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31 聖騎士・Ⅱ

 無事、ジェシカの聖騎士の座を得たリーンハルトだったが、彼は名前が呼ばれるその瞬間まで、ジェシカの聖騎士に選ばれるかどうか、不安で不安で仕方がなかった。


 黒狼騎士団は、ブルーエ家の会議の後、すぐに聖会に『黒の聖女』の聖騎士に、ブルーエ辺境伯家三男のリーンハルト・コーンブルーメが立候補するとの申し出をした。

 誰もあの場でジェシカの聖騎士の希望を出ださなかったのだから、通常ならば問題なく希望が通るのだろうが、ブルムスト家とブルーエ家はジェシカとリーンハルトの破談の件でわだかまりがある。


 ブルムスト家から絶縁に近い内容の書簡が届いてる事から、リーンハルトが聖騎士に立候補する事に、拒絶反応があっても不思議ではない。


 そこで、オーレが案を出した。

 少し、ズルい方法だったが致し方ない。


 黒狼騎士団には幻獣のノウハウがある。

『闇の幻獣』が召喚されたからには、それ相応の対処が必要だろう。と、聖会に提案したのだ。


 ジェシカの元に現れた幻獣が『闇の幻獣』かどうかは定かではない。

 だが、『黒の聖女』と『闇の幻獣』が『死神』として『死者を弔う』という一文が、ブルーエ家の古い書物に残されているのは本当だった。


 これは()()だった。

 聖会の伝承に、この一節が残されていなければ、幻獣に重きを置いていなければ、なんの意味もないだろう。


 そして、ブルーエ家は賭けに勝った。


 無事ジェシカの聖騎士の座に収まったリーンハルトは、次なる目標に駒を進める。

 狙うはジェシカの婚約者の椅子。 

 三年………、聖騎士としてジェシカの側に居られる三年の間に、彼女の信頼を取り戻すのだ。


 いまだ聖堂内で、配属された聖騎士とキャッキャやっているマリベルと、ジェシカを気にしている侯爵を横目に、ジェシカは司教から今後の説明を聞いていた。


 真夏の夜会での紹介は、やはり『黒の聖女』の誕生を発表するだけなので、ジェシカは国王の隣に居るだけで良い。と言われた。


 それと『今後、聖会に所属する』となるが、基本、大司教からの呼び出しがあった時に、聖堂に顔を出せば良いらしい。

「正直、私どもも『黒の聖女』が何をするのか理解できていません」と、バカ正直に伝えてきた。


 どうやら、すべてが()()のようだ。


 ざっくりとした説明で分かった事は、真夏の夜会までは特にする事もないようだ。という事だった。


 ジェシカとリーンハルトは、聖堂を出た所で待ちくたびれて文句を垂れるカロンを拾い、馬車止まで歩く。

「そんなに文句を言うなら、中に入れば良かったのに………」と言うジェシカに、カロンは言う。

『闇に属する俺様が、聖堂内に入るのを嫌がる奴らもいるだろう?』と気遣う素振を見せた。


 リヴの待つ、馬車に乗り込んだジェシカに、扉を抑えながらリーンハルトが尋ねた。


「訓練場に来ていたお前の侍女に、聞きたい事があるんたが、今日、一緒に来ているのか?」

 リーンハルトの問いかけに、ジェシカは怪訝な顔をする。

「私の侍女に何か用?」

「いや、あの訓練場での話を、もう一度聞かせて欲しいと思っていて………」

「訓練場?」

「いや、いいんだ。 また今度」

 そう言って、軽く片手を上げたリーンハルトは馬車の扉を閉めた。


 カロンの艷やかな黒毛を撫でながら、ジェシカはリヴに声を掛ける。


「リーンハルト様の探している侍女って、マヤの事よね。 やっぱり」

「だと思います。 私は訓練場には行っていませんから」


 ジェシカは考え込む。

「今日、マヤは?」

 リヴは首を左右に振る。

「戻ったらマヤと話をするわ」


 ジェシカはマヤの姿を、もうずいぶんと見かけていなかった。

 あの日リーンハルトが言っていた『私が、破談を望んでいた』という話は、どうやらマヤが言っていたらしい。

 お茶会で聞いた話をつなぎ合わせると、そういう結論が出てきた。


 ブルムスト家に戻ってきたジェシカは、使用人たちにマヤを部屋に連れてくるよう命令した。

 その間にジェシカは、母の私室へ向かった。

 カロンも彼女の後をついて行く。


 母の部屋に入ると、相変わらず独特な匂いが鼻につく。

 穏やかに眠る母のベットサイドに座ったジェシカは、聖騎士が決まった事、その騎士は思いがけない人物だった事を話した。

「今日はカロンも来てくれたわ。 お母さまは、まだ会っていなかったわよね?」

 ジェシカはカロンを抱え上げ、母の側に寄せた。


『おい。 こいつ、やばいぞ?』


 カロンがジェシカを仰ぎ見る。

「知ってるわ。 真夏の夜会まで持たないでしょうね」

 ジェシカは母の顔にかかる前髪を、そっと耳にかける。 指先からヒンヤリとした感触が伝わってきていた。

 もう、一ヶ月程になるだろうか、母の様子をみて、だいぶ覚悟が決まってきた。

 母との別れはそう、遠くないだろう。


『いや………、そうじゃなくて』


 カロンが何かをジェシカに伝えようとした時、ノックの音がしてリヴが声をかけた。

 どうやら、マヤが部屋に来ているらしい。

「今行くわ」

 そう言って部屋を出ていったジェシカを追うように、カロンも立ち上がった………のだが、ジェシカの母アンネがカロンの尻尾を掴んでいた。


『お前………』


 カロンは唸り声を上げ威嚇するが、アンネは怯まない。

「お願い。 この事はまだ、黙っていて。 すべてが終わった時、あなたからジェシカに伝えて。 今はまだ、あの子には辛すぎる………」

 それだけ伝えると、アンネの手の力がスルリと抜け、パタリと寝具の上に横たわった。


 再び穏やかに眠るアンネを、しばらくジッと眺めていたカロンは、彼女にクルリと背を向け、ジェシカを追って部屋を出た。


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