第16話:灯霧の回廊、願いの試練
灯霧の奥へと進んだ律とあいは、澪の記憶のかけらが眠る場所――夏祭りの帰り道に渡った橋――を目指していた。
霧の流れは穏やかで、どこか懐かしい匂いが漂っていた。だが、進むにつれて霧の色が変わり、淡い金色から深い紫へと染まっていく。
「この色……灯霧が澪の記憶に近づいてる証拠だね」
あいがそう呟きながら、律の隣を歩く。彼女の表情は以前より柔らかく、時折律の顔を見ては微笑んでいた。
「律、あのね。……たまに澪の波長を感じるようになってきて、そろそろかな?って思う。」
「うん。どんな強敵がくるかわからないから気を抜かずに行こう」
二人はお互いを見てうなずく。
やがて、ふたりは霧の中に浮かぶ“記憶の門”に辿り着く。門は古びた木造の橋の形をしており、周囲には灯霧の粒が渦を巻いていた。
「ここが……澪の記憶のかけらが眠る場所?」
律がそう呟いた瞬間、霧の門が軋むような音を立てて開き、黒い影が姿を現した。
それは人の形をしていたが、顔はなく、代わりに澪の笑顔が歪んだ形で浮かんでいた。
『願いの核に触れる者よ……お前の願いは歪みを生み、我々を生み出すだけだ。』
影の声は低く、灯霧の揺らぎを乱すように響いた。
「違う……のか。いや、それでも澪の記憶を守りたいんだ。願いが偽りなんかじゃない、澪を想い続けることが俺の願い!」
律は折り紙を展開するが、今回は星型ではなく、蝶の形を折り始めた。
「蝶閃・心環・護結――」
折り紙が舞い、霧の粒と共鳴して蝶の軌跡を描く。あいは霧を編み、蝶の軌道に沿って結界を張る。
「律、今回は私が霧で動きを封じるから、蝶の軌道で包み込んで!」
「了解!」
蝶の折り紙が影の周囲を舞い、霧の結界がそれを閉じ込める。だが、影は霧を裂いて再生し、澪の笑顔を歪ませながら反撃してくる。
「くっ……再生が早い。願いの力が足りないの?」
「いや、あい。僕たちの心がまだ重なりきってないんだ。もう一度、共鳴しよう」
ふたりは手を重ね、再び技を発動する。
「蝶閃・輪舞・終結――」
折り紙が複数枚展開され、蝶の群れが空に舞う。あいの霧がそれらを包み込み、光の輪が影を囲む。
「律、今だよ!」
「行くよ、あい!」
蝶の刃が一斉に放たれ、影の核を貫く。影は苦しげに揺らぎ、澪の歪んだ笑顔が霧に溶けていく。
静寂が戻り、霧の門の奥に淡い光が灯った。
「……やった……」
あいが膝をつき、律も肩で息をしながら微笑んだ。
「澪の記憶のかけら……これで、ひとつ」
ふたりが手を伸ばそうとしたその瞬間、灯霧が再びざわめいた。
空間が裂け、次なる守護者が現れる。先ほどよりも巨大で、澪の笑顔がねじれた仮面のように浮かぶ異形。
「嘘……まだいたの?」
あいが霧を構え、律が折り紙を展開するが、ふたりの力はすでに限界だった。
「くっ……もう、霧が……折り紙が……」
守護者が腕を振り上げた瞬間、空間が震えた。
「動くな」
低く響く声とともに、黒い外套が霧を裂いて現れる。
「ユウ……!」
ユウは静かに前へ出る。
「よくやったな、ふたりとも。ここからは、俺がやる」
守護者が咆哮を上げるが、ユウは動じない。
灯霧がざわめき、空間が軋む。
次なる戦いの幕が、静かに上がろうとしていた――。




