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第二話:灯の耳と、夢見茶

 狐火の茶屋には、決まりがある。

 それは「茶を飲む前に、心をひとつ、置いていくこと」。

 その日、茶屋に現れたのは、少女だった。制服姿で、まだ高校生のように見える。

 名前は「美羽みう」。目元には、眠れない夜の痕跡があった。

「……夢を見たいんです。できれば、いい夢を。」

 灯は棚から、淡い青色の茶葉を取り出した。

 “夢見茶”――心に眠る願いを映す茶。

「夢は、あなたの中にあるものしか映しません。だから、嘘はつけませんよ。」

 美羽は、少しだけうつむいて言った。

「本当は、夢なんてもう見たくない。でも、見ないと、前に進めない気がして。」

 灯は、囲炉裏に火をくべながら、静かに茶を淹れる。

 湯気が立ち上ると、店内の空気が少しだけ柔らかくなった。

 茶碗を受け取った美羽は、そっと口をつける。

 ――その瞬間、彼女の瞳が揺れた。

 見えたのは、幼い頃の風景。

 母と手を繋いで歩いた桜並木。

「大きくなったら、絵描きになるのよ」と笑った母の声。

 美羽は、涙をこぼした。

「……あの人、もういないんです。事故で。」

 灯は、そっと言った。

「夢は、過去を映すこともあります。でも、それは、あなたの心がまだ灯っている証です。」

 美羽は、茶碗を両手で包みながら、ぽつりと呟いた。

「絵、描いてみようかな。久しぶりに。」

 灯は微笑んだ。

「それが、あなたの夢なら。茶屋は、いつでも灯しに来てください。」

 美羽が帰った後、灯は棚の奥にしまってある古いスケッチブックを取り出した。

 そこには、彼女自身が描いた“人間の街”の絵があった。

 狐の耳を隠しながら、灯はそっと呟いた。

「私も、夢を見ていいのかな。」

 茶屋の提灯が、ふわりと揺れた。


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