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クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです  作者: サイトウアユム
第6部

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102/202

第12話『金策』


 帝国暦四三三年二月上旬――リオは悪法も法なりって言ったけど、片棒を担ぐのはどうもね、とクロノは幽霊屋敷の天井を見上げて溜息を吐いた。

 汚職に関わっていた役人が辞職し、ネージュの部下は空いたポストに収まった。

 末端の役人も含めれば相当数が汚職に関与しているはずだが、粛正の嵐が吹き荒れたという話は聞かない。

 嵐の前の静けさかも知れないが、ネージュの部下は仕事をこなしている。

 そう、無難に……マックイーンのような犯罪組織の構成員、困窮して盗みを働いた者の区別なく、罰金を払えない犯罪者を鉱山に送り込んでいる。


「どうされますか?」

「下手に情けを掛けられない以上、ありのままを報告して刑を軽くしてやって下さいってお願いするしかないよ」


 クロノは姿勢を正してレイラを見つめた。


「それにしても……どうして、窃盗犯が増えたんだろう?」

「恐らく、私達が犯罪組織の構成員を捕まえたせいだと思います」

「どういう意味?」

「はい、私達は食物連鎖……街の生態系を壊してしまったのではないかと」


 クロノが尋ねると、レイラは自信なさげに答えた。

 だが、犯罪組織の構成員を食物連鎖における上位捕食者と位置づければ納得できる。

 上位捕食者が減れば被捕食者が増えるのは道理だ。


「もちろん、貧困が最大の理由だと理解していますが」

「……確かに」


 霊廟建設の後に残ったのは大勢の失業者だ。

 しかも、金もない、仕事もない、頼るあてもないときている。

 その上、炊き出しもないとくれば物乞いをするか、犯罪に走るしかない。


「皆の様子はどう?」

「軍歴の浅い兵士は若干戸惑っているように見えます」

「僕の領地しか知らないんじゃそうかもね」


 かつてのエラキス侯爵領や他の領地を知る者にとって帝都の惨状は許容範囲内だろう。

 だが、そうでない者は相当なストレスを感じているはずだ。


「分かった。できるだけ時間を作って部下に声を掛けるようにするよ」

「宜しいのですか?」

「部下のモチベーションを保つのも上司の仕事だからね」


 調書を尚書局に持っていったり、警備兵長の定例会議に参加したり、ピスケ伯爵に現状を報告したりと忙しいが、部下のモチベーションが低下する方が恐ろしい。


「とは言え、これも一時凌ぎ……抜本的な解決は難しくても、問題解決のために努力している姿勢を見せないとマズい」

「クロノ様の領地で受け入れることはできないのでしょうか?」

「すぐに受け入れるのは無理かな」


 クロノが言うと、レイラはわずかに顔を上げた。


「レイラの言いたいことは分かるけど、皆が納得する理由がないと」


 財政状況に余裕はあるが、その金は領民の血税である。

 領民と領地のために使わなければならない。

 綿密な計画を立て、関係各所に根回しを行い、念には念を入れて噂を流しておく。

 そこまでしても不安が残る。


「あとは感情的に納得してくれるかだね」

「感情ですか?」

「他人が好き勝手やった尻拭い、ましてや帝都で起きたことだもの。そんなことのために自分達が納めた税を使われたら、そりゃあ、面白くないよ」


 レイラは小さく頷いた。

 わずかに眉根を寄せているので、感情的に納得できないのだろう。


「クロノ様も面白くないのですか?」

「面白い、面白くない以前に帝都で解決すべき問題だと思ってる。ついでに言えばこの件に関して自分から動くつもりはないよ」


 まあ、アイディアくらいは出せるけどね、とクロノは心の中で付け加える。


「……クロノ様ならどうされますか?」

「僕なら炊き出しをするね」

「炊き出しを行う余裕さえないと聞きましたが?」

「稼げば良いんだよ」


 よく覚えてるな、とクロノはレイラの記憶力に感心しつつ答えた。


「どのような方法で?」

「ああ、それは僕も興味があります」


 突然、声が聞こえる。

 レイラは熱いものに触れたかのように跳び退き、腰から提げた短剣に手を伸ばす。


「お邪魔してます」


 声の主……ネージュ・ヒアデスは扉の近くに佇んでいた。

 レイラはネージュから視線を逸らさずにクロノとネージュの間に割って入る。

 いざとなれば自分の身を盾にしてでもクロノを守るつもりなのだろう。


「……レイラ」

「分かりました」


 クロノが声を掛けると、レイラは短剣から手を離した。


「エラキス侯爵はどんな方法でお金を稼ぐつもりなんですか?」


 ネージュは人の好さそうな笑みを浮かべて言った。

 こんな笑みを浮かべて暗殺対象の首を掻き切っていたと思うと薄ら寒いものを感じるが。


「どうして、お金を稼ぐ方法を知りたいんですか?」

「ヴェルナさんがうるさいんですよ。自分達の都合で連れてきたくせに用が済んだら放り出すとか舐めてんのかよ、ってね」


 クロノが問い返すと、ネージュは大仰に肩を竦めた。


「ヴェルナさんがごちゃごちゃ言うくらいなので、放り出された人達はもっと怒っているんだろうな、と……ついでに言うと第七近衛騎士団が色々と動いているようですし」

「……」

「第七近衛騎士団が色々と動いているようですし」


 クロノが黙っていると、ネージュは同じ言葉を繰り返した。

 大切なことなので繰り返しましたと言わんばかりだ。


「第七近衛騎士団が色々と動いているようなんですよ」

「巻き込まれたくないから聞こえないふりをしたんです」

「あ、そうなんですか? 巻き込んでしまいましたね? 何でもラルフ・リブラ伯爵はわざと暴動を起こさせようとしているみたいですよ」


 あ~、とクロノは頭を抱えた。

 これで知らぬ存ぜぬは通用しない。


「ラルフ・リブラ伯爵がよからぬことを考えているのは分かりましたが、ネージュ殿にどんなメリットが?」

「メリットはありません。あの爺さんのやり方が単に気に入らないだけです。効率を重視するのは構わないんですけどね。あの爺さんはやり過ぎる」


 どうやら、ネージュは暴動によって生じる不利益を回避したいようだ。

 最大多数の幸福を追求していると好意的に解釈すべきだろうか。


「それでエラキス侯爵はどうやってお金を稼ごうとしているんですか?」

「……」


 クロノはレイラに視線を向ける。

 すると、レイラは期待に目を輝かせてクロノを見つめていた。

 降参、とクロノは諸手を挙げる。

 ラルフ・リブラ伯爵が暴動を起こそうとしている。

 それを知った時点で傍観という選択肢はないのだ。


「……お金を稼ぐ手段は」

「お金を稼ぐ手段は?」


 ネージュがゴクリと喉を鳴らす。


「ずばり、賭博です!」

「は?」

「……クロノ様」


 クロノが高らかに宣言すると、ネージュは間の抜けた声を漏らし、レイラは悲しげな表情を浮かべた。


「念のために言っておくけど、賭博でお金を増やす訳じゃないですよ? 国が胴元になって賭博場を経営するんです」

「それ、お金が掛かりますよね? 運営するノウハウもありませんよ?」

「だったら、ある所から持ってくれば良いじゃないですか。たとえば賭博を生業にしている犯罪組織を傘下に組み込むとかして」

「殺し合いを見世物にしている所もありますよ?」

「必ずしも殺し合う必要はないでしょう? 高度な戦闘技術で観客を魅了したり、やり方は色々あります。まあ、賭博に興味のない人もいると思うので、入場料を取って賭けるか賭けないかは本人次第というのも手ですね」


 はぁ~、とネージュは感嘆の息を漏らした。


「流石、エラキス侯爵。貴族だけあって、楽して稼ぐ術に長けてますね」

「喧嘩売ってる?」

「いえいえ、誉めてるんですよ。クロードさんの息子とは思えません」

「そりゃ、どうも」


 クロノは辛うじて舌打ちを堪えた。

 どうやら、ネージュはクロノが養子であることを把握しているようだ。


「あとのことは任せますが、これは貸しですからね。きっちり取り立てるので、そのつもりで」

「本当に貴族らしい」


 ネージュは苦笑いを浮かべ、部屋から出て行った。


「クロノ様、宜しいのですか?」

「まあ、一番苦労するのはネージュさん達だからね」


 アイディアだけ出して美味い汁を吸おうとしても嫌な顔をされるのがオチだ。

 だったら、貸しにしておくべきだろう。

 気になることでもあるのか、レイラはわずかに目を伏せている。


「レイラ、心配事でもあるの?」

「いえ、はい、クロノ様……恐らく、アイディアだけでは済まないのではないかと」

「権力を背景にしない交渉ごとは苦手なんだけど?」

「クロノ様なら大丈夫です」

「信頼が重いです、レイラさん」


 クロノは深々と溜息を吐いた。



 ニコル組の拠点は第十二街区の西にあった。

 建物は二階建ての煉瓦造り。

 表通りからやや奥まった場所にあるが、民家が優に四軒入るほどの広さだ。

 拠点と闘技場を兼ねているらしく、地下まで伸びた吹き抜けの底はどす黒く染まった石畳で覆われている。

 クロノは二階にある応接室にいた。

 ソファーがあり、テーブルがあり、高そうな調度品がチラホラと並んでいる。

 柄が赤黒く染まった剣を壁に飾っていなければ普通の応接室と評しても良いだろう。


「レイラの予感的中」

「お手数をお掛けして、申し訳ございません」


 クロノが呟くと、隣に座っていたネージュの副官が小さな声で謝罪した。

 横目で隣を見る。

 ネージュの副官はメガネを掛けた女性だ。

 長めの髪をバレッタで纏めている。

 隙のない、ともすれば冷淡な雰囲気の女性である。


「ネージュ様は、働きたがらないので」

「んなこと、正直に言われても」


 ただでさえ低いモチベーションがマイナスにまで落ち込みそうだ。


「あの方は超越者ですから、今回のように動いて下さる方が珍しいのです。一応、義務感のようなものは残っているようですが」

「ああ、神官さんみたいなもんか」

「ええ、その通りです」


 神官さんのことまで把握している訳か。ったく、いつから僕を利用しようとしてたんだか、とクロノは心の中で毒づく。

 だが、役に立ちそうな情報が手に入った。

 ネージュが神官さんと同じならばすぐに敵対することはないだろう。

 もう少し探りを入れてみようかな? とクロノが考えたその時、扉が開いた。

 扉を開けたのは禿頭の大男だった。

 金壺眼(かなつぼまなこ)で、団子っ鼻、唇は分厚い。

 顔には刃物によると思われる古傷が幾つも刻まれている。


「俺がニコルだ」


 禿頭の大男……ニコルはソファーに腰を下ろした。


「あ゛~、何を笑ってやがる。俺のツラがそんなにおかしいのか、こるぁ?」


 ニコルは身を乗り出して巻き舌気味に言う。

 クロノは思わず噴き出した。


「何がおかしい?」

「犯罪組織の親分と対等に話せるなんて僕も偉くなったもんだと思って」


 クロノが身を乗り出すと、ニコルは体を引いた。

 その表情には困惑の色がはっきりと見て取れる。


「チッ、調子が狂うぜ」


 ニコルはボリボリと首筋を掻いた。


「で、用件は何だ?」

「はい、ニコル組が手がけている違法賭博の件でお話があって参りました」

「んなこたぁ分かってる! その先の話だ!」


 ニコルはテーブルを叩いたが、ネージュの副官は顔色一つ変えなかった。


「違法賭博を合法化し、救貧院の運営や貧民に対する炊き出しの資金源にしたいと考えています」

「資金源だ? ふざけるんじゃねぇ!」


 ニコルは再びテーブルを叩いた。


「良いか、姉ちゃん? 俺は誰の助けも借りずに糞溜からのし上がったんだ。賭博も俺が頭を捻って考えたんだ。そいつを寄越せってのか?」

「そのように申し上げたつもりですが?」


 ニコルの顔が赤黒く染まる。

 自分で提案しておいてなんだけど、普通は怒るよね。

 このままだと話が纏まらないだろうし……仕方がないか、とクロノは口を開いた。


「まあまあ、親分さん。まずは落ち着いて話を聞いて下さいよ」

「……チッ」


 クロノが話しかけると、ニコルは舌打ちしてソファーに座り直した。


「親分さんにとっても悪い話じゃないと思うんですよね。今までは……殺し合いを見世物にした賭博なんですから、大っぴらにやって貰っちゃ困る訳ですけど、とにかく大っぴらにできなかった。でも、この話を飲んでくれれば大っぴらに……極端な話、帝都の第一街区から第十二街区の全住人をお客さんにできる訳ですよ」

「……ほぅ、それで」


 ニコルは身を乗り出した。

 クロノの話に興味を持ったからではなく、自分の立場を理解しているからだろう。

 どれだけ偉ぶっても犯罪組織のボスに過ぎない。

 第六近衛騎士団が本気になればニコル組は数日で帝都から消滅するだろう。

 かと言って、唯々諾々と従っていては部下の信頼を失ってしまう。

 利益になるから手を組んでやったという言い訳が必要なのだ。

 あ~、なるほど、とクロノはようやく自分の役割を理解した。

 ニコルが言い訳を必要としているように第六近衛騎士団も犯罪組織に譲歩しなかったという事実を必要としているのだ。


「お客さんの数が増えた分だけ親分さん達は収入が増えて、おまけに国がバックについてるから興業がしやすくなる。僕達は本業に専念しつつ、救貧院の運営費と炊き出しの予算を獲得できる。どちらも得する提案な訳ですよ」


 僕は得してないけどね! とクロノは心の中で叫んだ。


「悪くねぇ、悪くねぇが、殺し合いして、どっちが生き残るかに賭けることを合法化しちゃいけねぇだろ」

「親分さんが常識を持ち合わせてて助かります」

「守るかどうかは別にして常識と良心は大事なんだよ。突き抜け過ぎると早死にしちまうからな」

「心に留めて置きますが、心配は無用です。殺し合いにならないようにルールを決め、どちらが勝つかに賭けるようにします」

「おいおい、観客は血を見に来てるんだぜ?」

「いえいえ、観客は非日常を愉しみに来ているんです。それに別に殺し合わせなくても興業の方法はあるはずです」


 クロノは息を吐き、ソファーに寄り掛かった。


「大体、一試合ごとに死人が出るんじゃもったいないでしょう?」

「……」


 ニコルは押し黙った。

 理解できないと言わんばかりだが、クロノにしてみれば当たり前のことを言っているだけだ。

 某有名ミュージシャンは情報にはお金を払わないけど、体験にはお金を払うと言うようなことを言っていたし、格闘技をやっていなくても興味を持つ人はいた。


「……まあ、悪い話じゃねぇな」


 ニコルは腕を組み、思案するように顔を伏せた。


「分かった、乗るぜ。だが、一つだけ頼みがある」

「僕にできることなら」

「話が早いぜ。子分を納得させるためにそっちの本気を示して欲しいんだ」

「具体的には?」

「そうだな。近衛騎士団……団長とは言わねぇが、それなりに腕の立つヤツを連れてきてくれ」


 今度はクロノが黙り込む番だった。


「エラキス侯爵、お願いします」


 隣を見ると、ネージュの副官はツンと澄ました表情でメガネを押し上げていた。


「いや、お願いされても……快く参加してくれるかな?」

「最悪、エラキス侯爵が参加すれば宜しいかと。合法化の件はこちらで進めておきますので、ご安心下さい」


 ヤラれた、とクロノは舌打ちした。



 翌日、クロノはアルフィルク城内にあるリオの執務室を訪れた。

 事情を説明すると、リオは頬杖を突き、呆れたような視線を向けてきた。


「以前から感じていたけれど、クロノは本当に要領が悪いんだね」

「はい、仰る通りです」

「ボクも暇と言えば暇なんだけれどね」

「何とか知恵を拝借したく」


 クロノは平身低頭でリオにお願いした。


「レオンハルト殿には話したのかい?」

「いえ、断られそうだったので」

「正しい判断だね。レオンハルト殿はお家のことを第一に考えるからね」


 リオは頬杖を突き、意地悪そうに笑う。


「ボクの方は副官がうるさくてね。なかなか協力しにくい状況なのさ」


 リオは参ったと言わんばかりに溜息を吐いた。


「とは言え、リブラ伯爵の件は対応しておくよ」

「どうやって?」

「大したことじゃないさ。ピスケ伯爵やレオンハルト殿に話してそれとなく牽制して貰うんだよ」


 意外な一面だ、とクロノはリオを見つめた。

 すると、


「リブラ伯爵の策は治安向上にそれなりの効果があると思うけれどね。根回しもせずにそんなことをされるのは困るんだよ」


 どんな人なんだろう? とクロノはラルフ・リブラ伯爵の人柄に興味を覚えた。

 養父に話を聞いておくべきかも知れない。


「やっぱり、僕が出るしかないのかな?」

「わざわざ代役を探さなくてもクロノならそれなりに盛り上がるんじゃないかな?」

「天枢神楽は殺傷能力が高すぎるし、刻印術は時間制限があって使いづらいんだよ。それに僕の戦い方は……」

「確かに顰蹙を買いそうだね」


 武器を隠し持ったり、負けそうなフリをしたり……ヒール街道一直線だ。

 間違ってもベビーフェイスにはなれそうにない。


「レオンハルト殿やリオなら一般受けすると思ったんだけど」

「一般受けするかは分からないけれど、一人だけ心当たりがあるよ」

「誰?」


 クロノが身を乗り出すと、リオは苦笑いを浮かべた。


「ロイ・アクベンス伯爵さ」

「あ~、あの人か」


 着任報告しに来た時、決闘をしていた赤毛の男だ。

 その後、アルヘナ・ディオス伯爵と取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「彼は戦闘狂だからね」

「……戦闘狂?」

「どうやら、ボクとクロノは違う感想を抱いているみたいだね」


 リオは頬杖を突きながら嬉しそうに笑った。


「アクベンス伯爵と話したければ中庭で待つが良いさ」

「あちこち探し回った挙げ句、『いやー、さがしました』と言われるんですね、分かります」

「クロノの冗談は分かりにくいね」


 そう言って、リオは肩を竦めた。



 クロノが庭園で待っていると、ロイ・アクベンス伯爵はすぐにやって来た。

 制服を着崩し、生あくびを噛み殺している。


「あ、あ~、エラキス侯爵か。ボーッと突っ立って、どうしたんだ?」

「アクベンス伯爵を待っていたんです」


 戸惑いながらアクベンス伯爵に答える。

 喧嘩腰で話しかけられるとばかり思っていたのだが。


「まあ、座れや」


 クロノは周囲を見回し、二つの岩が近くにあることに気付いた。

 一抱えもある立方体で角が削れている。

 クロノが座ると、アクベンス伯爵も岩に腰を下ろした。


「で、何の用だ?」

「実は……」


 隠し事をするのは得策ではない。

 そう考えてありのままを伝えると、アクベンス伯爵は獰猛な笑みを浮かべた。


「殺し合わねーって所が不満だが、楽しめそうだ。けどよ、俺で良いのか? 興に乗ってやり過ぎちまうかも知れねーぞ?」

「ああ、いえ、その辺は心配してません。アクベンス伯爵は冷静そうなので」

「破滅型だと自認してんだが?」


 アクベンス伯爵は口角を吊り上げる。


「僕が見た限り、アクベンス伯爵は破滅的な生き方に憧れているだけなんじゃないかと」


 先月の決闘を思い出す。

 アクベンス伯爵は最初こそ命を危険に晒すような戦い方をしていたが、しばらくすると洗練された動きをするようになった。

 破滅的な生き方を望む人間はあんな戦い方をしないだろう。


「ハハハッ、言ってくれるぜ」


 アクベンス伯爵はバシバシと自分の太股を叩き、悔しそうに空を見上げた。


「……どうしますか?」

「受けるぜ。もしかしたら、次は満足できるかも知れねーからな。それとアクベンス伯爵はよせ。二人の兄貴が死んで仕方なく家督を継いだだけなんだからよ」

「では、ロイと呼ぶので、僕のことはクロノと呼んで下さい」


 クロノはアクベンス伯爵……ロイと握手を交わした。



 数日後、ニコル組の拠点は貴族と商人で賑わっていた。

 貴族の大部分を占めるのは近衛騎士や近衛騎士を目指す若者である。

 恐らく、近衛騎士団長の技を見たい、盗みたいと考えて第十二街区に訪れたのだろう。

 商人の目的は貴族と顔見知りになるためだ。

 近衛騎士は上級貴族の子弟が多い。

 近衛騎士を目指す若者は下級貴族が多いが、顔見知りになっておいて損はない。

 そのせいか、若い商人が多い。

 クロノはそんな貴族と商人を横目に見ながら貴賓室に入った。

 観戦を目的とするため貴賓室の窓は大きく、テーブルとイスは窓際に寄せられている。

 貴賓室には先客がいた。

 第六近衛騎士団団長ネージュ・ヒアデスだ。


「やあ、エラキス侯爵」

「……どうも」


 クロノは軽く頭を下げ、ネージュの隣に座った。


「エラキス侯爵のお陰で観客を集めるのが楽でした」

「他にも色々と動いていたようですが?」

「大変でしたよ。長年準備していたとは言え、賭博を合法化したり、近衛騎士が参加できるようにするのは……」


 そっちじゃないんだけどな、とクロノは顔を顰める。

 新貴族の情報網によれば帝都に幾つか存在する犯罪組織のボスが死んでいるらしい。

 対立組織に殺されたと考えそうなものだが、どの組織も内部抗争を繰り広げているそうだ。


「困るんですよねぇ、次の抗争に向けて戦力を強化されると。どうせなら、棲み分けをして欲しいもんです」


 こちらの意図を察したのか、ネージュは独り言のように呟く。

 共存共栄……恐らく、それがネージュ達の思い描く第十二街区の在り方なのだろう。

 この分だと尚書局だけではなく、犯罪組織にまで根を張ってそうだ。

 犯罪者を本当に鉱山に送っているかも怪しいものである。


「ニコル組はモデルケースと言うことですか?」

「そうなれば良いと思っています。ああ、始まりますよ」


 闘技場を見下ろすと、槍を担いだロイが出てくる所だった。

 少し遅れて反対側の扉から大槌を手にした対戦相手が姿を現す。

 本当に人間なのか問い質したくなる巨躯の持ち主だ。

 ミノタウルスよりも大きく厚みがある。

 二人が距離を空けて対峙すると、アナウンスが響き渡った。


『槍を手にするのは第四近衛騎士団団長! ロイ・アクベンス伯爵! 対するは闘技場の絶対王者! ギリアン!』


 ロイはクルリと槍を回転させ、穂先を対戦相手に向ける。

 対戦相手……ギリアンは大槌を振りかぶったまま動きを止める。


「……大槌とか殺す気満々なんですけど?」

「まあ、プレオープンですから、そこは今後の課題と言うことで」


 クロノが突っ込むと、ネージュはお気楽な口調で言った。

 試合の開始を知らせる鐘の音が響き渡る。

 最初に動いたのはギリアンだ。

 猛然と突っ込み、上段から大槌を振り下ろす。

 砕けた石畳が散弾のように飛び散る。

 恐らく、これがギリアンを闘技場の絶対王者に押し上げた一因なのだろう。

 最初にダメージを与えて優位に立つ。

 もちろん、ギリアン自身もダメージを受ける訳だが、巨体故にダメージは少ない。

 ロイはギリアンの攻撃を躱せなかった。

 咄嗟に距離を取り、半身になったものの、砕けた石畳はロイの体を打ち据えている。


「……終わったかな?」

「そうですね」


 クロノが呟くと、ネージュは同意した。

 ギリアンは先程と同じように大槌を振り下ろすが、砕けた石畳はもはやロイを傷つけられない。

 ロイは大槌が振り下ろされるギリギリのタイミングでギリアンの脇を抜け、その陰に身を隠しているのだ。

 ロイは散発的に攻撃を仕掛けるが、ギリアンは大槌を振り回すだけだ。

 闘技場の絶対王者とは言うものの、その実体は闘技場の環境に適応した固有種と言うべき存在である。

 同じ相手と戦う機会がないために戦術の幅が狭い。

 まあ、圧倒的強者だったために新しい戦術を編み出せなかった可能性も高いが。

 その日、ロイは闘技場の絶対王者に圧勝した。



 もう三十年大人しくしてくれれば楽だったのだがな、とアルコルは机の上に置かれた書類を見ながら苦笑いを浮かべた。

 第六近衛騎士団団長ネージュ・ヒアデス……内乱期に陛下の命を狙った暗殺者だ。

 ふざけた男だ。素顔を晒して暗殺に挑み、面が割れているにもかかわらず、第六近衛騎士団団長の座に納まった。

 まあ、それも儂らの無能さ故か、と長い溜息を吐く。

 陛下……ラマル五世は死を望んでいた。

 だから、ネージュを第六近衛騎士団団長に据えたのだ。

 自分を殺してくれるかも知れないという淡い期待を抱いて。


「……国盗りという柄ではなかろう。部下に動かされたのだろうが、部下にしても国盗りをする柄ではあるまい」


 ネージュとその部下の動向は概ね掴んでいる。

 連中は比較的穏便な手段で自分達の影響力を強めようとしている。

 汚職に関与した役人を辞職させたり、第十二街区で行われている違法賭博を合法化して救貧院の運営費や炊き出しの予算に回そうとしたりと暗殺者集団に所属していたとは思えないほど地道な努力である。

 まあ、その地道な努力が報われるように手を回したが……。


「あとはあの二人を何とかせねばな」


 ラルフ・リブラ伯爵……有能ではあるが、理論的すぎるきらいがある。

 しばらくは大人しくしているだろうが、状況が長引けば自分が正しいと信じる方法で問題の解決を図ろうとするに違いない。

 アルフォート……城内に貴族を呼び込んで皇位を継承しようと画策している。

 継承の儀を行う金を何処から捻出しろと言うのか。

 アルコルは深々と溜息を吐いた。

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