7 楽しい玩具
そして、貴族街へと向かった二人は………、冒頭に戻る。
しっかりと『猫を被る』事に徹底しているジェシカは、リーンハルトに初対面のように振る舞うのが、彼の方はジェシカの本性を暴こうと、煽りに煽る。
さながら我慢比べのようだ。
痺れを切らしたリーンハルトは、ジェシカに「いつまで続けるのか? 何も知らないと思っているのか?」と再度煽ってみたが、ジェシカは揺るがない。
「心外だ」とばかりに顔を赤らめ怒り出した。
そんなジェシカを面白いとリーンハルトは感じていた。
感情むき出しの野良猫のような令嬢。
こんな面白い生き物は、今で見たことがない。
(もっと遊びたい) そう考えてしまった。
楽しい時間がより長く続くように、今日はこれまでにしよう。
リーンハルトは「時間だ」と、その場を後にした。
(きっと、あの野良猫令嬢は、自分を罵倒し悔しがるだろう)
リーンハルトは、待たせている馬車止に向かう事なく、通りの反対側から怒れるジェシカを観察する事にした。
噂通りにグラスを、カップを、ソーサーを投げるだろうか。
それとも、椅子を、テーブルを蹴倒すだろうか。
こんなに楽しめる玩具は、なかなか見つける事ができないだろう。
ジェシカのいるテラスが丁度見下ろせる、向かい側の喫茶店の二階の窓際から、リーンハルトはソワソワしながら彼女を見守っていた。
リーンハルトの期待通りにジェシカは、立ったり座ったりと忙しい。
苛立たしげにテーブルをコツコツと指で突く仕草も見えた。
リーンハルトはその時を、今か今かと待ち構えていた。
スクッと立ち上がったジェシカは、おもむろに店内へと入っていく。
(まさか、このまま帰ってしまうのだろうか………)
リーンハルトは、少し拍子抜けした。
期待値が高かったばかりに、期待外れもいいところだ。
ガッカリしながら席を立つために椅子を引いたリーンハルトの視界に、再びジェシカが映った。
その彼女の顔は、どこかスッキリしているようにも見える。
(まさか、室内で暴れたのか?)
リーンハルトはジェシカを食入るように見つめる。
(店内で暴れた後にテラスで過ごせる程、図太い神経をしているのか?)
まさか………とは思いながらも、リーンハルトはジェシカから目が離せない。
すると、店員がワゴンいっぱいにケーキや焼菓子を乗せてテラスに出てきた。
そして、そのお菓子の山をジェシカのテーブルに並べ出したのだ。
口いっぱいにケーキを頬張る、マナー違反のジェシカを、通りすがりの通行人が驚きながら見つめる。
が、通行人の内、幾人かの令嬢はジェシカに釣られたように店内へと入っていった。
それほど、ジェシカは美味しそうに頬張っていた。
リーンハルトの形の良い薄い唇から、クックッと笑みが漏れ出る。
(予想の斜め上の行く、こんな令嬢が現れるなんて)
リーンハルトは嬉しくてたまらない。
笑いをこらえながら店を出るリーンハルトだったが、気を抜くと口元が歪み、笑い声が漏れ出してしまう。
(ジェシカに会うのが楽しみだ)
女性に会うのを楽しみに思ったのは、初めてだった。
次に彼女と会うのは、代理出席をするガーデンパーティーの日だろう。
リーンハルトは、ニヤける口元を手のひらで隠しながら、向いのテラスでお菓子を頬張るジェシカに気付かれないように、足早に馬車止へと向かった。




