第九章:歩く者の街
朝のギルドは昨日より少しだけ賑やかだった。
ナゴミは軽く伸びをして、昨日と同じ受付の前に立った。
「おはようございます。今日も依頼を受けたいのですが。」
受付嬢は微笑んでうなずき、掲示板を指差した。
「本日の掲示はこちらです。」
ナゴミは掲示板へ歩き、紙を一枚一枚丁寧に読んでいった。
その中に、目にとまる依頼があった。
《水源の調査と清掃》
内容:街の外れにある小川付近の清掃、異常がないかの確認
単独可/所要時間:約半日
報酬:銀貨4枚
「……これにしよう。」
自然に触れるのも嫌いではなかった。
◇ ◇ ◇
小川は街から一時間ほど歩いた先にあった。
水は澄んでおり、周囲には野花や苔が点在していた。
ナゴミは静かに草をかき分け、川沿いに歩きながら確認していく。
「……異臭はない。水量も安定。」
石を退け、小枝を集めて邪魔な箇所を整える。
途中、小さなカエルが跳ねてきた。
ナゴミはその動きを目で追い、軽く笑った。
「のどかだな。」
◇ ◇ ◇
作業を終えるころには、日が傾き始めていた。
ギルドに戻り、報告を終えると、銀貨四枚が手渡された。
ナゴミは財布の重さを感じながら、街の中へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
午後の陽が石畳に長い影を落とす中、ナゴミは街の裏路地へと入っていった。
表通りにはない、古い建物や屋台が並ぶ一角。
「……表の雰囲気とは違うな。」
ふと、目についたのは布でできた袋をいくつも並べた小さな露店だった。
その中のひとつ、見覚えのないデザインのバッグに目がとまる。
「それ、見る目があるな、坊や。」
声をかけてきたのは、髭をたくわえた小柄な男。
どこかインチキくさいが、目だけは妙に澄んでいた。
「ただの袋じゃないのか?」
「いやいや、これは収納強化型の魔道袋だ。中身がどれだけ増えても、重さはそのまま。」
ナゴミはしばらく沈黙したあと、袋を手に取って重さを確認した。
「確かに……軽い。でも、信用していいのか……?」
「信じるも、信じないも、お前さん次第。試すのは、買ってからだ。」
値段は銀貨1枚。安いとは言えないが、価値があるなら安いとも言える。
ナゴミは袋を購入し、軽く頭を下げた。
「……まあ、悪くはない買い物か。」
◇ ◇ ◇
再び街を歩く。
市場通りには果物屋、香辛料屋、そして武器を磨く鍛冶屋の音が響く。
少年が走り、猫が屋根の上を飛び、遠くからは音楽のような笛の音が聞こえる。
「この世界……ほんとに、生きてるんだな。」
◇ ◇ ◇
夕日が街をオレンジに染めたころ、ナゴミは宿へ戻り、部屋に入った。
窓を開けて、風を感じる。
リュック代わりに使っていた袋をベッドの上に置いて、ポツリと呟いた。
「……明後日くらいには、別の場所に行こうかな。」
そして、静かに笑った。
「――だって、この世界に、ひとつの場所にとどまる理由なんてないだろ。」