんだ、クロード殿が指揮を執るんじゃないのか」
「俺は歳だからな」
「そうだろうか?」
ティリアは首を傾げた。
歳を取ったと言うが、片腕で女を持ち上げられるのだ。
並の兵士より強いのではないだろうか。
「煽てても何も出ねぇぞ」
「そういう訳ではないんだが……」
ティリアは頬を掻いた。
「一応、総指揮官は俺ってことになってるんだけどよ」
「そうなのか」
「一応って言っただろ。俺ん所は南辺境に駐屯していた大隊と退役軍人が主力になってるんだが……」
「だが?」
ティリアは鸚鵡返しに呟いた。
元正規兵が主力なんて羨ましい。
一体、何が問題なのだろう。
「俺が現役だった時とは勝手が違いすぎる」
「ああ、確かに」
クロードが現役の頃は各領主が兵を率いていた。
当時の軍と今の軍は別物だ。
「いや、待て。アーサーは現代に適応していたぞ」
「軍学校で教鞭を執ってたヤツと一緒にすんなよ。俺は領地運営に専念してたんだぜ」
「それもそうだな」
「まあ、適材適所ってヤツだ。納得したか?」
「した。では、誰が指揮を執るんだ?」
「ドラゴンのヤツだよ」
「何処の傭兵だ?」
ティリアは思わず問い返した。
ドラゴン――偽名っぽい名前だが、傭兵であれば納得できる。
「ジラント男爵の息子だ」
「なんで、領主の息子が偽名を名乗ってるんだ?」
「本名だ」
「本名ッ?」
ティリアは素っ頓狂な声を上げた。
「どうして、ドラゴンなんて名前を……」
「ドラゴンのように強い男になって欲しいって願いを込めたんだと」
「信じられんな」
強い子になって欲しいという思いは分かる。
だが、親ならばもっと真面目に考えるべきではないだろうか。
「とにかく、ドラゴンが本隊の指揮を執る。まあ、やり合うことにはならねぇと思うが」
「こちらも陽動だからな。ということは別働隊の指揮は私だな」
「いや、別働隊の指揮はガウルが執る」
「ガウル? エルナト伯爵の息子かッ?」
「ああ、そうだ」
「信じられん」
ティリアは思わず呟いた。
エルナト伯爵家は帝国の名門だ。
まさか、その嫡男が反乱に加わるとは――。
「一体、どんな理由で?」
「皇軍に参加するのは貴族の義務だとか、クロノに世話になったとか言ってるがな」
「それを信じたのか?」
「そこまで俺はアホじゃねぇよ」
だが、とクロードは続けた。
「アホのふりをしてやってもいいと思ったぜ」
「ということは事情を察しているんだな?」
「そりゃな。けど、直接聞いた方がいいと思うぜ」
「教えてくれるだろうか」
「そこは姫様次第なんじゃねぇか」
「それもそうだな」
ティリアは頷いた。
「じゃ、話はこれで終わりだ。マイラを付けてやるから扱き使ってくれ」
「ああ、ありがとう」
「いいってことよ」
クロードは照れ臭そうに笑い、イスから立ち上がった。
「じゃ、頼んだぞ」
「お任せ下さい」
マイラが力強く頷き、クロードは部屋を出て行った。
「……奥様」
「分かった」
マイラに視線を向けられ、ティリアはベッドに横になった。
睡魔は程なく襲ってきた。




