第45話 決勝戦ももう終盤、なので
「ワイはサルやっ!! プロ魔術師のサルやっ!!」
「サルでもプロ魔術師でもねぇだろっ!!」
何処かで聞いた事のある嘘を言いながら、拳を振るう。普段なら普通に集中力を高めれば、キヨルの攻撃は視えるはずなんだ。しかし、今回ばかりは何故か速度が違う。いつものスピードだと思って、反応していた俺の剣では間に合わない
だから一瞬でガンドロフに魔力を込め、腕にある剣を戻す。その代わり、遠距離武器の銃を出す
鈍い音が辺りに響く。そして俺の口から血が飛び散っていくのも分かる。
しかし吹っ飛ばされていない。その場に残ったままだ。俺はニヤリと笑いながら、まだ使っていない右手の銃を掲げ
「お前も一撃喰らっとけ」
「なんやねんっ!?」
右手を振り切ったキヨルは、とっさに左手を出すが無駄だ。視えてるからな
口から残った血を吐き出しながら、俺は引き金を引く。
乾いた音が、辺りに響いた
●紅の術者
第45話 決勝戦ももう終盤、なので
「いったぁ!? なんやねん!? なんでワイがシルビア嬢に殴られなあかんの!?」
わざとシルビアの近くに飛ばせば、一瞬驚いて攻撃が止むと思ってやったんだけどなぁ。体勢を立て直すどころか、攻撃すらやりづれぇよ
「ねぇ、イツキ? アンタ、さっきの攻撃どうやって防いだのよ? アレ、今までかかってなかった加速術式が付けられてたわよ?」
2人の漫才のおかげで俺達は、小休憩を取る事が出来ている。いや、このまま攻撃してもいいんだよ?
でも、絶対観客の受けが悪いじゃん。仲間割れしている所に俺達が攻撃するとか、卑怯者とか言われそうだし
「剣だと追いつかない事は分かったさ。だから銃を出した。まぁ体には少し無理をさせたけどな」
「もったいぶらないで言いなさいよ。もうっ」
「だからな、2丁の銃を出す。片方を殴られる方と反対側、つまり左側へ向けて魔力を放出する。これによって殴られた衝撃によって飛ばされるのを、逆側の力で相殺した。もう片方は反撃用だな」
つまり右から来る力を相殺する為に、左側から力をかけたのだ。もちろん相殺と言っても、体には両サイドの力が加わっている為に痛みは感じる。正直普通なら骨折れてるレベルの衝撃だぞ
「まさかいきなり加速術式を使ってくるなんてねぇ……。よく対応したわよ」
「まぁそっちは慣れない術式で大変だっただろうけどな」
まぁね、と言いながらティアは肩をすくめて笑う。
さてっ、そろそろ試合を再開しなければ観客もアレだろうに。前の2人は何をやっているかと思えば
「せやから、シルビア嬢がティスティアさんと戦いたい言うとったやん。で、イツキを止めておいてくれって言ったから戦ってたのに!?」
「誰があんな攻撃を当てろと言いましたの!? 私が、わ・た・く・しがティスティアを倒して、イツキさんと戦わなければ意味が無いのです!!」
物凄い勢いでケンカしてました。何? 敵に背中向けて仲間割れとか、俺達も一応待ってあげてるのにそれをいい事に何時までやってんの? いいのね? そろそろやっちゃってもいいのね?
「せやかてイツキもかなり強くて、ワイも手加減できひんのや」
「アナタ如きがどうにか出来るとは思ってませんが、もしですよ? もし仮にイツキさんが怪我でもしたらどうするのですが!? アナタ、一生恨みますわよ!?」
いや、それは試合だからしょうがないだろ? 最悪治癒してもらえれば、別になんともならないし。
「……イツキ、やるわよ」
観客の反応とか、お偉い様の反応をうかがっていたティアもそろそろ限界のようだ。これ以上俺達が何もしなければ、裏で台本の様なものがあってこの試合仕組まれていると思われてしまうから
だから俺はティアの提案に無言で頷き、その場を蹴り縮地する
「そんなんやったら、もう自分でイツキ相手にしたらええがな!!」
「ティスティアとの勝負はどうするんですのっ!!」
絶賛ケンカ中の2人は気付かない。俺が縮地で接近している事に。
ティアが術式を発動していることに
「はいはい、お2人さん。仲間割れは……」
息を呑む2人。接近されただけでなく、今の自分達には攻撃を防ぐ手段が無い。キヨルはとっさに腕を交差させて、防御体勢に入ろうとするが無駄だ。何も考えてないで、まだ攻撃もしてない段階での防御は、他の場所を狙ってくださいと言わんばかりの格好の的だ
「他所でやれッ!!」
シルビアには持っていたボウガンごと蹴り飛ばし、キヨルはわざわざ防御していた腹に銃を突きつけ射撃、その威力でがら空きになった腹へと銃の柄の部分で殴ってやる。
『グァッ!?』
避けれなかったシルビアと、防げなかったキヨル。その双方が、宙に舞う。自分達が起こした失態。それを2人は感じているのだろうか?
シルビア辺りは、これもキヨルのせいだと思っているに違いない。だからそんなシルビアとついでにキヨルを、断罪するかの如くティアは呪文を唱える
『火炎よ 燃えよ焔 その形式は矢 罪を射抜く断罪の矢なり 炎術の矢』
あえて詠唱を1ランクさげて、ティアは詠唱を終わらせる。すると彼女の周りには、無数の炎の矢が形成される。それを見て、瞬時にシルビアは防御の障壁を、キヨルは拳に術式を展開させる。
「悪いけど、そんな見え透いた攻撃。たとえ空中に居ても効きませんわよっ!!」
「せや。さっきの攻撃の方が、かなり良い感じだったんとちゃうか?」
その言葉に、ティアはニヤリと笑みを浮かべる。俺にはわかる。コイツが何をやろうとしているのかが
にしても、正直最初から使えばこんな手間取る事にはならなかっただろうに。まぁ俺も最初から、魔法喰らいを使えば一瞬だったんだけどな。
「それは、この攻撃を喰らってから言いなさいッ!!」
その掛け声と共に、ティアの周りに展開していた矢は一斉に2人の元へと向かっていく。しかしいくら変則的な動きをするとは言え、威力の低いこの攻撃ではダメージを与える事すら出来ない。
それどころか、あえて誘導しているようにすら見える。そう、2人をなるべく近くへと誘導しているかの様に
「ティスティア、アナタバカですのね? こんな単調な攻撃で私を倒せるとでも思っていましたの? 片腹痛いですわっ!! ……でも、コイツを近づけて精神ダメージを与えた事だけは褒めてあげますわ」
「なんでワイが近づいただけでダメージ喰らっとん!?」
そんなやり取りをしている2人に向かってティアは杖を傾け、静かに呟く
『……発動ッ!!』
2人の少し後ろ、正確には数秒後に触れるであろう場所が歪む。そしてそこから魔方陣が展開され、そのまま雷の槍が展開される。
前回の戦闘で見せた、ティアの新技というか新術というか、とりあえずあれは遅延魔法だ
予め詠唱しておいた魔法を発動せずに留めて置き、自分のタイミングで発動させる事が出来る。そして今回は完全にティアの策略だ
後から追撃する事は分かっていたが、まさかこんな方法でやるとは思っていなかった。炎術の矢を発動させた時に、明らかに攻撃する気が無くて気付いたんだけどな
「避けられませんわっ!?」
「なんでこんな術が!?」
パニックになり、しかし空中で避ける術をしらない2人は無残にも、腹から雷の槍が突き刺さる。そして触れた瞬間から、2人は聞こえない悲鳴をあげすぐに失神する。するとすぐに槍は消え、2人は糸の切れた傀儡の如く落ちてくる。
俺は急いで2人の元に駆け寄り、そのままキャッチして地面に置く。
「そんな簡単な術式出さないっての。手加減してるのに、何であんなに偉そうな態度だったのかしら?」
「そりゃあ……」
本気でティアがやってると思ってるんじゃないのか? 一応俺達は次の2年生徒会まで縛りを付けてやっている。だから少し苦戦してしまうのも無理は無いけど、あれを全力だと思われるのもなぁ
「でもまぁ、一応勝てたんだし良いじゃないの。アイツを倒した途端、心の中のもやもやが晴れたし」
「そうだな」
そう言葉を交わしながら、セイウェン達の方へ加勢しようかと思った矢先
「グァアアアアアアアアアアアアッ!!!」
強烈な悲鳴が聞こえてきたのだった
◇◇◇◇
「シュウ・エンドルド……」
そう、そこで立っていたのはヨミが気絶させたはずのシュウだった。右手には飛んでいったはずの剣を握り、顔には笑みを浮かべながら
「これも作戦と言うヤツらしくてだ。仕方なくこの俺が地面に伏せておったわけだ!!」
確実に気絶を確認したはずなのにとヨミは戸惑う。しかしシュウ自体はそんな事は気にせず、ただ剣を振りかぶってヨミへと襲い掛かる。
「だがな、俺をこんな風にしたお前を許せるわけないであろうっ!!」
急いでその場を離れる3人。しかしヨミにはシュウが、セイウェンとアイリにはマノヒが付いてくる。まるでそれは戦場。本当に学生、しかも入学してまだ1学期も終わっていないようなひよっ子達の戦闘だとは誰にも思えない。
実際セイウェンとアイリは今まで使っていなかった、鳳雨とオープンバレットを使ってしまっている。ソレほどまでに、この2人はレベルが違うのだ。残りの3人よりも
『風速瞬動』
短縮詠唱での発動。しかしヨミは一般客の視覚では捉え切れないほどのスピードに達する。そしてそのままシュウを中心として、円を描くように逃げる。回り込み、反撃する
そう、そのはずだった
「王の前では、風さえも止まるのだ」
すれ違い様、シュウがそんな言葉を発する。しかしただでさえ他人とは関わろうとしないヨミが、戦闘中にそんな言葉を気にするはずが無い。ヒントを与えてやったのにと小さな声で呟き、シュウはありえない行動を起こす
自らの剣を地面に突き刺し、そのまま自分のスピードと力を込め地面を抉る。そしてそれは的確に、シュウの背後へと降り注ぐ。そう、ヨミが接近していた場所へと
「なっ!?」
慌てて瞬動を止め、風によって土を飛ばす。しかしその行動こそ、シュウが狙っていたものだった
「風は止まった」
ニヤリと笑いながら、地面に突き刺さった剣を抜き振り返る。ヨミは焦りを顔に浮かべ、再び術式を展開しようとする。しかしそんなのは計算の内に入っているシュウは、先に加速術式を展開してヨミに接近する。
火花が飛び散る。長さや威力でヨミを上回るシュウの剣を、ヨミは両方の短剣を交差する事で受け止める。しかし先程までの状況とは一転して、シュウの方に余裕がある
「王は民の前に君臨する。民は王の前にひれ伏せッ!!」
「私の主はティスティアお嬢様だけ。お前にひれ伏す位なら、イツキと1日居た方が……ましっ!!」
一瞬力負けして下がったヨミだが、下から打ち上げるように剣を弾く。そして慌ててヨミはその場から離れていく。本能が、シュウの近くに居ては危険と言うからだ
「逃げても無駄である!!」
「くっ!?」
スピードではこちらが上回っているはずだ。しかしシュウはヨミが動くよりも早く体を動かし、移動速度で負けている分を、動き始める時間を早めることによって補う。未来が見えているとしか言い様が無い
予測できない事態に言葉を失うヨミ。その表情を見て笑みを浮かべるシュウ
「チームで戦うのであろう? だったらそのチームとやらの元へ帰れ」
冷徹な声。感情の一切を出さない声が響く。そして防御する甲斐も無く、シュウの横薙ぎがヨミを2人の元へと飛ばす
「ヨミ君!?」
「ヨミちゃん!!」
吹き飛ばされたヨミを2人が受け止めてくれる。しかしヨミは何かを感じ取った。いけない。ここに居ては
前を見ると、マノヒとシュウが一緒に並んでいる。ただそれだけのはずだ。しかし何かおかしい
「王に歯向かった罪は大きいぞ? 愚民よ」
「同じ苦しみを味わえよ」
何を言っている? そうたずねようとした瞬間に気付く。自分を含め、3人の足元に見覚えの有る魔方陣が展開される。見忘れるはずが無い。自分がお嬢様を危険に晒してしまったあの時。そして……
『雷撃よ 罪有るモノに断罪を 刃を向けしモノに償いを 立ち上れ 雷神の怒り』
危ない。そう叫びながらヨミはバックステップで後ろに下がる。あの術式は地面から自分達の魔力を吸い取って下から突き上げてくる。だから地面から離れてしまえば、魔力を吸い上げる事は出来ないはず
「そう、地面から離れれば良い。そう思うのは当たり前だろ?」
背筋が凍る。思考が停止する。何だ? 何なんだ!? 普段のヨミならば絶対に見せないような表情を、顔に出してしまう。今まで前に居たヤツが、たかが数秒の間にここまで来れるはずが無い。来るならその前に予備動作があるはずだ。何も無かった。少なくとも自分が見ていた時には何も
「考えるな。愚民達には分からぬ事よ」
その言葉にヨミは腕から力が抜けていく。たかが試合? いや、違う。彼女にとってこの試合は大きな意味があるのだ。しかし、そんな事だけではない。自分の思考が読まれているのではないかと言う恐怖。何をしても逃げられないと言う絶望が、戦う力を失わせる
「さぁ、飛べよ。風」
無防備な彼女の背中を、シュウの足が無造作に蹴り飛ばす。そして後ろに下がっていた彼女は、無理やり元居た場所へと倒れこみそして……
「ジャッジメント」
「グァアアアアアアアアアアアアッ!!!」
絶叫した
紅 魔法辞典
炎術の矢
無数の矢を直線的で無く、全てに意志を持たせて不規則な動きをさせる。数が多くなれば多くなるほどイメージのしにくさや、制御を全て同じようにさせるのが難しくなる。
ティアはわざと1ランク下げたと言ったので、彼女はもっと高度な術を扱えるまで成長している事が伺える
使用者:ティスティア・ナフィー
雷神の怒り
以前のナフィー家の誘拐事件のときに使われた魔法。その時は名前が判明しなかったが、今回判明。
使用者の魔力を使うのは発動する時のみで、残りは対象者の魔力にのみ依存する。しかし相手の魔力を吸出し、それを使い、雷撃を放出させる。その3つの術式が組み合わさった高度なモノを発動させるのは、至難の業だと言える
使用者:マノヒ・イーデ