表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第七話:灯し手(ともして)

 冬の気配が茶屋に忍び寄る頃、提灯の火は静かに揺れていた。

 ともりは、囲炉裏の前で茶葉を選びながら、はるかの背中を見守っていた。

 彼は、初灯を終えてから、少しずつ変わっていた。

 言葉に芯が入り、目の奥に灯りが宿っていた。

 その夜、茶屋に現れたのは、若い女性だった。

 名を「柚希ゆずき」という。

 コートの袖を握りしめる手が、震えていた。

「……誰かに、言えなかったことがあるんです。

 言えないまま、その人は、いなくなってしまって。」

 灯は、遥に目を向けた。

「あなたが、灯してみますか?」

 遥は、深く頷いた。

 彼は棚から“語り茶”を選んだ。

 それは、心の奥にある“言えなかった言葉”を浮かび上がらせる茶葉。

 囲炉裏に火をくべる手は、もう震えていなかった。

 湯気が立ち上ると、店内の空気が少しだけ柔らかくなった。

 遥は、茶碗を柚希に差し出した。

「この茶は、あなたの心に眠る言葉を、そっと呼び起こします。

 無理に話さなくてもいい。ただ、少しだけ、心をほどいてください。」

 柚希は、茶を口にした。

 ――その瞬間、彼女の瞳が揺れた。

 見えたのは、病室の風景。

 ベッドに横たわる父親。

「ごめんね」と言えなかった日々。

 柚希は、涙を流した。

「……本当は、もっと話したかった。もっと、笑いたかった。」

 遥は、静かに言った。

「その気持ちは、きっと届いています。

 言葉にできなかった想いも、心の灯りとして残っているはずです。」

 灯は、囲炉裏の火を見つめながら微笑んだ。

「あなたの茶は、優しいですね。

 誰かの痛みに触れても、焦がさず、そっと包む。」

 その夜、茶屋の提灯は、遥の灯りに呼応するように、ふたつの火を揺らしていた。

 灯し手――それは、誰かの心に火を灯す者。

 遥は、初めて“誰かの夜”を照らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ