第15話『南進』その2
※
南進二日目――新しい幌馬車は従来のそれに比べて乗り心地が良かった。
あまりの心地よさに眠気が襲ってくる。
駄目だ、駄目だ、とクロノは頭を振った。
眠気を堪えているのが分かったのだろう。
対面の席に座っていた副官が通信用マジックアイテムをポーチにしまう。
『大将、眠ければ寝ても構いやせんぜ』(ぶも)
「眠る訳にはいかないよ」
クロノはチラリと隣を見る。
そこではシオンと神官さんが船を漕いでいた。
酒瓶を抱いて眠る神官さんの姿にイラッとする。
『まだ、トレイス男爵領に入ったばかりですぜ。あっしらの出番があるとすれば明日……ボウティーズ男爵領でさ』(ぶも)
「できれば戦いたくないんだけどね」
『そいつはあっしも同じでさ』(ぶも)
「……そうなんだ」
クロノは軽く目を見開いた。
副官の一族はボウティーズ男爵領の石切場で働いてきた。
死と隣り合わせの過酷な仕事だ。
実際に副官の兄は命を落としている。
このまま石切場で働いていても先はないと考えて移住を決意し、港の建設に協力してくれたのだ。
そのような経緯があるので、機会があればぶち殺してやるくらいのことを考えていると思ったのだが――。
『大将、あっしは復讐なんて考えていやせん』(ぶも)
「冷静だね。頼もしいよ」
『冷静とは違いやす』(ぶも)
「ん?」
『親父やお袋は知りやせんが、あっしにとってボウティーズ男爵の件は終わったことなんでさ』(ぶもぶも)
副官は溜息交じりに言った。
『関わりたくないってのが本当の所かも知れやせんね』(ぶも)
「そうか」
クロノは頷き――。
「どう思う?」
『素直に従うことはないと思いやす』(ぶも)
「だよね」
『そりゃ、立場ってもんがありやすからね』(ぶも)
副官は深々と溜息を吐いた。
ボウティーズ男爵は財務局長の地位に就いている。
戦後のことを考えればむざむざと降参する訳にはいかない。
抵抗したというポーズを取る必要がある。
誇れるような成果があればもっと良い。
「……僕なら時間を稼ぐかな」
『どうやって時間を稼ぎやす?』(ぶも?)
「交渉を長引かせるんだよ」
『まあ、普通の軍ならそれで済みやすね』(ぶも)
ぶもぶも、と副官は頷いた。
当たり前のことだが、指揮官の裁量は無限ではない。
与えられた権限内で動かなければならないのだ。
『けど、あっしらにはティリア皇女がいやすから』(ぶも)
「お陰で足止めされずに済むよ」
皇軍には最高指揮官であるティリアが同行しているのだ。
手に余る判断は丸投げしてしまえば良い。
『ってぇと、一戦交える感じですかい?』(ぶも?)
「勘弁して欲しいな~」
クロノは溜息を吐いた。
気持ちは分からないでもないが、面子のために兵士を犠牲にするくらいなら降参して欲しいものだ。
『敵さんにも事情がありやすからね。あっしらの思い通りにゃ動いちゃくれやせんぜ』(ぶもぶも)
「それは分かってるんだけどね」
クロノは太股を支えに頬杖を突き、再び溜息を吐いた。
『降参されたらそれはそれで問題ですぜ』(ぶも)
「……信用はできないよね」
『その通りでさ』(ぶも)
副官は我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。
「ボウティーズ男爵の屋敷がある街は……」
『城壁に囲まれてやす』(ぶも)
「それならもっと踏み込んでくるか」
籠城もできるとなれば大胆な手も打てる。
まあ、領民がどうなっても良ければだが。
「綺麗な戦いをしなくちゃいけないってのは痛いね」
『戦後のことがありやすからね』(ぶも~)
「まだ戦う前だってのに」
『籠城されても勝つ手段はありやすがね』(ぶも)
副官はシオンに視線を向けた。
確かに彼女の神威術ならば城壁を破壊できるが――。
「それができたら苦労はないんだよね」
『温存しなきゃいけやせんからね』(ぶも)
どうしようもなくなったら力を借りるしかないが、今のタイミングで切り札を使うのは避けなければならない。
「まあ、ここで話し合ってても仕方がないか」
『想定だけならいくらでもできやすからね』(ぶも)
「そうだね」
クロノは頷き、副官が通信用マジックアイテムを持っていたことを思いだした。
「そう言えば定時報告は?」
『済んでやす。異常ありやせん』(ぶも)
「良かった」
クロノは胸を撫で下ろした。
『話は変わりやすが、通信用マジックアイテムは凄く便利ですぜ』(ぶも)
「伝令を走らせる必要がないもんね」
今ならば全ての領地――エラキス侯爵領、カド伯爵領、ハマル子爵領、シェラタン子爵領、トレイス男爵領、メサルティム男爵領、ボサイン男爵領と連絡が取れる。
「いずれ、通信網を帝国中に広げたいな~」
『そいつは新しい時代の象徴にピッタリですぜ』(ぶも)
「そ、そうだね」
クロノは副官から視線を逸らした。
通信の利権を独占したら儲かるな~なんてことを考えていたとは言えなかった。
彼の純粋さに比べ、なんと薄汚いことか。
『凄いと言や、この幌馬車も凄いですぜ』(ぶも)
そう言って、副官は座席を叩いた。
「足回りだけじゃなく、車輪も改良したからね」
『そう言やゴルディが色々やってやしたね』(ぶも)
「その成果だよ」
ふふふ、とクロノは笑った。
ゴルディは植物油と硫黄からゴムを作り出すことに成功したのだ。
技術的な問題でミ●四駆のタイヤみたいになったが、乗り心地は格段に向上した。
「もう少し時間があれば色々と試せたんだけどね」
『兵士を消耗させずに済むだけで十分ですぜ』(ぶも)
「そこは頑張ったよ」
相手は待ち構えていれば良いが、こちらはいくつもの領地を経由して帝都に攻め込まなければならないのだ。
元気な兵士と疲れた兵士――どちらが強いか論じるまでもない。
「なんだかんだと経験を活かせてる感じだね」
『へい、大将は立派になりやした。まあ、世話役に任命された時はこんなことになるとは思っていやせんでしたがね』(ぶもぶも)
「僕だってそうだよ」
はは、とクロノは笑った。
※
クロノは幌馬車から降り、凝りを解すために体を伸ばした。
幌馬車の乗り心地は良くなっても体は凝るらしい。
もっとも、それはどんな乗り物でも変わらないだろうが。
『大将、降りやすぜ』(ぶも)
「ごめんごめん」
脇に退くと、副官が飛び降りる。
ズンと地面が揺れる。
凝りを解すためか、副官も体を伸ばした。
ゴキゴキという音が響く。
『座ってるだけなのに肩が凝りやすね』(ぶも)
「そうだね」
肩を回すと、コキ、コキという音が響く。
クロノは空を見上げた。
日は傾いているが、夕方までにはまだ間がある。
「まだ、日が高いね」
『食事ができる頃には日が暮れてやすぜ』(ぶも)
「……ミノさん」
『失礼しやした』(ぶも)
副官が移動すると、所在なさげな顔のシオンが立っていた。
クロノは手を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
シオンはクロノの手を取り、馬車から降りる。
ん、と彼女は背筋を反らした。
胸がローブを押し上げる。
普段は意識しないが、彼女はかなりの巨乳なのだ。
不意に視界が翳る。
顔を上げると、神官さんがこちらに視線を向けていた。
「次はワシじゃ!」
「……チッ」
「なんで、舌打ちをするんじゃ!」
「酒を飲んで、寝て、ご飯を食べる。良い生活ですな」
「請われてきたのにあんまりな扱いじゃ! イグニスだってそこまで言わんぞ!」
「あの人は根が真面目だから」
どれだけ仲良くしているように見えても一線は引いていたはずだ。
そうでなければ神官さんに汚染されてダメ人間になっていたことだろう。
「いや、ババアとか言っとったし!」
「許容量をチョロッとオーバーしてたんですな」
「何の許容量じゃ?」
「怒りの……」
「実は怒っとったんか?」
「それを僕に聞かれても。ああ、でも、文通してるんですけど、神官さんの話題って出てこないんですよね」
「超怒っとる!」
「下手に話題を振ったら戻ってくると思ってるんじゃないですかね? そう言えばお弟子さんからも連絡がないですね?」
「や~、ワシの弟子は出来が良いから」
「だから、連絡がないんですね」
多分、神官さんがいない方が楽だと気付いてしまったのだろう。
放置した方が仕事をすると考えたのかも知れない。
最初は閑古鳥が鳴いていた人生相談だが、最近は客――信者が増えている。
「やっぱり、ワシは要らない子なんかの?」
「しっかり働いてくれると嬉しいです」
「……はい」
神官さんは力なく項垂れた。
「休んでる暇はないよ! なんたって、七千人分の食事を作らなきゃならないんだからね!」
威勢の良い声が響き、振り返る。
すると、女将が指示を出していた。
七千人分の食事と言っても大鍋で一気に作る訳ではない。
それだけ大きな鍋を作るのは難しいし、運搬に適していない。
そのためいくつものチームに分かれて料理を行うのだ。
ちなみに女将は全てのチームを統率するリーダーだ。
「頼もしいな」
『親征の経験がありやすからね』(ぶも)
「でも、男手は必要だよ」
炊事・洗濯担当の女達が幌馬車から荷物を下ろそうとしているが、もたついている上に危なっかしい。
「手伝うか」
クロノが肩を回したその時、ドワーフ達が歩み寄った。
彼らはドワーフの工兵だ。
『連中に任せておけば大丈夫ですぜ』(ぶも)
「不満が出ないかな?」
『サポートを当番制にできないか提案しやす』(ぶも)
「できる?」
『各隊の副官クラスとは仲良くやってやすから話は聞いて貰えるはずでさ』(ぶもぶも)
「いつの間にそんなに仲良く……」
『一緒に訓練すりゃ自然と仲良くなるもんですぜ。それに、あっしの権限は連中に比べてデカいんで仲違いしようってヤツはいやせん』(ぶもぶも)
「ミノさんは上手くやってるな~」
クロノはしみじみと呟いた。
自然と仲良くなる。
死ぬまでに一度は使ってみたいフレーズだ。
『大将だって……』(ぶも……)
「長年の友人が敵になったばかりでして」
あちゃーと言うように副官は天を仰いだ。
「いや、まあ、仕方がないと思うんだけどね。僕も同じ立場なら同じことをしてたかも知れないし」
『大将、それは友人って言うんですかい?』(ぶも?)
「貴族の友情ってのはこんなもんじゃないかな~」
利害関係で敵にも味方にもなるのだ。
「イグニス将軍だって今は味方だしね。友達かどうかと言われると……」
『殺し合いやしたからねぇ』(ぶも~)
今度は副官がしみじみする番だった。
クロノはイグニスの右腕を奪い、彼の部下を殺している。
イグニスもクロノの部下を殺した。
「嫌な人なら良かったんだけどねぇ」
『きっと、イグニス将軍も同じことを考えてやすぜ』(ぶも)
「まさか、あの人は絶対に僕のことを嫌ってるよ。利害関係が一致してなければ殺せるのにって拳を震わせていると思うね」
『頑張って友好関係を維持して下せぇ』(ぶも)
「そこは頑張ってるよ。こまめに手紙を書いてるし、役に立ちそうな物も色々と贈ってるし」
『どんな塩梅なんで?』(ぶも?)
「ちゃんと返信をくれるし、割と良好なんじゃないかな」
神官さんについて書いてもその部分を無視して返信してくるが。
「さて、食事ができるまで――」
「クロノ!」
名前を呼ばれて声のした方を見ると、ティリアが白馬に乗ってこちらに近づいていた。
従者としてマンチャウゼンとアロンソを従えている。
ちなみにこの二人も馬に乗っている。
白馬がクロノの近くで立ち止まり、ティリアが地面に下りる。
「どうかしたの?」
「うむ、視察のついでに会おうと思ったんだ」
「歩けば良いのに」
「馬車の列が何キロメートル続いていると思ってるんだ?」
クロノは馬車の列を見つめた。
馬車の列は遙か彼方まで続いている。
「馬車と車間距離を合わせて十メートルとして七キロメートルくらい?」
「歩けるか?」
「歩けるけど、視察には向かないね」
「そうだろうそうだろう」
ティリアは腕を組み、満足そうに頷いた。
往復十四キロメートルだ。
体力的には問題がなくても、時間的には問題が生じる。
「で、どうだった?」
「うむ、我が軍は秩序を維持している」
「まあ、そうだろうね」
何しろ、まだ二日目だ。
この段階で秩序が維持できていないのなら領地に戻るべきだ。
それ以前に出陣すべきではない。
「お前もどうだ?」
「僕は足手纏いになるから」
「お前は馬に乗れなかったのだな」
「馬には乗れるよ」
ティリアが憐れむような視線を向けてきたので、名誉のために言い返す。
「ほぅ、葬送の時は手綱を握って貰っていたように見えたが?」
「一人でも乗れるけど、皆に合わせる自信がなかったんだよ」
「ふむ、そうか」
「残念だけど、挑発には乗らない。ここでムキになって馬に乗って、落馬でもしたら験が悪いからね」
兵士は験を担ぐものだ。
もし、クロノが落馬をしたら士気が下がってしまう。
指揮官としてそれだけはできないのだ。
「い、いや、挑発なんてしてないぞ?」
「『ふ~ん、そうかぁ?』って言った」
「被害妄想の気が強いんじゃないか?」
「妄想なんてあんまりだ」
「そこまでして馬に乗りたくないのか」
「恥を掻きたくありません」
「本音が漏れたぞ」
「恥を掻きたくないので馬に乗りたくありません」
「そ、そうか、無理強いは駄目だな」
クロノが断固として乗馬を拒否すると、ティリアは微妙な表情を浮かべて頷いた。
「戦勝パレードは馬車を用意して下さい」
「そんなに嫌なのか」
「嫌です」
「そ、そうか」
ティリアの声は少しだけ沈んでいた。
「じゃ、食事を一緒にするのはどうだ?」
「それは構わないよ」
「それは良かった。何しろ、外で食事をするのは初めてだからな」
「買い食いは?」
「あれはノーカンだ」
ティリアはしれっと言った。
恥ずかしそうに顔を背ければ可愛げがあるのだが。
「野営しながら部下と同じ食事か。楽しみだな」
くふふ、とティリアは笑う。
「僕は野営しながら食事をしたくないな~」
『大将、口は災いの元ですぜ』(ぶも)
副官に窘められるが、本心だ。
貴族であるクロノが野外で食事をする機会は限られている。
バーベキューをするのでなければ戦争に参加している時だ。
「兵士と共に食事をしたという歴代皇帝の逸話を耳にした時は胸が熱くなったものだ」
「そう?」
「ぐぬ、私の憧れを否定するな」
「でもさ、歴代皇帝のエピソードって酷いの多いよ」
「ええい、言うな!」
「飢えてる兵士のために泣くとかさ」
「言うなったら言うな! 皇帝はアホですなって言われて私がどれだけ傷付いたと思っているんだ!」
ティリアは駄々っ子のように叫んだ。
『そんなことを言ったんですかい?』(ぶも?)
「軍学校時代に」
クロノは頭を掻いた。
「皇帝はアホですなってドヤ顔で言ったら烈火の如く怒られた。ティリアじゃなくて、歴史の先生に」
『そりゃ、怒りますぜ』(ぶも)
副官は呆れたように鼻から息を吐いた。
「ミノさんなら何て答える?」
『皇帝の慈悲深さに感服しやしたって言いますぜ』(ぶもぶも)
「誉められると思ったんだけどな~」
『大将が軍学校で最下位になったのは成績のせいじゃないって気がしてきやした』(ぶもぶも)
「じゃ、なんで?」
『そりゃ、空気を読んでないからでさ』(ぶも)
「読み切ったつもりだったんだけどな」
フィクションならば大絶賛される流れなのだが、現実は上手くいかない。
「とにかく、私は兵士達と同じ食事を食べる!」
「最初から専用の食事を用意してないよ」
「それは分かっている。兵士達と焚き火を囲んで食事をしたいんだ。詩をしたためたり、歌ったりしたいんだ」
「やりたいことが増えてるんだけど?」
キャンプファイアーでもしたいのだろうか。
領地にいる時に言ってくれれば好きなだけ付き合ったのだが。
「色々なエピソートがあるんだ」
「食事だけにしようよ」
「何故だ」
「多分、詩をしたためたり、歌ったりしたら、呑気な女帝として名前が残るよ」
負けた時はさらに悲惨なことになるだろう。
「駄目か?」
「どうせ、捏造されるから普通に過ごそうよ、普通に」
「いや、私はきちんと歴史を残すぞ。浮気性な夫に悩まされながら帝国を立て直した賢君として名を残すのだ」
「じゃ、僕は僕で歴史書を残すよ。妻の暴力に悩まされながら――」
「脅迫か?」
「歴史の話だよ、歴史の」
「チッ、分かった。歴史書を残す時は互いに摺り合わせるぞ」
「それを捏造と呼ぶのでは?」
「歴史は勝者によって作られるのだ」
「もう僕は負けてるんだね」
ティリアはニヤリと笑った。
※
陽が沈み――。
「……普通だな。パンが丸くて塩っぱいくらいだ」
ティリアはパンを頬張り、落胆したような表情を浮かべた。
「いつもより量は多いよ」
「野営特有の料理を食べたかったんだ。たとえば鳥を泥で包んで――」
「何故、調理器具があるのにそんな面倒なことを?」
「憧れなんだ」
クロノの質問にティリアは短く答えた。
恐らく、鳥を泥で包む料理も皇帝の逸話に違いない。
「調理器具が一切ない状況って割と修羅場だよ?」
「それは分かっているが、野営らしいことをしてみたいものだ」
「兵站を充実させるためにどれほど苦労したと」
各商会や行商人組合、ワイズマン先生、シッター、事務員――大勢の協力があって今の状況があるのだ。
決裁したのはティリアなのだから分かっていそうなものだが。
「人間は恵まれた状況にあると不自由を求める生き物なのだ。お手軽にできる野営らしいことはないか?」
「……草を食べる」
「私は牛か?」
「お手軽にできるよ」
「他にないか?」
「ミノさん?」
クロノは隣に座る副官に目配せした。
『小石を舐めるってのはどうで?』(ぶも?)
「……小石」
ティリアは足下にある石を見た。
「尖ってるヤツは駄目だよ」
「分かっている。私はそこまで馬鹿じゃない」
「それは分かってるけど、好奇心は道を誤らせるからね」
「他にはないか?」
「木の皮を切って!」
「しゃぶるとか!」
アリデッドとデネブがティリアの両隣に座った。
スープとパンの載ったトレイを持っている。
「……お前達か」
「深々と溜息を吐くとか、世間からティリア皇女の友達扱いされているあたしらに何たる言い草みたいな!」
「非番の日にほっつき歩いてるとティリア皇女は一緒じゃないのかとか言われるみたいな!」
ティリアが溜息交じりに言うと、アリデッドとデネブはギャーギャーと喚いた。
「お前達は先遣隊だろ」
「任務は偵察だし」
「騎兵だけじゃ遠くにいけないみたいな」
「馬に乗せられる食料には限りがあるし」
「固パンは好きだけど、温かなご飯はもっと好きみたいな」
ティリアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
アリデッドとデネブはいつもよりハイテンションだ。
二日も真面目に仕事をしたせいで会話に飢えているのかも知れない。
そんなことを考えていると、副官がクロノと距離を空けた。
「失礼します」
「ああ、レイラか」
レイラはクロノと副官の間に座った。
「お疲れ様」
「いえ、大事な仕事ですから」
「……ぐぬ」
レイラが誇らしげに胸を張り、ティリアは少しだけ顔を顰めた。
「俺も一緒で良いか?」
「もちろん、私も一緒であります」
ケインはその場に胡座を組んで座り、フェイは副官の隣に座る。
「ティリアの夢が叶ったよ」
「かなり違うぞ」
ティリアは眉根を寄せながら視線を巡らせた。
周囲にいるのはマンチャウゼンを始めとする老騎士達だ。
「何かが違う」
ティリアは神妙な面持ちで呟いた。
「何かって何?」
「それが分かっていたら苦労はない」
ティリアは仏頂面でパンに齧り付いた。
「は~、美味しいでありますねぇ。固パンも悪くないでありますが、白いパンは最高であります」
「固パンな。保存食としては悪くねーが、歯ごたえがありすぎてな」
パンを食べたフェイが陶然と呟き、固パンを食べた時のことを思い出したのか、ケインはうんざりしたような表情を浮かべた。
「ほぅ、固パンか」
「食べたいなら止めないけど、ムキになって噛むと歯が欠けるよ」
「そんなにか!」
ティリアは嬉しそうに目を輝かせた。
「ケイン、どうだった?」
「ボウティーズ男爵領まで行ったが、馬防柵を作っていやがった」
ケインは顎を撫でながら言った。
ボウティーズ男爵夫人から領内の通行許可は出ていないので、揉め事にならないギリギリの範囲で情報を収集してきたのだろう。
「ふむ、一戦交えるつもりか?」
「いや、人数は少なかったし、そういう雰囲気じゃなかったな」
「そうでありますか?」
「お前はどう感じたんだ?」
「緊張していたように思うであります」
ケインに問い返され、フェイはパンを頬張りながら答えた。
仮にも貴族なのだからもう少し行儀良くして欲しいものだ。
『大軍が来てるんだから緊張くらいはしますぜ』(ぶも)
「そういう緊張ではなかったであります。たとえて言うなら……」
むぅ、とフェイは下唇を突き出した。
「たとえて言うならクロノ様との模擬戦闘でありますね。やる気が~とか言ってたくせにもの凄い勢いで攻めてくるであります」
「うむ、それは分かる」
「ティリア皇女もクロノ様と手合わせをしていたのでありますね」
「う、うむ、色々とな」
「姫様はベッドで手合わせみたいな!」
「普段は皇女、ベッドの中では奴隷みたいな!」
「誰が奴隷だ!」
アリデッドとデネブが囃し立て、ティリアは顔を真っ赤にして怒鳴った。
いじられると分かっていて、どうして余計なことを言うのか。
「レイラはどう思う?」
「戦うつもりがないのなら、どうして馬防柵を立てたのでしょうか?」
「だね。少なくとも素直に降伏するつもりはなさそうだ」
「ふむ、クロノがボウティーズ男爵夫人の立場ならどうする?」
「僕なら、僕なら……僕なら降伏したフリして背後から襲い掛かるね」
「……クロノ」
自分から聞いてきたくせにティリアは顔を顰めた。
『そいつは悪手じゃありやせんか?』(ぶも?)
「でもさ、戦後のことを考えたら降伏はできないでしょ?」
「戦後のことを考えたら降伏するのが最善なのではないでしょうか?」
「僕達に負けると考えてるなら降伏するのがベストだけど、それ以前に負けるとは考えてないんじゃないかな~」
「根拠は何だ?」
「そりゃ、皇軍に協力するって言ってないからね」
経済同盟に加わっている領主は協力を約束してくれたし、行軍ルートにある領地を治める領主は中立――少なくとも邪魔をしないと宣言している。
「ついでに言えば僕達が勝ったらボウティーズ男爵は酷い目に遭うからね」
「まあ、最低でも復興資金は吐き出させるな」
「皇女なのにえげつないし!」
「けど、そこに痺れる憧れるみたいな!」
「これくらい普通だ」
「うわ~、マジでドン引きみたいな」
「敗者は尻の毛まで毟られるみたいな」
ティリアは当然のように言い放ち、アリデッドとデネブは寒くもないのにぶるぶると体を震わせた。
多分、演技だろう。
「その後はどうする?」
「籠城する。城壁はあるし、こっちは先を急ぐからね」
う~ん、とティリアは唸り、難しそうに眉根を寄せた。
「納得できるんだが、恥も外聞もないな」
「どっちに転んでも良いように対処しておくべきだと思うな」
「そうだ――」
ズズーという音がティリアの言葉を遮った。
フェイが皿の口を付けてスープを飲み干したのだ。
さらにパンを頬張り、もきゅもきゅと口を動かす。
ゴクンと喉を鳴らし――。
「何者でありますか!」
フェイはいきなり立ち上がり暗がりに皿を投げた。
何かにぶつかり、皿が跳ね上がる。
見えないが、誰かがいるのだ。
「何じゃ! 敵か!」
「ここは儂に任せて先に行け!」
「何の! 殿は儂じゃ!」
マンチャウゼンとアロンソがティリアを庇うように立ち塞がる。
「クロノ様!」
『あっしの後ろに!』(ぶも!)
「出遅れたし!」
「クロノ様ではなく、ティリア皇女の盾的存在に!」
レイラと副官がクロノを庇うように立ち、アリデッドとデネブの慌てふためいた声が背後から聞こえてきた。
「何者でありますか!」
「通りすがりの不審者です」
フェイが再び問い掛けると、場違いなほど軽い声が響いた。
声の主は暗闇から滲み出るように姿を現す。
その人物とは――。




