第19話:灯霧の庭、願いの灯を数える
戦いの余波が静まり、灯霧の流れが穏やかさを取り戻していた。霧の粒は淡い金色に戻り、まるで澪の記憶が少しだけ安らいだかのようだった。
律は深く息を吐き、折り紙をそっと胸元にしまう。
「……終わった、んだよね」
「うん。ユウさんが、全部守ってくれた」
あいは霧の粒を指先で弾きながら、律の隣に腰を下ろした。ふたりの間に流れる空気は、戦いの直後とは思えないほど柔らかかった。
ユウは少し離れた場所で、静かに霧を眺めていた。肩口から漏れていた霧は収まりつつあるが、彼の瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「ユウさん、大丈夫……?」
律が声をかけると、ユウは肩をすくめて笑った。
「問題ねぇよ。ちょっと、記憶が揺れただけだ。……それより、今の戦いで何を得たか、確認しとけ」
「……そうだね。澪の記憶のかけら、今回で二つ取り戻せたんだよね」
あいが霧の中に手を伸ばすと、淡い光がふたつ、指先に寄り添うように現れた。
ひとつは、夏祭りの帰り道で渡った橋の記憶。もうひとつは、澪が願いを込めた折り紙を手にしていた記憶。
「これで、全部で……いくつ目?」
律が問いかけると、あいは指を折りながら数え始めた。
「最初に見つけたのが、澪が初めて折り紙を折った記憶。次が、灯霧の庭で澪と遊んだ記憶。そして今回のふたつで……合計四つ」
「澪の記憶のかけらって、全部で何個あるんだろう。」
「そうだな~。…この感じだと、残りは…三つだね」
律は霧の粒を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「あと三つか……でも、だんだん深くなってる気がする。灯霧の色も、敵の形も……」
「願いの深層に近づいてる証拠だね。澪の心の奥にある、いちばん大事な記憶が近いのかも」
あいは霧の粒を蝶の形に編みながら、律の肩にそっと乗せた。
「これ、澪の記憶がちゃんと戻ったら、飛ばしてあげたいな。……“おかえり”って言いながら」
律は微笑み、あいの手元を見つめた。
「きっと、澪も喜ぶよ。……あいの折る蝶、すごく綺麗だから」
「えっ……そ、そんなこと言われると、照れるじゃん……」
あいは頬を染めながら、蝶を律の手に乗せた。
ユウはふたりのやり取りを遠くから眺めていたが、ふと立ち上がって霧の奥へと歩き出した。
「ユウさん、どこ行くの?」
律が慌てて声をかけると、ユウは振り返らずに答えた。
「次の扉が開きかけてる。……少し、見てくるだけだ」
「でも、ユウさんの体……」
「心配すんな。俺は、願いを喰った分だけ、強くなってる。……今はまだ、な」
その言葉に、律とあいは何も言えず、ただユウの背中を見送った。
灯霧の奥に、微かに揺れる光が見えた。次なる記憶のかけらが、ふたりを待っている。
「ねえ、律。次の記憶って、どんなのだと思う?」
「うーん……澪が泣いた記憶、とか……?」
「それはちょっと、見たくないかも……でも、澪の願いを守るためなら、ちゃんと向き合わなきゃだよね」
「うん。僕たちの願いも、澪の願いも、全部……灯霧に刻まれてるから」
ふたりは立ち上がり、霧の流れに足を踏み出した。
その背中には、少しだけ疲れと、少しだけ希望が宿っていた。
そして、灯霧の庭には、ふたりの願いを見守るように、蝶の霧が静かに舞っていた――。




