第七話:灯し手(ともして)
冬の気配が茶屋に忍び寄る頃、提灯の火は静かに揺れていた。
灯は、囲炉裏の前で茶葉を選びながら、遥の背中を見守っていた。
彼は、初灯を終えてから、少しずつ変わっていた。
言葉に芯が入り、目の奥に灯りが宿っていた。
その夜、茶屋に現れたのは、若い女性だった。
名を「柚希」という。
コートの袖を握りしめる手が、震えていた。
「……誰かに、言えなかったことがあるんです。
言えないまま、その人は、いなくなってしまって。」
灯は、遥に目を向けた。
「あなたが、灯してみますか?」
遥は、深く頷いた。
彼は棚から“語り茶”を選んだ。
それは、心の奥にある“言えなかった言葉”を浮かび上がらせる茶葉。
囲炉裏に火をくべる手は、もう震えていなかった。
湯気が立ち上ると、店内の空気が少しだけ柔らかくなった。
遥は、茶碗を柚希に差し出した。
「この茶は、あなたの心に眠る言葉を、そっと呼び起こします。
無理に話さなくてもいい。ただ、少しだけ、心をほどいてください。」
柚希は、茶を口にした。
――その瞬間、彼女の瞳が揺れた。
見えたのは、病室の風景。
ベッドに横たわる父親。
「ごめんね」と言えなかった日々。
柚希は、涙を流した。
「……本当は、もっと話したかった。もっと、笑いたかった。」
遥は、静かに言った。
「その気持ちは、きっと届いています。
言葉にできなかった想いも、心の灯りとして残っているはずです。」
灯は、囲炉裏の火を見つめながら微笑んだ。
「あなたの茶は、優しいですね。
誰かの痛みに触れても、焦がさず、そっと包む。」
その夜、茶屋の提灯は、遥の灯りに呼応するように、ふたつの火を揺らしていた。
灯し手――それは、誰かの心に火を灯す者。
遥は、初めて“誰かの夜”を照らした。




