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第10話『成果』修正版


 十月初旬、クロノがエラキス侯爵領の領主となって初となる徴税は大幅な減税の効果もあり、税を払えない農民が奴隷商人に娘を売ったり、反乱を招いたりすることなく、終了した。

 農村の領民は冬麦の種を撒くまでわずかばかりの休息を取り、街では季節の変化に敏感な領民が冬支度を始めている。

 エラキス侯爵邸では嵐のような決算手続きが一段落し、その成果が三冊の報告書となって執務室にあるクロノの机に届いていた。

 一通り目は通していたが、クロノは改めて収入報告書を開いた。

 収入報告書には村ごとに収められた税金……収穫高の見積もり、実際の収穫高、手数料を引いた作物の換金率と並び、最後に金額が書かれている。

 街から税を徴収する時は戸籍や書類と照らし合わせれば済むのに、農村から税を徴収する時は最低でも三つの段階を踏まなければならない。

 まず、徴税官が七月の初旬までに村々を回り、予想される収穫高を見積もる。

 徴税官は収穫を終えた頃に再び村々を回り、定められた割合の作物を引き取り、最後に商人が作物を買い取り、ようやく貨幣……税金として領主に収められるのである。

 徴税官の中には領主に見積もりより実際の収穫が少なかったと報告する仕事熱心な者もいる。

 ある者は凶作に喘ぐ農民の窮状を救うために、ある者は差額分を自分の懐に収めるためだ。

 貨幣で収めるようにすれば手間も省けるんだろうけど、とクロノは机に頬杖を突き、疲労困憊といった様子のエレナを見つめた。


「エレナ、報告をよろしく」

「エラキス侯爵領の総収入は金貨六万五百枚よ。アンタが部下にした盗賊どもが収穫高の見積もりが高すぎるって文句を言ったせいで千枚少なくなるはずだったんだけど……アンタの施策のお陰で大儲けしてる奴隷商人が金貨千枚も税金を納めてるから、差し引きゼロになった計算ね」


 エレナは嫌そうに顔を顰め、クロノを攻めるような声音で言った。


「真面目に仕事をしていると考えるべきだね」

「盗賊どものこと? それとも、たった一ヶ月で金貨一万枚分の奴隷を売り捌いた奴隷商人のこと?」

「……ケイン達だよ」


 わざとらしく言うエレナにクロノは溜息混じりに答えた。

 エラキス侯爵領の徴税官はティリアの部下だが、クロノは彼らを全面的に信用していない。

 そのため、農村部の生活を熟知しているケインとその部下に護衛の名目で監視させたのだ。

 クロノが二つ目の報告書……一週間前に本格稼働したばかりの紙工房の収支報告を手に取ると、


「ピクス商会に売った紙は一週間で三万五千枚、売上高が金貨十七枚と銀貨十枚……人件費金貨七枚を差し引くと、利益は金貨十枚と銀貨十枚よ」


 エレナが機先を制するように説明した。


「予定よりも十人多く雇ったから心配してたけど、トラブルも起きていないし、この分なら心配いらないかな」


 紙工房で働いている作業員の数は二十人、全員が救貧院の居住者だ。

 クロノは十人いれば紙を作るのに十分だろうと考えていたのだが、ゴルディが模擬ラインで確認した所、材料の調達……木の採取と灰の収集……にまで手が回らないことが判明し、採用枠を拡大したのだ。


「あまり喜ばないのね?」

「今は材料費が掛かってないからね。喜ぶのは木の栽培が成功して……二つ目の紙工房ができてからかな」

「随分と用心深くて、気の長い話ね」


 クロノが言うと、エレナは呆れたように溜息を吐いた。

 木の栽培は資源の枯渇に対する備えだ。

 ゴルディによれば紙の材料となる木はエラキス侯爵領のあちこちに自生しているらしいのだが、一日に五百キログラムも使っていれば遠くない未来に採取できなくなるはずだ。


「材料を安定して確保できないと産業として成り立たないし、やたらと木を切ったら思わぬ所でコケそうな気がするんだよね」

「アンタって、実は凄い心配性なの?」

「……割と」

「へぇ、ふ~ん、そう」


 信じるどころか、エレナは侮蔑の念さえ滲ませてクロノを見つめた。


「何か、文句でも?」

「幾らでもあるけど、ここで言うつもりはないわ」


 最後にクロノは来年……来月以降の予算案を手に取った。


「さっきも言ったけど、今年の総収入が金貨六万五百枚、繰越金が金貨二万一千枚、来年の予算は金貨八万一千五百枚になるんだけど……」


 流石に全てを暗記しきれなかったのか、エレナはクロノに歩み寄り、予算案を覗き込んだ。


「病院の運営費を増やしたのも、『黄土神殿』への寄付金も納得できるんだけど、ホントに城塞の修繕や兵舎の新築って必要なの? 念のために言っておくけど、新しく兵舎を建てても帝国から予算は下りないわよ」

「それくらいは知ってるよ」


 これでも帝国の軍人なんだけど、とクロノは頬杖を突いた。

 帝国軍人は国から給料と装備の支給を受け、兵舎という形で最低限の生活も保障されている。

 実際は指揮官……軍が駐屯する土地の領主であることが殆ど……に支払われた軍費から捻出されているのだが、超過分を自己負担する限り、指揮官には大きな裁量が認められている。


「アンタが亜人どもに媚びるのは構わないんだけど、兵舎まで新しくしてやるなんて媚びすぎじゃない?」


 クロノが薄く笑うと、エレナは真っ赤になって俯いた。


「媚びてるんじゃなくて、公共事業の一環だよ。エラキス侯爵が吸い上げた税を領民に還元して、ついでに冬場に仕事のない農民の副収入になればと思ってる」


 クロノは溜息を吐き、背もたれに体重を預けた。


「アンタがそう言うんなら、もう何も言わないわ。取り敢えず、報告は以上よ」

「お疲れ様、今日は休んで良いよ」


 クロノが微笑むと、エレナは不満そうに唇を尖らせた。


「……それだけ?」

「それだけだよ」


 エレナは顔を真っ赤にしてクロノを見下ろした。


「だ、だから……っ!」


 エレナが口を開いた次の瞬間、執務室の扉が控え目にノックされた。


「入って良いよ」

「……旦那様、失礼いたします」


 そっとメイド頭のアリッサ……病気療養を経て、復帰したアリスンの母親だ……が入室する。


「シオン様と村長方が会議室でお待ちになっております」

「分かったよ」


 クロノは恨めしそうにアリッサを睨むエレナの肩を軽く叩き、彼女の耳元で小さく囁いた。


「つ、次に、へ、へ部屋に来る時は準備して来いなんて、ば、バカじゃないの! この変態! し、死ね! ホントに死ね!」


 エレナの罵声を背に受けながら、クロノは執務室を後にした。


「旦那様、こちらに」


 案内は必要ないのだが、アリッサに先導され、クロノはシオンと村長達の待つ部屋に向かった。


「何故、私をメイド頭に据えられたのでしょうか?」


 アリッサは少しだけ歩調を緩め、ぽつりと独り言のように呟いた。

 答えにくければ無視して欲しいと言わんばかりの態度だ。


「メイドの経験者がいなかったから」

「それだけですか?」


 アリッサは階段の踊り場で足を止め、肩越しにクロノを見つめた。


「同情も少し」

「安心しました」


 アリッサが再び歩き出し、クロノはそれに従った。

 下心があると思われてたのかな? とクロノはエプロンドレスに包まれたアリッサの後ろ姿を眺めた。

 しっかりと髪と結い上げ、エプロンドレスを着ているだけなのに、色香を感じてしまうのは何故なのだろう。

 そんなことを考えていると、アリッサが扉の前で立ち止まった。

 ざわめきが扉越しに聞こえてくる。


「旦那様、宜しいでしょうか?」

「いつでも、どうぞ」


 アリッサが扉を開くと、会議室を満たしていたざわめきは沈黙に変わった。

 クロノはシオンと村長達の視線を浴びながら席に着いた。


「シオンさん、説明は何処まで?」

「は、はい、クローバーが畑の地力を回復させると説明したばかりです」

「あ~、なるほど」


 クロノが村長達を見つめると、彼らは一様に怯えたような表情を浮かべた。

 恐らく、彼らはシオンの言葉を信じられず、文句の一つも言ったのだろう。

 だから、それがシオンからクロノに伝わり、不興を買うことを恐れている。

 誰だって、大幅に減税し、徴税官の見積もりを訂正させた領主を怒らせたくない。


「という訳で、休耕地でクローバーを栽培してもらいたいんだよね。もちろん、全ての耕作地でやろうって訳じゃない。最初は耕作地の一割で、失敗した時は……過去五年の平均収穫高から二割少なくなれば、その耕作地分の税は免除する」


 組んだ手で顔を隠しながら、クロノは村長達の顔色を窺った。


「……できれば立候補してくれると嬉しいんだけど」

「では、私どもが」


 そう言って、挙手したのは見知った老人……盗賊団が根城にしていた砦の麓にあった村の長老だった。


「じゃあ、決まり。クローバーの種は買い取るから採取するのを忘れないように……次は来年の作付けについて。ここから先はシオン、よろしく」

「は、はい、分かりました」


 全てをシオンに任せ、クロノは会議の進行を見守った。

 ずばり、今回の議題は作付けについて。

 この辺りでは耕作地を三つに分けてローテーションを組む三圃制農法が行われ、何を作るかは村で決めることになっているのだが、領地全体で見ると、作物の種類に偏りが生じている。

 この偏りを解消しつつ、村々で起きているトラブルを解決したり、知識を共有したりするのが会議の目的である。

 時折、言葉に詰まる場面もあったが、シオンは無難に会議を進行させた。


「あ、あのクロノ様……会議を終わらせたいのですが?」

「了解……アリッサ、馬車を手配して村長達を村まで送らせるように」

「かしこまりました、旦那様。村長様方は中庭でお待ち下さい」


 アリッサが退室すると、村長達も会議室から出て行った。

 残ったのはクロノとシオンだけである。


「は~、緊張しました」

「お疲れ様」


 溜息を吐き、シオンは背を丸めた。


「……父さんと私の時は話も聞いてくれなかったのに」


 昔のことを思い出したのか、シオンはふて腐れたように唇を尖らせた。


「ビートの栽培は無理だったみたいだね」

「砂糖の原料になることも説明したんですけど、土を深く掘り起こさなければなりませんし、追肥の手間も掛かりますから」

「早く、砂糖を大量生産したいんだけどなぁ」


 頭の後で腕を組み、クロノは天井を見上げた。

 シオンの畑から収穫したビートは三百キログラム強、そこから五十キログラムの砂糖が精製できたのだが、交易をするためには量が足りなすぎる。


「……今、紙の材料になる木の栽培にチャレンジしてるんだけど、人手を増やして、ビートの栽培もしようか?」

「い、良いんですか?」


 シオンが身を乗り出して、クロノに詰め寄った。


「ただし、収穫したビートは僕以外に売らないこと。堆肥は木を栽培するために作ったのを使って良いし、灰が必要な時はゴルディに話を通せば使っても良いよ。砂糖を抽出した搾り滓も飼料として使ってよ」

「あ、ありがとうございます! これで父も報われると思います!」


 シオンはクロノの手を取り、祈りを捧げるように跪いた。



 奴隷市場の様子でも見に行こうか、とクロノは侯爵邸の外に出た。

 新築の紙工房からは木の皮を煮る湯気が上がり、カーン、カーンと侯爵邸の名物になりつつある鎚を打つ音が響き渡る。


「もっと、ビシッ! ビシッ! と木剣を振り下ろすであります!」


 声のした方を見ると、フェイが侯爵邸の一角で三人の子どもに剣術を教えていた。三人の内一人は女の子でやる気がなさそうな感じである。


「フェイ、今日は休みじゃなかったの?」

「はっ、クロノ様!」


 クロノが近づいて声を掛けると、フェイは棒でも突っ込まれたように背筋を伸ばした。


「馬にブラシを掛けていた所、この子達に剣術を教えて欲しいと頼まれたので、教えている所であります!」

「なるほどね」


 フェイはムリファイン家再興のために愛してもいないクロノに抱かれようとさえしていたが、それ以外を蔑ろにしている訳ではないらしい。


「将来、ムリファイン家を再興した時に家臣に取り立てるであります! それまでクロノ様には生きて頂き、しっかりと世継ぎを残して欲しいであります!」

「……子どもができたら、用済みってこと?」

「貴族の一生とはそういうものであります!」


 鮭の一生みたいで切ないな、とクロノは天を仰いだ。


「もう少し見学していこうかな」

「お前達は素振りを続けるであります!」


 近くにあった木箱に腰を下ろすと、フェイは副官のようにクロノの隣に移動した。


「……ケインから仕事ぶりを聞いてるよ」

「も、問題があったでありますか?」

「いや、真面目に仕事をしてるって誉めてたよ」


 新入りが真面目すぎて寝坊もできねえ! とケインは言っていたが、婉曲的な誉め言葉だろう。


「よ、良かったであります」

「それから……前の上司から手紙が届いたよ」


 びくっとフェイが一瞬だけ体を強張らせる。


「な、なんと書いてあったでありますか?」

「ん~、前と同じ」


 手紙一つ届けるにも少なくない金額が掛かるのだが、二週間に一度の頻度で送り続けるのは病的と言わざるを得ない。


「前の上司に何かしたの? 訓練中に首を絞めて殺そうとしたとか、訓練中に木剣でボコボコにしたとか」

「愛人になるのを断っただけであります」

「心が狭いね」


 ちなみにクロノは『手加減するであります』の一言を信じて、ボコボコにされたが、フェイの元上司を庇う気になれない。


「あまり無視し続けるのも失礼だと思ったから、『フェイちゃんは真面目な良い子です』って手紙の裏に書いて送り返した」

「……私はクロノ様よりも年上であります」


 真面目すぎるから嫌われたのかもね、とクロノは憮然とした表情を浮かべるフェイを見つめた。


「やっぱり、姉ちゃんは分かってないな」

「剣術の練習をする時は師匠と呼ぶであります!」


 少年が素振りを止め、大仰に肩を竦めると、フェイは木剣の切っ先を向けて怒鳴った。


「……師匠は分かってないな」

「何が分かってないでありますか?」


 バカにされていると思ったのか、フェイは不愉快そうに柳眉を逆立てた。


「クロノ様が師匠を庇ったんだから、ちゃんと感謝しなくちゃ」

「私はクロノ様よりも年上で、騎士であります! 『ちゃん』呼ばわりは看過できないのであります!」

「クロノ様は姉ちゃ……じゃなくて、師匠よりも偉いんだから、適当に流さなきゃ。格下のヤツは格上のヤツに気を使わなきゃダメなんだぜ」


 正論を吐くフェイに、少年は浮浪児生活で培った持論を語った。


「……」


 思い当たる節があったのか、フェイは少年の話を聞いて黙り込んだ。

 五分ほど、少年は自分の持論を語った。


「クロノ様、流した方が良かったでありますか?」


 話を聞き終え、フェイは打ちのめされた様子でクロノに尋ねた。


「僕は気にしてないけど、気にする人はいるんじゃないかな」

「く、クロノ様は気にしないと言ってくれたであります!」

「やっぱり、師匠は分かってないな」


 フェイが勝ち誇ったように言うと、少年は人差し指を左右に振りながら言った。


「じゃ、ガンバってね」


 フェイと子ども達をその場に残し、クロノは寄り道しながら商業区を目指した。



 五体満足な奴隷と病気持ちでない娼婦を抱きたければエラキス侯爵領に行け、という噂が日々の癒しを欲する紳士の間でまことしやかに囁かれているらしい。

 こういうのも風評被害っていうのかな、とクロノはソファーに頬杖を突き、奴隷市場を眺めていた。

 性奴隷の少女がエレナを買った時と同じように舞台の縁を歩いていた。

 あの時に比べれば清潔感のある布きれを着ているし、暴力を振るわれた痕跡も存在しない。

 客席は満員御礼、立ち見客もいるような盛況ぶりだ。

 性奴隷の少女は舞台の中央に立ち、


「わ、私の名前はマリアです。農村で生まれ育ったので学はありませんでしたが、簡単な読み書きができるようになりました」


 客に緊張した面持ちで語りかけた。


「……もう二度と来ないかと思っていましたが」

「あまり来たくないんだけど、自分の目で確かめないと」


 クロノはマイルズの皮肉を流し、苦虫と化した豆を奥歯で噛み砕いた。


「奴隷市場は盛況みたいだね」

「売り切れ続出で、奴隷市場を週に二度、開催しようという話もあるくらいです。もちろん、そうすると品質の低下が避けられないのでしませんが」

「文字を教えるのも品質向上の一環?」

「おや、ご存知でしたか」


 クロノが苦り切った顔で皮肉を言うと、マイルズは感心したように笑みを浮かべた。


「客が健康な奴隷を求め、それが最低限の条件になれば器量好しを、健康で器量好しが最低条件になれば、更に付加価値を加えなければなりません。偶々、それが今回は教養だっただけの話です」

「文字を覚えるのに特殊な才能は必要ないからね」

「金貨三十枚!」

「三十二枚!」

「三十五枚だ!」


 少女の値段が跳ね上がっていく様子を眺め、クロノは水で唇を湿らせた。


「金貨五十枚!」

「五十枚以上の値を付けられる方は? ……いませんね、落札です!」


 司会者は品質保証書を性奴隷の少女に握らせ、落札者に引き渡した。

 品質保証書には医師の診断結果と処女である旨が明記されている。

 これも売り上げを伸ばすために奴隷商人が始めたサービスの一環だ。

 クロノの施策によって奴隷の扱いが格段に向上した結果、奴隷売買は活発になり、莫大な利益を奴隷商人とエラキス侯爵領にもたらしている。


「他の方々は分かりませんが、私の娼館はクロノ様のお陰で順調に売り上げを伸ばしています。微増、微増の繰り返しですがね」

「それも知ってるよ」

「難しい顔をして、嫌なことでもあったのかしら?」


 顔を上げると、柔らかな笑みを浮かべた女性が立っていた。

 年齢は三十路に届くか、届かないかといった所だ。

 胸は大きく、腰は細い。

 淫靡な雰囲気を漂わせる肢体をショートドレスに包んでいる。

 胸から下腹部まで大きく開いたドレスは性奴隷が着ている布に劣らない露出度だが、千倍くらい金が掛かってそうだ。


「ここ、宜しいかしら?」

「……」


 女は返事を聞かずにソファーに座り、クロノにしなだれかかった。


「こちらの方がエラキス侯爵? 噂通り、素敵な方ね」

「こんな演技をしないで、きちんと自己紹介をして欲しいな」


 クロノがぼやくと、女は一転して怜悧な表情を浮かべた。


「あら、よく分かったわね」

「分かってないよ」


 女は不思議そうに首を傾げ、


「どうして、分かったフリを?」

「素敵な方とか言って近づいてきたら、誰だって警戒するよ」


 女は困ったように……本当に困っているのだろう……クロノから視線を逸らした。


「貴方って、自己評価が低い方?」

「見ず知らずの女性に言い寄られるはずがないと思ってます」


 今まで近づいてきた女性が下心を持っていなければ、素直に信じられたのだが。

 くすりと女は小さく忍び笑いを漏らした。


「君って、面白い子ね」

「どうも……で、どちら様?」

「自由都市国家群にある娼婦ギルドのギルドマスターよ。いけ好かない爺さんどもに命令されて、君を探りに来たの。驚いた?」

「そういう意味じゃなくて、名前を聞きたかったんだけど」


 あら? と女は意表を突かれたように目を丸くした。


「エレインよ、エレイン・シナー。勘違いされると困るから言っておくけど、箔を付けるために貴族っぽく名乗っているだけで平民よ、ただの平民」


 女……娼婦ギルドのギルドマスター、エレインは愛嬌のある笑みを浮かべた。


「どうして、僕のことを調べに?」

「さあ? 娼婦ギルドのギルドマスターなんて言っても、所詮は使いっ走りだもの。爺さんどもが考えていることなんて分からないわ」

「エレインさんの考えは?」


 クロノが尋ねると、エレインは考え込むように……いや、胸を強調するように腕を組んだ。


「ほら、君は今までにない方法で紙を作ったりしてるから……多分、訳の分からないヤツが自分達の利益を脅かそうとしているから不安なだけじゃないかしら? 一応、紙の製法は秘匿されている訳だし」

「なるほど」


 エレインさんは何処まで本気なんだろう? とクロノは内心首を傾げた。


「ふふふ、考えてるわね?」

「エレインさんみたいな人が相談相手になってくれれば多少は楽なんだろうけど」


 下手をしたら手を噛まれるどころか、腕を食い千切られかねないのが怖い所だ。


「私は高いわよ」

「えっと、お幾らで?」


 エレインは人差し指を立てた。


「金貨一万枚……自分で娼館を経営してるから身請けの必要はないんだけど、これくらいは最低でも用意して欲しいかな? 色々なコネがあるから、君が商売をするつもりなら安いくらいよ」

「その時はよろしく」

「ええ、こちらこそ」


 クロノはエレインと他愛のない話をしつつ、奴隷市場の視察を続けた。

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