第55話 配属
「あらっ、私だって用事があるとは言ったけどアナタ達だけで行かせるとは言ってないわよ?」
「まぁ実際の所、ここに着いたのはついさっきの事なんだけどね」
イオリ先輩が紅茶らしきものを啜り、ヤスラ先生は置いてある菓子に手をつける。王女の前と言うのに、全く持って緊張感が無い。いや、王様相手にタメ口で話してた俺が言うのもアレだけど。
2人とも王の方にも面識があるっぽいし、ナルフィアと面識があるのも不思議じゃないか。
「ヤスラ先生、それ食いすぎると太りますよ?」
「大丈夫大丈夫。無駄な脂肪全部は全部胸に行ってるから」
わざとらしく胸を大きく1度揺らす。その効果音は『ぽよん』よりも『ぼいん』だろう。そこは悪いが譲れない。
後ろのゴルゴッサは1つ大きな咳払いをすると、外で待ってますと言ってそのまま退出してしまったし。
「んで、先生と先輩はどうしてここへ?」
「おや、忘れたのかい? 今度ゆっくり話をしようって言ったじゃないか。君の話もあるのだろうし」
それって学年別トーナメントの話をしてるんだよなぁ……? そう言えばうやむやになってたけど、イオリ先輩も意味深な事言ってたしな。
「それじゃあ始めようか? まずは君がこの世界に来た事から」
ゴメン、ティア。異世界から来た事言ったら王国に連れて行かれて実験やら最悪処刑って言ってたよな?
悪いけど今から俺、その王女と学園関係者の前で話をしなくちゃいけないっぽいわ
◇◆◇◆◇
イツキがナルフィア達に事情を説明しているのと同時刻。キヨルを除く5人がとある人の呼び出しによって集められていた。深夜なのに連れ出された街の一角の喫茶店。他の店が閉まっていく中で、喫茶店と言う形で営業しているのはここくらいなものだ。
他は居酒屋や食事処と言った所で、あまり学生が入るべき所ではないのだ。
しかし寝起きを起こされたと言う事で、全員あまり機嫌が良くない。
運ばれてきたのは人数分の紅茶とお茶菓子。深夜なのであまり菓子類は口にしたくないのだが、出てきたモノに罪は無い。
「それで、こんな所に呼んで何の用です?」
セイウェンがまず第一声を発する。剣はめんどくさいので部屋に置いてある。全員が武器を所持していないだろう。
「まま、怒りなさんなって。こうして私が奢ってあげてるんだから」
「そういう問題じゃありませんわっ!! 私達、もう寝ていましたのよ? セシリア先輩?」
悠々と構えているセシリアに向かって、シルビアが呆れた声で反論する。しかし当のセシリアにはそんな事は関係なく、ただ笑いながら紅茶を啜っているだけだった。
少しだけ苛立ちを覚えながらも、やはり忙しいはずの生徒会メンバーがこうして直々に尋ねてくると言う事は、それだけ何かがあるのだろうとティアは踏んでいた。
しかし黙っている事が得策だなんて思えるはずも無い。
「あまり他には話せない内容なのか。それともイツキを呼ばなかった事に意味があるのか……。先輩、どっちかは応えて貰えますよね?」
「さっすがにイツ君関係だと思っちゃう?」
やっぱり何か隠している。ここにイツキが居ないのも気になるが、それ以上に彼女が、セシリア先輩が何を考えているのかが分からない。
だけど、なんとなくだが彼女は私達に不利になる事は考えていないはず。あくまで予感だけど。
「ふうっ。仕方ないなぁ、みんな怖い顔しちゃって。紅茶飲む時間位くれたっていいじゃんよぉ!!」
「にゃっはは。ボク達も時間を考えてくれれば、その位許したんだけど」
「……だよね」
ふうっと息を吐き出し、そこから雰囲気が一気に豹変する。セシリアの眼光が鋭くなり、それに全員が気づいてごくりと息を呑む。
「これは2年生徒会としてのお願いであり、セシリア・ターラントとしてのお願いでもあるわ」
そう言いながら彼女は自分のカバンから1枚の書類を取り出し、それをティア達の前へと滑らせる。確かにそれには2年生徒会のハンコが押されている。
「近いうちに絶対に戦争が起こるわ。それも大きな戦争」
「戦争!?」
「声が大きいです、お嬢様」
ガタンと机を大きく揺らしてしまい、そして店内に響く大きな声を上げてしまう。しかし幸いにも店内には彼女達以外は誰も居なく、店長も興味なさそうに音楽を聞いている。
「動揺するのは仕方無いと思うわ。だけどアナタ達も実感したはずよ? まだ確証は無いけれど、マノヒ達が何かを企んでいるのは」
「だけどそれだけじゃ無い?」
静かにだが、ゆっくりと彼女は頷く。そもそもたった2人で反乱なんて起こせるはずが無い。彼らが何処の立ち位置でこの学園に居るのかは分からないが、少なくとも仲間が居る。
とてつもない力を持った仲間が。
「だからアナタ達の最初の仕事は、この反乱分子の調査を私達と一緒に行う事よ」
「1年と2年生徒会が?」
「3年から上の生徒会も別で調査してくれるけど、主力は私達。取り合えず1ヶ月を目処にしているわ」
「だったら何故そんな事を私達だけで? リーダーであるイツキ君が居なければならないと思うのだが」
セシリアの言わんとする事は正論だ。そこまでの大事に生徒会として仕事をするのであれば、絶対に全員が知っておかなければならない。イツキを除いて話をする事は、本来効率を考えるとしてはならないはずだ。誰かもう1人忘れているような気もするが……。
しかしセシリアは笑いながら続ける。
「彼は別の仕事があるからこの仕事には参加しないわ。どーせイツ君、今説明受けて驚いている頃でしょうし」
◇◆◇◆◇
「って感じです」
大雑把にだが、みんなに説明した事をここでも話す。この部屋の中に居る3人が、微妙な顔をしている。ってかヤスラ先生聞いていたんじゃないの?
「えーっと、皆さん聞いてました?」
「聞いていたわよ? ねぇ、まなかちゃん」
「……はい」
そう言って何故かナルフィアの机の下から、まなかが出てくる。
ヤスラ先生が何かあるといけないからって見てたんだよな? そういえばヤスラ先生が来ていた時点で聞いておくべきだったな。
「アタシがあの事故の後どれだけ心配したか……バカイツキッ!!」
そのままこちらに走ってきて、俺の腹に弱めのパンチをかましてそのままうずくまる。少し痛いのだが、まなかに心配をかけた分だと思えばお釣りがくるのか? 何か結構強いんですけど。
「悪い、心配かけた」
「はいはい。感動しているのはいいけど、話が進まないからちょっと待っててね?」
「分かってますって」
そういって俺は2人掛けのソファーに間中を座らせて、その隣に俺が座る。左のソファーにはヤスラ先生、右にはイオリ先輩。そして正面にはナルフィア
「んじゃ、君の能力もある意味俺達と同じって訳か」
「どういう事です? イオリ先輩」
さっきまで考え事をしていたイオリ先輩が、静かに口を開く。しかしその瞳に、声にいつもの明るさは入っていない。
「そもそも魔法と言うもの自体、この世界では使えるものと使えないものが居る事は知っているよね?」
「えぇ。魔力があるか無いかではっきり決まってしまうんでしたっけ?」
「そうだね。だけど使えない者からしたら、使える者はいわば化け物だ。自分達の使えない強力な力を自由自在に使うんだからね」
結局自分の持っていない力、知らない事は好奇心にも恐怖心にも変わりうる。それはどんな事にでも当てはまる。
どれだけ多くの魔法使いが居ても、使えない者が1人でも居れば恐怖心に変わる事はありうる。
「だからちゃんと理解されてなかったり、今のような設備や環境が無かった時。結構魔法使いと呼ばれる連中は迫害されていたんだ」
その時だよとイオリは続ける。
「レアスキルと呼ばれる力が発現したと言われるのは。今でもレアスキル持ちは、何かしらの過去を持っているとされている。君の場合は、自分の世界での死かな?」
正確には死んでませんし、これも自分が作ったレアスキルだなんて言えない。それを説明するには、創造能力について説明しないといけない。
流石にそれは今すぐ出来る事ではない。
「俺は逆だった。魔力が高いのは生まれてから分かっていた事だが、何故か魔法が使えなかった。生まれてから、今までで覚えられたのは初歩的な補助魔法だけ。両親達は失望して俺は多くの人間の汚さを知ったよ。元々両親は魔法が使えなかったけど、俺が使えると知ってからそれを売りにお金を稼いでいた。つまりは未来の用心棒みたいなものさ。賛同する人は少なかったけど、魔力の高さを教えると喰いついてくる者が出始めた」
「だけどいつまで経っても魔法が使えなかった?」
苦笑いしながらイオリ先輩は頷く。おそらく口では軽く言っているが、実際はもっと酷かったのだろう。子供の未来を売りにして生活していた。それがせめてイオリ先輩の為だとは思いたいのだが、実際はどうなのか……。
「魔力が使えても暴力には勝てなかったね。必死に魔法を覚えようとして、出来ない分は出資した家で無償で働く。その時に本当に色々見たくないモノを見た、耐えた、抗った。そしてそんな時に、俺はこの力を手に入れた。いや、入れてしまったかな?」
微妙なニュアンスの違いに違和感を覚える。しかしそれ以上にイオリ先輩の顔が、何処か悲しそうなのは気のせいだろうか?
「その時は父親にぶたれている時でね、力が欲しい。いや、父親を殺したいと思ったね。そしたら目の前で嫌な音を立てながら、先程まで殴っていた男が1つの肉塊へと変わっていたよ。重力を全方向から受けたんだ、当然の結果だよ」
ヤスラ先生は知っていたのか、同じ様に顔を伏せながら紅茶を飲み干す。ナルフィアも神妙そうな顔をしながらも、決して視線は逸らさない。まなかも同じ様に。
「その後俺は魔法の暴走と言う事でその事件は処理されて、そのまま今に至るって訳だ。だから君が言っていたような人間じゃないさ。俺は人殺しの無能人間だったのさ」
失望しただろ? その様な表情を向けながら、イオリ先輩は紅茶を再び口に含む。
だからこそ伝える。おそらく先輩は俺の暴走の事を気にするなって意味で言ったんだろう。だけどその為に自分を悪く言う必要は無い。
「俺だってこの前悪魔を殺してしまいましたし、ティアに拾ってもらわないとどうなっていたか分かりません。でもやっぱりイオリ先輩は尊敬できる先輩です。だから俺の為に自分を卑下しないで下さい」
「いやぁ、本当の事を言ったつもりなんだけどなぁ……」
「それでもです。今まで先輩に救われた命だってあるはずです。その人達の思いも否定したらダメだと思いますよ?」
目を丸くして俺の言葉を聞き、そしてその後は再びいつもと同じ様に笑っているイオリ先輩。
「まぁイツキ君の失敗はそんなに気にしなくてもいいってか、これから克服出来る。いやして貰うんだけど」
「へっ?」
ヤスラ先生がその言葉を聞いて、ニヤリと笑ったような気がした。そして目の前のナルフィアも。
しかし言葉を発するのは、いつものヤスラ先生ではなくナルフィアだった。
「今朝の一軒はすまなかったのう。わらわの護衛をしてくれると言うからには、相応の実力が無いといけないと思うてな。それにゴルゴッサが確かめたい事があると言うたから仕方なくじゃ。仕方なくじゃぞ? 決して退屈だったからと言うわけじゃないからの?」
最後ら辺は慌てて本音が出たんだろ? そうやって否定するヤツのほとんどは本音だって。
ってか待てよ。今さらっと重要な事を言わんかったか、この幼女。
「や、ヤスラ先生? 俺以外の皆も一緒に護衛するんですよね? ね?」
「何言ってるのよ? 彼女達は別の仕事を用意してあるわ。任務に当たるのはアナタと、そしてまなかちゃんよ」
そう言ってニヤリと笑う。いや、こっちは笑えないんですけど?
「えっ、俺はともかくまなかも?」
「学園の方でもちょっとあるから、彼女を見ているのはあっちよりこっちの方が良いと思って。アナタも居るし」
「俺達の方で保護したかったんだけど、ちょっと重要な任務が入ってね」
そういうとナルフィアがこちらに近づいてくる。ちんまい身長を上げる事もせず、結果座っている俺を少し見下ろすだけの身長しかないが。
「そなたに与える命は2つ。1つはわらわの護衛として、1ヶ月しごとをする事。そして2つ目はトラウマを乗り越え魔法喰らいを使用できるようになり、戦闘能力を上げる事」
「や、了解……」
とりあえず了解はしておかないといけない。
これからどうなるのやら……。
と言うわけで、これからは新しく入った2人を主軸に少しお話を展開して行こうと思います。
向こうサイドはサイドストーリーとして挿入するかは分かりません。
5人のファンの方は応援しておいて下さい。ひょっとしたら出番があるかもしれません。
後活動報告で部誌の配布をするので、愛知県とその近くの方は是非。