第五話:継火(つぎび)
秋が深まり、茶屋の提灯は少しずつ色を濃くしていた。
灯は、囲炉裏の火を見つめながら、心の奥にある“揺らぎ”を感じていた。
“火を継ぐ者”――白狐がそう呼んだ少年、遥は、あれから何度も茶屋を訪れていた。
彼は、灯の茶を飲むたびに、少しずつ変わっていった。
言葉が柔らかくなり、瞳に光が宿るようになった。
ある夜、灯は遥に言った。
「あなたの心には、火がある。でも、それはまだ小さな灯り。
誰かのために灯すには、もう少しだけ、強くしなければなりません。」
遥は頷いた。
「僕は、灯さんみたいになりたい。誰かの悲しみに寄り添える人に。」
灯は、棚の奥から一冊の古い帳面を取り出した。
それは、茶屋の“記録帳”――訪れた客の心と、淹れた茶の記録が綴られている。
「これを、少しずつ読んでください。茶を淹れるには、心を知ることが必要です。」
遥は、ページをめくった。
そこには、忘却茶を飲んだ人の涙、夢見茶に映った記憶、心茶に触れた痛みが、静かに記されていた。
その夜、灯は遥に“灯火茶”を淹れた。
それは、火を継ぐ者にだけ淹れられる、特別な茶。
茶碗を受け取った遥は、深く息を吸い、ゆっくりと口にした。
――その瞬間、彼の心に、灯の記憶が灯った。
狐火の茶屋が生まれた夜。
灯が初めて茶を淹れたときの緊張。
誰かの涙に触れたときの震え。
遥は、静かに涙を流した。
「僕は、灯さんの火を継ぎます。まだ小さいけど、絶対に消しません。」
灯は、微笑んだ。
「火は、誰かに渡すことで強くなる。あなたの灯りが、誰かの夜を照らしますように。」
その夜、茶屋の提灯は、いつもより強く燃えていた。
狐火の茶屋は、ひとつの灯りから、ふたつの灯りへ――
静かに、確かに、継がれていく。




