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2 なぜ、婚約しなかったのか。

 アルベルトも辟易していた。


 顔を見るなり、ジェシカへの苦言を伝えてくる令嬢たち。 ウンザリだった。

 それでも、彼女たちに対して失礼な態度を取ることは無かった。

 無かったのだが、毎回似たような悪口ばかり聞かされて、魔が差したのだろう。


「一度、分からせた方がいいのかな?」


 軽い気持ちで言った言葉だったが、それで十分だった。

 その言葉がジェシカを嫌う令嬢たちの中で、()()()()をしだした。

『アルベルトがジェシカに制裁を加える。加えたがっている』と。


 そして、事件が起きた。


 卒業パーティーに出席した最高学年の女子生徒たちが、ジェシカを無視したのだ。

 パートナーを勤めていたアルベルトは、変わらず自然だったので、始めジェシカは『気の所為だ』と考えていた。


 アルベルトに挨拶をしに来た令嬢に対し「次は自分だ」と、微笑みを絶やさず挨拶を待っていたジェシカ。

 ところが彼女は、ジェシカの存在に気付かないかの様に、立ち去っていく。


「………?」


 ジェシカは不思議に思った。

「それならば」と、自分か話かけてみたのだが、聞こえない振りをされたり、逃げられたりが続けば、流石のジェシカも勘付く。

 ポツンとフロアに佇むジェシカは、だんだんと腹が立ってきた。

 回りを見渡すと、オドオドと視線を外す令嬢たち、ニヤニヤとこちらを観察する令嬢たち、それと、我関せずの令嬢たちがいる事がわかった。


 ジェシカはその中でも、ニヤニヤとこちらを観察していた令嬢たちの輪に近づき問いただした。


「いったい何なの? 何がしたいの? 私、あなたたちに何かした?」

「何のこと?」

 もちろん彼女たちはとぼける。


「私の事、避けてるでしょ? 皆んなで示し合わせて」

 ジェシカは尚も食い下がる。

 すると、一人の令嬢がジェシカの前に進み出て言う。


「避けるも何も、私たちあなたに興味が無いから分からないわ」

「………私を見て、ニヤニヤしてたじゃないっ」

「見てないわ。 あなた、自意識過剰じゃない?」

 そう言うと、彼女は高らかに笑い出した。


 彼女の笑い声がフロアに響き蔓延する。

 つられたように、クスクスといった笑い声がフロアを埋めていく………。


 ジェシカは、いたたまれなくなった。 生まれて初めての感情が湧く。 

『バカにされてる。悔しい』

 しかし、ジェシカには何も出来ない。 彼女たちが自分を無視している証拠もない。


「そうそう。 アルベルト様が言っていたわよ。 その赤黒い髪が気持ち悪いって」

「まるで、血の色みたいだって」

 ドッと笑いが起こる。


 ジェシカの(たが)が外れた。


 ジェシカは(うつむ)きグッと手を握る。爪が手のひらに食い込み、痛みを感じるがそんなのは知らない。

 ジェシカは怒りを(こら)えながら、彼女達に背を向け、フロアの出口に向かい歩き始めた。

 ジェシカを嘲笑う声が追いかけてきていたが、なんとか耐え抜き、小気味よい足音を響かせながらフロアから退場した。

 誰もジェシカに声をかけなかった。 誰一人。


「もう、どうでもいい。 お母様、ごめんなさい」


 夜空のような深い漆黒のジェシカの瞳から、ポロポロと涙が溢れていた。

(アルベルトが助けてくれる)

 なんの疑いもなく、そう思っていた。

 ところが彼は、ただ見ていただけたった。


 いろんな令嬢が、自分の悪口を彼に吹き込んでいたことも知っていた。

(なんで、反論してくれないんだろう)

 そう思っていた。


 でも、今、わかった。


(アルベルトは、私に興味も関心もないんだわ)


 そして、ジェシカは裏切られた気持ちでいっぱいになっていた。


 泣き顔を見られたくなくて駆け込んだ()()()の鏡に、グチャグチャになったジェシカが映る。

 常に完璧な令嬢であろうとした自分とはかけ離れた、感情丸出しの泣き顔の自分が映っている。


「アハハ………」


 ジェシカは力なく笑った。 いったい自分は何をしていたんだろう。 何をしたんだろう。


 泣いているのか、笑っているのか分からないジェシカを、休憩室を利用していた数人の令嬢が驚き見守っていた。

 ジェシカには、その静けさが心地良かった。


「あの………」


 そっとジェシカに差し出されたハンカチには、クローバーの刺繍が施された。

 そのハンカチを受け取り顔を上げると、燃えるような赤髪の令嬢と目が合う。


「―――ありがとう」

「いえ」


 休憩室の入口で鏡と向き合い号泣していたジェシカは、赤髪の令嬢に誘われるように一人掛けのソファに座った。

 再びジェシカは泣きながら反省する。 が、何を反省すればいいのかさえ分からない。

 何がいけなかったのか。 それさえも分からない。


 だが、クローバーのハンカチを見つめていたジェシカは、自身に足りないのは『小さな親切』なのかもしれない。と、ふと思った。


 ―――見知らぬ令嬢たちに見守られ、散々泣いたジェシカは、ある決心をした。

 怒られるだけては済まないであろう事を。


「ごめんなさい。 誰かハサミを持っていませんか?」


 令嬢たちは互いに顔を見合わせる。 

 ハサミを持ち歩く令嬢がいるわけ無い。と気が付いたジェシカは、使用人を探そうと立ち上がる。


「お待ちになって」


 先程の赤髪の令嬢がジェシカに声をかけ、サイドテーブルの上の鈴を数回鳴らすと、隣室に続く扉から彼女の侍女らしき女性が入ってきた。

 赤髪の令嬢が侍女の耳元で何か囁いた後、侍女は一旦退室し、すぐさま手にハサミを携えて戻ってきた。


「どうぞ、お使いになって」


 侍女からハサミを受け取った赤髪の令嬢は、使用目的も聞かぬまま、ジェシカにハサミを手渡す。


「ありがとうございます。直ぐにお返しします」


 深々と令嬢たちに頭を下げたジェシカは、アルベルトのいるフロアへと急いだ。


 ―――ジェシカがフロアの入口に立つと、一瞬ざわめきが収まったように感じたが、直ぐにまたザワザワと声が聞こえる。

 彼女には、そのざわめき全てが、良くも悪くも彼女自身の事について噂しているように感じていた。

 ジェシカは今から自分が行おうとしている行動について、上手くいくかどうかを考えると、心臓が口から飛び出て来そうな程に緊張してきた。


 ジェシカはキョロキョロと辺りを見回し、アルベルトの姿を探す。

 一段と華やかな集団の中に、彼を見つけた。

 ジェシカを馬鹿にした令嬢たちと、楽しそうに笑みを浮かべ談笑しているようだった。


 ジェシカは、頭から冷水を掛けられたように全身が冷えていくのを感じていた。

 どう表現していいのか解らない感情が湧き上がる。


(許せない)


 全ての怒りがアルベルトに向かう。

 ジェシカはハサミを握りしめ、彼の元へ向かった。

 ジェシカが進む先々で、左右に人壁が分かれる。 アルベルトまで一直線だ。


 妙な雰囲気にアルベルトたちが気付いた。

 皆の視線が、ジェシカの手元に集まっていた。


 ハサミだ。


 数人の令嬢がジェシカを止めるべく、彼女の方へ駆け出しだが、間に合わない。


「アルベルト様………」

 ギョッとしている彼の目前で、ジェシカは自分の髪にハサミを入れた。

 ジャキジャキという嫌な音と共に、ジェシカの足元に赤黒いガーネットの髪が散らばる。


 ずいぶんと頭の軽くなったジェシカは、散らばった自分の髪を両手でかき集め、アルベルトに向かって投げつけた。

 そして、高笑いをしながら彼に言う。


「どう? もう、こんな色の髪から解放させてあげるわ」


 呆気に取られる彼らを背に、ジェシカは高笑いをしながら足早にフロアから逃げ出した。

 休憩室に戻る頃には、再び泣き顔になっていた。


 休憩室でジェシカを待っていた令嬢たちは、髪型の大きく変わったジェシカに驚きはしたものの、何も聞かず言わずそっと彼女に見守っていた。


 余談だが、ジェシカが休憩室だと思って駆け込んだ部屋は、実は来賓室で留学生の家族の休憩室だと知らされたのは、ずいぶんと後の事だった。


 *******


 アルベルトとの破談が決まり、婚約者のいないまま学園を卒業したジェシカは、家から………部屋から出ることを拒み、社交界に姿を現すこともなかった。

 そして、婚約式直前で話が頓挫する事三回。


 短気で癇癪もちな上、プライドが高い高慢ちきで扱い難い女。


 いつの頃からか、ジェシカは()()言われるようになった。


 そんなレッテルを剥ぎ取るために、また、婚約者候補を逃さないために、ジェシカは猫をかぶる事にしたのだ。

 次の機会を逃したら、もうジェシカは一生独身かもしれない。



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