第14話:灯霧の深層、願いの影
灯霧の庭に、再び静寂が戻っていた。律とあいは、澪の記憶のかけらを手にしたことで、次なる目的地――夏の夜に花火を見た丘――へ向かう準備を整えていた。
ユウは庭の泉のほとりに立ち、ふたりを見送るように霧の流れを見つめていた。
「今回も俺は行かない。だが、様子は見ていられるようにしておくさ」
そう言って、ユウは懐から小さな水晶のような球体を取り出した。淡い青色の光を帯びたそれは、霧の粒が凝縮された“灯霧の瞳”と呼ばれるものだった。
「これを持っていけ。あい、お前に預ける。俺の霧の気配を繋いである。何かあれば、これを通じて俺に知らせろ」
あいは驚いたように目を見開き、そっと両手で受け取った。
「……ありがとう、ユウ。律と一緒に、ちゃんと守ってくる」
ユウは微笑みながら、あいの頭を軽く撫でた。
「お前、ほんとに変わったな。最初は“案内人”って感じだったのに、今じゃすっかり“旅の仲間”だ」
あいは照れくさそうに笑いながら、律の方を見た。
「ユウが、名前をくれたから。……でも、律と出会ってから、毎日が少しずつ楽しくなってきたの。怖いこともあるけど、律と一緒なら、前に進める気がする」
律はその言葉に微笑みながら、あいの手を握った。
「僕も、あいが隣にいてくれるから、澪の記憶に触れるのが怖くなくなった。……ありがとう」
霧がふたりの周囲で優しく揺れ、灯霧の庭がふたりの絆に応えるように光を放った。
そして、ふたりは灯霧の奥へと足を踏み出す。目的地は、澪との思い出が眠る“花火の丘”。
霧の流れに導かれ、ふたりは幻想的な道を進んでいく。途中、霧の中にざわめきが走り、遠くに黒い影が現れた。人の形をしているが、輪郭はぼやけており、灯霧の揺らぎに染まった“影”だった。
あいが“灯霧の瞳”を握りしめ、ユウに意識を向ける。
「ユウ、今、何かが……」
霧の瞳が淡く光り、ユウの声が響いた。
『見えてる。……あれは、願いの残響に引き寄せられた“影”だ。誰かの記憶が灯霧に染まり、形を持ったもの。澪の記憶が強くなるほど、奴は干渉しようとする』
律が拳を握りしめる。
「澪の記憶を守るためには、僕たちの願いも強くなきゃいけないんだね」
影が霧を裂いて近づいてくる。律とあいは構えを取り、互いに目を合わせた。
「律、共鳴の技……試してみよう。あの時みたいに、心を重ねて」
律が頷き、ふたりの手が重なる。
「星閃・心環・護結――」
霧が反応し、ふたりの周囲に淡い光の輪が広がる。律の願いが折り紙に宿り、星の形をしたそれが光を纏って空中に舞う。あいの記憶修復の力が霧の粒を集め、折り紙に守護の力を与える。
影が突進してくる。律は折り紙を展開し、光の刃となったそれを振るう。あいは霧の流れを操り、律の周囲に防御の結界を張る。ふたりの動きは、まるでひとつの意志のように連動していた。
「律、左から来るよ!」
「わかった、あい!」
折り紙の刃が霧を裂き、影の胸元を貫く。影は苦しげに揺らぎながらも、再び形を整えようとする。
あいが霧の粒を集め、折り紙に光を纏わせる。
「これで、願いの力を強めて……! って、ちょっとだけ魔法少女っぽいかも?」
律が笑いながら返す。
「似合ってるよ、あい」
あいは頬を染めながら、少しだけ肩をすくめた。
「そ、そう? じゃあ、律の騎士役は任せたからね」
律は折り紙の刃を再び振るい、影の再生を阻むように霧の核を狙う。
「澪の記憶に触れさせない!」
折り紙の刃が再び振るわれ、影は霧の中に溶けていった。
静寂が戻り、ふたりは肩で息をしながら立ち尽くす。
「律……すごかったね。ふたりで戦えた」
「うん。あいがいてくれたから、できたんだ」
あいは少し照れながら、冗談めかして言った。
「じゃあ、次はもっと派手な技名にしようか。“超星閃・絆爆裂・護結・改”とか?」
律は吹き出しながら、あいの肩を軽く叩いた。
「それ、絶対ユウに怒られるやつ」
ふたりは笑い合いながら、霧の奥へと歩みを進める。
灯霧は静かに揺れ、次なる記憶のかけらが眠る場所へと、ふたりを導いていた。
少し展開変えてみましたがいかがですかね。
ちょっと慣れてきたね。って思われてたらうれしいです