第49話 夢の博物館
今回は紅辞典が多すぎたので、一気に生徒会メンバーの方に更新しました。
例によってネタバレ注意で。
短剣が重い。重すぎる……。まるで地面に吸いつけられたかのように、ヨミの短剣は地面に落ちていった。
何故? 何が起こった? 必死に答えを探し続けようとするヨミ。しかし分からない。だって今までずっと自分と共に戦い、成長してきたはずの短剣だ。
(となると、魔法ですか?)
イツキの方を睨むと、同じように何かを考えた顔をしている。さっさと考えないと、考えないとこの距離じゃ完全に相手の的になっているじゃないですか。
ゴミ虫とまでは言いませんが、しっかりして貰わないと。仮にもこのチームのリーダーであり、ティスティアお嬢様の護衛なのですよ?
そんな事を思いながらも口にしないのは、この圧倒的な雰囲気のせいだろう。一瞬でも気を抜いたら死ぬ。大げさかもしれないが、多かれ少なかれ『紅』のメンバーはそんな感触を抱いているはずだ。
「チッ。ヨミ、受け取れッ!!」
後ろから今まで使っていた短剣のレプリカが投げられる。それは本当に瓜二つの姿で、彼女の手にしっかりとなじみ、それでいていつもより何かが出来そうな気がした
「遅い」
それだけ呟くと、彼女は再び風の如く走る。
目指すは敵のど真ん中。とりあえずは挨拶程度に一撃くれてやる。それが最初の作戦。
「ふ~ん。あの程度じゃ驚かないか。余程警戒していたみたいだね、俺達を」
「いやいや、そんなのん気に構えている暇ないって!?」
シェイルはイオリののん気さに呆れながらも、魔力を込めトラップを投射していく。その形はカード。しかも1度地面の中に入り込んでしまえば、術者以外はその存在に気づかない。もちろん魔力を通しているので、魔力を見れば直ぐに分かる事だが
「甘い、です」
ヨミは片方の手に短剣を2本握り締め、空いた右手で地面に転がっている石を素早く取るとそれを投げる。そしてそれが地面に触れた瞬間、爆発・囚われの鎖・氷の槍などが一斉に発動する。
「ふふんっ。ここは私がいくわよん。シェイルはそんな小ざかしいのじゃなくて、時間かけてもっと強力なのを準備しなさいな」
「了解。まだ私あの子達をなめてたわ」
●紅の術者
第49話 夢の博物館
「ヨミとセシリア先輩が一騎打ちか。やっぱり出てこないのか、イオリ先輩は」
結局ヨミの短剣が何故地面に沈んだか分からないまま、俺は彼女にガンドロフと創造能力で創った短剣を与えた。だがこれではっきりした事もある。
アゼル先輩は魔術で攻撃するのは分かっているが、正直シェイル先輩の戦い方は分からなかった。自分もヨミの様に前線で戦いながらもトラップを落としていくのか、それとも純粋にトラップのみしかやらないのか。
答えは後者だ。彼女が近接戦闘を行おうとはしない。だったらっ!!
「ティア、お前はシェイル先輩が仕掛けるトラップの除去。それと出来れば彼女の無効化」
「了解」
「アイリとセイウェンはアゼル先輩の無効化を。まだ詳細がつかめて無いけど、とりあえず頼む」
「にゃっはは。チーム戦だからね? 危なくなったらボクも助けるから」
「出来ればシェイル先輩と合流させて、私達3人で叩いた方が良いのだろう?」
「あぁ。この戦い、個人で戦うのは危ない気がする」
そうチーム戦。出来れば後方に居る2人をくっつけておきたい。そうすれば、イオリ先輩とセシリア先輩を俺とヨミの2人で。アゼル先輩とシェイル先輩をティア達で片付ける事が出来る。
「イツキ。無理しないのよ?」
そう言いながら、3人とも急いで走っていく。途中でティアが残っているトラップを駆除している辺りを見れば、とりあえず大丈夫だろう。
問題と言えば俺か? ヨミに武器を渡した事により、俺はガンドロフを使う事は出来ない。今まで武器を出す時は必ず1つしか出して、いや出せなかった。何故かと聞かれれば分からないと答えるしかないのだが、今回もやはり無理だ
つまりは素手。このままではおそらく戦えない。
一応あの縛りは、このエキシビジョンマッチまでの約束のはずだ。
『疾風よ 迅雷よ 一陣の風に 一撃の雷を それは全てを切り裂き 全てを撃ち抜く 雷神烈風』
「吸収」
『換装 雷天疾風』
久しぶりの換装だが、体には不思議と馴染む。感触は大丈夫だ。雷と風を取り込んだおかげで、一時的に莫大なスピードを得られる事は実証ずみ。
だから俺は迷わず足に力を込めて、踏み出す
「イオリ君、来るよっ!?」
「分かってるって」
パチンッ
再びイオリ先輩の指が音を鳴らす。その瞬間、俺は回避行動に出ていた。さっきのヨミの件。あれはイオリ先輩が今みたいに指を鳴らした瞬間起こった事だ。
だから推測半分、直感半分で俺は通常ならありえない回避の仕方で進行方向を捻じ曲げる。
雷化。体に纏った電撃の割合を高くする事によって、一瞬だけだが雷と同化する。体から放電し。空気の中を無理やり力でこじ開ける。
その瞬間、目の前に大きなクレーターが出来た。先程と同じく、上から何かに押し付けられたかのようにぽっかりと大穴が空いている
「ほぅ。イツキ君。君は既に理解してくれたかな?」
「それが先輩の能力なんですか?」
そう言った瞬間、イオリ先輩の口元がつりあがる。推測としては簡単だ。まず光と闇が見えずに発動出来る訳が無い。それは上級属性故に与えられた権限みたいな感じか?
で、基本の5大元素の内可能性として残るのは土と風。しかし土ならば、結局ヨミの事は説明がつかない。だから風かと言われても、急速に風が集まった形跡も無い。
つまりはレアスキル。思い起こせばヨミの剣を沈めたとき、レアスキル同士でとか言ってたのを思い出す。
「君の能力に比べれば全然だけどね。重力掌握。さっきも見せてあげたんだけど、それじゃあ流石に分からなかったかなぁ?」
そう言いながら、彼は瞬動を行ったかのように素早くイツキの懐に飛び込むと軽く突き飛ばす。しかしその行動とは裏腹に俺は思い切り後ろに突き飛ばされる。
「イツキッ!?」
「はいは~い。ツンツンなメイドのヨミちゃんはこっちの相手よぉ?」
ヨミが飛び出そうとしたが、横薙ぎされる鎌を2本の短剣をクロスして防ぐので精一杯だった。
「あぁ、そう言えばその空調機。さっき俺が中身だけ圧縮したからねぇ」
いちいちそこまで考えてイツキを吹き飛ばす余裕があると見せ付けられる。少し嫌な気分になりながらも、イツキは後ろを見る。
先程おかしいほど熱風を出していた機械が黙ったのも、イオリの重力が原因だったのだ。内部の機械を中心に強力な重力で圧縮したのだ。だから空箱のクッションとなって、ダメージを和らげた。
「君の魔法喰らいはある意味人間の能力を超えている。いわば神と人間との中間と言った所か? それに比べれば、俺の能力は赤子同然だと思うが?」
「そうですかッ!!」
フィールドの壁を蹴り、イツキはそのままイオリへと突っ込む。会場の観客は、先程のイオリの攻撃で盛り上がっているがそんな事はどうでも良い。
俺達は彼らを、倒す。
「疾風の如き俊足と、雷鳴の如き俊足。確かにこれでは俺の能力もちょっと大変になってくるかな?」
そう呟きながら後ろをちらりと見る。そこではいくつもの魔導書を展開しているアゼルの姿があった。
しかし彼とてアイリとセイウェンを相手にしている。そう簡単に援護など出来るはずも無かった
「全く、そういうのは自分でやれ」
呆れながらも近くにある魔導書を幾つも操作する。
するとセイウェン達の前に1つ、俺の進まんとする方向の地面に1つ魔方陣が展開される。
「ッ!? セイウェン、アイリ伏せて」
「大丈夫、ボクがかき消せば――「バカッ!! それは私と同じ遅延魔法よっ!!」えっ!?」
アイリが驚くのを他所に、アゼルは魔法を瞬時に発動する。
魔方陣が出ても、詠唱によって形を決めて魔力を注がねば発動しないのは常識だ。しかし遅延魔法なら別。ティア自身その特性を理解していて、習得に励んだのだ。魔力・詠唱をすっ飛ばし、瞬時に発動出来る。それが遅延魔法。
「イツキ君。避けないと死ぬよ?」
スピードに乗った体をいきなりそらすのは無理だ。つまりはもう一度雷化を行うしか無い。普通ならそう考える。だから乗ってやろう。しかしその上で予想を反した行動を取る。
セイウェン達を護ろうとしたティアを含め、大量の水によって3人がこちらに流されてくる。それを横目にイツキは体の中に渦巻く雷の力を一気に放出した
「アゼルッ」
「はっ」
シェイルの掛け声によって、アゼルが魔法を発動する。イツキは進む。イオリを倒すために
しかし
「ガァ!?」
「だから言ったのに。避けないと死ぬよって」
一瞬だが完全に雷と化したイツキの体からは無数の剣が突き刺さっていた。しかし彼は一瞬とは言え雷になったのだ。人間の体すら通すそれが貫かれるのは――
「そう、絶縁体。君も良く知っているはずだ、このガラスの性質は」
透き通っていたガラスの剣に、イツキの血が流れていく。まずい、まずい。
体から力が抜けていく。小さな魔方陣だから、下から土の槍くらいが出てくるのだろうと油断していた。その魔方陣からは考えられないほどの剣、剣、剣。
「イツキ君ッ!?」
「ちょっとうそでしょ……イツキィ!!」
「叫んでないで、下の剣を破壊するの」
雷、つまりは電気。絶縁体は電気を通さない。イツキは雷化をしてそのまま直進しようとした。しかし絶縁体の存在によってその進行は阻まれる。
後は普通に戻ったイツキが刺されるのを待つだけ
「イツキ君、イツキ君ッ!!」
セイウェンが取り乱しながら回復魔法を使う。アイリとティアはそんなセイウェンを護りながら、回りからの攻撃に対応している。
それを知っていながらイオリは攻撃しない。しかし口を動かし語り始める。これではまるで授業。問題児を黙らせる方法を使い、そこからは自分のしたい授業をする。
「どんなものでも魔導書に書き込む事によって、遅延魔法として使う事が出来る。それがアゼルのレアスキル。『万物の図書館』」
『ッ!!』
ヤスラから貰った資料には載っていなかった。そもそもイオリ自体もレアスキル持ちとは聞かされていなかった。これは偶然か? それとも彼女が仕組んだ試練なのか?
レアスキル自体所持している者が少ないのに、それが2人。それだけで驚愕するものだった
「しかしそれだけでは君の常識離れした速度にはついていけない」
「セイウェン、まだ!?」
「待ってくれ。後もう少し、後もう少し持ちこたえてくれ」
「全く世話のかかる男ですね。死ぬなら私の手だと言ってるでしょう」
セイウェンの治癒がイツキの怪我を塞いでいく。しかし圧倒的に攻撃が押している。ヨミが1人でセシリアを押さえているから戦況は何とか均衡を保っているが、それでも危ない。
ここにイオリが加わればと思うと、これほど怖いものは無い。
「ここでシェイルの出番だ。何故彼女が会計か知っているか? 彼女の計算力を見たものは、驚愕するだろう。これが人の成せる技なのかと」
そう言われたシェイルがはにかみながらも、腰から丸い球体を取り出し投げる。明らかに爆弾のようなそれは、敵・味方の攻撃をするりとすり抜けながらイツキ達の目の前へと転がる
「セイウェンッ!!」
『凍れッ!!』
セイウェンが短縮魔法を使う事によって、丸い球体は完全に凍り活動を失う。しかしそれを見たイオリは満足そうに笑いながら話を続ける。
シェイルの一言の後に
「ごめんねぇ。それ、化粧品の空を黒く塗っただけよ?」
「だが分かっただろう? 人間が行う事は計算する事で、一種の予知と同じ事が出来る。彼女の並外れた計算力『理論計算』多重思考と並外れた計算がいつしかそんなレアスキルだと分かった」
「おいおい、アンタらレアスキルの博物館か?」
「ま、待ってくれイツキ君。まだ治療が終わって……」
焦るセイウェンの目の前に手を出して、そこに水を作り出す。先程まで治癒で体をめぐっていた力を一部停滞させていたものだ。
そしてイツキはそれを一瞬で握りつぶす
「吸収」
『換装 清流水羅』
地面にそれこそ水溜りの様に溜まっているイツキの血。それが何かに引き寄せられるかのように踊りだす。まさに血の剣。水の能力を得たことによって彼の体が治癒能力を増したのに加え、周りの水を制御出来るようになっている。
「ティア、アイリ。援護よろしく」
「う、うんっ!!」
「ボクに任せろぉ!!」
イツキの復活は紅に大きな士気の向上をもたらした。
つかの間の夢と共に
「う~ん、これは予想外。俺の重力掌握は制限多いくせに、ミスした時のリスクが大きいんだよなぁ」
そう言いながら、セシリアの方へと視線を送る。そうすると肩をすくめながら
「イツ君と戦うのは嫌だから、ヨミちゃんで良いよね?」
イオリが頷くのを確認して、セシリアは自らの鎌を携え突っ込んでくるヨミへと向かっていく。しかしそのスピードは歴然。風速瞬動のヨミと普通に走るにセシリア
速さでは圧倒的にヨミが上回っている
しかしセシリアの表情が、それだけで崩れる事は無い。何処か抜けていそうで、それでいて全てを見通しているかの様な絡みつく視線。
「ほらっ、これが私達2年生徒会が4人でやっていける理由。誰も寄せ付けない最強と呼ばれる所以だよ」
まずい。とっさにヨミはスピードを緩めてみる。大体の場合こちらの動きを読みながら、相手は攻撃してくる。だからそれを覆すには、この場合加速よりも減速だ。
避けるのでは無く止まる事で、彼女の一撃を凌いでそこから反撃に転ずる。
「あらっ、自分から止まってくれたの? でも一応は『力』として見せ付けておかないとね?」
そう言いながら、セシリアはヨミの目をじっと見る。
するとヨミの手から、剣が再び落ちていく。しかし今度はおかしな重力で押さえつけられるのでは無く、普通に自由落下するかのように滑り落ちていく
(まずい意識が……ッ)
「『夢への啓示』幻想的でしょ?」
脳に霞が掛かったかの様な感覚に陥りながらヨミが聞いたのは、不適に微笑むセシリアの顔だった。
そしてヨミはその鎌でもって地面へと倒れこんだのだった
紅 魔法辞典
換装 清流水羅
セイウェンの治癒魔法をイツキが停滞、吸収したもの。多くの魔力と水の力が通っている為、体の治癒能力の向上と水の制御が可能になった。
その能力は未知数だが、自分の血を剣に出来る事が確認されている。
とりあえず生徒会メンバーの攻撃は続きます。
完璧なチームワークと圧倒的な力の前に、イツキ達はどう立ち向かうのでしょうか?




