20 オーレの決断
「もう、止めませんか?」
柔和な微笑みのハノンが、失礼な提案をジェシカにする。
「これ以上頑張って、どうなるんですか? あなたの魔力が切れるまで、私たちに打込みをしろと言われるのでしょうか?」
ジェシカはカチンとくる。
(何も好き好んで、ここにいるわけじゃない)
―――いや、オーレに攻撃魔法の教えを請う事を了承したのは、他でもないジェシカなのだが、そんな事は彼女にとって、些細な事だった。
今、彼女は不快なのだ。それが重要だった。 それが、すべてだ。
それに、ジェシカは、リーンハルトが涼しい顔で、高みの見物を決め込んでいるのも気に入らなかった。
(婚約者ならば、少しは………)
そう、思いたくもなる。
いや、もう、答えは出ているのだ。
私は『リーンハルトの婚約者に相応しく無い』と。 とても、幻獣隊を任せられる程の能力は無い、と。
(なら、なぜ彼は、この模擬戦を承諾したのだろう?)
ジェシカはつい、リーンハルトを見てしまった。
「考え事とは、ずいぶんと余裕だな」
戸惑いながら『防御壁』に剣を振り下ろし続ける騎士たちの後ろから、腕組みをしたリーンハルトがやって来る。
リーンハルトは騎士たちをかき分け、ジェシカの目の前に(防御壁を通してだが)立ちはだかる。
「もう、あきらめてくれないかな? この一ヶ月で十分にわかったよ。 確かに君は『高度な魔法使い』だろうけど、使えないんだよ」
ジェシカは怒りに震えた。 全身の毛が、怒りで逆立つ気分だ。
(確かに私は『高度な魔力を持っている』と言われていた。でも、自分から一度も『高度な魔力持っている』と、言いふらした事はなかった。 それを、勝手に、そっちが『高度な魔法使い』に言い変えたんだ。 私の知った事じゃない)
睨むジェシカにリーンハルトは続ける。
「そう? いいよ。 楽にしてあげる。 少し痛いかもしれないけど、うちには『優秀な魔法使い』がたくさんいるから、すぐに治癒してあげるよ」
彼の手のひらに、燃えるような赤い魔法陣が浮かび上がる。
マヤがジェシカの腕を、ヒシと掴んだ。
(―――ふざけるな、ふざけるな………)
「ふざけるなっ!!」
ジェシカはマヤを背に庇い、右手のひらをリーンハルトに向ける。
小首を傾げるリーンハルトだったが、すぐニヤリと笑った。
「何ができるって言うんだい? 役立たずが……」
言いながら、リーンハルトの心がチクリと痛む。
―――確かに、ジェシカに対し自分の心は揺れた。 そんな事は初めてだった。
彼女となら………。と思っていた。でも………。
(魔法の使えない魔法使いなんて)
せめて、人並みに魔法使いとしての魔法が使えたなら、また変わっていただろう。
なまじ『高度な魔法使い』と言われていただけに、その落差が大きい。
(黒狼騎士団を継ぐブルーエ辺境伯家の者として、この決断は間違っていない)
リーンハルトは悩みを断ち切る様に叫んだ。
「楽しかったよ。 ジェシカ!」
放たれた火魔法、派手な爆発音と巻き上がる土煙。 辺り一面が土煙に覆われ、何も見えない。
誰もがジェシカとその侍女マヤの心配をした。
ハノンが治癒士の手配の為、その場を離れようととした時、ゴボッゴボッと咳き込む音がした。
それも、間近で。 ジェシカたちのいる方向ではなく。
土煙がはけて見えてきたのは『防御壁』の内側で、こちらに怒りを向けているジェシカと、その背後で震える侍女のマヤ。
そして、なぜか倒れ込んでいるリーンハルト。
騎士団員は皆、我が目を疑った。
「リーンハルト? おいっ、リーンハルト!」
ハノンがリーンハルトに駆け寄るのを見て、ジェシカはマヤを抱え飛んだ。
正確には、風の魔法を利用して。
そして、そのまま何喰わぬ顔で訓練施設の出口にたどり着いた。
そう、オーレの『マヤを守りながら、訓練施設の外へ出ろ』という課題をクリアしたのだった。
リーンハルトは勿論、ハノンから投げかけられた言葉に大層な怒りを露わにしているジェシカは、訓練での出来事の説明の一切を拒否し、マヤと共に家路についてしまった。
オーレはリーンハルトやハノン、騎士団員の話を聞くしか無かった。
彼らが言うには異口同音に、リーンハルトの自爆だと言う。
リーンハルトの放った火魔法が、ジェシカの防御壁に弾き飛びされ、彼に当たったのだ、と。
だから、すなわち、ジェシカは攻撃魔法を使わなかった。 したがって、失格だと。
オーレは不思議に感じていたが、攻撃魔法の訓練で攻撃魔法を使わないのは論外だ。
それに、この一ヶ月のジェシカの様子を見ていて、とても幻獣隊を任せる事は出来ない、とも思っていた。
オーレは決断した。
ジェシカに幻獣隊は任せられない。 したがって、リーンハルトとの婚姻には異を唱える事にする。
ただ『属性判定』の結果によっては………。




