いつもの帰り道、いつもと違う風景
佐倉悠斗は、今日もまた、いつも通りの帰り道を歩いていた。夕暮れ時、空は燃えるようなオレンジ色から、深い藍色へとグラデーションを描き始めていた。桜並木は夏の盛りを迎え、青々とした葉が強い日差しを遮り、木漏れ日がアスファルトにまだら模様を描いている。蝉の声が降り注ぎ、アスファルトからは日中の熱気が立ち上っていたが、少しずつ涼しくなる風が頬を撫でるのが心地よかった。
彼の通う私立星見高校は、駅から少し離れた小高い丘の上にあり、通学路は緩やかな坂道が続く。悠斗は、特に目的もなく、ただ漠然と前を向いて歩いていた。彼の日常は、まるでこの坂道のように、緩やかで、そしてどこか単調だった。クラスメイトとの会話は必要最低限。部活動にも所属せず、放課後は図書館で本を読んだり、一人でカフェ巡りをしたりして過ごすのが常だった。
「はぁ……」
小さくため息をつく。自分に自信が持てず、一歩踏み出す勇気がない。そんな自分を変えたいとは思うものの、どうすればいいのか分からない。そんな漠然とした悩みが、彼の心には常にあった。他人の感情に敏感で、周囲の空気を読みすぎる傾向がある彼は、自分の気持ちを素直に表現するのが苦手だった。
商店街を通り過ぎると、揚げ物の香ばしい匂いや、焼き鳥の煙が鼻腔をくすぐる。学生たちがコロッケやクレープを頬張る姿を横目に、悠斗はふと、視線を上げた。校舎の屋上。普段は施錠されていて立ち入り禁止のはずの場所に、人影が見えた気がした。
気のせいだろうか。そう思いながらも、彼の足は自然と校舎へと向かっていた。何か、いつもと違うことが起こる予感がした。それは、彼の単調な日常に、小さな波紋を投げかけるような、そんな予感だった。