屋上の「高嶺の花」
悠斗が校舎の裏手に回ると、やはり屋上へと続く非常階段の扉が、わずかに開いていた。好奇心に駆られ、彼はゆっくりと階段を上っていく。錆びた鉄の階段は、一歩踏み出すたびにギィ、ギィと軋んだ音を立てた。心臓の鼓動が、その音に合わせて高鳴る。
屋上の扉を開けると、強い風が吹き抜け、彼の髪を乱した。目の前には、遮るもののない広大な空が広がっていた。そして、そのフェンスにもたれかかるようにして、一人の少女が立っていた。長い黒髪は風になびき、夕焼けに染まる空を背景に、まるで絵画のように美しい。
星野雫。学園の「高嶺の花」と呼ばれる、誰もが認める美少女だった。成績優秀、容姿端麗。完璧に見える彼女は、いつもクールで、感情を表に出すことが少ない。悠斗にとっては、遠い存在であり、話したこともほとんどないクラスメイトの一人だった。
雫は、悠斗の存在に気づかないのか、ただじっと空を見上げていた。その横顔は、普段のクールな表情とは異なり、どこか寂しげで、儚げに見えた。夕焼けのオレンジ色が、彼女の白い肌を淡く染め上げ、大きな瞳には、遠くの街の光が瞬いていた。
悠斗は、思わず息を呑んだ。こんな表情の雫を見たのは初めてだった。完璧な彼女にも、人知れず悩みを抱えている一面があるのだろうか。彼は、声をかけるべきか迷った。しかし、この美しい光景を壊したくないという気持ちと、彼女の秘密を覗き見ているような罪悪感が入り混じり、結局、彼は物陰に隠れて、ただ彼女を見つめることしかできなかった。
しばらくして、雫は小さくため息をつくと、ゆっくりと屋上を後にした。悠斗は、彼女の姿が見えなくなるまで、じっとその場に立ち尽くしていた。彼の心には、これまで感じたことのない、不思議な感情が芽生えていた。それは、憧れでもなく、畏敬でもない。もっと個人的で、繊細な、何かだった。